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伊豆國一之宮 三嶋大社の創建時期は不詳とされるが、古来より三島の地に鎮座し、祭神を併せ三嶋大明神と称された。<br /><br />駿河國富士山本宮浅間神社と共に富士鎮護の守りとして伊豆國、並びに、国土開発の神として信仰される。<br /><br />古来より、日本書紀 天武帝(てんむ てんのう)(舒明3年(631年)〜天平朱雀9年(686年)10月1日)に、該大社に関する記述が見られる。<br /><br />御祭神は、<br />大山祇命(おおやままつみのみこと)<br />積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのみこと)<br />御二柱の神を総称し三嶋大明神と称す。<br /><br />源頼朝(みなもとの よりとも)は保元の乱(ほうげんのらん)で死一等を免じ伊豆國蛭ケ島に遠島処分となったが、該社を深く崇敬し、以仁王挙兵に伴う旗揚に協力した事から、鎌倉幕府以後武家の崇敬を集めるに至った。<br /><br />明治維新当時、東征大総督 有栖川宮幟仁親王の為に箱根峠警護を仰せつかった事から、明治期以降は明治新政府に依り厚遇され、官幣大社の扱いを受くる。<br /><br />尚、該旅行記に於ける年月日は旧太陰暦を現行太陽暦年月日に変換済のものである。<br />http://www.mishimataisha.or.jp/<br /><br /><br />三島市大宮町2−1−5<br />?: 055−975−0172<br />東海道本線三島駅南口 徒歩8分<br /><br /><br />表紙の写真は 有栖川宮熾仁親王書 三嶋大社扁額

伊豆國一之宮 三嶋大社参拝記

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2011/09/11 - 2011/09/11

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4

64

横浜臨海公園

横浜臨海公園さん

伊豆國一之宮 三嶋大社の創建時期は不詳とされるが、古来より三島の地に鎮座し、祭神を併せ三嶋大明神と称された。

駿河國富士山本宮浅間神社と共に富士鎮護の守りとして伊豆國、並びに、国土開発の神として信仰される。

古来より、日本書紀 天武帝(てんむ てんのう)(舒明3年(631年)〜天平朱雀9年(686年)10月1日)に、該大社に関する記述が見られる。

御祭神は、
大山祇命(おおやままつみのみこと)
積羽八重事代主神(つみはやえことしろぬしのみこと)
御二柱の神を総称し三嶋大明神と称す。

源頼朝(みなもとの よりとも)は保元の乱(ほうげんのらん)で死一等を免じ伊豆國蛭ケ島に遠島処分となったが、該社を深く崇敬し、以仁王挙兵に伴う旗揚に協力した事から、鎌倉幕府以後武家の崇敬を集めるに至った。

明治維新当時、東征大総督 有栖川宮幟仁親王の為に箱根峠警護を仰せつかった事から、明治期以降は明治新政府に依り厚遇され、官幣大社の扱いを受くる。

尚、該旅行記に於ける年月日は旧太陰暦を現行太陽暦年月日に変換済のものである。
http://www.mishimataisha.or.jp/


三島市大宮町2−1−5
?: 055−975−0172
東海道本線三島駅南口 徒歩8分


表紙の写真は 有栖川宮熾仁親王書 三嶋大社扁額

同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 三島駅<br /><br /><br /><br />駅本屋<br />昭和9年(1934年)12月1日開業<br />http://railway.jr-central.co.jp/station-guide/shinkansen/mishima/index.html

    三島駅



    駅本屋
    昭和9年(1934年)12月1日開業
    http://railway.jr-central.co.jp/station-guide/shinkansen/mishima/index.html

  • 三島駅<br /><br /><br /><br />現駅は2代目<br />初代三島駅は、現御殿場線下土狩駅

    三島駅



    現駅は2代目
    初代三島駅は、現御殿場線下土狩駅

  • 三島駅<br /><br /><br /><br />一見,<br />三嶋大社本殿を正面から捉えた光景に見えるも実は該本殿側面姿。

    三島駅



    一見,
    三嶋大社本殿を正面から捉えた光景に見えるも実は該本殿側面姿。

  • 赤橋(あがばし)<br /><br /><br /><br />江戸期に駿豆地方には該橋以外に、青木橋、源兵白旗橋、黒瀬橋、及び、黄瀬川橋の5色に因む橋が存在し個々特徴を有していた。<br />赤橋は鎌倉古道の御殿川に架橋されたもので太鼓橋とも称される。<br />現橋は大正13年(1924年)10月に架替物。<br /><br />三島市芝本町1−13<br />東海道本線三島駅東口 徒歩6分

    赤橋(あがばし)



    江戸期に駿豆地方には該橋以外に、青木橋、源兵白旗橋、黒瀬橋、及び、黄瀬川橋の5色に因む橋が存在し個々特徴を有していた。
    赤橋は鎌倉古道の御殿川に架橋されたもので太鼓橋とも称される。
    現橋は大正13年(1924年)10月に架替物。

    三島市芝本町1−13
    東海道本線三島駅東口 徒歩6分

  • 三嶋大社<br /><br /><br />西鳥居<br /><br />三島市大宮町1−2−1<br />東海道本線三島駅東口 徒歩8分

    三嶋大社


    西鳥居

    三島市大宮町1−2−1
    東海道本線三島駅東口 徒歩8分

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />大華表(だいかひょう)<br />

    三嶋大社



    大華表(だいかひょう)

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />大華表(大鳥居)<br />文久3年(1863年)11月16日竣工

    三嶋大社



    大華表(大鳥居)
    文久3年(1863年)11月16日竣工

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />社号標(しゃごうひょう)<br />石柱

    三嶋大社



    社号標(しゃごうひょう)
    石柱

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />金属燈篭<br />平成4年(1992年)11月30日<br />今上天皇御大典記念奉納品

    三嶋大社



    金属燈篭
    平成4年(1992年)11月30日
    今上天皇御大典記念奉納品

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />大石燈篭<br />筑後久留米藩第6代藩主 有馬頼僮(ありま よりゆき)(正徳4年(1714年)12月31日〜天明3年(1783年)12月16日)奉納。

    三嶋大社



    大石燈篭
    筑後久留米藩第6代藩主 有馬頼僮(ありま よりゆき)(正徳4年(1714年)12月31日〜天明3年(1783年)12月16日)奉納。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />大石燈篭

    三嶋大社



    大石燈篭

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />たたり石(たたりいし)<br />該石は本来東海道中央部に存在し、交通整理の役目を果たしたと伝承さる。<br />東海道工事で掘り起され神社に奉納。

    三嶋大社



    たたり石(たたりいし)
    該石は本来東海道中央部に存在し、交通整理の役目を果たしたと伝承さる。
    東海道工事で掘り起され神社に奉納。

  • 三嶋大社<br /><br /><br />若山牧水歌碑<br />神地東側神池南端に所在<br /><br />のずえなる 三島のまちの あげ花火 月夜のそらに 消えて散るなり<br /><br />若山牧水(わかやま ぼくすい)(明治18年(1885年)8月24日〜昭和3年(1928年)9月17日)は、明治期から昭和初期にかけて活躍した詩人。<br />沼津千本松海岸をこよなく愛し、該地に若山牧水記念館が設置されている。

    三嶋大社


    若山牧水歌碑
    神地東側神池南端に所在

    のずえなる 三島のまちの あげ花火 月夜のそらに 消えて散るなり

    若山牧水(わかやま ぼくすい)(明治18年(1885年)8月24日〜昭和3年(1928年)9月17日)は、明治期から昭和初期にかけて活躍した詩人。
    沼津千本松海岸をこよなく愛し、該地に若山牧水記念館が設置されている。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />若山牧水歌碑と神池

    三嶋大社



    若山牧水歌碑と神池

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />治承4年(1180年)5月の源頼朝の平氏追討の際に願掛けの場とされた。

    三嶋大社



    治承4年(1180年)5月の源頼朝の平氏追討の際に願掛けの場とされた。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />古今石柱

    三嶋大社



    古今石柱

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />松尾芭蕉句碑<br /><br />どむみりと 棟や 雨の 花曇り<br /><br />元禄7年(1694年)5月14日に三嶋大社に参拝の折に詠んだ句。

    三嶋大社



    松尾芭蕉句碑

    どむみりと 棟や 雨の 花曇り

    元禄7年(1694年)5月14日に三嶋大社に参拝の折に詠んだ句。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神木<br />西側神池畔に所在し三島7木に数えられ現存唯一の老木。<br />樹齢1000年余と伝承の楠の大木。<br />再三に亙る災害戦乱を生延びた。

    三嶋大社



    神木
    西側神池畔に所在し三島7木に数えられ現存唯一の老木。
    樹齢1000年余と伝承の楠の大木。
    再三に亙る災害戦乱を生延びた。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神池(しんち)<br />源頼朝は征夷大将軍に任ぜられると共に元暦2年(1185年)4月20日に神池畔に於いて方生會(ほうじょうえ)開催が吾妻鏡(あづま かがみ)に記載。

    三嶋大社



    神池(しんち)
    源頼朝は征夷大将軍に任ぜられると共に元暦2年(1185年)4月20日に神池畔に於いて方生會(ほうじょうえ)開催が吾妻鏡(あづま かがみ)に記載。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />反り橋

    三嶋大社



    反り橋

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />厳島神社<br />三嶋大社末社<br />明治元年(1868年)11月4日竣工

    三嶋大社



    厳島神社
    三嶋大社末社
    明治元年(1868年)11月4日竣工

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神池<br />厳島神社

    三嶋大社



    神池
    厳島神社

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神池<br />蘭渓燈篭(らんけい どうろう)<br />東京都台東区在 倉島延三美津夫妻が昭和40年1965年)7月8日献納。

    三嶋大社



    神池
    蘭渓燈篭(らんけい どうろう)
    東京都台東区在 倉島延三美津夫妻が昭和40年1965年)7月8日献納。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神池

    三嶋大社



    神池

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />厳島神社<br />北條政子(ほうじょう まさこ)が殊の外崇敬した伝わる。

    三嶋大社



    厳島神社
    北條政子(ほうじょう まさこ)が殊の外崇敬した伝わる。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神池<br />真鯉、錦鯉

    三嶋大社



    神池
    真鯉、錦鯉

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />参道<br />石畳の参道と三嶋桜の並木。

    三嶋大社



    参道
    石畳の参道と三嶋桜の並木。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />総門(そうもん)<br />全景

    三嶋大社



    総門(そうもん)
    全景

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />総門<br />該建築物は北伊豆震災(きたいず しんさい)(昭和5年(1930年)11月26日)の地震動で損壊し、内務省神社局の手に拠り昭和6年(1931年)3月に当時日本領だった台湾檜を使用して復旧。<br />元総門は残存資材を使用し昭和25年(1950年)8月に芸能殿に移築。

    三嶋大社



    総門
    該建築物は北伊豆震災(きたいず しんさい)(昭和5年(1930年)11月26日)の地震動で損壊し、内務省神社局の手に拠り昭和6年(1931年)3月に当時日本領だった台湾檜を使用して復旧。
    元総門は残存資材を使用し昭和25年(1950年)8月に芸能殿に移築。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />総門<br />大注連縄(おおしめなわ)

    三嶋大社



    総門
    大注連縄(おおしめなわ)

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />参道<br />三嶋桜並木

    三嶋大社



    参道
    三嶋桜並木

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />参道<br />三嶋桜<br />樹木を苔覆う。

    三嶋大社



    参道
    三嶋桜
    樹木を苔覆う。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />芸能殿(げいのうでん)<br />元総門だった建造物だったが北伊豆震災で損壊し、現総門復旧後は残存資材を活用し建築。<br />昭和25年(1950年)8月移築改造。

    三嶋大社



    芸能殿(げいのうでん)
    元総門だった建造物だったが北伊豆震災で損壊し、現総門復旧後は残存資材を活用し建築。
    昭和25年(1950年)8月移築改造。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />頼朝政子の腰掛石<br />左<br />源頼朝<br />が、治承4年(1180年)5月に行った平氏追討願掛の際に使用したと伝えられる。<br />右<br />北條政子<br />が休憩したとされる腰掛石。

    三嶋大社



    頼朝政子の腰掛石

    源頼朝
    が、治承4年(1180年)5月に行った平氏追討願掛の際に使用したと伝えられる。

    北條政子
    が休憩したとされる腰掛石。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />手水舎(てみづしゃ)<br />慶應4年(1868年)7月28日竣工

    三嶋大社



    手水舎(てみづしゃ)
    慶應4年(1868年)7月28日竣工

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神馬舎(しんめしゃ)<br />明治元年(1868年)9月27日竣工

    三嶋大社



    神馬舎(しんめしゃ)
    明治元年(1868年)9月27日竣工

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神門(しんもん)<br />

    三嶋大社



    神門(しんもん)

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神門と翼廊(よくろう)

    三嶋大社



    神門と翼廊(よくろう)

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神門<br />屋根<br />唐破風造(からはふ つくり)

    三嶋大社



    神門
    屋根
    唐破風造(からはふ つくり)

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />神門<br />屋根装飾

    三嶋大社



    神門
    屋根装飾

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />翼廊

    三嶋大社



    翼廊

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />金木犀<br />http://www.mishimataisha.or.jp/flower/kinmokusei.html

    三嶋大社



    金木犀
    http://www.mishimataisha.or.jp/flower/kinmokusei.html

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />金木犀(きんもくせい)<br />樹齢1200余と伝承。<br />9月上旬、及び、同月下旬2回開花。<br />国指定天然記念物<br />但し、今年は台風の影響か下旬分開花を見ず。

    三嶋大社



    金木犀(きんもくせい)
    樹齢1200余と伝承。
    9月上旬、及び、同月下旬2回開花。
    国指定天然記念物
    但し、今年は台風の影響か下旬分開花を見ず。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />舞殿(ぶでん)<br />木造素木入母屋造<br />本瓦形銅板葺<br />慶應3年(1867年)12月18日竣工<br />

    三嶋大社



    舞殿(ぶでん)
    木造素木入母屋造
    本瓦形銅板葺
    慶應3年(1867年)12月18日竣工

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />舞殿<br />側面

    三嶋大社



    舞殿
    側面

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />舞殿<br />背後面

    三嶋大社



    舞殿
    背後面

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />高野槙(こうやまき)<br />池田厚子(いけだ あつこ)さま御手植<br />平成18年(2006年)11月7日 秋篠宮悠仁親王誕生記念<br /><br />厚子さまは今上天皇姉上で岡山池田家に御降婚。

    三嶋大社



    高野槙(こうやまき)
    池田厚子(いけだ あつこ)さま御手植
    平成18年(2006年)11月7日 秋篠宮悠仁親王誕生記念

    厚子さまは今上天皇姉上で岡山池田家に御降婚。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />本殿・幣殿・拝殿<br />複合社殿造<br />全景<br />慶應2年(1866年)9月9日竣工<br />国重要文化財指定

    三嶋大社



    本殿・幣殿・拝殿
    複合社殿造
    全景
    慶應2年(1866年)9月9日竣工
    国重要文化財指定

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />本殿・幣殿・拝殿<br />正面

    三嶋大社



    本殿・幣殿・拝殿
    正面

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />本殿・幣殿・拝殿<br />写真中央の地元住民らしき老人男性、境内で煙草を吹かし、且つ、横浜臨海公園の如く該大社の許可も得ず拝殿内部を無断撮影せんとして左手の巫女に大声で注意制止される。<br />少し常識を備えたる者なら判りそうなもの。<br />察して地元民度知るなり。

    三嶋大社



    本殿・幣殿・拝殿
    写真中央の地元住民らしき老人男性、境内で煙草を吹かし、且つ、横浜臨海公園の如く該大社の許可も得ず拝殿内部を無断撮影せんとして左手の巫女に大声で注意制止される。
    少し常識を備えたる者なら判りそうなもの。
    察して地元民度知るなり。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />本殿・幣殿・拝殿<br />

    三嶋大社



    本殿・幣殿・拝殿

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />本殿・幣殿・拝殿<br />右側面

    三嶋大社



    本殿・幣殿・拝殿
    右側面

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />壱之鳥居<br />扁額

    三嶋大社



    壱之鳥居
    扁額

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />壱之鳥居<br />扁額<br />裏面<br />有栖川宮熾仁親王 書<br />有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひと しんのう)(天保6年(1835年)3月17日〜明治28年(1895年)1月25日)は、明治維新当時、大総督府宮として幕府側追討軍を率い東上中、三嶋大社宮司矢田部盛治が箱根警護先導を仰せ承り、維新の際に該大社の功績となる。<br />また、現在の國學院大學創設にも関与。<br /><br />

    三嶋大社



    壱之鳥居
    扁額
    裏面
    有栖川宮熾仁親王 書
    有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみや たるひと しんのう)(天保6年(1835年)3月17日〜明治28年(1895年)1月25日)は、明治維新当時、大総督府宮として幕府側追討軍を率い東上中、三嶋大社宮司矢田部盛治が箱根警護先導を仰せ承り、維新の際に該大社の功績となる。
    また、現在の國學院大學創設にも関与。

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />渡り廊下

    三嶋大社



    渡り廊下

  • 三嶋大社

    三嶋大社

  • 三嶋大社

    三嶋大社

  • 三嶋大社

    三嶋大社

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />矢田部盛治像<br />第66代三嶋大社宮司 矢田部盛治(やたべ もりはる)(文政7年(1824年)3月3日〜明治4年(1871年)9月)は、遠江國掛川藩家老職 橋爪家出身で矢田部家養子となる。<br />幕末たる嘉永7年(1854年)12月23日に発生した安政東海地震で悉く倒壊した該社建造物を復旧させるべく奔走。<br />昭和29年(1954年)建立。<br />澤田晴広作

    三嶋大社



    矢田部盛治像
    第66代三嶋大社宮司 矢田部盛治(やたべ もりはる)(文政7年(1824年)3月3日〜明治4年(1871年)9月)は、遠江國掛川藩家老職 橋爪家出身で矢田部家養子となる。
    幕末たる嘉永7年(1854年)12月23日に発生した安政東海地震で悉く倒壊した該社建造物を復旧させるべく奔走。
    昭和29年(1954年)建立。
    澤田晴広作

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />寄贈井戸

    三嶋大社



    寄贈井戸

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />祓所神社(はらいど じんじゃ)<br />全景<br /><br />三島市大宮町1−2−1<br />東海道本線三島駅東口 徒歩8分

    三嶋大社



    祓所神社(はらいど じんじゃ)
    全景

    三島市大宮町1−2−1
    東海道本線三島駅東口 徒歩8分

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />祓所神社<br />太鼓橋と神池<br /><br />三島市大宮町1−2−1<br />東海道本線三島駅東口 徒歩8分

    三嶋大社



    祓所神社
    太鼓橋と神池

    三島市大宮町1−2−1
    東海道本線三島駅東口 徒歩8分

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />祓所神社<br />該社は三嶋大社西鳥居横に鎮座する末社。<br />北伊豆震災で被災したが、昭和11年(1936年)7月8日に内務省神社局に拠り復旧。<br /><br />三島市大宮町1−2−1<br />東海道本線三島駅東口 徒歩8分

    三嶋大社



    祓所神社
    該社は三嶋大社西鳥居横に鎮座する末社。
    北伊豆震災で被災したが、昭和11年(1936年)7月8日に内務省神社局に拠り復旧。

    三島市大宮町1−2−1
    東海道本線三島駅東口 徒歩8分

  • 三嶋大社<br /><br /><br /><br />宝物殿<br />初代館は昭和5年(1930年)に建築されたが老朽化の為に平成10年(1998年)現建築物が完成。<br />1階は無料展示場<br />2階は有料<br />大人1名500円<br />9:00〜16:30<br />不定休

    三嶋大社



    宝物殿
    初代館は昭和5年(1930年)に建築されたが老朽化の為に平成10年(1998年)現建築物が完成。
    1階は無料展示場
    2階は有料
    大人1名500円
    9:00〜16:30
    不定休

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  • 潮来メジロさん 2011/10/24 11:13:01
    訪問回数600回目、ありがとうございました。ヾ(^o^)
    横浜臨海公園さん、こんにちは! ヾ(^o^)
    毎度、訪問ありがとうございました。
    10月19日訪問時の訪問回数が、ちょうど600回目となっておりました。
    拙いブログなのに、度々お越し戴き、ありがとうございました。
    旅に出ていたので、御礼が遅くなり失礼しました。

    > 三嶋大社
    >
    > 神池
    > 厳島神社

    三嶋大社の境内にも厳島神社があるのですか。
    何か特別な関係でもあるのでしょうか。

    神池でくつろぐカルガモさん達も、ここならいたずらされたりする事もないので、安心してくつろいでいるようですね。

    ではまた・・・。(^o^)/~~~
      (潮来メジロ)

    横浜臨海公園

    横浜臨海公園さん からの返信 2011/10/26 02:48:07
    拝復
    潮来メジロさま、こんばんは。



    600回訪問報告のメッセージを賜りながら返事を差し上げるのが遅くなりまして誠に申し訳ございませんでした。

    > 拙いブログなのに、度々お越し戴き、ありがとうございました。
    > 旅に出ていたので、御礼が遅くなり失礼しました。
    →とんでもございません。
    何時も野鳥を主体とする旅行記、心和ませて頂いております。

    > > 三嶋大社
    > >
    > > 神池
    > > 厳島神社
    >
    > 三嶋大社の境内にも厳島神社があるのですか。
    > 何か特別な関係でもあるのでしょうか。
    →北條政子が安芸國厳島神社を勧請したのがきっかけなのだそうです。
    三島市内は大社境内に限らず、池や川のソコソコにカルガモ親子たちが群れております。



    横浜臨海公園
  • きーちゃんさん 2011/09/30 11:14:23
    パワースポット三嶋大社
    横浜海臨公園さん、こんにちは。

    いつもご訪問、投票頂きありがとうございます!

    奈良・平安時代の古書のも記録が残る三嶋大社。。。一歩足を踏み入れた瞬間、身が引き締まる思いの雰囲気です。

    最初の「たたり石」、、、タダの大きな石と言えばそうなんですが、いやいや、ここにも何らかのパワーが潜んでいるように思えます(霊感はありませんが)

    樹齢1000年あまりの神木も、今だ青々とした葉をつけて「まだまだ負けぬぞ!」と言っているかのように堂々と立っている様は圧巻ですね!

    桜並木も見どころなんでしょうね。
    樹木を覆う苔にもビックリ、、、湿気も多い所なんですね。

    そして興味深々だったのが、頼朝、政子の腰かけ石。
    参拝者の方が座ったと見えて艶が出ていますね(^^)
    私も座ってみたいです〜

    本殿の社殿彫刻、すばらしいですね〜
    すべての彫刻に意味が込められ、昔の名工の優れた技術には見事としか言いようがないですね!

    私もパワーを頂いたような気がします^_^

                                 きーちゃん

    横浜臨海公園

    横浜臨海公園さん からの返信 2011/10/02 01:06:33
    拝復
    きーちゃんさま、こんばんは。



    メッセージと投票を賜りまして誠に有難うございました。

    三嶋大社に関してですが、残念ながらパワースポットとしての価値は甚だ僅少の様です。
    寧ろ、富士山浅間神社の方により価値を見出せるかと思います。
    三嶋大社は参拝者が俗っぽく、正直言って興覚めだったと言うのが疑わざる本音です。
    ただ、境内の古大木群の中を歩くと言うのは気分が好いものです!



    横浜臨海公園

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