2011/06/22 - 2011/06/22
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キヌちちさん
駆け足で回ったロンドン塔は見所がいっぱいあり、次回来るチャンスがあればじっくりと見学したいと思いました。
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ロンドン塔
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ロンドン塔。タワーの螺旋階段は内側の幅が狭いため、人と擦れ違う時が大変でした。
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中央はホワイト・タワーです。
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失われた宮殿。13世紀にはホワイト・タワーの前にキッチンやグレート・ホールなど、王の滞在に備えて立ち並んでいた。
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ランタン・タワーに向かいます。ランタン・タワーはヘンリー3世妃の住居の一部として建てられたが、1774年に火災で焼失し、19世紀に再建された。
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ウエイクフィールド・タワー側です。
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下には大勢の子供たちです。
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下に見えるのは団体専用の出入り口?
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13世紀、宮殿はテムズ河の岸辺に建てられた。ヘンリー3世と彼の息子のエドワード1世は窓の下にテムズ河が見えるようにし、すばらしい河の景色を眺めた。
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中世の衣装をまとった人たちから説明を聴く見学者。
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ランタン・タワー内。
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バックギャモンの元となったゲーム。
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チェスのコマ
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おもちゃの騎士
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持ち運び用の祭壇の背後と上部の飾り
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聖杯
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左側は新武器庫です。
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中世の衣装をまとった人たちのパフォーマンスが繰り広げられていた。
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中世の衣装をまとった人たちのパフォーマンスが繰り広げられていた。
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ソルト・タワー前に置かれた騎士像。
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ソルト・タワーです。平時には武器庫として使われたほか、牢獄としても使用された。
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ソルト・タワー内です。
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要塞としてのロンドン塔には、重要で危険な囚人も拘束していた。王によって魔術使い、イエズス会の司祭とみなされた3人が異なる時にこの部屋に捕えられた。
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壁に1から7の数字が記され、それぞれ囚人が壁に刻んだ名前などがのこっておりました。
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7人の罪名の看板もあり、ちなみに4番の「Michael Moody」はエリザベス1世に毒か枕の下に置いた火薬により暗殺を試みたとして1587年5月15日に投獄された、とあります。
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右側は新武器庫です。
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ブロード・アロー・タワーに向かいます。
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タワー・ブリッジの入り口がすぐそこに見えます。ロンドン塔とタワー・ブリッジはこんなに近いんですね。
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ブロード・アロー・タワーです。
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ブロード・アロー・タワー内です。
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クロスボウです。
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鉄兜です。
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ブロード・アロー・タワー内です。
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クロスボウを持った騎士像です。
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コンスタブル・タワーに入ります。ヘンリー3世の壁の塔の一つがあった場所に立っている。
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コンスタブル・タワー内です。1381年に発生した農民一揆の様子が描かれています。
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農民一揆の様子です。1381年6月14日金曜日午前9時、農民が初めて1回だけ塔内に突入した。
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農民らはタワーの外に野営した。新たな人頭税に怒り、ロンドンでデモ行進し、若いリチャード2世に不満を訴えた。しかし彼の政府は、国の社会的な問題に何ら応えなかった。
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コンスタブル・タワー内に置かれたロンドン塔の模型です。
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侵入者は王室の衣装部屋をターゲットにした。
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農民らはカンタベリー大司教のサドベリー・シモンや顧問らを捕まえ、人頭税を非難した。そしてタワー・ヒルでサドベリーを断首した。しかし間もなく農民らは敗北し、リーダーらは殺された。
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ロンドン塔内
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マーティン・タワーに向かいます。
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マーティン・タワー。1669年から1841年までクラウン・ジュエルが保管されていた。現在は「宝冠とダイヤモンド」が展示されている。写真撮影は禁止でした。
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ロンドン塔内
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ロンドン塔内
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