2006/07/22 - 2006/08/07
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スタリモストさん
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久しぶりにチプリアン・ポルムベスクの「バラーダ」を聞いた。天満敦子の哀愁を帯びたバイオリンの調べに耳を傾けながら、2006年の東欧(ポーランド・ハンガリー・ブダペスト)の旅を懐かしく思い出した。すでにスタリモストがこの旅行のエピソードを3編UPしているが、結婚25周年の年に訪れた当地には、その他にも、忘れがたい光景がたくさんある。(a3記)
※フモール修道院
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■13日目 モルドヴァ修道院半日めぐり
ホテルに入っていた旅行会社S.C UNITA TURISM S.Aでブコヴィナ地方の修道院巡りのツアーを頼んだ。
タクシーをチャーターして、フモール修道院→モルドヴィツァ修道院→ヴォロネツ修道院をめぐり、午後3時半にホテルにもどることにした。
費用は、初めの金額から随分下げてくれて49$。ユーロの$換算をひょっとして間違えたのかもしれない。
10時にホテルに来た運転手は陽気な若者で、携帯とハンドルを絶妙に持ち替え、広大な牧草地を裂いて続く道をフルスピードで疾走させてくれた。(^^;)
※フモール修道院 -
モルドヴァ公国が栄えた16世紀初頭に大公や貴族らが建立した修道院は、外壁を埋め尽くす壮麗なフレスコ画で有名であり、一つを除き1993年に世界遺産に登録されている。
聖堂の姿、外壁のフレスコ画、庭に植えられたバラとの調和が絶妙で、どの角度からも絵になった。
※フモール修道院 -
※フモール修道院
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とりわけ午前中にまわったフモール修道院は、人もまだ少なく、修道女の立ち居も穏やかで、静謐な情感が漂っていて印象深かった。
※フモール修道院 -
※モルドヴィツァ修道院
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※モルドヴィツァ修道院
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※モルドヴィツァ修道院/戦闘場面
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※モルドヴィツァ修道院
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※ヴォロネツ修道院
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※ヴォロネツ修道院/最後の審判
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この旅行では、「バラーダ」を作曲したチプリアン・ポルムベスクの生誕地に行こうと思っていた。
ところが、水害か何かで、村への道が荒れ車が通れないとドライバーは言う。「Ciprian Porumbescu」の道路標識が見えたが行く事を断念せざるを得なかった。 -
しかし、車を止めて道沿いの記念碑だけは写真に納めた。
旅に出る前、高樹のぶ子の「百年の預言」を再読し、天満敦子のCDを繰り返し聞いていたものだがら、記念碑のそばに立てただけでも喜びがこみ上げてきた。 -
■14日目 スチャバ→「ゼチェ・プラジーニ村」
切符は、前日にホテル「スチャバ」横のCFR(国鉄旅行センター)で購入しておいた。村はロマンからネグレスティの間辺りではないかと見当をつけていたので、とりあえず、スチャバ発ロマン経由ブハイエスティ駅まで発券してもらった。窓口の女性は英語が通じず、又、ゼチェ・プラジーニ村の存在も知らなかったので、もよりの駅名は結局特定出来なかった。
朝5時スチャバ駅を発車したインターシティは、ロマン駅に6時半に着。横にはすでに「ヤシ」行きの列車が待っていた。ホームに立っていた車掌に、列車を指さして、「ゼチェ・プラジーニ、ストップ?」と尋ねたら、OKを出してくれた。「あの映画のように駅がなくとも列車は村に近づけば、止まるのだ。」と思いこんだ。
発車予定は6時35分予定だったが30分程遅れて7時過ぎに動き出した。
しかし、どこがゼチェ・プラジーニ村なのか、そしてどこで降りたらよいのか皆目わからない。「ファンファーレ・チォカリーア」のポストカードのコピーを持ってきていたので、これの余白に、「地球の歩き方」の語彙集から「As vrea sa merg la zece prajini?(prajiniへ行きたいのですが)」「Are statie la Prajini?(prajiniにとまりますか)」と書き始めた。コンパートメントには若い女性とその母とおぼしき二人が相席していたのだが、この書き込みをのぞき込み、早速反応してくれた。それが「そうだ」「そうじゃない」が混在して、どうも理解できない。
ポストカードを持ち「ゼチェ・プラジーニ」と言いながら、車内を歩きはじめたら、若いルーマニア女性が、「どうしたの」と日本語で話しかけてくれた。予想だにしなかった展開。まさに願ってもない助け船が現れた。そして同伴していた容姿抜群の若い男はゼチェ・プラジーニ村の出身だと言う。
「ゼチェ・プラジーニ村には行けるけれど、村に駅はない。村を過ぎた駅で降り、そこから2?ほどもどることになる。」と片言の日本語で応えてくれた。そして、「我々もその駅で降りる。方角は違うが一緒に行ってあげよう」と申し出てくれたのだ。この女性、ダンサーとして2度ほど来日したという。そして「あなたたち、無謀。村に知り合いもいない、ルーマニア語も知らないで、ここまで来るなんて。彼は泊まれるペンシオーネは村にはないと言っているよ」と。またまた一抹の不安。チォカリーアでテナー・ホルンを担当しているシューロがゲストハウスをやっているという情報を得ていたのだが・・・。 -
「地図にない村から」で観た光景が車窓に流れ始めた。
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通路に立っていたら、近くの男が、「ここからだ、村は」と合図してくれた。そして踏切の所で、再び手を振り、「ここまでだ」と、村のエリアを教えてくれたのだ。
あの母子も笑みを浮かべてこちらを見ていた。
ダグーツァ駅(ロマンから5つ目の駅)で下車。ロマンを出て70分程度の所だった。 -
線路沿いに歩き始めた。2人は「6?先にある修道院に行く予定だけど、一緒に村に行ってあげようか。」と申し出てくれた。
列車の中で位置関係はしっかり確認できたので、丁重に断った。
みなさんに心から「ムルツメスク」 。 -
村の周辺には美しい牧草の丘が続き、そこかしこにワイルドフラワーが咲き乱れていた。この旅の中でもっとも心ときめく清らかな最高の時間流れた。
チューバ奏者のモネルの家に滞在し、家族との楽しい交歓の時間を持ち美味しい食事を頂いた。 -
スタリモストのレポート
http://4travel.jp/traveler/sutarimosuto/album/10197268/ -
「ダグーツァ駅」午後6時発の列車で「ロマン」へ。
タクシーの案内でホテル「ロマン」に逗留した。(この旅中初めての3つ☆180LEI)。 -
ホテル・ロマン近くの修道院SFANTA VINERIの静けさもたまらなく良かった。
しかし、この町は多数のストリートチルドレンもいて、とげとげしさ感じた。 -
■15日目 ロマンからシナイアへ
ロマン駅6:23発の列車でプロエスティを経由してシナイアに向かった(47.2LEI)。
ブカレスト経由だと2時間早く着くけれど、急ぎ旅ではないので、プロエスティ経由を安さで選択した。プロエスティに着いたのは10時半、14:38の発車時間まで4時間待ちだ。
※プロエスティ駅ホーム -
近くには廃屋になった巨大の工場が赤さびを露呈し、駅前は閑散としている。経由地でなかったら決して降り立たない町だ。レストランに入り美味しいコーヒーを飲み、二人で旅をふりかえった。
意味なく広い駅前通りの木陰のベンチで、過ごした時間も至福であった。
※プロエスティ駅前 -
降り立ったシナイアは、避暑地の清涼感に溢れていた。
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ルーマニア中央を走るカルパチア山脈に抱かれ、「カルパチアの真珠」と称されるシナイヤは、標高800?の高地にある軽井沢のような避暑地だ。17世紀に僧院が建立されて後、18世紀にブカレストの王侯貴族たちの別荘地として栄え、19世紀にはペレシュ城が建てられた。意匠の面白いロッジ風の館が建ち並んでおり、独特の景観が見られる。冬はスキーリゾートとしても有名だ。
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ホテルは、駅前階段を上りきった所にある「カライマン(167LEI)泊 」した。ここに決めるまでに、シナイヤ僧院前の貴族の建物を改装した安ホテル「インティム」をチェックしたが、残念ながら満室。重たいリュックが肩に食い込んできたが、気を取り直して、カライマンにもどった。
カライマンは、実に重厚・堅牢な造作で、黒塗りの梁も見事。写真に撮っても絵になる外観であり。内装も重厚であった。
そして夕食の美味しかったこと。1本のご当地ワインもたったの20LEI。前菜も川魚のソティーも口に合った。
この旅の最後を飾る楽しいディナーであった。 -
夏のシナイヤは一大観光地。多くの観光客がつめかけていた。
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量り売り一口パイ屋「FORNETTI」。
この店はルーマニアの大きな町にはどこにもあった。豊富な種類があり、手頃な値段だったので、よく利用した。美味しかった。 -
■16日目 シナイヤからブカレストへ。そして関空へ。
シナイヤの朝、肌寒さにウィードブレーカーを着てホテル前の公園を散歩した。
異国の小鳥がさえずり、愛らしい小さなリスが芝生の上を跳ねていた。 -
澄んだ空気がまだ漂う朝9時、シナイヤ僧院では板(トアカ)をたたく音が鳴り響き、ミサが執り行われていた。
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土産物屋が軒を連ねた林道を抜けると、
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ペレシュ城の勇姿が目に入った。
カルロ1世が1875年に創建した夏の離宮であるこの城の美しさには言葉もなかった。とりわけその内部は、ルネッサンス・バロック・ロココ様式の粋が凝縮され、造作や調度品は繊細で壮麗、すべてが一級の芸術品だった。 -
ペリショール城も見学し、陳列してあったミュシャの石版画を楽しんだ。
旅の最後の訪問地としてここを選んで良かった。 -
インターシティで、ブカレストに向かった。
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ブカレスト駅に着いた後、
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駅から15分程歩いて、迷わずヴィクトリア宮殿前のバス停に到着した。
ここのバス停から空港行きバス783番が出ている。
切符売り場の女性は、「ウェルカム」の気持ちが溢れていた。切符の後に783と書いてくれる親切さ。この女性の笑顔でブカレストの好感度は俄然アップしたし、バス代も一人100円とリーズナブルだった。
1時間程走ったろうか、乗客みんなが降りるものだから、国内線の方で降りてしまった。しかし一安心、国際線はすぐ隣だった。
■滞在費(2人で19万円/航空券人14万円)
宿泊代13泊=6万円(1泊平均4600円)/移動費=7万円/入場料=2万円/食費と飲料=3万円/他=1万円
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