2011/12/31 - 2011/12/31
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HYRONさん
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パリのRER(地域急行鉄道網)と聞くと、「危険」とか「犯罪」等を連想する方も多いと思いますが、利用していると非常に便利。
特に私が常宿にしているホテルの最寄り駅が Chatelet-Les Halles の為、RERを利用するとリヨン駅や空港なども電車1本。メトロよりは暗く怪しい雰囲気の車内に最初はビビッていましたが、そのうち慣れてきました。
家族連れのそばに座っていれば安心度も上昇です。
RER A線は、東はディズニーランド、西はポワシーやサン=ジェルマン=アン=レイなど、パリの東西を繋ぐ大動脈です。重要なポイントはゾーンによって乗車料金が変わるので、それに注意すること。
写真はラ・デファンス駅の構内です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
Chatelet-Les HallesからA線に乗り、終点のSaint-Germain-en-Layeに到着しました。
駅を出ると目の前にサン=ジェルマン=アン=レイ城があります。 -
城の博物館の開館まで、城のテラス(庭園)を散策します。
テラスはヴェルサイユ宮殿を手がけたル・ノートルの設計によるもの。 -
グランド・テラスからの眺め。
それほど天気は良くなかったのですが、ラ・デファンスの街並が遠望できました。 -
グランド・テラスの一番右手の欄干。
王冠はナポレオン3世を、MDCCCLVII の文字は1857年を意味しています。 -
門にICI NAQUIT LOUIS XIV(ここでルイ14世生まれる)と書かれた建物はアンリ4世館という高級ホテル。
ポム・スフレ(薄くスライスしたジャガイモを2度揚げして膨らませた付け合わせ料理)が誕生したホテルとしても有名。 -
サン=ジェルマン=アン=レイ城の入り口。
サン=ジェルマン=アン=レイ城はルイ14世がヴェルサイユに移り住むまで居城とした場所。城はフランス革命からナポレオン、ルイ・フィリップの時代にかけて、監獄や騎兵学校として使用されたため、著しく荒廃してしまいます。第二帝政時代についに取り壊しが決定しますが、1855年にフランスを訪問したヴィクトリア女王が保存を要請したことで取り壊しを免れました。ナポレオン3世はこの城を考古学コレクションを保存する場所とし、現在の国立考古学博物館の前身となりました。 -
城は考古学博物館になっていて、見応え十分。
この日は殆ど人もいなかったので、ゆっくりと見ることができました。 -
比較考古学室。
舞踏場だった当時の名残が強く感じられる場所でした。
奥にある暖炉も当時のもの。
暖炉にあるサラマンダーはフランス国王の紋章です。 -
城の中庭に出てきました。
写真奥のガラス張りの部分は小教会です。 -
パリやその他のサント・シャペルのプロトタイプになった建物。
確かに創りが良く似ています。 -
同じく小教会。
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城の対面に建つサンジェルマン教会。
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ついでに覗いてみたのですが、モンマルトルのサクレクール寺院を彷彿とさせるような建物にしばし感動。
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教会裏手の広場には、この地ゆかりの音楽家ドビュッシー像がありました。
周りがゴチャゴチャしているのは、移動遊園地の一部。 -
ここからはバスに乗って移動します。
バス停から見た、サン=ジェルマン=アン=レイ城。
見る角度によっていろいろな表情を見せてくれる建物でした。 -
バス256番に乗って約20分。
LE CHATEAU というバス停で降ります。
ここからマルメゾン城までは徒歩10分程度。 -
マルメゾン城に到着しました。
地名のリュエイユ=マルメゾンの「リュエイユ」はケルト語の開拓するという意味。「マルメゾン」は「悪しき家」という意味で、一般的には中世において山賊やノルマン人の侵入をしばしば経験したことがその名の由来と考えられています。 -
1799年、ナポレオンの妻、ジョゼフィーヌがエジプト遠征の戦果を当てにして城をナポレオンに断りを入れず勝手に購入。
これにはナポレオンは怒りを露にしたといわれています。
彼女が悪妻として名高い存在だから「マルメゾン=悪しき家」という訳ではないようです。 -
ジョセフィーヌはナポレオンとの離婚後もこの館を所有し、この地で没しました。
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庭園側に出て写真を撮っていると大粒の雨が・・・。
雨宿り兼昼食で、近くのレストランに逃げ込みました。
マルメゾン城の隣にはボワ・プレオ城がありますが、今回は見学は回避。 -
再びバス256番に乗って、約30分、終点のラ・デファンスで下車。
Rueil-Malmaisonを越えたあたりからバスは満員に。
今晩の大晦日を夜通し過ごそうとしているのか、乗客はどこか楽しそうでした。 -
ラ・デファンスは、19世紀の普仏戦争の際に付近でパリ防衛の戦闘があり、その戦闘記念碑「ラ・デファンス・ド・パリ」が当地に設置されていることに由来しています。
とてつもなく大きなグランダルシュ(新凱旋門)に圧倒されました。 -
写真奥に見えるのが、エトワール凱旋門。
もっと奥にはルーブル美術館の近くのカルーゼル凱旋門があり、ラ・デファンスが「パリ歴史軸」の延長線上にある事が分かります。 -
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クニット CNIT Paris La Defense と呼ばれる展示会場や様々な企業、EDF(フランス電力公社)等のビルが建ち並び、さながら近未来の都市のよう。
クニットの前には大きな親指のモニュメントが・・・。
妙に生々しいのが面白い。 -
再びA線に乗ってMaisons-Laffitteで下車。
メゾン=ラフィットは、7月王政下の首相で当時メゾンを保有していたラフィットが、その広大な領地を不動産取引で売却し、高級住宅街としていった場所です。
鉄道の開通により、富裕層の移転が増え、特にメゾン・ラフィット城に続くエグレ通りにはその名残を現在にも残す屋敷のような家が建ち並んでいます。
1882年、このコミューン(地方自治体)はラフィットの名を取り、メゾン=ラフィットと命名されました。
写真はメゾン・ラフィット市庁舎です。 -
駅から徒歩で15分位、メゾン・ラフィット城に到着しました。
メゾン・ラフィット城はヴェルサイユ宮殿の建築家マンサールが改築したことで知られるバロック様式の城館。
ルイ14世が泊まった「王の部屋」が有名で、地下は競馬博物館になっています。 -
事前情報では開館しているはずの城館はなぜかクローズ。
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城館をぐるっと回って、庭園側までやってきました。
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メゾン・ラフィットは競馬の町としても有名。
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メゾンラフィット競馬場の直線コース。
橋の上からヨーロッパ最長のコースを見ることができました。
そろそろ日没の時間です。
一旦ホテルに戻って、それから大晦日のどんちゃん騒ぎを楽しみましょう。
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この旅行記へのコメント (1)
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- わんぱく大将さん 2012/02/21 06:48:15
- 古いものと新しい建物
- HYRONさん
まいど、毎度でございます。 おフランスは、宮殿がどか〜!という感じで。こちらはBCN市内、アールヌーボの家が、ごちゃごちゃと、ありすぎ。 でも、フランスの新しい建物も面白い!
大将
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