2010/12/02 - 2010/12/02
886位(同エリア1203件中)
キヌちちさん
アグアスカリエンテス駅で下車し、少し歩いた停留所から乗り合いバスでマチュピチュに向かいました。テレビや写真などで見てきたお馴染みの光景が目の前に展開されます。断崖を覆ってたちこめる白い雲の切れ間から、深緑の高峰が天空を突き刺すシーンが現れました。空中都市への入り口は思い描いていた通りの風景でした。好天の中、崖側に転落防止柵もない未舗装の山道をくねくねと揺られること約30分、世界ナンバーワンの人気を誇る観光地に到着しました。
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アグアスカリエンテス駅下車後に乗ったマチュピチュ遺跡に向かう乗り合いバス車内。世界各地から訪れた人々で満席。道路の狭さからか大型バスは禁止されているそうで、小型バスに乗らなければならない。
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マチュピチュ遺跡に向かう乗り合いバス車窓から。ペルー鉄道の線路が見えます。
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マチュピチュ遺跡に向かう乗り合いバス車窓から撮影。ウルバンバ川を通過。2010年1月下旬に洪水が起きました。その後遺症なのか、川の中央に切り立った大きな石が点在していました。
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白い雲の上に尖った絶壁の山が見えてきました。
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テレビや写真などで見た脳裏に焼き付いているマチュピチュのイメージそのものです。
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マチュピチュ遺跡に向かう乗り合いバス車内。車窓の外に展開される絶景に、皆さん歓声を上げていました。
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高峰を覆い隠す雲の流れは神秘さを一層引き立ててくれました。
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マチュピチュは「ペルー南部高地、クスコ県のウルバンバ川流域にあるインカの都市遺跡。蛇行する河岸にそびえ立つ切り立った山の鞍部にあるため、北、東、西の三方が急傾斜をなし、接近が困難なため、長い間知られなかったが、1911年7月24日、アメリカ人のハイラム・ビンガムによって発見された。
標高約2400mで、インカの首都だったクスコよりも約900m低い。遺跡の主要部は、神殿および居住区とそれを取り囲む階段畑であり、その南は大部分が階段畑である。マチュ・ピチュの北西には、異様な形をしたワイナ・ピチュの峰がそびえているが、その頂上に通ずる道がつけられ、裏手には『月の神殿』がある。
マチュ・ピチュの主要部分は、大広場を囲むいくつかの建物群よりなるが、広場の南東側の一群は、クスコの宮殿、神殿のように、整形された角石を丹念に積み重ねてつくられた建造物を多く含み、エリートの居住区ないしは神殿群であったろうと推測される。なかでもトレオンとよばれる建物は、西側の壁が円形をなし、クスコの太陽神殿に似ている。いくつかの建物は、岩盤を利用してつくられた礎石の上に建てられており、また、至る所に自然石を加工した祭壇がある。
広場の西側の小高い丘の上には、インティ・ワタナとよばれる太陽に捧げられた聖壇がある。広場の東側の大きな住居址群は、材料の石もあまりよく整形されず、石組も粗雑で、庶民または兵士の宿舎であったと思われる。泉から引かれた水路や道路も完備し、1000人以上の人々が自給生活をすることが可能であったろう。
マチュ・ピチュはいつの時代かに放棄され、スペイン人の侵入、破壊を免れたため、インカ都市の構造や建築様式を忠実に伝えてくれる希有な遺跡として価値が高い。発見者のビンガムは、マチュ・ピチュが、スペイン人のクスコ侵入後ウルバンバ地方に逃げ込んだインカたちの根拠地ビルカバンバであると唱えたが、その後の諸調査により、ウルバンバ川の支流ビルカバンバ川流域にあるエスピリトゥ・パンパのほうが、インカ最後の都として有力視されている。
マチュ・ピチュの孤立した立地条件と自給自足体制から、それがインカ宗教の聖域であったとする説もあるが、遺跡の南端からは険しい山地に沿ってインカ道が走り、インティ・パタ、ウィニャイ・ワイナ、チョケスイスイ、プユ・パタ・マルカ、サヤック・マルカ、ルンク・ラッカイなど、規模は小さいが似た構造の諸遺跡に通じているので、1536年以後、クスコから逃亡してスペイン人に抵抗したインカの軍事的拠点として用いられた可能性も十分ある。なお、1983年には『マチュ・ピチュの歴史保護区』として世界遺産の複合遺産(文化、自然の両方の価値がある遺産)に登録されている」(小学館大百科全書ニッポニカより)。 -
尖った絶壁の山々がそびえるウルバンバ渓谷の山間にあるマチュピチュ。
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マチュピチュ遺跡が近づいてきました。
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乗り合いバスのマチュピチュ遺跡発着場。
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乗り合いバスのマチュピチュ遺跡発着場。
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乗り合いバス発着場横の公衆電話。
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乗り合いバス発着場横の休憩場。
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マチュピチュ遺跡に唯一あるホテル「マチュピチュ・サンクチュアリー・ロッジ」。
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マチュピチュ・サンクチュアリー・ロッジ入り口。
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マチュピチュ遺跡入り口横に設けられていた案内看板。
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マチュピチュ遺跡入り口
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マチュピチュ遺跡入り口
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マチュピチュ遺跡入り口
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マチュピチュ遺跡に入ってすぐの場所。崖側の木の手すりが心もとない。小さな子供のガードにはあまり役立ちそうもない、などと感じた次第!
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マチュピチュ遺跡に入ってすぐの場所
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マチュピチュ遺跡が見えてきました。
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中央にそびえる山はワイナピチュ。登っている人がたくさんおりました。
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マチュピチュ遺跡はウルバンバ渓谷の高峰に囲繞されている。すばらしい好天だった。ガイドさんによれば、この日(2010年12月2日)の前は3日間連続して雨だったそう。ラッキーでした。
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マチュピチュ遺跡はウルバンバ渓谷の高峰に囲繞されている。雲の流れが速い。「空中都市」の形容がうなづけた。
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マチュピチュ遺跡、警備役人の館または農夫の館。
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マチュピチュ遺跡、警備役人の館または農夫の館(農地管理人の住居跡)。
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マチュピチュ遺跡を巡る散策の出発です。急な階段や起伏も多く、かなりきつい運動量でした。
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マチュピチュ遺跡の定番のアングルが見えてきました。
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マチュピチュ遺跡。あんな斜面をよく活用して造りあげたものだと、しばし感心した次第!
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現地の人たちでしょうか。傘を手にしたガイドさんの説明を熱心に聴き入っています。
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傘を手にしたガイドさんの説明を聴く人たち。左端のおばさんもグループの一員だと思うのですが。自由行動がお好き。どこのツアーにも必ずいますね、説明を聴かないで動き回る人。私もそうですが…。
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マチュピチュ遺跡は1911年にアメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムによって発見されたので、今年で満100年になる。秘密都市との異名を持つマチュピチュ遺跡は、誰が何のために築いたのか、今もって定かではない。よく分からないけれど、探検ロマンの世界ですな!なんちゃって。
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この感動はやはり現地で直接目に接してしか味わえない!百聞は一見に如かず!然り、然り!!
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写真でも急峻な勾配が分かる!
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マチュピチュ遺跡の中心部で、面積約13平方kmのうち半分を占める神殿、宮殿、居住区です。左側中央にインティ・ワタナ(日時計)、中央に中央広場、下中央の白い塔は太陽の神殿。石の建物総数は約200戸あり、15世紀中頃に建設された。5000人が暮らしていたとも推定されている。
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手前の建物群の中には皇女の館もあった。
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この旅行記へのコメント (1)
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- ブルートレインさん 2011/01/03 01:32:41
- 凄いですね!!
- キヌちちさんへ
マチュピチュは凄いですね。ワクワクしながら旅行記を読ませて頂きまし
た。
実が私が本格的にフォートラで旅行記を作ろうとしたきっかけとなったの
が、このマチュピチュ遺跡でした。「行きたいけど今は行けない所」と半ば
観念しておりましたが、キヌちちさんの写真を見て改めてその気持ちが再燃
しいてまいりました。イグアスの滝、マチュピチュ等々、本当に素晴らしい
ですよね。将来退職いして一番に行きたい所になってしまいました。(本当
は今にでも言いたいのですが・・・仕事の都合で長期間は空けられないの
で・・・)
でも、旅行って本当にいいですよね。(考えている時って全てを忘れます
からね。)このマチュピチュ遺跡の定番のアングルの写真を当分の間私のパ
ソコンのデスクトップに張らせて頂きます。(お許しくださいね。)
キヌちちさんの訪問した数には遠く及びませんが、「一カ国でも沢山訪問
したいな〜と心の中では思っています。」
又訪問致します。
ブルートレイン
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