2007/08/10 - 2007/08/17
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indijyonkoさん
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バスに乗るにはバレッタのシテイゲート前,トリトン広場がほとんど
始発なので便利です。
車はゲートないには入れないようです。
ホテルはシテイゲートの近く昔の屋敷だった所です。
ホテルの前はアッパー・バラッカ・ガーデンという公園、2日ほどお祭りみたいで夜通し大音量の音楽でにぎやかでした。
荷物をかたづけ町を回ります。
まっすぐ伸びて見通しが利く道は敵が来るのをいち早く目視できるようにとか。
石だけで造られた街並みは壮観でした。
まずはマルタの歴史が一目で分かると言うMALTA EXPERIENCE。 映画館のようなところでフィルムでマルタの歴史が紹介されます。
とてもよく出来ていました。
地中海文明黎明期、神話の時代からの交通の中心地としてフェニキア、カルタゴ、ローマ、アラブ、ノルマン。。。。
ヨーロッパ史大好きの私には夢の中に居るようです。
中世の海洋都市国家や近世のヨーロッパ、近くは第2次世界大戦でドイツにとっては、天然の良港が沢山在るこの島は大事な舞台でした。島民全体が支援や補給もなしに抵抗し続けたという話は有名です。
そして、高度な文明を擁して水没したアトランテイスに大陸の一部だとかとも言われ、7000年の記憶がこの島に詰まっています。
バレッタはオスマントルコの何度もの襲来に備えた城砦に囲まれ、城塞都市として今も中世の華やかな頃の面影を残しています。
シテの中は1日も有ればかなりゆっくり見物できる広さです。
ヨハネ大聖堂,大聖堂美術館にはカラバッジョの名画(聖ヨハネの斬首)が飾られています。
そしてマルタ騎士団の墓が大聖堂の床に、色大理石の墓碑が400も敷き詰まれています。
おそらく有力貴族の家系だったのでしょう個性豊かで凝った細工が圧巻です。かなり贅沢なものだったのでしょう。
中世の貴族の次男三男は領地を継ぐことができず僧兵としてヨハネ騎士団に入隊しました。実家は金持ち、銀の食器に最高の衣食住。
異教徒との最前線にいると言う建て前もあり生活は本国からの仕送りなどで困らない状態でした。実際は異教徒相手の海賊みたいなものでしたが。
騎士団長の館は、中庭があり現在も大統領府として使われているそうです。
武器庫にはすばらしい鎧が沢山おかれていました。
今までに見たどの国の鎧よりも洗練されており、見事な造り、細かな象嵌を施したもの、鎧や武器は単なる戦いの道具だけではなかったようです。そう彼らは青い血を持つ貴族だから。
でもあの鎧を着こなすには素晴しい体型が必須でしたでしょう。
考古学博物館は16世紀に騎士団のプロバンス出身者の宿舎だったとのこと、入り口は神殿の装飾、ガラスケースの中には(マルタのヴィーナス)や(眠れる女神)などの像が展示されていました。さすが丸ごと世界遺産です。
夕飯は街中を回り検索の結果ホテルのすぐ隣のKING`S OWNと言う店にしました。マルタは何でも美味しいし、大陸に比べ驚くほどお安い。
明日はバスに乗り島の中をまわります。
8月11日
ホテルの朝食はテラスの在る最上階、鳥瞰図もすてきです。
食事も美味しい。特にマルタの蜂蜜はマルタと言う国の名になるほど有名だとか。美味しいです。
噴水広場からバスに乗りスリーマに向かいます。
行きすぎたり戻ったり、港でウィンドウショッピングや昼を食べそれからハーバークルーズ、いくつかのクルーズの会社が客引きしています
その一艘に乗り2時間ほどで10の入り江を回ります。
海側から城塞バレッタやスリーシテイを飽きるほど見て回りました。
マグロの養殖場、日本の水産会社の建物や大型船が沢山ありました。そういえば築地のマグロの社長さんがマルタに見学に行ってきたとか言っていましたっけ。
日本で食べられるマグロは地中海や北アフリカの海で取れたものも輸入されているそうです。港の日本企業の施設を見ると相当の量なのだと想像できます。2010年にはモナコが黒マグロの禁輸を提案しましたが。3月のドーハでのワシントン条約締約国会議で否決されました。一段落ですが安心してはいられません
8月12日
今日は、がんばってネットで予約したハル・サフリエニ・ハイポジューム地下神殿兼墓地遺跡の見学。
1日50人程度しか入れないそうです。1回には入れるのは10名です。
入場を待っている間も多くの人が来て断られていました。やったー!
BC2500年ごろの建築物だそうで、ガイドが付いて説明してくれます。
こんな大きな石や岩をどうやって運んだのでしょう。
エジプトのピラミットの時代より古いのに!
確かに古さはこの国のどの遺跡にもいえる事ですが、岩石の形が不揃いでした。
岩石を成型するより、有るものを積み重ねたもの、ピラミッドのように同じような大きさに整えたものではありません。現在は建物の地下にありますが作られた当時は地面を掘り巨石を積み重ね部屋を作ったそうです。現代人より創造力が豊かだったことが伺えられます。
見学代9.32ユーロでした。シニア料金もありました。
今日は1日タクシーをチャーターしているので気楽です。
青の洞門に行くために小さい入り江から赤や黄色、青のマルタカラーに塗られた小船に乗ります。
岩礁が歳月をかけて風や波にえぐられた大きなアーチ、アズールブルーの海、岩礁の近くになるとエメラルド色の変わる海、又岩礁の上の公園から見る景色、地中海には何も無くただ昔から青い海が続くだけです。
はるばる甲斐がありました。
タルシーン神殿、BC3000?2500年、ハガール・イム,イムナイドラ神殿やカート・ラッツ遺跡、車の輪だちの後とか水路だったという見方もある遺跡、アール・ダラムの洞窟30万年とも18万年前ともさかのぼるといわれる洞窟第2次世界大戦では防空壕としても使用されていたとものとかを見てマルサシュロックに向かいます。
ここは漁村が観光地になったとこで魚料理のレストランが沢山あります。
美味しい店を聞いて入りました。
3品しか頼んでないのにでるは出るは、野菜や芋料理が全て付いていたので、テーブルは満杯です。
Carrub restrant オイシカッタ!
★
タクシーのドライバーが未だ時間があるからスリーシテイに連れていってあげるというなんとも親切なこと、陸側からスリーシテイ、3つの町を見ることが出来ました。ビットリオーザではかつては騎士団も暮らしたと言うアンジェロ砦,セングレアは大き目のついた灯台のある公園、コヌピークワにも連れて行ってもらえました。
観光で暑くなった体をクーラーの効いたタクシーの車内ですぐ冷やしてくれます。いい選択でした。
バスを使っている人たちも大勢いましたが、登りや下りで汗をかきさらにバスの到着まで炎天下にいるのは凄い体力が必要。
私達には無理です。
タクシーはインターネットでマルタの旅行社で予約しました。
夜食は一昨日の店。
今夜は料理を3品にしました。これでも十分。
マルタは量も凄く多い、其のせいか分からないのですが若い子もおなかがだぶついているようです。
昨夜の夕食は騎士団長の館の隣にあるレストランで、兎の煮込みや名物たこのシチュー。兎もたこも地元の食材です。
明日はゴゾです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 交通手段
- 鉄道 船 タクシー 飛行機
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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