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アルコバサを後にして次にバターリャに向かいました。ここはポルトガル中興の祖であるジョアン1世がカスティーリャとの戦いの勝利について聖母マリアに感謝するために建造した修道院。ジョアン1世も妃フィリパとともに眠ります。その息子エンリケ航海王子もここに眠っています。またポルトガルの無名戦士の墓もここに置かれています。ある意味ポルトガルの国立霊廟のような感じです。教会堂の窓から日が差し込み、ステンドグラスの陰影が壁や柱に映り、とてもきれいでした。

ポルトガル縦断ドライブ旅行(11)-バターリャ

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2011/12/22 - 2012/01/03

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やまぼうし

やまぼうしさん

アルコバサを後にして次にバターリャに向かいました。ここはポルトガル中興の祖であるジョアン1世がカスティーリャとの戦いの勝利について聖母マリアに感謝するために建造した修道院。ジョアン1世も妃フィリパとともに眠ります。その息子エンリケ航海王子もここに眠っています。またポルトガルの無名戦士の墓もここに置かれています。ある意味ポルトガルの国立霊廟のような感じです。教会堂の窓から日が差し込み、ステンドグラスの陰影が壁や柱に映り、とてもきれいでした。

旅行の満足度
5.0
同行者
家族旅行
交通手段
レンタカー
  • 次はバターリャにやって来ました。この修道院は、1385年ポルトガル中興の祖、ジョアン1世率いるポルトガル軍がバターリャ近郊「のアルジュバローダでカスティーリャ(スペイン)を破ったことを聖母マリアに感謝するために建てられたもの。この戦いでポルトガルに負けていたら、ポルトガルはスペインになっていたかもしれません。独立を守る戦いの勝利を記念する修道院。ポルトガルにとってはとても大事な修道院のようです。

    次はバターリャにやって来ました。この修道院は、1385年ポルトガル中興の祖、ジョアン1世率いるポルトガル軍がバターリャ近郊「のアルジュバローダでカスティーリャ(スペイン)を破ったことを聖母マリアに感謝するために建てられたもの。この戦いでポルトガルに負けていたら、ポルトガルはスペインになっていたかもしれません。独立を守る戦いの勝利を記念する修道院。ポルトガルにとってはとても大事な修道院のようです。

  • 教会堂に入ってみました。この日は快晴で、太陽の光がステンドグラスの模様を壁や柱に映し出し、とてもきれいでした。

    教会堂に入ってみました。この日は快晴で、太陽の光がステンドグラスの模様を壁や柱に映し出し、とてもきれいでした。

  • 窓をステンドグラスにする意味がわかります。

    窓をステンドグラスにする意味がわかります。

  • 側廊も均整のとれた美しさです。

    側廊も均整のとれた美しさです。

  • 祭壇の側にも美しいステンドグラスがあります。こちらから日の光が差し込むと、また美しいでしょう。

    祭壇の側にも美しいステンドグラスがあります。こちらから日の光が差し込むと、また美しいでしょう。

  • 教会堂には創設者の礼拝堂が併設されています。ここにはポルトガル中興の祖、ジョアン1世(在位:1385年 - 1433年)が眠ります。隣にはイギリス王家出身の妃フィリパが眠ります。棺の2人の像は手をつなぎ、仲睦まじい姿を現しています。<br /><br />ジョアン1世は、アルコバサに眠るペドロ1世の息子だったんです。お母さんはイネスの死後、妾となったテレサ・ロレンソ。ここにもドラマが眠ってそうです。<br /><br />妾の子として生まれながら、武勇に優れ、青年期はアヴィシュ騎士団の総長を務めていた。王家の内紛に乗じて侵攻してきたカスティーリャ軍をリスボンで撃破し、国家存亡の危機を救った。そして身分制議会において満場一致でポルトガル王に選出され、新しい王朝を築いた。そして再び、戦いを挑んできたカスティーリャを再びアルジュバロータの戦いで撃破し、ポルトガルの独立を再び守った。その後、イギリスと同盟を結び、カスティーリャと和睦して平和を回復し、息子エンリケ航海王子とともにモロッコに進出し、ポルトガル繁栄の基礎を築く・・・・・ポルトガルに大河ドラマがあるのであれば、きっと何回も制作・放映されていることでしょう。

    教会堂には創設者の礼拝堂が併設されています。ここにはポルトガル中興の祖、ジョアン1世(在位:1385年 - 1433年)が眠ります。隣にはイギリス王家出身の妃フィリパが眠ります。棺の2人の像は手をつなぎ、仲睦まじい姿を現しています。

    ジョアン1世は、アルコバサに眠るペドロ1世の息子だったんです。お母さんはイネスの死後、妾となったテレサ・ロレンソ。ここにもドラマが眠ってそうです。

    妾の子として生まれながら、武勇に優れ、青年期はアヴィシュ騎士団の総長を務めていた。王家の内紛に乗じて侵攻してきたカスティーリャ軍をリスボンで撃破し、国家存亡の危機を救った。そして身分制議会において満場一致でポルトガル王に選出され、新しい王朝を築いた。そして再び、戦いを挑んできたカスティーリャを再びアルジュバロータの戦いで撃破し、ポルトガルの独立を再び守った。その後、イギリスと同盟を結び、カスティーリャと和睦して平和を回復し、息子エンリケ航海王子とともにモロッコに進出し、ポルトガル繁栄の基礎を築く・・・・・ポルトガルに大河ドラマがあるのであれば、きっと何回も制作・放映されていることでしょう。

  • そしてジョアン1世の3男エンリケ航海王子もここに眠っています。<br /><br />エンリケ航海王子は、テンプル騎士団の後継であるキリスト騎士団の指導者となり、その莫大な資金により探検事業を強力に推進した。彼の派遣した探検団は、マデイラ諸島、アゾレス諸島をポルトガルの領土に加え、またアフリカのシエラレオネまで達した。エンリケの始めた航海事業は、その死後やがて喜望峰に達し、インド航路の開設につながって行く・・・大河ドラマがもう一つ作れます。

    そしてジョアン1世の3男エンリケ航海王子もここに眠っています。

    エンリケ航海王子は、テンプル騎士団の後継であるキリスト騎士団の指導者となり、その莫大な資金により探検事業を強力に推進した。彼の派遣した探検団は、マデイラ諸島、アゾレス諸島をポルトガルの領土に加え、またアフリカのシエラレオネまで達した。エンリケの始めた航海事業は、その死後やがて喜望峰に達し、インド航路の開設につながって行く・・・大河ドラマがもう一つ作れます。

  • ジョアン1世の回廊

    ジョアン1世の回廊

  • 回廊の途中、参事官室前にはいつも警備兵が立っています。参事官室は、無名戦士の墓になっています。

    回廊の途中、参事官室前にはいつも警備兵が立っています。参事官室は、無名戦士の墓になっています。

  • 窓枠も非常に緻密に造られています。

    窓枠も非常に緻密に造られています。

  • 反対側から見たものです。

    反対側から見たものです。

  • コウノトリの塔と呼ばれるそうです。

    コウノトリの塔と呼ばれるそうです。

  • アルコバサの修道院と同様に手洗い場があります。身体を清潔に保つことは神に仕える者の当然の行いだったのでしょうか。

    アルコバサの修道院と同様に手洗い場があります。身体を清潔に保つことは神に仕える者の当然の行いだったのでしょうか。

  • 奥にはアフォンソ5世の回廊があります。<br /><br />アフォンソ5世、アフリカ進出を企てた王、ジョアン1世の孫に当たります。

    奥にはアフォンソ5世の回廊があります。

    アフォンソ5世、アフリカ進出を企てた王、ジョアン1世の孫に当たります。

  • 均整のとれた美しさです。

    均整のとれた美しさです。

  • いったん外に出て未完の礼拝堂を見に行きます。<br /><br />よく見ると屋根がありません。

    いったん外に出て未完の礼拝堂を見に行きます。

    よく見ると屋根がありません。

  • 門を通してみると屋根がないのがよくわかります。

    門を通してみると屋根がないのがよくわかります。

  • 門はマヌエル方式による緻密なデザインの豪華なものです。

    門はマヌエル方式による緻密なデザインの豪華なものです。

  • ここに眠るのはドゥアルテ1世(在位1433年 - 1438年)とその妃レオノールのみです。<br /><br />ドゥアルテ1世は、ジョアン1世の長男。きっと父と母の霊廟のようなものを目指したのでしょう。しかし、ペストにかかり早死にしてしまいました。しかし、未完のうちに孫であるマヌエル1世はリスボンに王家の霊廟を築くこととし、この礼拝堂の建設をやめてしまいました。<br /><br />ドゥアルテ1世、ちょっとさみしそうです。ドゥアルテ1世は、マヌエル1世が生まれる30年くらい前に死去しているので、2人は面識がないはずですが、何かあったのでしょうか。

    ここに眠るのはドゥアルテ1世(在位1433年 - 1438年)とその妃レオノールのみです。

    ドゥアルテ1世は、ジョアン1世の長男。きっと父と母の霊廟のようなものを目指したのでしょう。しかし、ペストにかかり早死にしてしまいました。しかし、未完のうちに孫であるマヌエル1世はリスボンに王家の霊廟を築くこととし、この礼拝堂の建設をやめてしまいました。

    ドゥアルテ1世、ちょっとさみしそうです。ドゥアルテ1世は、マヌエル1世が生まれる30年くらい前に死去しているので、2人は面識がないはずですが、何かあったのでしょうか。

  • 未完の礼拝堂が未完のままであることに少し疑問を感じながら、バターリャの修道院を後にしました。<br /><br />ここでお腹がすいたので、サンドイッチを買って食べました。「パン」の国、ポルトガルのサンドイッチも十分いけました。娘は、ここで探していたショールをおみやげにGET。<br /><br />そして次なる目的地トマールに向かいました。

    未完の礼拝堂が未完のままであることに少し疑問を感じながら、バターリャの修道院を後にしました。

    ここでお腹がすいたので、サンドイッチを買って食べました。「パン」の国、ポルトガルのサンドイッチも十分いけました。娘は、ここで探していたショールをおみやげにGET。

    そして次なる目的地トマールに向かいました。

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