2010/06/18 - 2010/06/20
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後向きの猫さん
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昨年の北京に続いて海外一人旅をしてみました。
以前、友人と周遊ツアーに参加したときに日本人に好意的な人が多いと感じました。それなら一人でも少し安心かな?と、行くことに決めました。
それに、前回の旅行で感じた感覚、私を魅了したものを確認しに行ったというのが正しいかもしれません。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 船 タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
-
桃園空港にあるリムジンバスのチケット売り場です。
5社あり、行き先によって違います。
行き先をよく確認して買いましょう。 -
外に出ると、行き先ごとに乗り場があります。
乗り場番号以外にバスの番号と行き先が書かれているで、確認して乗ってください。では台北市内へ向けて出発しましょう。
今日、泊まるホテルは終点にあります。乗り越しを心配しなくていいので安心です。 -
荷解きもそこそこに観光に出ました。
行天宮までやっていました。
前回、廻った所を復習します。MRTに乗って、バスに乗り換えます。
バスはやっぱりハードルが高いです。 -
たくさんの地元のかたが祈っていらっしゃいます。
-
関羽さまを祀っています。
日本では三国志でお馴染みの関羽ですが、中華圏では義に厚い武将として、また商売の神さまとして祀られています。華僑が移り住んだ街には同じように祀られており、もちろん日本でも中華街を中心に数か所祀られています。
私もお参りします。財運祈願かな?
その後、私は寧夏観光夜市へと行こうと歩いていると中国語で声を掛けられました。もちろん理解できないので、いつもの「ごめんなさい。わかりません。」と中国語で返答しました。そしたら、日本語で「日本人ですか?」と聞かれました。「はい」と日本語で答えました。この人も同じ所へ行くというので一緒に連れてっていただきました。
結局、この後から翌日と2日間、台北の名所を案内してくれることになりました。有難いことで、一人旅はまたもやお預けとなってしまいました。 -
ここは台北バスステーションです。
ここから台湾全土に向けて長距離バスが発車しています。
いつかは台南や高雄へ行けるでしょうか。 -
龍山寺にやってきました。
もう暗くなっていますが、信仰心厚い台湾人が熱心に祈っていました。 -
華西街観光夜市です。
龍山寺の近くにあります。
ここはまた趣が違います。一番驚いたのは蛇を食べるらしく、たくさん生け簀?にいます。だんだん寒くなってきたので早く帰りたいです。(涙) -
西門街までやってきました。
西門紅樓です。中はレストランと工房です。
日本統治時代に公設市場として日本人によって建てられたもので、戦後は劇場として使われていたそうです。今もその名残があります。
1970年代以降、徐々に客足は遠き、何度かの改装を経て、100周年を機に今の工房へと展望を遂げました。台湾の人たちに愛される日本統治時代の産物があることを知りました。台湾には古き良き時代の日本がありました。 -
中の展示スペースです。八角樓と言って、八角形をしているのでそう呼ばれるそうです。
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ここには昭和初期?もっと古いかな?の生活に使われていたものが展示されていました。
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荷車です。
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夜も更けてきたので、今日のお礼を言ってホテルに帰りました。
新光三越の当たりです。 -
サッカーの中継をしています。
ワールドカップ予選?でしたでしょうか。
台湾の夜は長いです。
23時(日本は0時)を過ぎていますが、まだまだ人で溢れています。 -
今日はどこから行こうかと考えていたら、昨日出会った人からホテルに電話がありました、良かったら案内しますと。
かつて早稲田大学に留学していた経験があり、日本語が堪能です。もっと日本語の勉強もしたいと言われるので、遠慮せずガイドをお願いしました。私も台湾をもっと知りたかったから。
この方は商社勤めのようで、日本語以外にも英語も堪能です。この後、私たちはメールアドレスを交換しメル友となりました。通常は英語でのやり取りをしています。たまに私は中国語で、彼は日本語で書きます。私は少しも上達しません・・・。 -
ホテルから歩いてきました、国父記念館です。
中国革命の父、孫中山の記念館です。
日本では孫文として知られていますね。
中華民国の建国時、臨時総統として着任し、以来革命家として生きました。
当時は清王朝滅亡後の動乱期で、時の政権を争い、時には日本にも亡命していたこともありました。
その時の東京の地名がその号「中山」の由来だとか。
建物の中は、当時の資料や、個人のものなどが展示されており、当時を学ぶことができます。 -
孫中山像です。
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その横には衛兵が立ち、9時から17時まで1時間ごとに交代します。
その衛兵交代式も見物です。
このブルーの制服は空軍だそうです。 -
タクシーに乗って、台鉄松山站まで来ました。
この後、かの有名な九份へ行きます。
台鉄松山站から瑞芳站まで電車に乗り、バスで九份まで行きます。
電車まで時間があるので、近くを歩きました。
ここは駅の近くの道教のお寺です。
やっぱり派手ですねよね、屋根の装飾が。 -
ここは有名な鐃河街観光夜市の入り口です。
時間が早いのでさすがにどこもお店は開いていません。 -
淡水河です。
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九份を舞台にした有名な映画があります。
候孝賢監督の「非情城市」です。
ここが舞台なった阿妹茶酒館です。 -
九份の地名は最初は九件しかない集落だったことに由来しているそうです。
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小さな路地がたくさんあります。
今度は泊まって、もっと街歩きを楽しみたいですね。 -
九份の街を一周りしてきました。
先ほどバスを降りたところの下にお寺があります。
ここも道教のお寺なのでしょうか。 -
屋根の装飾が特徴ですよね。
非常にきらびやかです。
日本の神社仏閣を見ていると違和感を感じますが、信仰する気持ちは同じです。 -
九份からさらに奥に行くと金瓜石という地域があり、黄金博物園区として一般公開さえているそうです。
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四連棟です。
日本統治時代にこの金鉱の運営管理していた幹部の宿舎跡です。
戦後はこの金鉱を引き継いだ会社のやはり幹部が社宅として使っていた日本式家屋です。
時とともに風化しそうだった建物を補修、再現することで文化的に再利用するという試みは素晴らしいです。
今は生活美学体験坊として当時の生活様式を見学することができます。 -
四連棟の中です。
前線から昭和40年代くらいまでなら、まだ見かけた生活様式が再現されています。 -
卓袱台を家族で囲んでの食事です。
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台所ですね。土間です。
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寝室はベッドが置かれています。
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四連棟を出てさらに奥へ進みます。
お天気が良くないです、雨は上がっているのですが、靄がかかっています。 -
ここ金瓜石は黄金博物館、本山五鉱、錬金楼、環境館、太子賓館、生活美学体験坊(四連棟)があります。
黄金記念館にある金塊は世界最大の金塊としてギネスブックに載っています。 -
ここから「太子賓館」に入ります。
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これが日本統治時代に建てられた「太子賓館」です。
当時、皇太子であった昭和天皇が訪問した際滞在するために、日本鉱業株式会社によって建てられたものです。
当時、この地域で疫病が流行したため、結局は滞在されなかったとのことです。 -
庭には鯉を活ける池もあります。
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太子賓館の裏側です。
ダイニングのようで少し洋式のように思います。 -
廃屋があります。
ここ台湾の亜熱帯気候では木造家屋は長くもたないと言っていました。 -
この道を真っ直ぐ行くと右手に坂があって、そこを上っていくと神社に辿りつくらしいです。
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トロッコがあります。
これで金鉱を運んだのでしょうね。 -
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これは金を採掘するのに使われた動力源のようです。
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遠くに鳥居が見えます。
この上にある黄金神社の鳥居です。
神社はさらに上にあるそうです。
次回挑戦します。 -
臺鐵瑞芳站、ここから臺北に戻ります。
駅の構内に交番があります。「派出所」とあります。
「派出所と書いてあるから分かるでしょう。」と彼は言いました。
私は「はい。」とだけ答えました。
すると彼は「日本と同じでしょう。」と言いました。留学経験があるので、日本にいた時にそう思ったのだそうです。
私は「今日本では派出所とは言わないんですよ。」、「交番と言います。」。
彼は「何故?いつから?」と。
私は「いつからでしょうか、ずいぶん前からです。」、「派出所は正式名称だったのですが、俗称として交番と呼ばれていました。親しみ安さから変更されました。」、「はしゅつじょと発音するのは日本人にも難しいです。」、「中国語は何と発音しますか。」と。
彼は「paichusuo」と、そんなやり取りをしました。 -
電車まで時間があるので、瑞芳の街を歩くことにしました。
古い街並みです。
ここで聞かれました、「あなたは何が観たいですか。古いものがいいですか、新しいものがいいですか。」と。私は「古いものが観たいです」と答えました。私の頭の中には「温故知新」の文字がありました。今の気持ちにぴったりだと思いました。このとき、新しい発見をまだまだしたいという願望でいっぱいでした。 -
古い建物が続きます。
-
狛犬?
廟の近くに置かれています。
口の中に玉が入っています。
彼は「どうやって入れた?」と私に聞きました。
私は「先に玉を作って、その後周りを彫った。正解は?」と答えました。
彼は「知らない。」、「我不知道。」と言いました。
いつも不思議に思うのだそうです。 -
駅の構内はアトリエのようになっていました。
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第二月台、プラットホームのことですね。
台北方面はこちらです。
ここは平渓線の切符売り場です。
ここから平渓や十份に行けます。
でも今回はここまで、次回ゆっくり来ましょう。ねっ。 -
台鉄で台北まで戻り、MRT淡水線に乗り換えて淡水までやってきました。
-
打楽器のイベントをやっています。
看板を読むと、ここ台北県のイベントのようです。
今、演奏しているのはなんと日本のグループです。
広島から参加している和太鼓のグループで「太鼓本舗かぶら屋」です。
まさか台湾で日本の太鼓を聞くとは思いませんでした。
旅は何が起こるかわかりませんね。 -
船に乗って漁人碼頭へ行きます。
橋が架かっています。「情人橋」と言うそうです。
台湾が誇るアジアのスーパースター周杰倫もここでコンサートをしたそうです。
淡水を舞台にした彼の映画を観たと言ったら、彼はここ淡水の出身だと教えてくれました。故郷への思いが強いのだそうです。
分かります。とても綺麗な映画だと思いました。綺麗な映像と綺麗な音楽の映画で、私の好きな映画の一つです。 -
ストリートドラマーが演奏しています。
女性のドラマーです。
前に置かれているのはお金を入れるためのものです。 -
雨は上がったけれどやっぱり曇っている。
TAIPEI101の鉄片が霞んでいます。
明日は帰るだけですが、やっぱり雨なのでしょうか・・。 -
翌日、雨は上がっていました。
空港にて軽く食事をしました。
ワンタンメンです。 -
今回も一人旅は実現しませんでしたが、新しい出会いがありました。何より一人では見ることのできなかった臺灣を知りました。
臺灣には日本がありました。知らない日本を知るきっかけになりました。
また来ます。再見!
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この旅行記へのコメント (2)
-
- ムロろ~んさん 2012/12/17 16:22:17
- すごいご縁じゃないですか!
- 後向きの猫さま
ムロろ〜んです。この度はトルコ旅行記に投票をして下さりありがとうございます。
台湾旅行記を拝見しました。日本語が通じる方に出会い、その方が時間を作ってガイドをして下さったなんてすごいではないですか。なかなかそんなことってできないですよね。しかも、後向きの猫さんの希望通りに案内して下さるし。
旅の中で結構多くの所を周られていますね。九分や淡水など、良い所ですよね。淡水はまだ行ったことがないんです。
本当に台湾の方に支えられた旅でしたね。
ムロろ〜ん(-人-)
- 後向きの猫さん からの返信 2012/12/17 18:43:18
- RE: すごいご縁じゃないですか!
- ムロろ〜んさま
はい、本当にその通りです。今では良い友達です。
> 旅の中で結構多くの所を周られていますね。九分や淡水など、良い所ですよね。淡水はまだ行ったことがないんです。
あれ以降3回案内していただきました。景色が綺麗な所を選んで連れて行ってくださっています。私の希望で行けていないのは、淡水の紅毛城、鶯歌です。
淡水は台北から近いので、MRTに乗ればすぐに行けますよ。
言葉が通じることが大きいのですが、私も言葉を選ぶことを覚えました。
また方言で話さないことを心掛けています。
(これは国内でも同じですが。私にはもう一人仲の良い中国人がいます。)
金瓜石に言った時に「黄金」を「おうきん」と言われ、理解できませんでしたが、すぐに「おうごん」と読みますと言ったら、???になりました。
日本語が読み方が規則通りでないものがあります、と応えたのを忘れられません。「金色」は「きんいろ」と「こんじき」と二通りあります、みたいなやり取りをして理解していただきました。
改めて、日本語ってなんて難しいの!!
その日本語を理解し話せる外国人って本当に凄い!!!
> 本当に台湾の方に支えられた旅でしたね。
はい、毎度毎度彼に支えられての台湾の旅です。
コメントありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。
後向きの猫
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