2010/12/14 - 2010/12/14
727位(同エリア2862件中)
みにくまさん
京料理展示大会に行った帰り道、たしかこの近くに平安神宮があったはずと思いだし、まだ一度も行ったことがなかったのもあって、少しだけ寄り道してきました。
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平安神宮 應天門(神門)
平安神宮(へいあんじんぐう)は、京都府京都市左京区にある神社である。旧社格は官幣大社、勅祭社。現在は神社本庁の別表神社。 -
平安神宮
1895年(明治28年)3月15日に平安遷都1100年を記念して京都で開催された内国勧業博覧会の目玉として平安京遷都当時の大内裏の一部復元が計画された。
当初は、実際に大内裏があった千本丸太町に朱雀門が位置するように計画されたが、用地買収に失敗し、当時は郊外であった岡崎に実物の8分の5の規模で復元された。
博覧会の後は、建物がそのままにして、平安遷都を行った天皇であった第50代桓武天皇を祀る神社として創祀された。皇紀2600年にあたる1940年(昭和15年)に、平安京で過ごした最後の天皇である第121代孝明天皇が祭神に加えられた。平安神宮では、京都を守る四神の御守が授与されている。 -
平安神宮 應天門(神門)
1976年(昭和51年)1月6日、火災が発生し本殿・内拝殿など9棟が炎上、焼失した。創建が比較的新しく文化財指定を受けていなかったため、国からの補助金が見込めなかったが、全国からの募金により3年後に再建された。
この火災は、後に新左翼活動家加藤三郎の犯行であることが判明した。 -
應天門(神門)
◎ 応天門(おうてんもん、應天門)
応天門は、平城京、平安京大内裏にあった門で、朝廷内での政務・重要な儀式を行う場であった朝堂院(八省院)の正門であった。朱雀門のすぐ北にあり、朱雀門・会昌門と並ぶ重要な門であった。
日本で隋・唐の律令制が導入されると、隋・唐の都城設計の強い影響を受け、都城を建設した。平安京の扁額は空海の筆によるものと言われている。貞観8年(866年)、応天門の変で放火されたことで有名であるが、その他にもたびたび失われ、治承元年(1177年)の大火で失われて以降、再建されなくなった。平安神宮の応天門は、平安京の応天門を5/8のサイズで模したものである。 -
大極殿
左右には百虎楼・蒼龍楼が控えています。 -
神楽殿 (結婚式場)
木造平屋建・瓦葺・建築面積272?
建築年 昭和15年
南内庭東側に位置し、東外廻廊と東側で接続する。
基壇を設けて桁行8間、梁間4間の丸柱を建て、南・西・北の3面1間通りを吹き放しとする。
神楽の奉奏とともに結婚式等を行う場として建てられたもので、広く親しまれている。 -
蒼龍楼
木造入母屋造・碧瓦本葺(みどりがわらほんぶき)・建築面積約82.7?
この楼は、西方の白虎楼(びゃっころう)と共に平安の朝堂院(ちょうどういん)の様式を模したものである。
蒼龍・白虎の名称は「この京都が四神(ししん)(蒼龍(そうりゅう)・白虎(びゃっこ)・朱雀(すじゃく)・玄武(げんぶ))相応の地」とされたことに因むものである。 -
蒼龍楼
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蒼龍楼
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額殿
神宮境内の南西にあたる左側中央に建っている。奉納された額や絵馬を掛けて置く建物で絵馬堂、または額堂とも呼ばれている。 -
額殿
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百虎楼
東方の蒼龍楼と共に平安京朝堂院の様式を模したものである。屋根は四方流れ・二重五棟の入母屋造り、碧瓦本葺きが施されている。 -
大極殿(外拝殿)
応天門の真北、本殿の南側にある。寝殿造の構造で正面30m、入母屋造の屋根は碧瓦を葺き棟の両端には金色の鴟尾(しび)を置いている。平安京の大内裏朝堂院の正殿大極殿を模造したもの。前庭左右に「左近の桜」「右近の橘」が配置され、さらには龍尾檀という勾欄が設けられ上下に仕切られている。 -
大極殿(外拝殿)
大極殿(だいごくでん)は、古代の朝廷の正殿。宮城(大内裏)の朝堂院の北端中央にあり、殿内には高御座(たかみくら)が据えられ、即位の大礼や国家的儀式が行われた。中国の道教では天皇大帝の居所をいう。
「大極殿」の名は、万物の根源、天空の中心を意味する「太極」に由来する。すなわち、帝王が世界を支配する中心こそ「大極殿」の意である。 -
大極殿(外拝殿)
鴟尾(しび)
瓦葺屋根の大棟の両端につけられる飾りの一種である。訓読みではとびのおと読む。沓(くつ)に似ていることから沓形(くつがた)とも呼ばれる。
寺院・仏殿などによく用いられる。後漢以降、中国では大棟の両端を強く反り上げる建築様式が見られ、これが中国などの大陸で変化して3世紀から5世紀頃に鴟尾となったと考えられている。
唐時代末には鴟尾は魚の形、鯱(海に住み、よく雨を降らすインドの空想の魚)の形等へと変化していった。瓦の伝来に伴い、飛鳥時代に大陸から日本へ伝えられたと見られている。火除けのまじないにしたといわれている。
材質は瓦、石、青銅など。 -
應天門(神門)
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應天門(神門)
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手水所
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手水所
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應天門(神門)
遠くには大鳥居が。 -
月
空気が澄んでいるからなのでしょうか。
たまたま月を撮影したところ、クレーターまで映っていました。
この写真は200mmで撮ったものを、4倍くらいに拡大してありますが、超望遠だったら凄く綺麗に撮れそうです。
◎ おしまい
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この旅行記へのコメント (2)
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- 潮来メジロさん 2010/12/19 12:02:30
- 訪問回数750回、ありがとうございました。ヾ(^o^)
- みにくまさん、こんにちは! ヾ(^o^)
毎度、訪問ありがとうございました。
本日、みにくまさんの訪問回数が、750回になっておりました。
度々お越し戴き、ありがとうございました。
> 大極殿(外拝殿)
>
> 鴟尾(しび)
>
> 瓦葺屋根の大棟の両端につけられる飾りの一種である。訓読みではとびの
> おと読む。沓(くつ)に似ていることから沓形(くつがた)とも呼ばれ
> る。
なるほど、そういわれて見れば、靴の形にも見えますね。v(^o^)v
> 寺院・仏殿などによく用いられる。後漢以降、中国では大棟の両端を強く
> 反り上げる建築様式が見られ、これが中国などの大陸で変化して3世紀から
> 5世紀頃に鴟尾となったと考えられている。
> 唐時代末には鴟尾は魚の形、鯱(海に住み、よく雨を降らすインドの空想
> の魚)の形等へと変化していった。瓦の伝来に伴い、飛鳥時代に大陸から
> 日本へ伝えられたと見られている。火除けのまじないにしたといわれてい
> る。
> 材質は瓦、石、青銅など。
みにくまさんのコメントは、歴史にも踏み込んだ大変わかりやすい解説で
とてもすばらしいです。
旅行記を書くのにも、たいそう勉強されているんだなぁと、いつも感心して
拝見しております。
今後とも、よろしく御願いします。(^o^)/~~~
(潮来メジロ)
- みにくまさん からの返信 2010/12/19 20:53:29
- RE: 訪問回数750回、ありがとうございました。ヾ(^o^)
潮来メジロさん、こんばんは〜。
750回記念のメッセージをいただき、ありがとうございます。
いえいえ、こちらこそいつも訪問&鳥さんのことを教えていただき、感謝です。
私のコメントは、その都度、ネット上のいろいろなところから調べてきて書いているんですよ〜。
お話にあった”鴟尾”も、漢字はむつかしいですが”しび”とだけ覚えておけば、あとから検索すれば、ウィキペディアなどに、細かい説明が出てきてくれます。
”しび”が分からないときは苦労しますけどね(^_^;)
私も歴史とか建築物のこととか興味があるので、自分でも勉強しながら旅行記を作成しているところもあります。
自分の言葉だけで全部書けてしまったら、博士になれますね。
では〜(^O^)/
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