2010/12/24 - 2011/01/08
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ちゃおさん
幾つかの楼門を通り過ぎた一番奥にこの廟の主、カイデイン王のお墓が安置されている。この王は阮朝三祖と聞いていたが、二祖かも知れないし、もっと後の人かも知れない。歴史家でない当方にとってはどちらでも良いことだ。分かったのは絶大な権力を持った王は、自身の死後も広大な園地の中に人々を服従させ、人々から崇拝され続けようとする。中国でも、日本でも、洋の東西を問わない、人の本質なのだろう。
日本、中国、ペルシャ、エジプトにしても石棺を地中に埋めるか石室、ピラミッドなどで覆って、直接目に触れないような工作をするが、ベトナムでは石棺はそのままの状態で地上に置かれ、部屋で区切られているだけだ。これは一昨年カンボジアのバンテアイ・スレイやその他の遺跡で見たような感じで、幾つかの小さな部屋で区切られた一番奥にその石室があり、石棺置かれているような感じだった。
人は死後の栄光を求める。偉大な人であればある程その念が強くなる。この遺跡は幸いに戦争の災禍を免れていたが、カンボジアでの多くの遺跡は栄枯衰勢の跡すら留めず、ジャングルと帰している。今日本の早稲田隊が発掘調査を行っているコンポントム郊外の六世紀からの古い遺跡は、もう殆ど土くれの中に辛うじて祠堂が残っていて、しかもその後、その後の米軍の爆撃で、あちこち大穴が開いていた。今はもうその遺跡の主すら定かに分からない。
ベトナムの阮王朝は、フランスに代わって一時日本がこの国を統治した時点でも生き延び、その後日本が戦争に敗れ、フランスもべトミンに敗れビエンビエンフーより立ち去る直前まで生き延びた。元々この国にグエン姓が多いのかも知れないが、グエン・バンチュー、グエン・カキオ、グエン・何々のグエン姓は、すべてこの王族の系列に連なる人かも知れない。戦争の無い、平和な時代には、そのグエンの係累がこぞってこの園に集まり、池に舟を浮かべ、歌舞演芸を楽しんだかも知れない。ベトナム戦争が終わり、今はそれはグエン姓の有力な将軍たちは皆米国に亡命し、この墓所、或いは王城は、観光資源として、ベトナム国家を富ませている。歴史の皮肉と言うか、歴史の無常はこの廟廷に漂っているように思えた。
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