2011/06/15 - 2011/06/15
135位(同エリア400件中)
ころっつさん
京都・出町から鯖街道を通り、朽木に立ち寄った後、若狭に入り伝建地区にも指定されている熊川宿に立ち寄りました。平日なので人が少なく、ゆっくりとまち歩きをすることができました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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若狭町にある熊川は、若狭国の中心地・小浜と京を結ぶ街道の宿場町として整備され、戦国時代に小浜城主となった浅野長政が諸役免除により人を集め、街道の要衝として整備を行いました。
道の駅がある東側と反対の西口にある国道沿いの無料駐車場から散策をスタートします。 -
伝建地区のまちなみは旧街道沿いに東西に細長く伸びており、かつては200戸あまりの家があったそうですが、現在はその半分の100戸あまりが残っています。
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熊川宿はまちなみの修景整備が進んでおり、舗装カラーの更新や電柱の撤去がまち全体で行われています。
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街道沿いには生活用水として利用された水路も流れています。
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商家の名残でしょうか、なまこ壁の蔵も残っています。
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熊川宿は、下ノ町・中ノ町・上ノ町の3つに区分されており、小浜側に近い西側で、道路が軍事上の目的から曲がっているエリアまでが下ノ町となっています。このエリアは住宅ばかりで店屋はほとんどなく、訪れる観光客も少なめです。
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小浜から京都までは「京は遠ても十八里」と言われ、日本海に面した小浜は京都から一番近い大陸文化の玄関口として海を越えた交流が盛んでした。
ここ熊川宿を通り、京都と小浜を結ぶ街道は、江戸時代に入り、若狭湾で捕れる海産物に混じり、京都の人々に鯖が運ばれたことから「鯖街道」と呼ばれるようになりました。 -
「曲がり」を経て、続いて中ノ町の家並みが続きます。二階部分が低い厨子二階の建物がすきまなく並んでいます。
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厨子二階の建物の多くは、虫籠窓となっています。これは窓の柱部分を見せた形式の真壁造です。
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平入の建物。熊川宿は宿場町の風情を残しながら、さまざまな時代の建物が連続性を持って建っています。
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街道沿いに流れる水路と少し時季を過ぎて色褪せた紫陽花。
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「御蔵道」と呼ばれる路地。宿場町の下手に並行する北川の舟運の米を熊川宿にある米蔵へ運ぶための道でした。
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熊川宿の家は土産物屋や食堂となっているところも多くあります。国道沿いには道の駅もできており、京阪神から近いこともあり、休日には観光客も多く訪れるようです。
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熊川宿の生活用水として利用されていた前川は人工水路で、各家の前には「かわと」と呼ばれる洗い場・利水施設が設けられています。
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こちらは比較的新しく修景された家です。虫籠窓のある黄色の壁が鮮やかです。
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鯖街道の宿場町として発展したため、鯖寿司も売っています。小浜から一昼夜かけて京に運ばれた鯖は、保存用に使われた塩が京に着くころまでに浸みこみ、ちょうどよい加減の味になったそうです。
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両手を挙げた両招き猫など木製のお土産品が店先に並んでいます。
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月屋という屋号が掲げられた商家。
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歴史を残す建物に修景されたものの中には、ガレージとして利用されているものもあります。
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洋風の建物は、かつて村役場だったもので、現在は民具や鯖街道に関する資料などを展示した宿場館という資料館となっています。
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格子戸越しに見た旧街道。
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平入の建物が街道に沿って整然と立ち並んでいます。
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中ノ町の東側にある旧逸見堪兵衛家。熊川宿を代表する町家のひとつで、大手商社・伊藤忠商事の二代目社長の生家でもあります。
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中ノ町と上ノ町の間に架かる中条橋から見た中ノ町のまちなみ。
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鯖街道の悠久の歴史を見守ってきたまちなみは静かです。
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こちらは「上ノ町」のまちなみ。切妻の建物の向こうには平入の家が連続しています。
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こちらも上ノ町の建物。
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街道に立つ街灯は熊川宿の名前が入ったガス灯風のものとなっています。次は最終目的地・小浜に向かいます。
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