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            ネパールの桜<br /> この度のネパール、ブータン、インドの北部のダージリンの旅行で、一番ウエートがかかっていたのはネパールだった。<br /> 1982年、ネパールでホームスティをした時、あまりにも汚くて、食べ物もなく、寝具は毛布1枚での生活は死ぬのではないかと思った。その時、「ネパールは二度と来なくてくていい」、と思った。<br /> それなのに、何故、心変わりして、また、出かけたか。今、私が夢中になっている外国の桜のためである。<br /> 桜は日本の国花である。桜は起源も日本だと思っている人が多い。しかし、多くの学者が一致するところでは、桜の起源はヒマラヤのネパール側辺りなのだそうだ。<br /> 染郷正孝博士(東京農大)は「桜の来た道ーネパールの桜と日本の桜」(信山社)の中で「(要約)太古の時代(百万年位前)に桜はすでに生えており、そのルーツはヒマラヤの標高1300m位の所で花は秋咲きのヒマラヤ桜だった」と説いておられる。<br /> 染郷博士は同書の中で「日本に来たルートはヒマラヤのネパール側からネパールからブータン→ミャンマー→中国の四川省→韓国を経て何十万年もかかって春咲樹の桜となって日本に辿り着いたのではないかとも説いておられる。 <br /> 私はその説を確かめるためににも、桜の原生の地、秋のネパールを訪ねたかったのである。<br /> 10月8日、私は朝7時40分にデリーを発って午前9時過ぎにカトマンズに着いた。しかし、入管をパスしたのは10時半近くだった。(カトマンズ空港は以前と同じように狭くて汚くて能率的でない)日本語ができるガイドのラジさんが空港に迎えに来てくれていた。(私はこの度の旅行は治安のために全ての国でガイドを手配した)<br /> ラジさんはとても親切で誠実な人だった。私がネパールに来た目的を話すと快く協力してくれ、ネパールの桜についていろいろ話してくれた。<br /> ネパール人は桜をパイコンと言うのだそうだ。(桃色の花と言う意味)桜は主に秋に咲くが(10月中旬から次第に標高が高くなって12月初旬まで咲いているのだそうだ。<br /> 私が1982の12月にネパールに来て、ポカラに行く途中、桜が咲いていたのを思い出した。当時、写真嫌いで、写真に撮っておかなかったことが悔やまれる。<br /> 春咲く桜もあるそうだ。開花時期は2月から3月下旬までで、これも低い所から咲き出すのだそうだ。<br />. その日の午後、是非、訪れたい所があった。元、国王のパレス(宮殿)である。インターネットで調べると、そこには元、国王は桜がお好きで桜の木ががいっぱいある、と出ていた。<br /> しかし、パレスに入場券(10ドル)を買って入ろうとすると、撮影禁止でカメラを取り上げられてしまった。そして、驚くような現実を知ったのである。現在、政治情勢が変わって桜の木は全部伐採されているとの事だった。(このことは日を改めてブログに書かせてもらう)<br /> 私はがっくりした。私は怒りが込み上げてきて、入場しなかった。<br /> 市内の所々に桜の木が植えてあるのが分かった。しかし、ネパールも異常気象で、例年なら十月中旬から咲く秋の桜はまだ咲いていなかった。それどころか、桜の蕾はスモッグと砂塵に覆われてひどい状態であった。桜のご先祖様は、さぞや嘆いておられるだろうと、カトマンズ市街地の桜が哀れに思えた。<br /> 10月9日、ナガールコットの丘陵(標高2500m)で初日を見るために出かけたが、霧で日の出と朝焼けのヒマラヤの山々は見れなかったが、私にとって素晴らしい出来事があったのだ。霧が薄らいで辺りが見え始めた時、目前に桜の大木が現れたのである。<br /> まるで、桜がお好きだった前、ネパール国王のビレンドラ様が桜の精となって、私を出迎えてくださったような気になった。(なんて、私は能天気者)あの感激は終生忘れられない。朝焼けのヒマラヤの山々よりも、ずっと素晴らしかった、なんて何人かの友に負け惜しみを言っている。(写真1)<br /> 次の写真(2)はナガールコットの帰り道(標高2000m位)、沢山のヒマラヤ桜を見ることができた。<br /> いずれもまだ花は咲いていなかったが、「葉が全部落ちて花が咲くのは12月初旬だろう」、とラジさんは語っていた。<br /> ラジさんが急に車を止めた。急な斜面にヒマラヤ桜の蕾を見つけたのだ。危険を顧みず、一枝折って私にくれた。あの時も感激だった。百万本のバラを貰うよりも嬉しかった。(写真3)<br /> 10月10日、午前11時にカトマンズを後にしてパロ(ブータン)に向かった。空港の近くの公園で桜の2部咲きを見ることができた。<br /> ああ、私は何たる幸せ者、車を止めてはいけない所だったが、1分だけ止めてもらって、急ぎ早にカメラのシャッターを押した。(写真4)<br /> ラジさんには日本からのお土産(安い携帯ラジオ)と心ばかりのチップを差し上げた。ヒマラヤ桜が満開になったらインターネットで写真を送ってくださるようお願いした。サリーを着た美しい奥様と、逞しいラジさんが桜の樹の下で微笑んでいる写真を今から楽しみにしている。<br /><br />      ネパールの 秋咲く桜は 早けれど <br />      心に咲いた 満開の花<br />---------------------------------------------------<br />お断り:タイトルの桜は私が撮影したものでありません。インターネットの「ヒマラヤ桜」から転載したものです。<br /><br />         ゆらのと=峰村剛 (長岡市在住)<br />  <br />  <br />           

ヒマラヤ近辺の秋咲く桜を訪ねて 1 ネパールの桜

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2010/10/07 - 2010/10/16

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ゆらのと

ゆらのとさん

            ネパールの桜
 この度のネパール、ブータン、インドの北部のダージリンの旅行で、一番ウエートがかかっていたのはネパールだった。
 1982年、ネパールでホームスティをした時、あまりにも汚くて、食べ物もなく、寝具は毛布1枚での生活は死ぬのではないかと思った。その時、「ネパールは二度と来なくてくていい」、と思った。
 それなのに、何故、心変わりして、また、出かけたか。今、私が夢中になっている外国の桜のためである。
 桜は日本の国花である。桜は起源も日本だと思っている人が多い。しかし、多くの学者が一致するところでは、桜の起源はヒマラヤのネパール側辺りなのだそうだ。
 染郷正孝博士(東京農大)は「桜の来た道ーネパールの桜と日本の桜」(信山社)の中で「(要約)太古の時代(百万年位前)に桜はすでに生えており、そのルーツはヒマラヤの標高1300m位の所で花は秋咲きのヒマラヤ桜だった」と説いておられる。
 染郷博士は同書の中で「日本に来たルートはヒマラヤのネパール側からネパールからブータン→ミャンマー→中国の四川省→韓国を経て何十万年もかかって春咲樹の桜となって日本に辿り着いたのではないかとも説いておられる。 
 私はその説を確かめるためににも、桜の原生の地、秋のネパールを訪ねたかったのである。
 10月8日、私は朝7時40分にデリーを発って午前9時過ぎにカトマンズに着いた。しかし、入管をパスしたのは10時半近くだった。(カトマンズ空港は以前と同じように狭くて汚くて能率的でない)日本語ができるガイドのラジさんが空港に迎えに来てくれていた。(私はこの度の旅行は治安のために全ての国でガイドを手配した)
 ラジさんはとても親切で誠実な人だった。私がネパールに来た目的を話すと快く協力してくれ、ネパールの桜についていろいろ話してくれた。
 ネパール人は桜をパイコンと言うのだそうだ。(桃色の花と言う意味)桜は主に秋に咲くが(10月中旬から次第に標高が高くなって12月初旬まで咲いているのだそうだ。
 私が1982の12月にネパールに来て、ポカラに行く途中、桜が咲いていたのを思い出した。当時、写真嫌いで、写真に撮っておかなかったことが悔やまれる。
 春咲く桜もあるそうだ。開花時期は2月から3月下旬までで、これも低い所から咲き出すのだそうだ。
. その日の午後、是非、訪れたい所があった。元、国王のパレス(宮殿)である。インターネットで調べると、そこには元、国王は桜がお好きで桜の木ががいっぱいある、と出ていた。
 しかし、パレスに入場券(10ドル)を買って入ろうとすると、撮影禁止でカメラを取り上げられてしまった。そして、驚くような現実を知ったのである。現在、政治情勢が変わって桜の木は全部伐採されているとの事だった。(このことは日を改めてブログに書かせてもらう)
 私はがっくりした。私は怒りが込み上げてきて、入場しなかった。
 市内の所々に桜の木が植えてあるのが分かった。しかし、ネパールも異常気象で、例年なら十月中旬から咲く秋の桜はまだ咲いていなかった。それどころか、桜の蕾はスモッグと砂塵に覆われてひどい状態であった。桜のご先祖様は、さぞや嘆いておられるだろうと、カトマンズ市街地の桜が哀れに思えた。
 10月9日、ナガールコットの丘陵(標高2500m)で初日を見るために出かけたが、霧で日の出と朝焼けのヒマラヤの山々は見れなかったが、私にとって素晴らしい出来事があったのだ。霧が薄らいで辺りが見え始めた時、目前に桜の大木が現れたのである。
 まるで、桜がお好きだった前、ネパール国王のビレンドラ様が桜の精となって、私を出迎えてくださったような気になった。(なんて、私は能天気者)あの感激は終生忘れられない。朝焼けのヒマラヤの山々よりも、ずっと素晴らしかった、なんて何人かの友に負け惜しみを言っている。(写真1)
 次の写真(2)はナガールコットの帰り道(標高2000m位)、沢山のヒマラヤ桜を見ることができた。
 いずれもまだ花は咲いていなかったが、「葉が全部落ちて花が咲くのは12月初旬だろう」、とラジさんは語っていた。
 ラジさんが急に車を止めた。急な斜面にヒマラヤ桜の蕾を見つけたのだ。危険を顧みず、一枝折って私にくれた。あの時も感激だった。百万本のバラを貰うよりも嬉しかった。(写真3)
 10月10日、午前11時にカトマンズを後にしてパロ(ブータン)に向かった。空港の近くの公園で桜の2部咲きを見ることができた。
 ああ、私は何たる幸せ者、車を止めてはいけない所だったが、1分だけ止めてもらって、急ぎ早にカメラのシャッターを押した。(写真4)
 ラジさんには日本からのお土産(安い携帯ラジオ)と心ばかりのチップを差し上げた。ヒマラヤ桜が満開になったらインターネットで写真を送ってくださるようお願いした。サリーを着た美しい奥様と、逞しいラジさんが桜の樹の下で微笑んでいる写真を今から楽しみにしている。

      ネパールの 秋咲く桜は 早けれど 
      心に咲いた 満開の花
---------------------------------------------------
お断り:タイトルの桜は私が撮影したものでありません。インターネットの「ヒマラヤ桜」から転載したものです。

         ゆらのと=峰村剛 (長岡市在住)
  
  
           

同行者
一人旅
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
飛行機
旅行の手配内容
個別手配
  • ナガールコット(標高2800m)では霧が深くて朝焼けののヒマラヤの山々は見れなかったが、きりが薄れて目前に桜の大木が現れた時は感動だった。<br /> この桜は12月初旬に咲くそうだ。<br />

    ナガールコット(標高2800m)では霧が深くて朝焼けののヒマラヤの山々は見れなかったが、きりが薄れて目前に桜の大木が現れた時は感動だった。
     この桜は12月初旬に咲くそうだ。

  •  ナガールコットからの帰り道、沿道の村々に桜の木が沢山見えた。彼方にヒマラヤの山々が見える。

     ナガールコットからの帰り道、沿道の村々に桜の木が沢山見えた。彼方にヒマラヤの山々が見える。

  • ガイドが沿道の急斜面にヒマラヤ桜の蕾を発見した。危険を顧みず、一枝折ってくれた時は感動うだった。

    ガイドが沿道の急斜面にヒマラヤ桜の蕾を発見した。危険を顧みず、一枝折ってくれた時は感動うだった。

  •  カトマンズを去る時、空港の近くの公園で2分咲きの桜が咲いていた。駐車禁止のところだったが、ガイドは車を1分だけ止めたくれた。

     カトマンズを去る時、空港の近くの公園で2分咲きの桜が咲いていた。駐車禁止のところだったが、ガイドは車を1分だけ止めたくれた。

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