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両津港では、後から来るカーフェリーの到着を<br />待つ間、「両津ふれあいガイド」の方と、港周辺を<br />お散歩します。<br />迎えてくださった「ふれあいガイド」さんは、<br />シルバー世代とおぼしき男性。<br />たぶん、リタイア後のボランティアでしょうか。

佐渡は居よいか、住みよいか♪ ーその2「両津港ウォーキング」ー

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2010/10/03 - 2010/10/04

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にゃんこ姫

にゃんこ姫さん

両津港では、後から来るカーフェリーの到着を
待つ間、「両津ふれあいガイド」の方と、港周辺を
お散歩します。
迎えてくださった「ふれあいガイド」さんは、
シルバー世代とおぼしき男性。
たぶん、リタイア後のボランティアでしょうか。

  • 両津港のターミナルにも、<br />「歓迎」の文字が。<br />日本語だけでなく、英語にハングル(韓国語)、<br />中国語の簡体字、一番下は台湾語か広東語?<br />佐渡をい訪れる観光客も、国際的なのですね。

    両津港のターミナルにも、
    「歓迎」の文字が。
    日本語だけでなく、英語にハングル(韓国語)、
    中国語の簡体字、一番下は台湾語か広東語?
    佐渡をい訪れる観光客も、国際的なのですね。

  • 港の前には、「おけさの島両津港」と<br />書かれた柱のそばに、佐渡伝統の踊り、<br />「佐渡おけさ」の衣装の人形が二体。<br />ガイドさんによると、ここにはもと<br />公衆電話ボックスがあり、それを撤去した<br />後に置かれたものだそうです。

    港の前には、「おけさの島両津港」と
    書かれた柱のそばに、佐渡伝統の踊り、
    「佐渡おけさ」の衣装の人形が二体。
    ガイドさんによると、ここにはもと
    公衆電話ボックスがあり、それを撤去した
    後に置かれたものだそうです。

  • 街路樹が、剪定された杉というのも<br />珍しいかも。

    街路樹が、剪定された杉というのも
    珍しいかも。

  • 「両津大橋」の上には、幾つかの彫像が<br />ありました。<br />『佐渡の冬』と題された作品。

    「両津大橋」の上には、幾つかの彫像が
    ありました。
    『佐渡の冬』と題された作品。

  • 『佐渡の夏』です。<br />春夏秋冬の4体セットのようです。<br />あとの2体は、通りの向こうにあり<br />ました。

    『佐渡の夏』です。
    春夏秋冬の4体セットのようです。
    あとの2体は、通りの向こうにあり
    ました。

  • 「両津大橋」から両津港をのぞむ。<br />右端の彫像は、上の画像の『佐渡の夏』を<br />横から見たところ。<br />この形も、いいですね。

    「両津大橋」から両津港をのぞむ。
    右端の彫像は、上の画像の『佐渡の夏』を
    横から見たところ。
    この形も、いいですね。

  • 昔の街並みが残っている通り。<br />

    昔の街並みが残っている通り。

  • 新潟県指定の天然記念物、『村雨の松』。<br />この名は、明治の小説家、尾崎紅葉が<br />名づけたものだそうです。<br />江戸時代には、ここに御番所があったので、<br />『御番所の松』と呼ばれていました。<br /><br />「ゆうパック」の旗が写っていますが、(笑)<br />左隣は郵便局です。<br />郵便局のある場所は、昔はお米の貯蔵庫<br />だったとのことです。

    新潟県指定の天然記念物、『村雨の松』。
    この名は、明治の小説家、尾崎紅葉が
    名づけたものだそうです。
    江戸時代には、ここに御番所があったので、
    『御番所の松』と呼ばれていました。

    「ゆうパック」の旗が写っていますが、(笑)
    左隣は郵便局です。
    郵便局のある場所は、昔はお米の貯蔵庫
    だったとのことです。

  • 『村雨の松』の説明板。

    『村雨の松』の説明板。

  • 右隣は、『佐渡海上保安曙』の建物です。<br />ここは・・・<br /><br /> ↓<br /> ↓<br /> ↓

    右隣は、『佐渡海上保安曙』の建物です。
    ここは・・・

     ↓
     ↓
     ↓

  • 港の税関があった所です。<br />『夷港』とは、両津港のことです。

    港の税関があった所です。
    『夷港』とは、両津港のことです。

  • 税関の歴史が書かれたプレート。

    税関の歴史が書かれたプレート。

  • 『両津橋』から『両津大橋』を見た<br />ところ。

    『両津橋』から『両津大橋』を見た
    ところ。

  • 『両津橋』の上にも彫刻があります。<br />「航海安全」を祈念して造られた<br />「いさりび」という作品です。<br />人魚の手にしたたいまつには、灯りが<br />点ると(ガイドさんから)聞いたような<br />気がしますが。

    『両津橋』の上にも彫刻があります。
    「航海安全」を祈念して造られた
    「いさりび」という作品です。
    人魚の手にしたたいまつには、灯りが
    点ると(ガイドさんから)聞いたような
    気がしますが。

  • 通り沿いの家々は、隣とのすき間なく、<br />くっつけて建てられています。<br />間口は狭いのですが、奥行きが長く、<br />「うなぎの寝床」のような建て方に<br />なっています。<br />これは、間口の長さで税金の多寡が<br />決まったせいだとか。

    通り沿いの家々は、隣とのすき間なく、
    くっつけて建てられています。
    間口は狭いのですが、奥行きが長く、
    「うなぎの寝床」のような建て方に
    なっています。
    これは、間口の長さで税金の多寡が
    決まったせいだとか。

  • お墓の向こうは、北一輝の生家。<br />明治の思想家・革命家で、二・二六事件で<br />逮捕され、後に死刑になった人です。<br />

    お墓の向こうは、北一輝の生家。
    明治の思想家・革命家で、二・二六事件で
    逮捕され、後に死刑になった人です。

  • そばにあった『親鸞聖人像』。

    そばにあった『親鸞聖人像』。

  • 北一輝の実家は酒蔵家だそうですが、<br />堂々たる構えの家です。

    北一輝の実家は酒蔵家だそうですが、
    堂々たる構えの家です。

  • 屋根にシャチホコのついた立派な門。<br />元禄14年建造ということは、赤穂浪士<br />の吉良邸討ち入りと同じ年です。

    屋根にシャチホコのついた立派な門。
    元禄14年建造ということは、赤穂浪士
    の吉良邸討ち入りと同じ年です。

  • まもなく、通常の行程のカーフェリーで来る<br />人たちが到着する時間なので、お散歩を終えて<br />「佐渡汽船」のターミナルに戻ります。<br /><br />全員集合したところで、あらためて、「佐渡ヶ島観光」<br />の始まりです。<br /><br />                 ーその3につづくー

    まもなく、通常の行程のカーフェリーで来る
    人たちが到着する時間なので、お散歩を終えて
    「佐渡汽船」のターミナルに戻ります。

    全員集合したところで、あらためて、「佐渡ヶ島観光」
    の始まりです。

                     ーその3につづくー

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