2010/05/12 - 2010/05/23
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カメちゃんさん
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きょうは旅の第5日目。
これまでに主として4つの街と、250Km前後に及ぶ丸3日の船の旅をしてきました。同じツアーをお楽しみの皆さんとも3度の食事を共にさせていただいて、お客さん同士とのふれあいも慣れてきた感じになってきましたよ〜(^-^)
さて、きょうも引き続きモーゼル河を下って、コブレンツの「ドイツの角」を右に回ってライン川に入り、このクルーズのハイライト部分で世界遺産の「ライン渓谷中流上部」の玄関口となるボッパルトの街まで行きます。
その途中、2日前に見た光景を逆の方向から見つけ直していくのも楽しみですし、来るときに見落とした遺跡を発見できるかも?という期待も大きいです(^O^)(~o~)
そんな期待?を持ってデッキに行きますと、先客はいつもKご夫妻でした。今回のブログづくりでもKさんがたくさんの御写真を提供して下さって、見落としの多い私の写真の穴埋めをしていただくことにつながりましたm(_ _)m
今回はKさんの御写真で私たちが入ることの出来なかったライヒスブルグ城の内部をご案内させていただくことにしました。本当に大助かりでした。ありがとうございます(^-^)(^_^)v
きょうのメインは午前中のコッヘムの街と城の見物ですよ〜〜(^_^)/~
↓をクリックしますと、写真のライヒスブルグ城の場所が分かります。
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&brcurrent=3,0x0:0x0,0&msa=0&msid=101016593599736252226.000484bb19bc9a30091a2&ll=50.141922,7.167241&spn=0.001542,0.0028&t=k&z=19
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
昨日の午後に引き続いて、モーゼル河をコブレンツまで戻っていきます。
現在地点は、コブレンツより79Kmのところです。
この先、2日前に見た「ライヒスブルグ城」の観光が予定されていますので、とっても楽しみです。 -
時刻は早朝6時前。
気温は低め。凛とした早朝の雰囲気です。
船はきょう最初の水門に到着しました。
↓をクリックしますと、この水門の場所が分かります。
http://maps.google.co.jp/maps/ms?hl=ja&ie=UTF8&brcurrent=3,0x0:0x0,0&msa=0&msid=101016593599736252226.000484bb19bc9a30091a2&ll=50.087313,7.134826&spn=0.006175,0.014173&t=h&z=17 -
貨物列車が朝の早朝の静寂を突き破って行きました。
昔は一番電車の音を目覚まし代わりにして、起床したものでした(^^)
ホントに、一日の活動がはじまったという感じでしたね。 -
街はまだ眠っているのかも知れませんね。
-
この船は、作業船のようです。
こういう船が、水運の安全のために頑張っているんですね。 -
こちらも作業船のようですね。
-
これらの船の籍は、コブレンツなんですね。
-
水門通過中です。
時刻は6時10分を少々過ぎたところです。 -
水門への進入完了!!
これより、向こう側(低い方)の水位に合うまでこちらの水位を下げて、船を下降させます。 -
作業をする船員さんです。
ホントにご苦労様ですm(_ _)m
こうした船員さんは客室(ホテル部門)担当ではないので、日中にお姿を見ることはありません。 -
水門の扉を開閉する「油圧シリンダー」のシャフトです。
こういうところは、あのパナマ運河と殆ど同じ仕組みですね。
パナマ運河の方は、↓をご覧下さい。
http://4travel.jp/traveler/2egatsrofsu/pict/14291755/ -
下降完了に近づきましたね。
あの開閉扉の上には柵があって人が通れそうですね。
この作り方も、パナマ運河と同じですね。
↓はパナマ運河の様子です(人が扉の上を歩いています)。
http://4travel.jp/traveler/2egatsrofsu/pict/14293119/ -
水門が開きます。
-
「おかあさん ヘリコプターだよ!!」
水門通過後、ヘリの音が聞こえてきました。
ヘリコプターがブドウ畑に薬剤を散布していたんですね。
急な傾斜地でのヘリコプター操縦は、とても危ない感じ(*_*)
本当に気をつけて欲しいですね。 -
皆さ〜〜ん!!
ブドウ酒の値が安いとか高いと言うのはやめませんか??(^_-)
こんなに急な傾斜地でもぶどうの栽培をやっているんですよ〜(^_^;)
こういう苦労を察してあげれば、ブドウ酒が高いなんて言えませんね!!
ホントに、そうですよ〜(^_^)v
せいぜい高いブドウ酒を飲んであげてくださいね(*^_^*)(^_^)/~ -
二日前のディナーの時に見た、修道院の廃墟です。
↓をご覧下さい。
http://4travel.jp/traveler/2egatsrofsu/pict/19650285/ -
着替えを兼ねて、お部屋に戻って休憩です(^^)
船はゆっくりとエディガー・エラーの街の前を通過中です。
お部屋にいるだけでも、流れゆく景色を楽しめますよ〜〜(^-^) -
当然のことなんですけど・・(^_^;)
観光地ではない閑静な街にも木組みの美しい家があるのですねぇ(^-^) -
このような見張り塔のようなものを各地で見つけますが、そのそれぞれがいつ頃造られどういう役割を果たしたのか? 是非、知りたいところですね。
-
これなども、中世以前に造られたもののようにみえますが、詳しいことは分かりません。
-
さぁ、朝のバイキングです!!
まずはこれ!! -
これはカミさんの方です。
-
これもカミさんです。
-
朝はやっぱりこういうパターンになりますね。
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二日前に見た「メッテルニヒ城」です。
↓をご覧下さい。
http://4travel.jp/traveler/2egatsrofsu/pict/19650267/ -
川面に映る「メッテルニヒ城」です(~o~)
-
バイルシュタインの街と教会です。
17世紀末のプファルツ継承戦争や第二次世界大戦での破壊を免れたのか、かなりの年季ものと思える家が多く、なんとも言えない風情がありますね。 -
遠い山上に、Ruine Winneburg城が見えました。
二日前と違って見えやすい方向から接近したので、姿を大きく捉えることが出来ました(^_^)
二日前の写真は↓にて。
http://4travel.jp/traveler/2egatsrofsu/pict/19647423/ -
コッヘムに到着です。
「それでは、これからコッヘムの街へ向かいま〜す!」(^_^)
これより、コッヘム市内とライヒスブルグ城の観光に出掛けます。
なんでも添乗員さんにおすがり、お任せの旅であります(~o~) -
ブリュッケン通りの橋の上から、ライヒスブルグ城を眺めました。
-
橋の下を通過する船ですが、線材?なにかのケーブル?を積んでいますね。
-
船を降りてから、ズーッと歩いてきました。
昨日、ランツフート城で頑張ってしまったのがちょっとだけ効いてきましたけど、そんなことよりコッヘムの旧市街に気を取られていしまいましたね。
見てください!!ベルンカステル・クースもそうでしたが、自動車も入れないこのような街に世界中の人々が訪ねてくるのですからね。
正面の高い塔は、聖マルティン教会の塔です。
この高い塔は、どこから見てもよく目立ちますよ!!
↓はケルンの聖マルティン教会です。
http://4travel.jp/traveler/2egatsrofsu/pict/19512478/ -
コッヘムのマルクト広場(中央広場)に着きました。
広場と言っても、にゃんこの額ほど広さです。中央に立っている塔は「聖マルティンの噴水」です。ドイツではこういう噴水が多いですね。
後の赤い色のバロック様式の建物は、市役所とのことです。1739年に造られたとのことです。
ケルンでも、コブレンツでも、トリーアでも、ベルンカステル・クースでもそうでしたが、こうした建物が市役所として使われていることに非常な関心を持ちますね。合理性の追求だけでない「何か」がヨーロッパの人々の心にあるのかな?と思ったりします。
日本の市役所・公民館の多くが、鉄筋コンクリートの四角な建物になっていることとの違いを見せつけられる思いです(もちろん、日本には日本の歴史的・文化的・社会的事情があるのですけど・・)。 -
コッヘムでも木組みの美しい家々が見られますね。
こういう雰囲気の中にいますと、旅に来たているということを実感しますね(~o~)!(^^)!
これからも、このような街と出会っていくかも知れませんね。 -
こちらにも木組みの綺麗な家が見られます。
手前の大きな家が角地に建っているわけですが、軒面側が道路面に露出しているにも拘わらず、窓が少ないですね(道も狭いという条件のせいかも知れませんし、家具の置き場になっているかも?ですね)。
隣の家とくっついている部分(共有部分)はどのように維持管理されているのかについても、生活文化の観点から知りたいところですね。 -
こちらの家も綺麗ですね。
2000年前後の歴史を持つモーゼル河流域の都市に較べ、コッヘムの歴史はわりと知られていないようですね。
そういうワケで、私の知る範囲の歴史は10〜11世紀頃からになりそうです。
コッヘムでの一番古い記録は866年のものがあるようですが、ロートリンゲン(トリーアに近い地域)宮中伯エレンフリードがライヒスブルク城を建設した(1051年頃完成)頃からの話になりそうです。(エッツォーネン家)
以来、領主が変わったりしましたが、13世紀末から18世紀末までトリーア大司教領となっていたようです。この時期に街が繁栄したとのことで、14世紀前半期には街の憲章が定められたとです。
その間、プファルツ継承戦争でライヒスブルグ城とコッヘムの街が破壊されたり、18世紀末にはフランス革命軍にされたりしたとのことです。
それらの戦争の破壊をくぐり抜けて、昔の街の様子がみごとなほどに復元されていることに、ヨーロッパの人々の智慧と意気込みを感じますね。 -
お城へ行くバスの時刻まで、まだ時間があると言うことなので(定期バスに乗るようだ)、カミさんを広場において一人で河畔の方に出てみました(一人で行くなんて、心細いですけど・・)。
とても賑やかい感じの通りですね。
個々の家を見ますと、道路側に妻面を向けている家もあれば、軒面をなど様々です。 -
川沿いの道路に面した、妻面の美しい家です!!
一番てっぺんには「A1654」と記されていますが、建築された年のことでしょうかね?
右隣の家も「188・・」とありますね。
また、壁に見られるたくさんの「釣り針」でしょうかね?これまた、分かりません(-_-;)
追記:
近さんより、下記のお話をいただきました。
>屋根の上にある「A1654」ですが、
>「A」はラテン語の「Anno」と言う意味だと思います。
>Annoとは英語のsinceと同じで「〜以来」と言うことで、
>西暦1654年に建てられたと言うことです。
数字の前の「A」というのは、単なる「A棟・B棟・C棟・・」という意味ではないのですね。
ありがとうございました。 -
河畔の街の中に、こんなお人形が飾ってありました(^o^)
真ん中に樽があるところから想像しますと、ワイン関連の商人でしょうか?
そう言えば、コッヘムもモーゼルワインの産地であり、ワイン流通の集散地でもあって、街の中をワイン好きな人が歩けばワインの臭いがすると言われるところなんですね。 -
この日もクルーズ船が何隻も停泊していましたね。
街も賑わうわけですね。
これらの船の定員は150〜200人程度と思いますので、これらの船の客だけで街が人であふれることはなと思いますね。
ちなみに、10万トン超の外洋の大型客船ですと、一隻あたりの乗客数は3000人を越す船が多くなりますね。 -
河畔をブラブラしておりましたら、日本人と見られる男女二人連れ見つけました。
声をかけましたら、やっぱり日本人!!(^-^)
お話を聞いてみましたら、息子さんがドイツのニュルンベルグでのラリーに参加されておられるというご夫妻でした。折角来たからということで、お二人でドライブをされているとのことでした。
そこで、お互いにカメラを交換し合って撮りあったのがこれでした。思い出の写真となりましたよ〜(^-^)(~o~) -
ようやくバスに乗れました。
車内から撮った一枚です。 -
「ライヒスブルグ シャトルバス」
もうちょっと運転本数を増やして欲しいですね。
バスがお城の下に到着しました。 -
あいにく雨が降ってきてしまいました(-_-;)
ライヒスブルグ城の城門までやってきました(^o^)
ここの造りも本当に頑丈ですね。
門の真上にある鷲の紋章?がどこの誰のものか?残念ながら分かりません(^^;)
そのすぐ上にある穴のあいているところは、「石落とし」のような格好をしていますがどうでしょうか?
もちろん、「矢狭間」としても使えたかも知れませんね。鉄砲の時代には「鉄砲狭間(銃眼とも)」になったかも?
その両側の文字も面白いです。 -
↑の写真の、門の上にある紋章です。
「ドイツ王の紋章」とはちょっと違いますよね〜。
胸のところにもう一つの鷲がいます。そのあたりが、「ドイツ帝国」の紋章に似ていると思うんですけどね〜(ドイツ帝国の紋章を簡略化しているようにも見える。もちろん、細部はだいぶ違いますけど)。
どなたかご存知の方教えて下さいね。 -
ライヒスブルグ城の一番高い塔です!!
あの塔の壁に、絵が描いてあるみたいです。
望遠でちょっとのぞいてみますね。 -
れが、その絵です。
幼いキリストを肩に乗せた聖クリストフォロスの像は、ケルン大聖堂にもありましたね。 -
-
また、門が現れました。
この門の上にも、紋章がありました。
この紋章は「コッヘム市」の紋章のようです。 -
「皆さ〜ん、船に帰る時刻に間に合う帰るには、お城の中を見学する時間がありませ〜ん。」
バスの本数が少ないので、次のバスでは帰船時刻に間に合わないということらしいです。
そういうワケで、ライヒスブルグ城に来たところだというのにさっそく帰ることになりました。
それで、カメラで捉えられる限りの写真を撮ったのがこれです(-_-;)
けさ、予定表の出発時刻から遅れて出発していましたし、ここへ来る途中水門で2度ばかり先客があって待たされたからね〜(T_T) 到着時刻も30分くらい遅れていました(*_*)
あの待ち時間が影響したかも?? どっちにしても超悔しい話ですよね!!(-_-;)(T_T) -
帰るときに先ほど「石落とし」と書いたものを裏側から見たのですけど、ちょっと自信がなくなってきましたね(-_-;)
再建時に構造を省略してしまったのか、もともとこれだけのものだったのか、しかしあの形をわざわざ作ってことにはなにかの目的があるはず、そこは分かりません。
「石落とし」については、紅山雪夫「ヨーロッパの旅 城と城塞都市」をご参考下さいね。
また、「石落とし」は日本の城にもあります。日本の城を訪ねられたときに、城の角っこに石を落とすために石垣よりはみ出した部分がありますので、注意してみてくださいね。
また、インターネットで「城 石落とし」で検索するだけで、容易に見ることが出来ますよ〜。 -
門と城壁を形作っている石とローマンコンクリートの様子です。
-
これはなんの像なんでしょうかね??
横顔ながら、カッパみたいな感じですけど・・ -
コッヘムの左岸側の街です。
-
コッヘムの右岸側の街です。
-
門の内側の上の方を見てください。
鉄の刃がいっぱい出ているでしょう!! 怖いですねぇ(-_-;)
これは「落とし格子」とのことで、戦いに備えた武器の一つと言われています。
城によっては、幅広の門の前後に付けたり複数の門に付けて、敵を囲い込む工夫もしているところもあるようです。
戦いというものは、厳しいものですね。 -
「落とし格子」の下を、車が通り抜けようとしています。
なんか、中世と現代とが一つの場面をつくっているなんて、ちょっと面白いなと思いましたね。 -
お城の中には入れることなく落胆して帰ってきましたら、こんなに可愛いワンちゃんが待っていてくれました(^-^)(~o~)
「お城の中を見られなかったの? ガッカリしちゃダメだよ〜(^^)」
ワンちゃんがそんなことを私に語りかけているように感じましたね(^_^)
このワンちゃんは、ご主人様に可愛がられて本当に幸せですね〜。 -
私たちはいま、あの看板の観光列車に乗って、出発時刻の来るのを待っています。
観光列車に乗るのは初めてなので、とっても嬉しいですよ!!(*^_^*)
早く出発しないかな〜〜。 -
観光列車が走り出しました。
揺れますし見てからカメラを構えても間に合わなくて、とてもじゃないけど撮影は難しいですね(-_-;)
「おかあさん 門が見えるよ!!」
なんて言ってるヒマなど全くないのであります!!
何とか頑張った一枚目がこれであります(^-^)
あの真ん中の古くさ〜い建物は、「エンデルト門」とのことです。1332年ごろに選帝候だったバルドゥイン・フォン・ルクセンブルクが建設したとのことです。この街も城壁があったらしくて、この「エンデルト門」は「北の門」といわれているとのことです。
それにしても、相当な年季モンですね〜。
わが家にはなんの門もありませんので、“門”題なく入ることが出来ますよ〜。(^O^) -
なんか知らんけど、3人が集まっていますね。
一人はカバンと傘を持っていますから出張でしょうか(弁護士スタイル)? 真ん中の人はラッパをもっていますから軍楽隊の人? 右端の人はノートパソコンを開いて考え込んでいますから、プレゼンの練習中かもね(^O^)(~o~)
さて、本当のところはなんでしょうか??
ご存知の方、教えて下さいね〜。 -
ここにも古い建て物が残っていました。
詳細は分かりませんけど。建物正面の塔が特徴ある形なのが目立ちます。 -
またまた、古い建てものが残っていました。
と言うよりも、コッヘムにはこのような古い建物が本当にたくさん残っています。幾たびかの戦いでまたもとの形に修復されているものも多いと思いますね。
よ〜く見ると、人の顔の彫り物が何カ所かにありますよ。
カーテンや花壇があるところを見ますと、こうした建物が今も使われているわけで、こんなところにも日本にない「何か」を考えさせられますね。 -
これまではモーゼル河の左岸側の様子を見てきましたが、今は右岸側から左岸の方を見ています。このあたりは城壁から外になるはずですが。古い家々が並んでいますね。
また、城壁の外の為か古い家でも大きな家が多く、妻面を道路側に向けている家は少ないですね。 -
右岸側からの高いところから見たライヒスブルグ城です。
ところで、ライヒスブルグ城を「コッヘム帝国城」とか「帝国城」と言う人もいます。
それは、「ライヒ」がドイツ語で「帝国」を意味している為だそうです。それは「神聖ローマ帝国」を意味するから、「コッヘム帝国城」とか「帝国城」、また「ドイツ帝国城」と言われたりもするようです。それというのも、この城の継承でのお家騒動を、神聖ローマ帝国皇帝コンラート3世が収め支配したという事情によるというのです。
この城は、上述のようにプファルツ継承戦争で破壊されましたが、ベルリンの実業家が買い取って1870年代に再建されています。その時に流行していた「ネオ・ゴシック様式」で再建されたとのことで、12世紀の頃に建てられた城の外観とはだいぶ違っていると思います。城内にはルネサンス様式やバロック様式の家具があるとのことです。現在は市が所有しているとのことです。 -
-
これより、船に帰ります。
この古い塔の中に階段があって、そこを上がると橋の上に出られるのです。 -
私たちの向かう方向の右手に、ちょっと古い教会がありました。
この教会は、「聖レマクルス教会(St. Remaclus)」だそうです。いつ頃造られたかは、残念ながら分かりません(-_-;)
さて、「聖レマクルス(Saint Remacle。ルマクルとも言う)」とはどんな人?
彼はフランス南西部のアキテーヌ地方出身で、7世紀のベルギーの代表的聖人とのことです。アイルランドの聖コロンバヌスが造った修道院で修行し、以後ソリニヤック修道院を建てて修道院長を10年務めたようです。それから645年頃にベルギーに移り幾つかの修道院を建てたとのことでした。671年以後のある年の9月3日にスタヴロで没しているとのことです。 -
橋の上でお友達の記念写真を撮らせていただきました。
いい感じで撮れましたね(^_-)(^-^) -
これよりKさんご提供の写真を利用させていただきます。
私自身が見ていませんので、写真のご紹介程度にさせていただきます。
ぶどう畑とライヒスブルグ城です。
(Kさんご提供の写真です) -
これより私たちが入っていない区域になります。
(Kさんご提供の写真です) -
あの雨ドイは今風のものでしょうね。
(Kさんご提供の写真です) -
広場にポツンと建物が・・。
アレッ?!と思わせる光景ですね。
(Kさんご提供の写真です) -
部屋の内部ですね。
上にも書きましたように、再建された城の形自体も「ネオ・ゴシック様式」で、当初の形とはかなり違うと思います。
内部の調度品も、再建時の流行などの影響を受けて「ルネサンス様式」や「バロック様式」のものが多いとのことですから、最初の11世紀の頃とは内部の装飾がかなり変わっていると思います。
そのあたりが、これらの装飾の特徴でしょうね。
(Kさんご提供の写真です) -
これは「鋳物」で造られているようですね(御写真を見た感じですが・・)
(Kさんご提供の写真です) -
(Kさんご提供の写真です)
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これはタイルですね。
城が再建された18世紀の頃のヨーロッパには、かなり高度なタイル技術がありましたからね。
(Kさんご提供の写真です)
↓には、ちょっとだけですがタイルのことが書いてあります。
http://4travel.jp/traveler/2egatsrofsu/album/10412355/ -
(Kさんご提供の写真です)
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(Kさんご提供の写真です)
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写真奥が下流側です。
(Kさんご提供の写真です) -
(Kさんご提供の写真です)
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(Kさんご提供の写真です)
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(Kさんご提供の写真です)
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男性裸体像。
ヨーロッパでは、男性の肉体美を表現した彫刻が非常に多いですね。これらは日本や東洋ではあまり見られないのでは??と思います。
ヨーロッパ文明の発祥の地ギリシアの人々は、ポセイドンの像に見られるようにオトコの力と威厳と知性とを均整のとれた肉体美の中に表現したとも言われていますが、それは人間美への追求と賛美だったかも知れませんね。キリスト自身も筋骨隆々とした身体だったようですね。そして中世の騎士への憧れなど、中世の男性像への理想化がこのような裸体像なのかも知れませんね。ギリシャがオリンピック発祥の地だったことも、何か関係がありそうな気がしてきましたね。
「永遠の理想的男性像」の追求などという当時のヨーロッパの文化に、彼我の懸隔を感じないわけにはいきませんね。
私も、こういう身体になりたいですよ!!
ところが、カミさんに天下を取られてコキ使われたために??(^_^;) 毛が抜け、歯が抜け、腰痛になった上に心臓を病み、高血圧にも付き合って・・(/_;)(T_T) オトコはやっぱりつらいのですよ!!
(Kさんご提供の写真です) -
鉄仮面。
子供の頃、紙芝居の中の鉄仮面がカッコよく見えましたけど、妙な懐かしさを感じますね。
(Kさんご提供の写真です) -
外から見るお城と、城内で見るお城とはだいぶ違いますね。
ここですと、ちょっと生活の臭いがしますね。
(Kさんご提供の写真です) -
下から見上げた姿は、本当に圧巻ですね!!
(Kさんご提供の写真です) -
(Kさんご提供の写真です)
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(Kさんご提供の写真です)
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(Kさんご提供の写真です)
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2日前はこのモーゼル河を写真の奥の方へ行きました。きょうは、写真奥の方からこちらへとやってきました。
(Kさんご提供の写真です) -
ライヒスブルグ城とコッヘルの可憐な花です!!(^-^)
(Kさんご提供の写真です) -
どこかの外人さんを撮ったかしらん??
いや、そうではないようですね。
(Kさんご提供の写真です)
コッヘムでの楽しだったライヒスブルグ城の内部見学の出来なかったことが何より残念でした。
でも、モーゼル河をクルーズし、コッヘムの街をあるいたことにとっても満足しました。
この先、船は夜9時まで航行を続けてライン川へと戻っていきます。
お昼をいただいたら、またカメラを抱えてデッキで頑張ります!(^^)!(^-^)
(その9に続きます)
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この旅行記へのコメント (2)
-
- 近鉄バッファローズさん 2010/08/23 14:33:06
- 「A1654」について
- カメちゃんさん、こんにちは。
近鉄バッファローズです。
屋根の上にある「A1654」ですが、
「A」はラテン語の「Anno」と言う意味だと思います。
Annoとは英語のsinceと同じで「〜以来」と言うことで、
西暦1654年に建てられたと言うことです。
何かの御参考になれば幸甚です。
- カメちゃんさん からの返信 2010/08/23 21:11:37
- RE: 「A1654」について
- 近鉄バッファローズさん またまたこんばんは〜(^^)
> 屋根の上にある「A1654」ですが、
> 「A」はラテン語の「Anno」と言う意味だと思います。
> Annoとは英語のsinceと同じで「〜以来」と言うことで、
> 西暦1654年に建てられたと言うことです。
そうだったんですか!(^^)!
Aとあるので、「B」もある(^o^)と連想しますね(~o~)
そういうことで「A棟」かな??と想像してしまいました。
ただ、あの数字はやはり建てられた年だったんですね。
想像が当たってよかったです!!
ありがとうございました。
さっそくコメントに反映させて頂きますね。
カメちゃん
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