2010/12/24 - 2011/01/08
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ちゃおさん
日本と中国との関わりは有史以前、紀元間もない頃の後漢の時代から既に始まっている。日本は朝鮮半島との間に対馬海峡があって、海で隔てられていたが、ベトナムは中国と地続きで、日本以上に深く長い接点が中国との間にあった。
過去千数百年、ベトナムがフランスの配下に収められるまでは、その大半が中国との係わりで、中国の支配下に置かれたり、或いは独立したり、又、中国から離れたのち、クメール等他のインドシナ王国に攻め入ったりと、ベトナムの歴史は中国抜きには語れないものがある。
奈良時代、鑑真和上が日本渡航に失敗し、船が難船して遥かベトナムの地まで流されたり、帰国しようとした阿倍仲麻呂も同様に難船し、ベトナムまで流されて数年この地で過ごし、漸く長安に戻ることができたが、結局もう帰国を諦め、長安で没することになった。
当時ベトナムが南越国と言っていたか、大南国と言っていたか定かでないが、今のハノイの辺り、紅河付近に都を構え、中国風の文物を大いに取り入れていたらしい。従って、日本が中国の文物を取り入れる以上に地続きのベトナムは広範に取り込んでいて、日本には無い科挙の制度なども取り入れていた。
今訪問しているこのミンマン廟にも中国の文化文物が氾濫している。ガイドに言われなければ、ここがベトナムとは思えない程、すべての点に於いて中国風である。以前バンコク郊外のバンパイン離宮を訪問した時、庭園内には中国風の建物やら文物がかなり残されていたが、それ以上に欧風の建物、文化の導入に努めた迹があったが、ここミンマンではすべてが中国風。ベトナムの知識人に取って、漢字が読めることは常識で、漢字を貴ぶ気風は日本以上のものがあった。
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