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戊辰戦争最大の激戦 北越戦争 の総指揮を摂り、官軍に敗れた 長岡藩重役 河井継之助(司馬遼太郎先生の 峠 を読み初めて存在を知りました。) の故郷 長岡市を、事跡を訪ねて半日少し散策してみました。<br />河井継之助の墓の在る栄涼寺から北越戦争激戦地の榎峠古戦場に向かいました。<br />峠が信濃川に落ち込んでいる辺りは2004年中越大地震で崖崩れを起こした場所でした。<br />又、峠の向こうが 震災の際陸の孤島となって孤立した、山古志村方面になる事も分かりました。<br />旅行記その4  北越戦争の激戦地 榎峠と 北越戦争回避を目指した 小千谷談判の地 滋眼寺の様子を紹介します。

世界一の4尺玉が見れた 片貝まつり  その4  戊辰の痕跡を求めて榎峠から滋眼寺へ

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2011/09/09 - 2011/09/11

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五黄の寅

五黄の寅さん

戊辰戦争最大の激戦 北越戦争 の総指揮を摂り、官軍に敗れた 長岡藩重役 河井継之助(司馬遼太郎先生の 峠 を読み初めて存在を知りました。) の故郷 長岡市を、事跡を訪ねて半日少し散策してみました。
河井継之助の墓の在る栄涼寺から北越戦争激戦地の榎峠古戦場に向かいました。
峠が信濃川に落ち込んでいる辺りは2004年中越大地震で崖崩れを起こした場所でした。
又、峠の向こうが 震災の際陸の孤島となって孤立した、山古志村方面になる事も分かりました。
旅行記その4  北越戦争の激戦地 榎峠と 北越戦争回避を目指した 小千谷談判の地 滋眼寺の様子を紹介します。

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  • 榎峠古戦場にやって来ました。榎峠はこの上になるのでしょう。標識が立っています。<br />2004年中越大地震で崖崩れを起こした場所がすぐこの先だったそうです。<br />この先の三叉路を左手(山古志村方面)にとると、朝日山古戦場に向う道となります。

    榎峠古戦場にやって来ました。榎峠はこの上になるのでしょう。標識が立っています。
    2004年中越大地震で崖崩れを起こした場所がすぐこの先だったそうです。
    この先の三叉路を左手(山古志村方面)にとると、朝日山古戦場に向う道となります。

  • 左上:標識の方に登って行きますと  <br />左下:先が行き止まりの所に榎峠古戦場の地図と説明板が有りました。<br />右上:古戦場の説明板のところから振り返った見た様子です。<br />右下:向こうに信濃川に掛かる 越の大橋 が見えています。橋の向こう側のたもとに司馬遼太郎先生の「峠」の文学碑が建っています。車で走っていると、こじんまりとした所に建っているので見落とすかもしれません。

    左上:標識の方に登って行きますと  
    左下:先が行き止まりの所に榎峠古戦場の地図と説明板が有りました。
    右上:古戦場の説明板のところから振り返った見た様子です。
    右下:向こうに信濃川に掛かる 越の大橋 が見えています。橋の向こう側のたもとに司馬遼太郎先生の「峠」の文学碑が建っています。車で走っていると、こじんまりとした所に建っているので見落とすかもしれません。

  • 古戦場の説明板。現在地の赤印の先の崖が震災で崩れた場所です。上越線のトンネルが峠の下を走っています。

    古戦場の説明板。現在地の赤印の先の崖が震災で崩れた場所です。上越線のトンネルが峠の下を走っています。

  • 榎峠古戦場から朝日山古戦場に向かいました。ここから先は車は入れないと注意書きが有りました。<br />朝日山まで徒歩70分かかると書かれているので、(しかも熊に注意の看板!)<br />時間と体力に問題ありと言う事でここで引き返しました。

    榎峠古戦場から朝日山古戦場に向かいました。ここから先は車は入れないと注意書きが有りました。
    朝日山まで徒歩70分かかると書かれているので、(しかも熊に注意の看板!)
    時間と体力に問題ありと言う事でここで引き返しました。

  • この道が朝日山古戦場に向う道です。

    この道が朝日山古戦場に向う道です。

  • 近くに在る 浦柄神社 には北越戦争で戦死した会津藩の藩士が祭られているそうです。<br />参考<br />http://meiji-ishin.com/uragara.html<br />これから 越の大橋のたもとに在る司馬遼太郎先生の文学碑を訪ねます。

    近くに在る 浦柄神社 には北越戦争で戦死した会津藩の藩士が祭られているそうです。
    参考
    http://meiji-ishin.com/uragara.html
    これから 越の大橋のたもとに在る司馬遼太郎先生の文学碑を訪ねます。

  • 越の大橋の写真2枚。下の写真は越の大橋から榎峠方面を見たところです。

    越の大橋の写真2枚。下の写真は越の大橋から榎峠方面を見たところです。

  • 文学碑の在る橋のたもとには、駐車スペースが殆ど無く(一台は何とか止まれると思います)、すこし小千谷方面に進んだ所で左に入りそこから文学碑の近くに車を止めました。<br />写真上:木の茂っている所に文学碑が在ります。右手から土手に上がって文学碑に向います。<br />写真下:司馬遼太郎先生「峠」文学碑が在ります。思った以上にこじんまりとしていました。

    文学碑の在る橋のたもとには、駐車スペースが殆ど無く(一台は何とか止まれると思います)、すこし小千谷方面に進んだ所で左に入りそこから文学碑の近くに車を止めました。
    写真上:木の茂っている所に文学碑が在ります。右手から土手に上がって文学碑に向います。
    写真下:司馬遼太郎先生「峠」文学碑が在ります。思った以上にこじんまりとしていました。

  • 文学碑「峠」の碑面。

    文学碑「峠」の碑面。

  • 文学碑の写真4枚。<br />右上:文学碑の前から越の大橋を見る。<br />右下:小千谷方面の模様<br />左上:文学碑「峠」の反対側の文学碑「峠の事」<br />左下:文学碑「峠の事」から越の大橋を見る。<br />

    文学碑の写真4枚。
    右上:文学碑の前から越の大橋を見る。
    右下:小千谷方面の模様
    左上:文学碑「峠」の反対側の文学碑「峠の事」
    左下:文学碑「峠の事」から越の大橋を見る。

  • 文学碑の先、信濃川土手から榎峠を見る。画面中央左よりの白く見える崖と中央右よりの木が茂っていない斜面が中越大地震の時に崩落した所の様です。

    文学碑の先、信濃川土手から榎峠を見る。画面中央左よりの白く見える崖と中央右よりの木が茂っていない斜面が中越大地震の時に崩落した所の様です。

  • 稲穂が黄色に実って刈入れを待っています。

    稲穂が黄色に実って刈入れを待っています。

  • 小千谷談判の行なわれた 滋眼寺に到着しました。寺の横に在る駐車場に車を入れます。<br />http://www7a.biglobe.ne.jp/~jigenji/<br />写真上:山門  写真下:奥に観音堂

    小千谷談判の行なわれた 滋眼寺に到着しました。寺の横に在る駐車場に車を入れます。
    http://www7a.biglobe.ne.jp/~jigenji/
    写真上:山門  写真下:奥に観音堂

  • 小千谷談判の説明板。慶応四年(1868年)長岡藩家老 河井継之助 と 西軍軍監 岩村精一郎 との会談が行なわれた場所がこの寺です。

    小千谷談判の説明板。慶応四年(1868年)長岡藩家老 河井継之助 と 西軍軍監 岩村精一郎 との会談が行なわれた場所がこの寺です。

  • 山門の写真2枚。

    山門の写真2枚。

  • 山門の仁王様。

    山門の仁王様。

  • 山門をくぐると奥に観音堂が建っています。

    山門をくぐると奥に観音堂が建っています。

  • 山門の上部に見える彫刻をアップしてみました。

    山門の上部に見える彫刻をアップしてみました。

  • 手洗い場。

    手洗い場。

  • 観音堂に安置されている 聖観世音菩薩 と 本堂で行なわれた小千谷会談の説明。

    観音堂に安置されている 聖観世音菩薩 と 本堂で行なわれた小千谷会談の説明。

  • 本堂に参る途中にお地蔵様が並んでました。

    本堂に参る途中にお地蔵様が並んでました。

  • 本堂の入口です。事前予約が無いと入れないようです。

    本堂の入口です。事前予約が無いと入れないようです。

  • 本堂の扁額。船岡山の山号の文字。

    本堂の扁額。船岡山の山号の文字。

  • こちら観音道。この中に聖観世音菩薩が安置されています。

    こちら観音道。この中に聖観世音菩薩が安置されています。

  • 聖観世音菩薩様。

    聖観世音菩薩様。

  • 観音堂の上には 船岡観世音 の扁額が掛かっていました。

    観音堂の上には 船岡観世音 の扁額が掛かっていました。

  • 観音堂から本堂を見てみました。

    観音堂から本堂を見てみました。

  • 観音堂前から見た山門の姿。

    観音堂前から見た山門の姿。

  • 山門前から見た駐車場の様子。

    山門前から見た駐車場の様子。

  • <br />山門の脇に建つ 由緒書き。<br />慈眼寺の散策を終え、いよいよ花火大会の会場である片貝に向かいます。<br />その5   世界一正4尺玉 日本一正3尺玉 に続きます。<br />


    山門の脇に建つ 由緒書き。
    慈眼寺の散策を終え、いよいよ花火大会の会場である片貝に向かいます。
    その5  世界一正4尺玉 日本一正3尺玉 に続きます。

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