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6年ぶりに四泊六日ではありますが、ドイツへ行く機会に恵まれました。<br /><br />以前お世話になった方々のところを訪問することと、<br />まだ行ったことがないところを行くことが、今回の目的です。<br />目的地は、ラインラントプファルツ州のMaria Laach(マリア ラーハ)と<br />Schloss Buerresheim(ビュレスハイム城)、Wuerzburg(ヴュルツブルグ)のResidenz(レジデンツ)、<br />Nuernberg(ニュルンベルグ)のDoku-zentrum(ドク−ツェントルム)、Burghausen(ブルグハウゼン)です。<br /><br />6/21は、途中で二箇所に寄りながらミュンヘンを目指します。<br /><br />まずは、Wuersburg(ヴュルツブルグ)まで向かいます。<br />

2011年久々のドイツ四泊六日間滞在記 その四

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2011/06/21 - 2011/06/21

105位(同エリア565件中)

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近鉄バッファローズ

近鉄バッファローズさん

6年ぶりに四泊六日ではありますが、ドイツへ行く機会に恵まれました。

以前お世話になった方々のところを訪問することと、
まだ行ったことがないところを行くことが、今回の目的です。
目的地は、ラインラントプファルツ州のMaria Laach(マリア ラーハ)と
Schloss Buerresheim(ビュレスハイム城)、Wuerzburg(ヴュルツブルグ)のResidenz(レジデンツ)、
Nuernberg(ニュルンベルグ)のDoku-zentrum(ドク−ツェントルム)、Burghausen(ブルグハウゼン)です。

6/21は、途中で二箇所に寄りながらミュンヘンを目指します。

まずは、Wuersburg(ヴュルツブルグ)まで向かいます。

旅行の満足度
4.5
観光
5.0
ホテル
4.0
グルメ
4.5
ショッピング
4.0
交通
4.5
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
鉄道
航空会社
ANA
旅行の手配内容
個別手配

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  • お世話になった方の住む町からAndernachへ向かいました。<br />この写真はAndernach駅へ行く直前で、上の線路はローカル線でAndernachかたお世話になった方の住む町へ行く路線のもので、下を走る線路はデュッセルドルフやケルンからKoblenz経由でMainzまで続くドイツ国鉄の本線(ライン川左岸線)です。<br />

    お世話になった方の住む町からAndernachへ向かいました。
    この写真はAndernach駅へ行く直前で、上の線路はローカル線でAndernachかたお世話になった方の住む町へ行く路線のもので、下を走る線路はデュッセルドルフやケルンからKoblenz経由でMainzまで続くドイツ国鉄の本線(ライン川左岸線)です。

  • Andernach駅にあったポスターです。<br />ケルンからMainzまでのライン川左岸線のREやRBを運行するMittelRheinBahnのもので、路線図と乗換案内が付いています。<br /><br />近年、ドイツ国鉄(DB)の近距離線は民営化が進んでいます。<br />線路はそれまで通りのDBのものを使いますが、そこを走る列車や乗務員は民営会社のものになります。MittelRheinBahnもその一つです。近距離線は乗車率が低くコスト的に合わないことから、コスト削減として民営化されています。ドイツ鉄道本体には、儲かるICやICEと言った長距離線だけ残す戦略です。<br />

    Andernach駅にあったポスターです。
    ケルンからMainzまでのライン川左岸線のREやRBを運行するMittelRheinBahnのもので、路線図と乗換案内が付いています。

    近年、ドイツ国鉄(DB)の近距離線は民営化が進んでいます。
    線路はそれまで通りのDBのものを使いますが、そこを走る列車や乗務員は民営会社のものになります。MittelRheinBahnもその一つです。近距離線は乗車率が低くコスト的に合わないことから、コスト削減として民営化されています。ドイツ鉄道本体には、儲かるICやICEと言った長距離線だけ残す戦略です。

  • AndernachからKoblenzまでIC2338で移動します。<br />とても近い(各駅停車でも4駅)のですが、German Rail Passなので贅沢します。

    AndernachからKoblenzまでIC2338で移動します。
    とても近い(各駅停車でも4駅)のですが、German Rail Passなので贅沢します。

  • Koblenz中央駅到着直前で、Mosel川を渡る橋から写真を撮りました。<br />ドイチェスエック近くの旧市街とエーレンブライトシュタイン要塞が見えます。<br />

    Koblenz中央駅到着直前で、Mosel川を渡る橋から写真を撮りました。
    ドイチェスエック近くの旧市街とエーレンブライトシュタイン要塞が見えます。

  • 6/19にも見たFort Konstantin(コンスタンティン要塞)です。<br />工事中なのが残念です。

    6/19にも見たFort Konstantin(コンスタンティン要塞)です。
    工事中なのが残念です。

  • ミュンヘン行きICE1021でヴュルツブルグへ向かいます。<br />再度ライン川沿いを通るので、列車からの撮影を試みました。

    ミュンヘン行きICE1021でヴュルツブルグへ向かいます。
    再度ライン川沿いを通るので、列車からの撮影を試みました。

  • Marksburg(マルクスブルグ)です。<br />Marksburgは、数少ない中部ライン川の破壊されていない山城であり、中部ライン川の城塞建築、軍事建築の象徴となっているそうです。1900年以降とてもよく手入れされているお蔭で、中世の城の雰囲気を感じることが出来る唯一のラインの城だそうです。1117年〜1171年の間にBraubachの領主によって作られたと思われます。遅くとも1231年にはEppsteinの領主に属するようになり、その後Braubachの地と同様に頻繁にその所有者が変わったそうです。Katzenelnbogen家の分家も一時居城としたそうです。中心となる城郭には天守閣があり、その四角い基礎部分は12世紀のものだそうです。四層の礼拝堂塔の南側にある攻撃面にある居館の一翼と攻撃壁の一部は13世紀初めの拡張によってできたものだそうです。その他にも何世紀もわたって増築が行われたそうです。17世紀や18世紀には、Marksburgは、外側の回廊と塔、稜堡、大砲の砲列を保有していたそうです。1900年にDeutsche Burgenvereinigungがこの城を入手し、今も所有しているそうです。Bodo Ebhardtと言う城郭研究家であり建築家である人が、この城の手入れを請け負ったそうです。そして、騎士の間、冶金場、ワインセラー、拷問室を復元し、天守閣の一部を補強したそうです。多くの展示物は、15〜17世紀のオリジナルのものだそうです。1708年に再建されたライン棟は、武器庫には各種武器のコレクションがあるそうです。薬草園は1969年に開園し、キッチンは1974年に再建されたそうです。<br />http://www.marksburg.de/<br />

    Marksburg(マルクスブルグ)です。
    Marksburgは、数少ない中部ライン川の破壊されていない山城であり、中部ライン川の城塞建築、軍事建築の象徴となっているそうです。1900年以降とてもよく手入れされているお蔭で、中世の城の雰囲気を感じることが出来る唯一のラインの城だそうです。1117年〜1171年の間にBraubachの領主によって作られたと思われます。遅くとも1231年にはEppsteinの領主に属するようになり、その後Braubachの地と同様に頻繁にその所有者が変わったそうです。Katzenelnbogen家の分家も一時居城としたそうです。中心となる城郭には天守閣があり、その四角い基礎部分は12世紀のものだそうです。四層の礼拝堂塔の南側にある攻撃面にある居館の一翼と攻撃壁の一部は13世紀初めの拡張によってできたものだそうです。その他にも何世紀もわたって増築が行われたそうです。17世紀や18世紀には、Marksburgは、外側の回廊と塔、稜堡、大砲の砲列を保有していたそうです。1900年にDeutsche Burgenvereinigungがこの城を入手し、今も所有しているそうです。Bodo Ebhardtと言う城郭研究家であり建築家である人が、この城の手入れを請け負ったそうです。そして、騎士の間、冶金場、ワインセラー、拷問室を復元し、天守閣の一部を補強したそうです。多くの展示物は、15〜17世紀のオリジナルのものだそうです。1708年に再建されたライン棟は、武器庫には各種武器のコレクションがあるそうです。薬草園は1969年に開園し、キッチンは1974年に再建されたそうです。
    http://www.marksburg.de/

  • Boppard近くにあるライン川の大蛇行です。<br />一枚の写真では取り切れないので、三枚に分かれています。

    Boppard近くにあるライン川の大蛇行です。
    一枚の写真では取り切れないので、三枚に分かれています。

  • 二枚目です。

    二枚目です。

  • 三枚目です。<br />列車もここでは大きなカーブを描いて進みます。<br />自然の雄大さを感じることが出来ます。<br />Boppardの町外れにあるチェアリフトに乗ってGedeonseckと言うところへ行くとこの大蛇行が見渡せるらしいです。

    三枚目です。
    列車もここでは大きなカーブを描いて進みます。
    自然の雄大さを感じることが出来ます。
    Boppardの町外れにあるチェアリフトに乗ってGedeonseckと言うところへ行くとこの大蛇行が見渡せるらしいです。

  • 続いては、6/19にも撮影したFeindliche Brueder(敵対する兄弟)です。今回は、より綺麗に撮ることが出来ました。

    続いては、6/19にも撮影したFeindliche Brueder(敵対する兄弟)です。今回は、より綺麗に撮ることが出来ました。

  • 次も6/19にも撮ったねずみ城(Burg Maus)です。<br />こちらは、前回の方がよく撮れました。<br />

    次も6/19にも撮ったねずみ城(Burg Maus)です。
    こちらは、前回の方がよく撮れました。

  • こちらはBurg Katz(ねこ城)です。<br />Katzenelnbogen伯Wilhelm2世が1360年にこの城の建築を始めたそうです。この城の名前はその創建者の名前に由来するそうです。斜面の中腹に立つこの城は、Katzenelnbogen領のSt. Goarshausenを守るために建てられ、後17、18世紀には対岸にあるRheinfels城の前哨ともなったそうです。実際、ねこ城があったことで、1692年のプファルツ継承戦争でフランス軍が進軍した際もRheinfels城は落城しなかったそうです。1806年にはナポレオンの命で爆破されたそうです。しかし、1896〜1899年に、城郭はかつての姿に準拠しながらも当時の好みにも合った形で新築されたそうです。中世から残る部分には、あまり配慮されなかったそうです。二つの角の棟を持つライン川側の建物は中世の居館とは大きく趣を異にしているそうです。17世紀には拡張され、さらなる防御施設と大砲砲列を備えたそうです。<br />http://info.burgdirekt.de/cgi-bin/r20msvcshop_detail_anzeige.pl?&amp;var_hauptpfad=../r20msvc_shop/&amp;var_fa1_select=var_fa1_select||285|&amp;var_te1=13<br />

    こちらはBurg Katz(ねこ城)です。
    Katzenelnbogen伯Wilhelm2世が1360年にこの城の建築を始めたそうです。この城の名前はその創建者の名前に由来するそうです。斜面の中腹に立つこの城は、Katzenelnbogen領のSt. Goarshausenを守るために建てられ、後17、18世紀には対岸にあるRheinfels城の前哨ともなったそうです。実際、ねこ城があったことで、1692年のプファルツ継承戦争でフランス軍が進軍した際もRheinfels城は落城しなかったそうです。1806年にはナポレオンの命で爆破されたそうです。しかし、1896〜1899年に、城郭はかつての姿に準拠しながらも当時の好みにも合った形で新築されたそうです。中世から残る部分には、あまり配慮されなかったそうです。二つの角の棟を持つライン川側の建物は中世の居館とは大きく趣を異にしているそうです。17世紀には拡張され、さらなる防御施設と大砲砲列を備えたそうです。
    http://info.burgdirekt.de/cgi-bin/r20msvcshop_detail_anzeige.pl?&var_hauptpfad=../r20msvc_shop/&var_fa1_select=var_fa1_select||285|&var_te1=13

  • ローレライです。あまりうまく撮れませんでした。

    ローレライです。あまりうまく撮れませんでした。

  • 6/19にも撮ったグーテンフェルス城(Burg Gutenfels)です。<br />前回の方がよかったですね。

    6/19にも撮ったグーテンフェルス城(Burg Gutenfels)です。
    前回の方がよかったですね。

  • 6/19にも撮ったPfalzgrafenstein(プファルツ城)です。<br />関税城の建築をきっかけに、教皇ヨハネ22世と神聖ローマ皇帝ルートヴィヒの間に1326/27年にライン川の通行税に関する争いが起こったそうです。Kaubで過剰とも言える通行税を取ることになったため、Wittelsbach家の宮宰伯の血筋の皇帝ルートヴィヒは危険な敵を作ってしまったそうです。教皇ヨハネ22世は、三回もケルン、トリア、マインツの大司教に、皇帝ルートヴィヒの破門とKaubに先んずる税関を作るように求めたそうですが、いずれもうまくいかなかったそうです。その一方で、皇帝ルートヴィヒは、ライン川の中州であるFalkenauに塔を作ったそうです。これによりライン川右岸の航行を管理できるようになったそうです。そして、その塔の周りに1338〜1342年の間に城壁を巡らせたそうです。Pfalzgrafensteinは、川の中州にあることからその独特な船形の形をしているそうです。1607年に改修され、さらに18世紀には五角形の塔が改修されたそうです。<br />http://info.burgdirekt.de/cgi-bin/r20msvcshop_detail_anzeige.pl?&amp;var_hauptpfad=../r20msvc_shop/&amp;var_fa1_select=var_fa1_select||285|&amp;var_te1=28<br />

    6/19にも撮ったPfalzgrafenstein(プファルツ城)です。
    関税城の建築をきっかけに、教皇ヨハネ22世と神聖ローマ皇帝ルートヴィヒの間に1326/27年にライン川の通行税に関する争いが起こったそうです。Kaubで過剰とも言える通行税を取ることになったため、Wittelsbach家の宮宰伯の血筋の皇帝ルートヴィヒは危険な敵を作ってしまったそうです。教皇ヨハネ22世は、三回もケルン、トリア、マインツの大司教に、皇帝ルートヴィヒの破門とKaubに先んずる税関を作るように求めたそうですが、いずれもうまくいかなかったそうです。その一方で、皇帝ルートヴィヒは、ライン川の中州であるFalkenauに塔を作ったそうです。これによりライン川右岸の航行を管理できるようになったそうです。そして、その塔の周りに1338〜1342年の間に城壁を巡らせたそうです。Pfalzgrafensteinは、川の中州にあることからその独特な船形の形をしているそうです。1607年に改修され、さらに18世紀には五角形の塔が改修されたそうです。
    http://info.burgdirekt.de/cgi-bin/r20msvcshop_detail_anzeige.pl?&var_hauptpfad=../r20msvc_shop/&var_fa1_select=var_fa1_select||285|&var_te1=28

  • Burgruine Ehrenfels(エーレンフェルス城趾)です。<br />Burg Ehrenfels(エーレンフェルス城)は、Bingenの向かいにあり、1210年にマインツ大司教によってRheingau地方を北方向からの攻撃から守るために設置されたそうです。14世紀初めからは税関となったそうです。当初は王の支配下にありましたが、後にマインツ大司教の支配下に入ったそうです。14世紀初めには大司教の仮御殿になり、1379年以降はマインツ司教座聖堂参事会の所有になったそうです。Binger Lochの岩棚に作られたこの城は、1689年のプファルツ継承戦争でフランス軍に破壊されたそうです。また後に、葡萄棚が作られるときに、城の外側は取り除かれたそうです。敷地は正方形に近く、二つの角には塔が建てられ、とても強力で高い城壁で守られていたそうです。ライン川側の居館の城壁は三層構造だったそうです。外側へ建てられた稜堡や堀のついた回廊は、殆どその痕跡が残っていないそうです。かつての税関施設や軍事施設には、城の下半分にあったが今は存在しない税関小屋が属していたそうです。この城は非常に画になるモチーフだそうです。<br />

    Burgruine Ehrenfels(エーレンフェルス城趾)です。
    Burg Ehrenfels(エーレンフェルス城)は、Bingenの向かいにあり、1210年にマインツ大司教によってRheingau地方を北方向からの攻撃から守るために設置されたそうです。14世紀初めからは税関となったそうです。当初は王の支配下にありましたが、後にマインツ大司教の支配下に入ったそうです。14世紀初めには大司教の仮御殿になり、1379年以降はマインツ司教座聖堂参事会の所有になったそうです。Binger Lochの岩棚に作られたこの城は、1689年のプファルツ継承戦争でフランス軍に破壊されたそうです。また後に、葡萄棚が作られるときに、城の外側は取り除かれたそうです。敷地は正方形に近く、二つの角には塔が建てられ、とても強力で高い城壁で守られていたそうです。ライン川側の居館の城壁は三層構造だったそうです。外側へ建てられた稜堡や堀のついた回廊は、殆どその痕跡が残っていないそうです。かつての税関施設や軍事施設には、城の下半分にあったが今は存在しない税関小屋が属していたそうです。この城は非常に画になるモチーフだそうです。

  • ライン川から離れて、マインツを過ぎ、やがてフランクフルト中央駅へと近づいてきました。

    ライン川から離れて、マインツを過ぎ、やがてフランクフルト中央駅へと近づいてきました。

  • フランクフルト中央駅は、折り返し型の駅(Kopfbahnhof)です。<br />進行方向が変わるので、注意しましょう。

    フランクフルト中央駅は、折り返し型の駅(Kopfbahnhof)です。
    進行方向が変わるので、注意しましょう。

  • そうこうする内にヴュルツブルグです。<br />マイン川の向こうに、マリエンベルグ要塞が見えます。

    そうこうする内にヴュルツブルグです。
    マイン川の向こうに、マリエンベルグ要塞が見えます。

  • 今回は時間の都合上、マリエンベルグ要塞には行けないので遠景だけで我慢です。<br />マイン川には、観光船らしき船も見えます。

    今回は時間の都合上、マリエンベルグ要塞には行けないので遠景だけで我慢です。
    マイン川には、観光船らしき船も見えます。

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この旅行記へのコメント (2)

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  • ハッピーねこさん 2011/08/07 18:50:13
    素敵ですね、ライン左岸線。
    近鉄バッファローズさん、こんばんは。

    ICEからたくさん撮影されていますね。
    私もザンクト・ゴアールからコブレンツへ、そしてそこからマインツへの
    戻りに乗りましたが、全然うまく撮れませんでした。
    撮影技術を磨かねば!(笑)

    ヴュルツブルクではレジデンスに立ち寄られたのですね。
    続きが楽しみです。

    近鉄バッファローズ

    近鉄バッファローズさん からの返信 2011/08/07 23:07:51
    頑張りました
    ハッピーねこさん、こんばんは。
    近鉄バッファローズです。

    ライン左岸線では、往路であまりうまく撮れなかったので、
    復路では、結構頑張りました。
    座る席も気をつけましたし、カメラも構えてました。
    技術と言うよりも、カメラの性能と撮った枚数の成果かと。
    一ヶ所で、数枚撮ったところもありました。

    ヴュルツブルクの旅行記を作成中ですが、なかなか進みません。
    もうしばらくお待ち下さい。

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