2011/04/23 - 2011/04/23
454位(同エリア476件中)
WT信さん
泉龍寺からバス再び日光街道を北に向かう。
喜沢の追分と呼ばれる所で道が分かれ、普通日光へ行くには右の日光道中を宇都宮に向かうが、芭蕉たちはここで回り道をし、左の日光壬生道を選択している。
芭蕉の目的は大神神社だった。
芭蕉の奥の細道の旅で、千住を発って以降初めて詠んだ句が大神神社だった云う。
その句碑が境内に建てられている。
芭蕉が大神神社にこだわったのは芭蕉の旅の目的の一つが、”歌枕”の地を訪ねることにあり、大神神社が”室のやしま”と云う歌枕の地として名を知られていたからと思われる。
”室のやしま”とは宮中での”塗り込めた竃(かまど)”の事で、次第に”やしま”が”八嶋”に変わり、古事記の物語にここの沼地に発ち昇る霧とを絡めて、平安時代に詠われた歌が”歌枕”として知られるようになる。
回り道までして訪れた大神神社だったが、芭蕉が期待していた程心を動かす景観で無かったらしく、奥の細道には、曾良が”室のやしま”にまつわる古事記の物語を芭蕉に紹介する様のみ記載し、句は勿論のこと、景観の記載もないらしい。
ここの句碑の句は、曾良の旅行記録に、この地での芭蕉の句だとい記載が有った事による。
3代将軍家光は戦火で荒廃したこの地の復興を家老酒井忠明に命じ、1682年には現在の景観が整っていたと云う。
芭蕉がここを訪れるのが1689年で,景観が整えられたと云われる時期から7年しかたっていない。
芭蕉が心を動かされなかったのは、景観が7年で荒廃してしまっていたからだとは考え難い。
”奥の細道を訪ねて[第2回]千住・草加から惣社までの旅”はこれで終わります。
帰りは川口インターチェンジで一休みし、交通混雑が無かったせいか、上野に1時間も早く着いた。
つい先ほど、明後日(5月20日(金))に出発する、”奥の細道を訪ねて[第3回]今宮神社より日光まで”の添乗員さんから確認の電話が有った。
[第2回]の旅行記が終わりそうでホッとしています。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 観光バス JRローカル 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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