2010/08/27 - 2010/09/02
110位(同エリア382件中)
古真知さん
【旅行全体について】
2010年8月27日(金)から2週間の個人旅行に行ってきました。旅行の前半はフランスはブルゴーニュ地方の、中世の町並みの残る小さな町や、ロマネスク美術などを訪ねる旅行をしました。小さい町を数多く訪ねたため、ほぼ毎日移動の旅行になっていました。
このサイトでは、1日ずつ、もしくは訪問地1箇所ずつ、独立させて旅行記を作ろうと思います。
旅行全体のプランなどについては、別サイトに掲載してありますので、よろしければ参考にしてください。
http://tabisuke.arukikata.co.jp/schedule/40381/
後半については、また別途タイトルを付けて、この前半のブルゴーニュの旅の続きに掲載する予定です。
【8月28日 フォントネー修道院】
前日の27日の夕刻にパリに到着、駅近くで1泊した後、28日の昼ごろにTGVでモンバールという小さな町に着きました。モンバールは、この翌日に行ったヴェズレーの町へのアクセス駅として重要ですが、モンバールの町自体は特に観光地でもありません。多くの人はこの駅でバスに乗り継ぎ、ヴェズレー等へ向かうのですが、私はその前にフォントネー修道院を訪ねたかったので、モンバールで1泊。フォントネー修道院跡と、その後、中世の町並みの残る綺麗な町として勧められたスミュール・アン・オーソワという町をこの日訪れました。
フォントネー修道院は、簡素を旨としたシトー派の修道院の1つでした。現在は使われていませんが、世界遺産として保存されています。町から離れたところにあり、バスも通っていないため、タクシーの利用になります。モンバールの駅前から10ユーロ程度でした。
遺跡の中は、既に人がいない、使われていないということがすぐにわかりますが、往時は数多くの修道士を抱え、栄えた(?)場所だったのだろうという雰囲気を感じました。とても静かで、きれいなところでした。
写真には全く人が写っていませんが、実際には観光客がかなりいました。とはいっても、人を避けて写真を撮るのに差し支えない程度ですが。日本人の姿はありませんでした。
ここは、田舎ということもあってか、係員などがとても親切でした。私が携帯を持っていなかったため、見学後わざわざタクシーに電話をして呼んでくれました。それも、タクシーの運転手さんが、親切に事前に頼んでおいてくれたのですが。タクシーの人も遺跡の係の人も、顔なじみといった雰囲気です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
- 航空会社
- ルフトハンザドイツ航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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奥に見えるのはTGVの停車駅、モンバールの駅の建物です。パリのリヨン駅から約1時間で到着、ヴェズレーなどへ向かうバスの乗換駅となります。ただ、TGVが止まる割には、小さな町です。
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駅からタクシーで15分ほど(?)、フォントネー修道院の入口です。右下の方に見える小さな石の板は、ユネスコの世界遺産であることを示したものです。
ここは車かタクシーを利用しないとなかなか来れません。歩けないことはないでしょうが、1時間以上かかりそうですし、途中は家もない田舎の細い一本道なので、歩くことにはあまり適していないと思います。 -
修道院の敷地の庭です。
ここは、付属教会、寝室や作業室などの建物が残っていて、庭を囲むようにして建っています。
一部、「私有地、立入禁止」のような建物もありましたが、修道院内の敷地内に人が住んでいるのかどうかはわかりません。 -
修道院付属教会内にあった聖母子像(12世紀に制作)。一番奥(東側)の内陣の少し手前の左側にありました。
説明によると、恐らくここの修道院の中で制作されたものということです。 -
上の聖母子像があった辺りから、建物の入口側(西側)を見た様子。今は廃墟と化していますが、往時には立派な修道院であったと思われる、静謐で荘厳な雰囲気を感じました。
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教会内にあった騎士の墓。これ以外にも、いくつかの墓がありました。
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先ほどの聖母子像の反対側、入口から入って奥の右側(南側)には、寝室へ向かう階段がありました。
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共同大寝室内部。結構広い空間でした。船底型の天井が印象的。この寝室は、15世紀に火災にあった後に作られたものだそうです。
シトー会の戒律は厳しく、修道士全員がここで集団で、しかも床にじかに藁を敷いて寝ていたそうです。 -
寝室を出て、再び付属教会へ戻ります。階段の上から、先ほどの聖母子像が見えます。
向かって左側に行くと入口に戻ります。
右側は礼拝堂の奥側、内陣です。 -
先ほどの、寝室へ向かう階段の脇に教会の外へ出る扉があり、回廊へ出ます。
これは回廊から中庭を撮ったものです。向かい側の回廊が見えます。 -
回廊の脇の部屋(集会室/教会参事会室)の中の様子。
柱とアーチのリズムがとても綺麗でした。
簡素を旨とするシトー会の修道院だったため、柱頭彫刻などの装飾的なものは見られませんでした。
でも、だからこそシンプルな美しさがありました。 -
隣の部屋、嘗ての写字室(と言われている)では、中世の聖母子像の展覧会をやっていました。フランス各地の聖母子像が集められていて、結構見ごたえのある展覧会でした。
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こちらはオータンの聖母子像。
オータンはこの数日後に訪れたブルゴーニュ地方の町です。 -
アヴィニョンの近くの町の聖母子像。
よく見ると、両面の、変わった像でした。
背面にも聖母とキリストの像がくっついているのです。
表現も上のオータンの聖母子とは大分違います。 -
回廊を出て、建物の裏側にも広い裏庭がありました。建物を挟んで中庭(と回廊)の反対側にあります。奥の方には池がありました。さらに奥は、林のようになっていました。
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裏庭側から見た修道院の建物。一番右の端が礼拝堂。横長の建物は、回廊と先ほどの展覧会をやっていた部屋などがあるところです。
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建物に戻って、回廊の出口です。奥の開いている扉から出てきたと思います。
壁にはバラの花が咲いていました。ヨーロッパの修道院でイメージする通りでした。 -
バラの花
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出口を出て、奥の別の建物は、色々な作業をするための建物(鍛冶場)でした。
火の跡や、大きなふいごなどが保存されていました。 -
これは水車を室内側から見たものです。奥の窓の外に水車があり、室内の太いバーを回しています。
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水車。外の様子。復元したもので、現在も水を流して回転させていました。
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敷地内を水が流れていて、水車のある水路から出た水は、こちらの池に流れ込んでいました。
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池から、反対側を見ると、修道院の庭が見えます。あの建物の向こうが敷地の入口になります。
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水車の方から、修道院の入口へと戻ります。これで一通りのツアー終了。
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入口から見た修道院の敷地内の様子。手前のチェーンは、切符をチェックするために張られた入場制限のためのもの。
ここは入口ですが、出口はまた別のところにあります。
このチェーンに沿って行って左側、もともとは製パン場だったところが現在はミュージアムになっています。そこを通り、つながっているショップ(昔の来訪者用礼拝堂)に出口があります。 -
ミュージアム内の展示品。もともと修道院の内部にあったものです。悪魔か化物の一種ではないかと思うのですが…。
ミュージアムとショップが一緒の建物にあって、出口はショップの先にあります。 -
敷地の外に出ました。これは、ミュージアムとショップになっている建物です。
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入口の前に十字架が立っていました。来たときは気付かなかったのですが。高さ2〜3メートルはあったと思います。
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敷地の外には水路が流れています。さっきの修道院内部の水はここから来ているのですね。近くにベンチもあり、雰囲気がいいので穏やかな日にはゆっくりくつろぐこともできそうです。
ここで、フォントネー修道院の観光は終了です。
この後、先に送ってもらったタクシーを呼んで、次の町、スミュール・アン・オーソワに向かいました。
フォントネー修道院は、近くに町もないし、付属のショップ以外に買物をする場所もないので、ゆっくり見ても1〜2時間で終了します。私は展覧会などをかなりのんびり見ましたが、それでも1時間半でした。
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