2010/07/05 - 2010/07/05
79位(同エリア85件中)
まみさん
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2010/07/05月 ヴイリニュス(リトアニアの首都)観光&午後:トゥラカイ城ツアー
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・国立博物館前広場からカテドゥロス(大聖堂)広場を散策
・大聖堂見学
・ゲディミナスの塔と丘の上の城博物館見学
・ピリエス通り散策&琥珀ジュエリー・ショッピング
・聖ヨハネ教会(入れず)
・聖ミカエル教会(入れず)
・聖アンナ教会(入れず)&ベルナルディン教会見学
・Amber Gallery Museumでショッピング&地下のミュージーアム見学
午後:トゥラカイ城ツアー参加
・トゥラカイ城と城内博物館見学
・レストランKibinieで名物のキビナイを食べる
ヴィリニュスに戻り
・市庁舎広場から聖カジミエル教会(入れず)、夜明けの門通りを散策
・聖三位一体教会(中は改装中で何もなかった)
【ヴィリュニス泊:ホテル・パノラマ(Panorama)】
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現地ツアーの良いところは、ガイドさんからいろいろ話が聞けること。
観光対象だけでなく、参加者みんなが外国人ということで、自国のもろもろの雑談をしてもらえると理想的です。
それには、ガイドさんはおしゃべりでなくては@
トゥラカイ城ツアーのガイドさんは、その意味では理想のガイドでした。
20代後半くらいの若い女性でした。
あくまでトゥラカイ城のツアーだけど、リトアニアのこと、バルト3国のことをいろいろ話をしてくれて面白かったです。
そうでなくてもバルト3国の情報は、歴史以外は日本ではなかなか知る機会もなく、今回は下調べも不十分と思っていましたから。
以下、ガイドさんが話してくれたことをその日のうちに書きとめた日記からの羅列です。
この旅行記の写真とはちょっと話がそれますけどね。
・リトアニアの政党は40以上あるが、小規模な政党ばかり。できたりつぶれたりして国民でも正確に把握していない。右翼左翼といわれていても、主張は大差ない。
・リトアニアの大統領は議会の法案可決を拒否する権利はなく、あまり権力はなくて主に外交で活躍。
・2009年の大統領選挙で初めて女性大統領が誕生。とても人気がある。
・政治家はロシアを嫌っていて、ロシアの影響力をそぎたいと思っているが、ビジネス面ではロシアとの関係は重要で、ビジネスパートナーのほとんどはロシア。
・ロシアから独立したばかりの頃は、みんな英語とドイツ語を勉強していたが、いまは独立当時を知らない世代が育ってきているし、ビジネス上の需要もあるため、再びロシア語を学ぶ若者が増えている。
・ユーロに加盟するために国内エネルギーの70%を占めていた原子力発電所を閉鎖したため、今ではエネルギー資源をほとんど外国から、特にロシアから輸入してまかなっている。そのため電気代は非常に高い。
・冬はものすごく寒くて、暖房にかける予算が給料の大半を占める。人々の活動も冬には鈍くなり、消費も落ちる。逆に夏場に一斉に消費活動が活発になる。
・リトアニア語とラトビア語はよく似ていて、敢えて言うとラテン語に近く、ヨーロッパの言語の中でもとても古い言葉の一つ。エストニア語は少し違っていてフィンランド語に近い。
・リトアニア語はインド・ヨーロッパ語族のどれにもあまり似ていなくて、格変化が難しい。スペルと発音の間に規則性がないため、リトアニア人でも覚えるのは大変。
・ファミリーネームは女性の場合、既婚と未婚とで語尾が違う。ファミリーネームを尋ねたら、既婚か未婚かすぐ分かる。
・リトアニアの中で産業は首都ヴィリニュスより第2の都市カウナスの方が盛ん。工場などもカウナスの方が多い。
・ヴィリニュスは、数パーセントだがロシア人とポーランド人がいる多民族都市。
・ロシア人にはロシア語の学校がある。
・ポーランド人は町の標識にポーランド語も併記させたがっているが、現在はリトアニア語オンリー。
(補足メモ:歴史的にもヴィリニュスはポーランドの影響が強い。第一次世界大戦後にリトアニアが独立を果たしたときも、ヴィリニュスだけはしばらくポーランドの都市だったこともある。)。
2010年バルト3国旅行の旅程一覧はこちら。
簡易版「2010年バルト3国旅行プロローグ(旅程一覧)地図付」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10481279/
詳細版「2010年バルト3国旅行の詳細旅程(写真付き)」
http://mami1.cocolog-nifty.com/travel_diary1/2010/07/2010-ccbf.html
「赤レンガのこの城は、水深が48メートルのガルヴェ湖に浮かぶ緑の樹木が茂る島にある。東ヨーロッパで唯一といわれるこの水上の城は、多くの観光案内のパンフレットに登場するリトアニアの代表的な風景である。
(中略)
この城(ゲディミナスが1320年代に築城し、ケーストゥティスが相続したというトゥラカイ城)は建てられてしばらくすると当時の軍事目的を失って単なる大公の住まいとなる。そして16世紀にヴィリニュスが繁栄すると見捨てられて貴族の反逆者を幽閉する監獄となった。大洪水時期(1572年にゲディミナス王朝が断絶し、ポーランドが選挙王の時代に入ったときにリトアニアがほぼ無政府状態となり、ロシア、オーストリア、プロイセンの直接介入を受けた国土混乱の時代)の1655年にモスクワの攻撃で破壊され、それから長らく廃墟のままで放置された。これを19世紀に再建したのが現在の姿の原型である。南東の塔は1902年に再建に着手し1905年に完成している。5階建てのこの城はフルシチョフ時代の1961年にリトアニアの共産党書記局の決定で修復が開始される。フルシチョフによる民族主義的回顧主義との批判もあったが、1987年に完成している。」
(「バルト三国歴史紀行 リトアニア」(原翔・著/彩流社)より引用)
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城のメインタワー下のゲートをくぐる
この建物の中には大公の居間があります。 -
観光客でぎっしりの中庭
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中庭から見た城
いかにも中世の城らしく、いい雰囲気です。 -
中庭から見た城
外階段を登って中を見学しました。 -
イチオシ
中庭に面した城への入口
重厚な扉がかっこいいです@ -
イチオシ
中庭からメインタワーの上の方まで仰ぎ見る
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中庭に面した通路を下から覗く
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現在はレセプションや来賓を迎えたり結婚式なども行われたりする1番いいホール
別の団体さんが座って説明を受けています。
私たちもこのあとで、あそこに座って説明を受けました。
結婚式は個人でも挙げられます。
場所代は高いでしょうけどネ。 -
オリジナル部分と修復部分がくっきり分かれている
石が粗くて不ぞろいなところがオリジナルの部分です。 -
オリジナルどおり復元された天井
ゴシック様式の城や教会に見られるあのタイプのシャンデリアは私好みです。
王冠みたいに見えるから。 -
イチオシ
この城1番のホールを、人がいなくなった瞬間にパチリ@
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ジャルギリスの戦いからの凱旋の絵のタペストリー
中世最大の戦いといわれている「タンネンベルクの戦い」(チュートン騎士団のドイツでの呼び方)あるいは「グリュンヴァルトの戦い」(ポーランドでの呼び方)あるいは「ジャルギリスの戦い」(リトアニアでの呼び方)です。
私になじみがあるのは「グルュンヴァルトの戦い」の方なのですが、ここはリトアニアなので「ジャルギリスの戦い」を使いましょう。
この戦いで、リトアニアはチュートン騎士団(ドイツ騎士団のこと)に決定的な勝利を収めました。
中世のバルト3国史は、ごくごくおおざっぱにいうとチュートン騎士団との領土争いの歴史のようなものなので、これでこの争いに決着がついたといえましょう。
代わりにポーランドが大国に成長するきっかけとなった戦いでもあるので、リトアニアにとって、チュートン騎士団が退場した代わりにポーランドがライバルとして浮上します。 -
もう一枚のタペストリーは6月24日の夏至の日の祭りを描いたもの
ツアーメンバーの中にはフィンランド人もいて、フィンランドにも夏至の日の祭りがあると言っていました。
リトアニア同様、とても盛大な祭りだといっていました。 -
リトアニア大公国のアルギルダス(右)とケーストゥティス(左)
2人はゲディミナスの息子たちで、アルギルダスの方が兄です。
リトアニア大公国の最盛期を築いたヴィータウタスや、ポーランド王も兼ねて後のリトアニア・ポーランド連合王国成立を導くことになったヨガイラの親世代の大公たちです。
似たような図柄の浮彫が大聖堂広場のゲディミナス像の台座にありました。
こちらの写真コメントにアルギルダスについてまとめました。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20377228/
この写真コメントにケーストゥティスについてまとめました。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20377229/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第2日目(1)ヴィリニュス:旧市街散策(1)国立博物館前広場〜大聖堂」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10500249/ -
初代リトアニア大公のミンダウガス(左)と、ヴィリニュス創設の狼の夢伝説のあるゲディミナス(右)
ミンダウガスについては、国立博物館前のミンダウガス像の写真コメントにウィキペディアフリー百科事典からの引用で説明に代えています。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20377170/
ゲディミナスについてはこちらの写真コメントにまとめました。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20377222/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第2日目(1)ヴィリニュス:旧市街散策(1)国立博物館前広場〜大聖堂」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10500249/ -
13〜14世紀、リトアニアはこれだけ城があったが、いまはほとんど廃墟
これだけあった城が、なんらかの形で少しでも残っていれば、リトアニアは今ではもっと観光大国になっていて、訪れる日本人ももっと多かったかもしれません。 -
ジャルギリスの戦いの彫刻の一部、破れたチュートン騎士団側
旗からチュートン騎士団とすぐに区別がつきます。 -
ジャルギリスの戦いの彫刻の一部、勝利したリトアニア側
王冠のような、矛の先のような図柄がリトアニア大公国の旗です。
翌日、ヴィリニュスで見た、ヴィータウタス大公戴冠記念の式典で、この時代の服装をした人たちをたくさん見ました。
確かにこの図柄の旗や鎧を掲げていました。
ジャルギリスの戦いは、ヴィータウタスとヨガイラの時代の戦いですから。
関連の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19967112/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19967119/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19967121/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行ハイライトその13:フェスティバルとセレモニー編<ヴィリニュスのヴィータウタス大公戴冠記念日>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10488159/ -
チュートン騎士団とリトアニア軍の衝突
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王冠をかぶった双頭の鷲を抱く兜
宝物展示の一つです。 -
各国のメダルをはめ込んだ銀の食器と、赤ん坊にプレゼントする幸福の銀のスプーン
赤ん坊に幸福の銀のスプーンを贈るのはドイツの習慣だとガイドが言っていました。
ひょっとしたら発祥はヨーロッパの中でもドイツなのかもしれません。 -
王冠みたいなゴシックのシャンデリア
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イチオシ
コインの前に使われていたリトアニアのお金は銀の棒
14世紀くらいまでのリトアニアのお金は銀の棒だと事前にツアーガイドから話を聞いていましたが、ここで実物を見ることができました。
ツアーガイドに教えてもらわなかったら、この後、博物館で見かけても、なにか分からずに悩んだか、スルーしてしまったでしょう。 -
少数民族がたくさんいるトゥラカイ
15世紀のトゥラカイにはさまざまな宗教を信仰する民族がいたことを解説した展示です。
写真映りはあまり良くなくてあしからず。
ガイドいわく、リトアニアではトゥラカイとヴィリニュスだけが多民族都市だそうです。
ヴィリニュスの少数民族はロシア人とポーランド人です。
この展示の真ん中はトゥラカイの地図です。
キリスト教の教会やイスラムのモスク、ユダヤ教のシナゴーグの位置が示されています。
右の品々はキリスト教のものですが、ローマ教皇を最高の存在と認め、その他はほとんど正教会の要素を残す正教会とカトリックの混合宗派ともいうべきユナイト・カトリックのものです。
左上には、イスラム教徒のタタール人の品物が展示されています。
イスラムのタタール人らしいナイフもあります。
左下にはユダヤ教の重要な宗教道具である七枝の燭台が展示されています。
カライム人は、タルムードを信奉せず5正典のみを信ずるユダヤ教徒の一派です。 -
さまざまな宝石がはめ込まれたエナメルの肖像画
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城はかつて司法の場だったことを示すマネキン
3人の裁判官で裁かれていたそうです。 -
トゥラカイ城の絵
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城の広間にかつて描かれていたフレスコ画のスケッチ
当時の城での生活などが描かれていました。
ただ、彩色されていないので残念ながら色は分からないし、あまりに部分的なスケッチなので、これをもとに内装を復元することは不可能だそうです。 -
今は廃墟しかない、古い城のかつての姿の模型
現在の姿の一部の写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/20870502/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行第2日目(4)トゥラカイ:湖上の城トゥラカイとカライテ人の町トゥラカイ」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10502582 -
かつてのトゥラカイ(1840年)のイラストマップ
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城の復元のために公募されて入賞した作品2つのうちの一つ
こちらは入賞はしたけれど不採用となった方です。
その理由は予算上の問題だったようです。
もう一つよりも、若干豪華だったから。 -
城の復元のために公募されて入賞した作品2つのうちの一つ
採用された方です。
現在の城はこれをもとに復元されています。多少の変更はあるにしても。
言われてみれば、確かに似ています。 -
伝統的な民族衣装を着たカライム人とマネキンと伝統的な室内
カライテ人もさすがに今は常にこういう服装をしているわけではないそうです。
カライテ人はカライテ人同士でしか結婚しないので、カライテ・コミュニティは大きくなりません。
現在トゥラカイにいるカライテ人の人口は300人ほどだそうです。 -
かつての伝統的なタタール人と伝統的な室内
タタール人はカライテ人に比べるとあまり伝統に固執せず、順応性があったそうです。 -
描かれているのはタタール人
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城の変遷を示すCG画面より、14世紀の城の様子
この頃は居城のみでした。 -
城の変遷を示すCG画面より、拡張された15世紀の様子
船着場のところに桟橋もできています。 -
城の変遷を示すCG画面より、16世紀の様子
船着場のところの桟橋が長くなっています。
居城はバロック風に改築されています。
なんだか間違い探しみたいです(笑)。
15世紀画面では城の外にいた馬が一頭、城壁の中に移動しています。
桟橋のそばのボートがなくなっています。
なんて、これらは特に意味はないと思いますけどネ。 -
城の変遷を示すCG画面より、17世紀の様子
城壁の塔の屋根に見張り台ができました。
外敵を警戒しなければならない状況だったというわけです。
城壁の外に馬はいなくなりました。 -
ロマノフ王朝のロシアに破壊された18世紀
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見捨てられた城跡は放置されたまま、ますます荒れ果てた19世紀
主にソ連時代になります。
桟橋もなくなっています。
それだけ訪れる人もいなくなったということでしょう。 -
城が復元された20世紀
城を取り囲む湖にはヨットが浮かんでいます。
桟橋もきれいに整備され、本土から歩いて城に行けるようになりました。
その次の今日の画像は省略。
20世紀の画像との違いは特に見当たらなかったし、実物を見たからいいと思ったので写真は撮りませんでした。
いまになって、写真を撮っておけば20世紀の画面との「間違い探し」を後でじっくりやれたのに、と少しだけ後悔しています。 -
イチオシ
中庭と半地下の扉
城内をツアーガイドとともにひととおり回り終わって、再び中庭に戻って来ました。 -
城から中庭に出たときに通ったところ
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衛兵や家臣が暮らした棟へ
このあと16時から1時間、フリータイムとなったので、まずはこの建物の中の博物館をさっと見てまわることにしました。 -
さまざまなパイプの展示より
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人型のパイプ
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エナメル装飾のトルコの品々の写真・その1
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エナメル装飾のトルコの品々の写真・その2
他に家具や武器コレクションなどもあったのを覚えていますが、フリータイムは1時間しかないので、ささっとしか見て回ることができませんでした。
この後は、キビナイ専門レストランまでキビナイを食べに行きました。
トゥラカイではぜひ味わってみなければ、と渡航前から楽しみにしていましたし、ツアーガイドもぜひ食べるべきだと薦めてくれました。
ヴィリニュスでもキビナイを出すレストランがないわけでもないけれど、本場のこのトゥラカイのものとはやっぱりと違うそうです。
といわけで、無事にキビナイを食べ行けたときの写真は、食事とレストランをテーマにしたハイライト旅行記に収めました。
トゥラカイで食べたキビナイの写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19837559/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19837560/
キビナイ・レストランの写真
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19837557/
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/pict/19837558/
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行ハイライトその6:食事とレストラン編<リトアニア>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10485243/
フリータイム後、17時にトゥラカイを去りました。
17時40分頃には、ヴィリニュスの旧市街の中心の市庁舎広場に戻りました。
市庁舎広場にほど近いリトアニア料理のレストラン「チリ・カイマス」で夕食を取りたかったので、私はホテルまで送ってもらうのを断り、市庁舎広場でツアーバスを下りました。
本日の夕食とレストランの写真も、食事とレストランをテーマにしたハイライト旅行記に収めました。
関連の旅行記
「2010年バルト3国旅行ハイライトその6:食事とレストラン編<リトアニア>」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10485243/
そして、夕食を食べ終えてから、旧市街を突っ切ってホテルに戻るまでの写真は、続きの旅行記に収めました。
「2010年バルト3国旅行第2日目(6)ヴィリニュス:旧市街散策(4)旧市庁舎前〜夜明けの門〜駅前」へとつづく。
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10507895
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