2010/08/27 - 2010/09/02
12位(同エリア13件中)
古真知さん
【旅行全体について】
2010年8月27日(金)から2週間の個人旅行に行ってきました。旅行の前半はフランスはブルゴーニュ地方の、中世の町並みの残る小さな町や、ロマネスク美術などを訪ねる旅行をしました。小さい町を数多く訪ねたため、ほぼ毎日移動の旅行になっていました。
このサイトでは、1日ずつ、もしくは訪問地1箇所ずつ、独立させて旅行記を作ろうと思います。
旅行全体のプランなどについては、別サイトに掲載してありますので、よろしければ参考にしてください。
http://tabisuke.arukikata.co.jp/schedule/40381/
後半については、また別途タイトルを付けて、この前半のブルゴーニュの旅の続きに掲載する予定です。
【これまでの訪問地】
(パリ)→フォントネー修道院 → スミュール・アン・オーソワ → ヴェズレー → アヴァロン
【オータン】Autun
オータンに来た目的は、やはり中世の彫刻を見ることでした。聖ラザール大聖堂の入口上部(タンパン)の≪最後の審判≫のレリーフが有名だからです。また、オータンは古い街で、古代ローマの遺跡もあちこちに残っているということを知ったので、観光案内所でもらった地図を頼りに遺跡めぐりもしてみました。
オータンは、大聖堂があることからわかるように、これまで訪問したところに較べるとちょっと規模が大きめの街でした。といっても、翌日行ったディジョンほどは大きくはありません。それでも15世紀のブルゴーニュ公国の時代には、ヤン・ファン・エイクの絵で有名な宰相ニコラ・ロランの出身地ということで栄えていたようです。今でも「ロラン宰相(Chancelier Rolin)」の名を街のあちこちで見かけました。
19世紀に至っても、ここの大聖堂は新古典主義の巨匠アングルに歴史画(≪聖サンフォリアンの殉教≫)を依頼するなど、かなりの有力な土地であったようです。
といってもこのアングルの作品、まるで重要でないかのように聖堂の片隅に無造作に飾ってあります。保護など何もなく、フラッシュで撮影している人もいるし、その適当さに本物ではなく複製なのかと思いました。(でも、調べた限りどうやら本物のようです…)
参考:ヤン・ファン・エイク≪宰相ロランの聖母≫(ルーヴル美術館所蔵)
http://ow.ly/2NAxQ
ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル≪聖サンフォリアンの殉教≫(オータン、聖ラザール大聖堂所蔵)
http://ow.ly/2NAGq
ただし、現代では観光地として有名なところではない、且つそこそこ大きな街なので、あまり旅行者に親切な街ではなかったです。
まず、電車のアクセスが悪い。パリからブルゴーニュ地方への電車は2本が並行して走っているのですが、TGVが走りディジョンへつながっている路線とは違う方の路線のため、電車は少なく、翌日ディジョンに向かう時も直通はありませんでした。
街なかでも、軽く食べれるようなカフェやサンドイッチの店などが見当たらず、お昼やお茶をするときにそういう店に頼っていた私は、散策で疲れても立ち寄るところがなく、諦めざるを得ませんでした。
4のアヴァロンで書いたとおり、本来オータンには前日の夜に着く筈でしたが、電車の都合で30日の午後になりました。そのため、行こうと思っていた町1つ行けなくなりましたが、仕方がありません。
そして、この町では個人的に非常にアンラッキーなことばかりでした……。まず前日ここに来るはずだったのに、予定していた電車がなくて1泊分ホテルをキャンセルして、アヴァロンに泊ったということは書いたとおりです。
オータンのホテルは駅目の前のバックパッカー御用達風の宿でした。着くとすぐにホテルに向かったのですが、そこでトラブル発生。受付の男の人は(どうもその人が受付兼責任者なのか、全てを一人で切り盛りしてる感じでした)前日の私のキャンセルを受けたその人でしたが、なんと2日予約してあることを確かめずに、その日の宿泊予定者に私を入れていなかったのです。つまり、私の部屋がない、ということでした。ネットで予約してあったのにどうしてそういうことになるのか不思議ですが、「え、2泊?」という感じで全く書類を確認してない風でした。しかも、「自分は悪くない」と言い張る始末……。前日の電話のときに確認したかったのですが、すぐに切られてしまったため、2泊目のことを言い出す暇もなかったのです。運の悪いことに、その日は学校の新学期が始まる前日とかで、特別にホテルが混んでる日だったのです。(何故学校の始まる前日にホテルがいっぱいになるのかはわかりません)私がフロントで話している間にも、何人かが宿を探してやって来ました。
細かいことは端折りますが、結果的に午後の観光を終えた後、町外れのホテルに移動することになりました。全く穏やかな話し合いではありませんでしたが、相手が自分の非を認めない以上、その日の宿泊がかかってますのでこちらも折れず。結局他のホテルにいくつか電話をしてくれて、町外れの湖の近くのホテルの部屋が1室だけ空いていたので、そちらに移ることになりました。夜の8時過ぎに荷物を持って、歩いて30分以上かかるところに移動です。
更に、この日は観光中雨に降られ(今回のブルゴーニュ旅行中、唯一の雨)、また夕飯に頼んだサラダに大きな蠅が入っているというアクシデントが続きました。
というわけで、この町は私にとってはあまりよくない思い出の町となりました…。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 2.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 1.5
- 交通
- 2.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
オータンの駅。駅の様子は、今までの小さな町とあまり変わらない。最初のホテルはこの駅の真向かいでした。
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街の中心部には移動遊園地が来ていました。こういう光景、ヨーロッパでは時々見かけます。
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観光案内所近くの教会。
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大聖堂が見えてきました。こちらは北側の側面で、前は広場になっていてカジュアル・レストランが並んでいました。広場近くに外の席もたくさん設けられていました。
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広場から、大聖堂の北側面を見る。
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大聖堂の内部は暗くて、写真が上手く撮れませんでした。これは内陣です。
この教会は12世紀前半のロマネスク様式の建築です。もともとは大聖堂として作られたわけではなかったそうです。
http://www.sacred-destinations.com/france/autun-cathedral -
建物内部にあった聖女像
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アングルの≪聖サンフォリアンの殉教≫
フラッシュを使わずに撮ったので、写真の状態は悪いですが、こんな風に教会の隅の壁にありました。 -
裏側(南側)は庭になっていて、ベンチなども置いてありました。このときは天気も良く、気持ちよかったです。
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裏庭から大聖堂を見上げる
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裏庭にあった十字架
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庭は結構広く、人も少なく晴れた日にはのんびりできそうでした。
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裏庭から見た大聖堂
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南側の入口
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西正面入口
扉の上の半月形部分(タンパン)の彫刻が中世彫刻として有名です。状態がいいため、ヴェズレーと同じく後世の複製かもしれないと思ったのですが、ネットで調べた限りではそのようなことは書いてないので、もしかしたらオリジナルなのかもしれません。
1130年ごろの制作 -
タンパンだけの拡大写真。テーマは「最後の審判」です。
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タンパン中央の、裁きを行うキリスト
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タンパンの、向かって右下の方。天使と悪魔が天秤で死者の魂を量っています。
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ロラン美術館入口
宰相ニコラ・ロランが建てた建物を使用しているそうです。
ここには古代ローマ(初期キリスト教)時代や中世の美術品が数多く保管されています。
http://www.sacred-destinations.com/france/autun-musee-rolin -
ローマ時代の石棺
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石棺のディテイル
表面にPにXを重ねたようなマークと十字架(どちらもキリスト教の印)が見えます。 -
美術館の中庭
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中世のセクションで一番有名な彫刻≪誘惑のイヴ≫と呼ばれる作品。
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同じ部屋にあった若い修道士の像。なんとなく、『薔薇の名前』のアトスくんを思い出しました。
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ここが「聖ラザール大聖堂」と呼ばれるのは、聖ラザロの聖遺物が保管されていた(いる?)からだそうです。
この群像彫刻は、もともとは聖書の「ラザロの復活」を表したものでした。現在は3体しか残っていませんが、手前の木のマケットで全体の様子を再現してあります。 -
模型の拡大写真
正面右寄りの箱がラザロの棺。見えている3人が今保存されている彫刻の3体にあたります。
半ば陰に隠れた場所で片手を上げている人物がキリストで、今ラザロを蘇らせた瞬間のようです。 -
ラザロの復活の目撃者3人の彫刻
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オータンの街並み
美術館を出た後、まだまだ外は明るいので散策して古代ローマ遺跡などを見ることにしました。 -
町外れの城壁のある辺りです。
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町外れの塔。
かなり高い塔でしたが、どこかの協会か何かが所有しているらしく、中などを見ることはできませんでした。 -
町外れの風景。城壁近く。
この辺りは交通量がかなり激しかったです。 -
ここは、城壁の向こうは街が途切れていて、田舎の風景が広がっていました。
写真の中ほどに湖が見えますが、私が泊ったホテルはこの湖のほとりでした。 -
坂と古い建物
街なかからこの坂を下って来て、城壁沿いの道を歩きました。
そろそろ天気が悪くなってきました。 -
城壁といってもここは低いので、すぐ外側にはこのように低木や草花が生えていました。
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街の方を見上げると、かなりの高さの違いがあります。この道は正確には「城壁の外」、または「城壁の上」なのかもしれません。
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城壁外側の田園風景。真中に見えているオブジェが何かはわかりませんが、地図には「見どころ」の1つになっていました。動物の頭の形ようにも見えますが、自然にできた奇岩でしょうか。
この辺りでは雨が降り出していました。 -
Lycée Militaire 「軍事高校」といったところでしょうか?ここは門の外で、制服姿の生徒たちが何人か外に出てお喋りしていましたが、女の子もスカートではなくパンツ姿でした。
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上に同じですが、こちらは正面側に廻ったときの写真。建物自体は中世のもののようで、この地方で見かけるキレイな幾何学模様の屋根でした。
ここも「見どころ」として観光局の地図に掲載されていました。 -
恐らくこちらが正面入口と思われます。「Lycée Militaire」という金の文字が見えます。
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こちらはローマの劇場跡。
現代でもコンサート会場などとして利用されているそうで、中心の低くなった部分にはステージが設けてありました。 -
同じく劇場跡
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劇場の下に降りてステージ前から撮影した写真。
正面の階段は金属製の現代の物です。
私が立っている場所の後ろはスポーツ広場になっていて、更に向こうは先ほど見た湖がありました。 -
劇場近くにあった家。説明によると、個人の家ですが、壁面に古代ローマの彫刻などを嵌め込んだりして飾っているそうです。
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街なみ
劇場に着いたころ雨は止み、再び晴れてきました。 -
時計の付いた塔
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この猫、私を見て「にゃー」と鳴いてすり寄って来て、そのまま通過して行きました。
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こちらはローマの門(?)と、その左側はプロテスタント教会ですが古代の建物をそのまま利用したものだそうです。
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上に同じ。拡大写真。
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「ロラン宰相通り」の看板
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街並み
遠くに見えるのは中世の教会ですが、開館時間を過ぎていたため、外から見るにとどめました。 -
駅の裏に向かいます。
陸橋の上から線路が見えました。これ、朝乗ってきた電車が走っている路線なんですけど、単線ですね。どう見ても…。 -
もう一つのローマの門
この時間には青空が出ていて、すっきり晴れて空気も気持ち良かったです。
夕方の7時過ぎです。
この辺りで駅周辺に戻って来たので、日暮れも近くなったのでホテルに戻ります。
(尚、この段階ではホテルの部屋は何とかなる予定でしたので、その後のトラブルは予想していませんでした) -
最後に、翌朝泊ったホテルから駅に向かう際撮影した湖。ヴァロン湖(Plan d'Eau du Vallon)というそうです。
オータンの地図
http://www.sacred-destinations.com/france/autun-map
湖は町外れにあります。駅は地図のやや上「レピュブリック通り」に面しています。
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