2011/07/05 - 2011/07/05
249位(同エリア298件中)
まみさん
2011/07/05火 トビリシ(グルジアの首都)市内半日観光
(寝台車でトビリシ到着12時15分)
・公衆浴場のあるアバノス通り〜ゴルガサリ広場(旧市街)
・シナゴーグ見学
・ノラシェン教会&ジュヴァリス・ママ教会見学
・シオニ大聖堂見学
・ダヴィスプレビス(自由)広場(新市街)〜ルスタヴェリ大通り散策
・カシュヴェティ教会見学
(地下鉄でアヴァラバリ駅へ)
・アヴァラバリ地区からホテルに戻るまで夕景・夜景を楽しむ
【トビリシ泊:ホテル・ティフリス・パレス(Tiflis Palace)】
まるで18世紀から19世紀初頭にタイムスリップしたような旧市街を抜けて、白い柱の上に黄金の騎馬像がある、いかにも近現代のヨーロッパにありそうな広場に出たとき、ああやっと現代に戻ってきた、とほっとしました。
やっと現代の首都らしいトビリシが見られた、と思ったものです。
旧市街の顔のトビリシはとても風情があったけれど、トビリシはもっと都会だと思っていたので次第に心細くなってしまいました。
新市街は、現代の街並み───といっても、よく見ると帝政ロシア期や世界大戦くらいの頃の全盛期の香りをたっぷり残した、現代というには古めかしい街並みだったのですが、そっちの方がほっとするなんて、私もやっぱり現代の都市っ子です。
トビリシ観光を始めて私が最初に見た新市街のタヴィスプレバ(自由)広場は、私にとって現代のトビリシの顔になりました。
ただし、コーカサス3カ国の首都の中で、このあたりを現代のトビリシの顔とすると、おしゃれやきれいとは一番言い難かったです。
広場周辺の半分近くがまだ工事中の建物で、骨組み状態でしたし、歩道は石畳ではなかったけれど、穴があったりがたがたなところもありました。
それから、広場を横断するときにどうしても利用しなくてはならなかった地下道は、昼間でも暗く、においに鈍感な私ですら、口で息をしたくらい、ひどかったです。
でも、幸か不幸か、においは写真に写りません。
そして、つまずきそうになった歩道は、写欲がそそられる対象ではなかったので、撮らなければいいだけです。
広場の工事中の建物は、なんとかファインダーの外に出すか、写真の中で目立たないようにがんばってみました。
要するに、トビリシの新市街でも、撮影テンションは下がらず、いったん下がりかけたものの、またすぐに急上昇し、旧市街以上に街並み撮影散策に萌えられたのです。
新市街を歩き始める前に、タヴィスプレバ(自由)広場に新しくできていた観光案内所に寄り、目についたカフェでひと休みしました。
このときからLonely PlanetのWalking Tourでお薦めするコースを意識し、タヴィスプレバ(自由)広場からバラ革広場まで、ルスタヴェリ大通り沿いを歩くことにしました。
新市街ならぜひ見ておきたいと思われる建物、国立歴史博物館、議事堂やオペラ座、それからもう一つグルジア正教の教会があるからです。
帰りは、地下鉄で、旧市街のホテル最寄りまで2駅分、戻りました。
新市街を歩き始めたときには、すでに夕方5時頃でした。
そんなときにケーキとコーヒータイムをとったので、この日は、夕食は入らなくなってしまい、ディナータイムは要らなくなりました。
なので、夏の日照時間の長さの恵みを受け、夕方から午後8時すぎまで、新市街散策をたっぷり楽しむことができました。
議事堂やオペラ座のような新市街らしいシンボリックな建物だけでなく、見慣れないのでデザインにしか見えない街中のグルジア文字ですら楽しい被写体になった新市街。
ルスタヴェリ大通りの歩道にはところどころにベンチがあって、旅行者だけでなく、地元の人が公園代わりに散策するのにも良さそうでした。
あれらはきっと、教会にやってきた人たちのためかもしれません。
つまりルスタヴェリ大通りは、首都の新市街の目抜き通りといっても、忙しいビジネスマンが闊歩するエリアというより、地元の人がのんびり過ごせる余地もあるところでした。
だからこそ私もあれほど撮影散策に興じることができたのかもしれません。
ちなみに、ルスタヴェリ大通りよりは旧市街にある方が似合いそうだったカシュヴェティ教会の写真は、教会写真でまとめた次の旅行記に収めました。
「人口約140万のグルジアの首都。6世紀、イヴェリア(カルトゥリ)王国が北のムツヘタから遷都して以来、この地を支配した幾多の王朝が都が置いた。12〜13世紀に全グルジアを統一したバグラト王朝もその一つ。後にはグルジア正教のカトリコス(大主教)座もこの地へ移され、その総本山も兼ねている。しかし町は1795年、イランのガージャール朝による征服で、徹底的に破壊されてしまう。
19〜20世紀になると帝政ロシアの南カフカス支配の拠点となり、従来の町が復興するのに併せ、北側に欧風の新市街が整備された。旧市街の古い町並みも、実は大半がその時期のもの。住民は多様な民族からなっていたが、当時は商工業を担ったアルメニア人が最も多く、20世紀初めの時点でグルジア人は全人口の3割程度。しかしソ連時代にグルジア共和国の首都となり、町は急速にグルジア化。それまで各民族がティフリス Tiflis(露チフリス)と呼んだ町の名が、公的に元のグルジア名トビリシに変更されたのもその頃、1936年のことだった。
現在でも全人口の約4割を他民族が占め、単一民族化の進む南カフカスの他の首都に比べると、はるかに民族的に多様。今やグルジア、アルメニア、アゼルバイジャンの3民族が共存する唯一の都会でもある。」
(「旅行人ノート シルクロード 中央ユーラシアの国々 [改訂版]」(2006年11月改訂)より)
※2011年コーカサス3カ国旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2011年コーカサス3カ国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10584724
詳細版「2011年コーカサス3カ国旅行の詳細旅程(写真付き)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2011/07/2011-1ab0.html
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
やっと現代に戻れた!───新市街入口ともいうべきタヴィスプレビス・モエダニ(自由広場)
黄金の騎馬像のある、いかにもヨーロッパ近代の広場が見えてきました。
やっと現代に戻ってきたと思えて、ほっとしました。
また、それまで私にしては珍しく地図上の位置を把握せずに歩いていましたが、やっと自分の位置が確認できました。
向かって左手の建物は、まだ建築中の骨組みだけでした。
このアングルではファインダーの外に完全に出すことはできませんでした。 -
市庁舎の観光案内所へ
2008年刊のLonley Planetで予告されていた観光案内所が開設していました!
ムツヘタ行きのような、違う町への行き方を聞いたところ、ガイドブック以上の情報は得られませんでしたが(ディドベ・バスターミナルへ行ってマルシュルートカ、だけ)、詳しいトビリシ市内地図と、ムタミンダ山への行き方のような市内移動の情報は大変役に立ちました。
そしてもらった地図には、ディドベ・バスターミナル周辺やホテル最寄りの地下鉄駅周辺も、道が名前はないにしても詳しく描かれていたので、あらかじめ様子が分かってこれも助かりました。
ただし、その地図は、博物館の場所は詳しかったのに、教会は一切載っていなくて、教会めぐりや教会を目印にして場所を特定したりする場合には、使い勝手が悪かったです。
オフィスにはよく冷えたミネラルウォーター・サーバーもあって、何杯も飲んだ上に、持参のペットボトルに補充してしまいました。 -
観光案内所のある、どことなくエキゾチックな市庁舎の建物
1880年代に建てられたムーア様式。
時計塔は1910〜1914年に増築されました。 -
かつてレーニン広場だったという自由広場
ここにはソ連時代のレーニン像がありましたが、1990年に撤去されました。
それがグルジア最後のレーニン像だったそうです。
現在見られる黄金の騎馬像は、竜を退治する聖ジョージです。グルジアの英語表記の国名と同じ聖人。円柱は高さ40メートル。
この像を正面から見るために、ぐるっと広場を回りました。 -
自由広場に面した小さな公園の噴水
ベンチもあって、ひと休みするのに良い公園でした。
でもこの日は、休憩はカフェでとって、ケーキも食べてしまいました。
ケーキ・タイムをとった後に新市街散策をしました。
先にひと休みしたカフェとケーキの写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/22706491/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/22706492/
関連の旅行記
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその6:食べ物編(ホテルの朝食以外)<アゼルバイジャンのバクーとグルジア編>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10587126 -
ルスタヴェリ大通りの建物
ルスタヴェリ大通りは19世紀に整備されました。
新市街とはいえ、ここを「現代」と呼ぶには、本当はちょっと古いんです。 -
トビリシ国立の若者の宮殿(Youth Palace)
1802年に最初に映画館が建てられたところです。
現在の建物は1865〜1868年の増築後のものです。
1844〜1917年にはロシア皇帝の邸宅として使われました。
ソ連時代は、兵士のためのホールや学校として使われたようです。
Youth Palaceとは若者向けの催し物が行われたホールということでしょうが、いかにも共産主義にありがちだった建物です。 -
工事中の覆いの上に、グルジアの国旗がぎっしりの看板
-
国会議事堂前のモニュメント
おそらく1989年4月9日のトビリシ事件の犠牲者の追悼モニュメント。
独立回復要求集会に対してソ連軍が弾圧した事件です。
その2年後の1991年4月9日に、グルジアの独立宣言が行われました。 -
壮大な国会議事堂
こういう官庁の写真は撮って良かったのかな〜と迷いながらも、撮っちゃいました。
撮影禁止なのは、軍事戦略的に重要な空港とか駅とか橋だったはず、と思いながら。 -
大通り反対側に教会を見つけたので地下道を行く
分かりやすい地下道の看板にも注目。
自由広場もぐるっと回るのに地下道を利用しましたが、あちらはくさかったです。
こちらは、地下道にお店があるくらいで、くさかったり不快だったりはしませんでしたが、薄暗かったです。 -
グルジア教会らしいとんがり頭のカシュヴェティ教会
1910年建築。
この教会の内部撮影は叶いませんでしたが、建物を別のアングルで撮影した写真や附属建築物などの写真は、次の旅行記「2011年コーカサス3カ国旅行第3日目(3)トビリシ:世界で2番目にキリスト教を国教化したグルジアのエキゾチックな教会&快く撮影させてもらえたユダヤ教のシナゴーグ」に収めました。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10601134 -
通りを挟んで眺めた国会議事堂
ここはかつてアレクサンダー・ネフスキー教会があった場所でした。
ソ連時代、その教会が破壊された後に、1938年から1953年にソ連政府の建物としてこの建物が建設されました。
正面の16本の柱は、ソ連邦共和国を象徴していたそうです。
国会議事堂前は、1989年4月9日のグルジア事件、1991年4月9日の独立宣言、1992年1月6日に初代大統領ガムサフルディアがグルジアから脱出、2003年11月22日のバラ革命(シュワルナゼ大統領を退任に追い込んだ非暴力革命)など、グルジア現代史の節目となる重大な出来事が起こった場所でもありました。 -
国会議事堂の隣の学校第1号
かつてのギムナジウムで、トビリシで最初の学校でした。
市民戦争(1991〜1992年)のときに破壊されましたが、同じものが建て直されたそうです。 -
ナショナル・ピクチャー・ギャラリー
建物自体は、1885年のロシアの対ペルシャ戦争の勝利を記念して建てられたそうです。 -
歩道のあちこちに、休めるベンチ@
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ベンチの手すりのデザインに注目
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読めない看板と、ファッショナブルな街灯
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1915年に建てられたトビリシ・マリオット・ホテル
市民戦争(1991〜1992年)のときに焼け落ちましたが、建て直されました。 -
いまはHSBC銀行となっている建物
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おしゃれなデザインのスシ・バーの看板
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ファッショナブルなバロック様式のルスタヴェリ劇場
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現在はスポーツクラブ!?
俳優協会とか、カフェ・バーとかもあるらしいのですが……。 -
おしゃれな街灯とフェンス
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すてきなファサードの建物
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かわいい彫刻を見つけた@
こういう彫刻がいくつか立っていました。
種類は4〜5体で、同じものも何体かありました。 -
なかなか味のある彫刻
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薬局屋の前のかわいいおじさん彫刻
美しい看板にも注目。
ここだけ切り取ってみると、旧市街みたいです。 -
つくづく気に入ったこのフェンス
もちろん、通りの向こうのファッショナブルな建物との組合せがあってこそです。 -
こういう街灯は好みの被写体@
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美しい建物と歩道をゆく人々
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ちょっとひと休み@
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壁に埋もれたミュージシャン
コンセルヴァトワールの建物だったかもしれません。 -
ぼてっ腹くんとファッショナブルな街並み
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修復中のオペラ・バレエ劇場
東ムーア様式だそうです。
去年2010年の3月に、ニーナ・アナニアシヴィリが国立グルジア・バレエ団を率いて来日したとき、トビリシ市のパネル写真が会場ロビーに展示されていましたが、このオペラ座もありました。
あのときは、トビリシというと、内戦やロシアとの戦争で荒廃した街という偏見に満ちたイメージしかなかったので、トビリシやムツヘタの美しい写真にびっくりした覚えがあります。
まさかその1年半後にグルジアを旅行して、実際にこの目でトビリシやムツヘタを見ることになるとは、全く思いもしませんでした。 -
去る2010年3月12日、ニーナ・アナニアシヴィリとグルジア国立バレエ団の来日公演を見たときのゆうぼうと会場(東京五反田)で撮った、トビリシのオペラ・バレエ劇場のパネル写真
この写真は、よく見たら……よく見なくても、写真を撮っている私の影が写ってしまったのが分かるダメダメ写真であしからず@
あのときは、ニーナがトビリシの国立バレエ学校の校長就任を記念した公演でもあったと思います。
五反田のゆうぽうと会場で、ニーナ主演の「ロミオとジュリエット」を鑑賞しました。
そのときに会場のロビーに展示されていたパネル写真の一つです。
会場には他にも、メテキ教会のあるトビリシ夜景、ムツヘタのジュヴァリ教会のある山の上から見たスヴェティ・ツホヴェリ大聖堂や2つの川が交差する景色、それからグルジア国立バレエ学校や生徒たちのレッスン場面、来日するニーナたちを見送る少女たちの写真などもありました。
グルジアに興味をもったきっかけは、画家ピロスマニの絵と、ニーナ・アナニアシヴィリでした。
全然知らない国だけど、不思議と身近に感じられたのです。
いまにして思えば、このときの会場のパネル写真も、グルジアには観光したくなるようなきれいなところがたくさんあるんだと知って、一年半後の2011年の夏に実際に行くことになった気持ちの下地を作ったように思います。 -
脱線ついでに、初めてピロスマニを知ったきっかけの昔の美術展のチラシと買ったポストカードなど
ピロスマニの絵を初めて知ったのは、2008年8月1日に鑑賞しにいった、渋谷文化村ザ・ミュージーアムで開催された「青春のロシア・アヴァンギャルド展」です。
ロシアかグルジアでしか見られない貴重なピロスマニの絵が10枚も展示されていて、ピロスマニだけのコーナーが設けられていました。
文化村ザ・ミュージーアムの過去の展示の記録
http://www.bunkamura.co.jp/museum/past/past_07_09.html
あのときにとても気に入ったピロスマニを通じて。グルジアという国を意識し、会場の地図で確認して、首都がトビリシなんだなぁと位置を確認した覚えがあります。
このポストカードの中でピロスマニの絵は、ワインを差し出している白いエプロンのおじさんです。
それから「イワン雷帝」と「アンリエータ」はDVDです。
「アンリエータ」はロシアSF無声映画ですが、会場で一部だけ再生されていて、非常に気に入ったので、美術展のグッズ売り場で買ってしまいました。 -
脱線ついでに、初めてピロスマニを知ったきっかけの昔の美術展の会場のショーウィンドウ
ミュージーアムグッズがディスプレイされていました。
背景のポストカードは、ピロスマニの「鹿」です。
ピロスマニの絵は、私にとってアンリ・ルソーを思わせる絵でした。
違いを強いていうなら……グルジアの、生前は名もない画家で、絵で有名になろうとか考えたことのなかったらしいプロフィールを知った上で鑑賞したせいか、絵全体から、これがグルジアらしさかな、と思われるちょっぴりエキゾチックで土の香りがしました。
ルソーよりももっと足が地について生活や現実に密着した絵を描いている気がしました。
ピロスマニの動物の絵は、この「鹿」のように、やけにほっそりしていたのが印象に残っています。 -
美しいテラスがある建物
トビリシのルスタヴェリ大通り散策写真のつづきです。
こういうテラスのある建物の旧市街との大きな違いは、その高さかもしれません。 -
こちらにも美しいテラスのある建物@
-
交差する通りの左手にテレビ塔
テレビ塔があるのはムタツミンダ山です。
ムタツミンダ山は見晴らしがいいとのことですが、便利なケーブルカーが運休になってしまい、バスで行くしかなくなったので、展望のためだけに見に行くつもりはありませんでした。
でも後日、博物館には入れないけれど夕方まだ明るくてホテルに戻るにはもったいない、という中途半端な時間帯に行ってみたら、ムタツミンダ山展望台というよりは、遊園地でした@ -
ファッショナブルな法務省の建物
国会議事堂に続き、撮ってもいいんかいな〜と迷いながら撮ってしまいました。 -
これでSONYと読む!?
いやはや、ちっとも覚えられなかったグルジア文字は、それゆえに余計にエキゾチックに見えます。 -
金文字でBook Shopと書かれた建物
プロスペローってシェークスピアの「テンペスト」の主役の名前? -
フリーズの浮彫が美しい建物
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美しい建物が目白押しのルスタヴェリ大通りにほれぼれ
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郵便局かな
ラディッソン・ホテルの隣です。 -
ふと目に入った横道もステキ@
-
こういう建物もステキ@
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アーチの美しい科学アカデミー
この科学アカデミーのアーチのところには、おみやげの露店が並んでいました。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/22870696/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/22870697/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/22870698/
関連の旅行記
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその15(完):写真だけ撮ったコーカサスみやげ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10592476 -
イタリア建築風の科学アカデミー
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トビリシのマクドナルドはハンパじゃない!?
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ルスタヴェリ大通りからの眺望とMelik-Azarian邸
20世紀初頭の建築ブームの典型的な建物で、商人アレクサンダー・メリック・アザリアンの邸宅だったそうです。
本人はソ連時代に財産を没収されて、貧困のうちに死んでしまいました。 -
2つのシルバードームとリボンがかかったような装飾がステキなMelik-Azarian邸@
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バラ革命広場のルスタヴェリ像のシルエット
グルジアの都市では、街一番の目抜き通りにはたいていルスタヴェリの名がついているようです。
少なくとも、トビリシと第二の都市クタイシではそうでした。
ルスタヴェリは中世の詩人で、グルジアの人々の会話の中にその詩がごく普通に引用されるくらい、国民的人気の詩人だそうです。
ルスタヴェリ大通りはここで終わりです。
同時に、私の新市街散策もここで終わりとなりました。
自由広場から1.5キロ歩いたことになります。
このあと、ルスタヴェリ駅から地下鉄でホテル最寄りに戻りました。
その駅の写真と乗り方についてはこちら。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/22690638/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/22690639/
関連の旅行記
「2011年コーカサス3カ国旅行ハイライトその4:国際・国内・市内交通編・前編」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10586583/
そして、ホテル最寄りのアヴァラバリ駅からホテルに戻るまでに撮った続きの写真は、本日4つ目の旅行記「2011年コーカサス3カ国旅行第3日目(4)トビリシ:アヴァラバリ地区からムトゥクヴァリ川と旧市街のゴルガサリ広場の夕景・夜景」に収めました。
でもその前に、旧市街と新市街の教会写真を集めた旅行記「2011年コーカサス3カ国旅行第3日目(3)トビリシ:世界で2番目にキリスト教を国教化したグルジアのエキゾチックな教会&快く撮影させてもらえたユダヤ教のシナゴーグ」がつづきます。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10601134
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