2010/05/21 - 2010/05/23
20位(同エリア156件中)
熱帯魚さん
実は中国に引っ越してくる前から興味があった安徽省の古村、西逓と宏村に週末旅行に行ってきました。
旅行最終日の朝「宏村」から車をチャーターして、そのほかの村めぐりをすることにしました4番目に訪れたのは「棠樾」という村。畑の中に立ち並ぶ7つの牌坊に驚きました。
★★ 棠樾牌坊群について ★★
棠樾牌坊群は7つの石牌から成る。石牌はそれぞれ忠、孝、
節、義の順序に並んでおり、明代と清代に棠樾人の忠誠、孝行、貞節、義を讃えて建てられた。
【安徽古村めぐり旅行記一覧】
01★上海から列車で出発、世界遺産の村「西逓」へ!
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10476343/
02★世界遺産の村「西逓」散歩〜丘に登って村を眺めよう
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10476865/
03★安徽一素晴らしい木彫楼がある「盧村」へ
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10476904/
04★道に迷いまくった巨大な世界遺産の村「宏村」!
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10477134/
05★世界遺産の村「宏村」を朝散歩
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10477980/
06★汪氏8兄弟の住宅で有名な「関麓」へ!
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10478113/
07★のどかで美しく、映画の舞台にもなった「南屏」へ
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10478650/
08★川のせせらぎが聞こえる、時がとまったかのような村「唐模」
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10478740/
09★7つの牌坊が立ち並ぶ「棠樾」牌坊群
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10479049/
10★神秘的な八卦村「呈坎」
http://4travel.jp/traveler/blue_tropical_fish/album/10479310/
【旅の日程】
1日目:K8418で上海1749発→黄山に翌0905着(列車泊)
2日目:村めぐり開始★西逓古鎮、宏村、盧村へ!(宏村泊)
移動経路:黄山駅→西逓路口(バス)→西逓古鎮(ワゴン)→黟県(ワゴン)→宏村(バス)→盧村(ワゴン)→宏村(ワゴン)
3日目:車をチャーターしてさらに村めぐり★関麓、南屏、唐模、棠樾、呈坎へ!MU9668で黄山2210→虹橋2310
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス
- 航空会社
- 中国東方航空
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棠[木越]に到着〜入場料な、なんと100元!!しかもガイド料は含まれていません。高すぎます。今回の村めぐりで一番入場料が高い村でした。一瞬入るのをやめようかとも思いましたが、せっかくここまで来たんだからと身を切られる思いで100元出しました…
さて気を取り直して…ここで有名なのは7つ立ち並ぶ牌坊。さっそくひとり村歩きのスタートです。 -
何が…ってわけでもないんですが、あまりの大きさに写真におさめちゃいました。廟だったようです。
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○ 清懿堂(女祠)
清代嘉慶10年(1805年)建設。敷地面積818?。世界で唯一の女性を祭った祖廟。 -
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○ 敦本堂(男祠)/鮑氏支祠
清代嘉慶6年(1801年)建設。敷地面積753?。 -
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木製の古びた屋根が歴史を感じさせます。
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さて牌坊群のあるところまでやってきました。
○ 鮑燦孝子坊
明嘉靖13年(1534年)に建設、清乾隆14年(1749年)修復。鮑燦は母の潰瘍の膿を口で吸って助けたことから、多くの文人に讃えられた。また、嘉慶年間には孫の鮑象賢の国への貢献が認められ、鮑燦は兵部の右侍郎に任命された。 -
○ 鮑文齢妻節孝坊
清代乾隆34年(1769年)建設。鮑文齢が亡くなった後25年間も貞節を守り一人で子供を育て、45歳で亡くなった妻、汪氏を讃えて建てられた。 -
○ 慈孝里坊
明初期、弘治14年(1501年)建設、乾隆14年(1749年)修復。宋末期、元初期に、鮑宗岩と鮑寿孫父子が、反乱軍に捕虜として捕まった際、どちらか一人を殺すといわれ、自分を殺してほしいと父子どちらも申し出た結果、2人とも殺されてしまった。後の朝廷は、この父子をたたえ、この石牌を建設した。 -
こんな感じに牌坊が並んでいます。驚き〜!!
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○ 鮑漱芳父子義行坊
清代嘉慶25年(1820年)建設。乾嘉年間に塩の売買で巨大な富を蓄えた鮑漱芳、鮑均父子が、塩税、軍需、黄河の堤防建設、被災者救助のために巨額の金銀を寄付したことなどを讃えて建てられた。 -
○ 鮑文淵妻節孝坊
清代乾隆52年(1787年)建設。鮑文淵の妻、呉氏が貞節を守ったことと孝行ぶりを讃えて建てられた。呉氏は22歳の時に結婚、29歳で夫を亡くした。彼女は60歳で亡くなるまで、31年間貞節を守り、鮑文淵の前妻の子供を育てあげ、祖先の墓を整備し直した。 -
○ 鮑逢昌孝子坊
清代嘉慶2年(1797年)建設。世が混乱を極めた明末、鮑逢昌の父が外出したまま行方不明になってしまった。そのため当時14歳だった鮑逢昌は、物乞いをしながら父探しの旅に出る。そしてある日甘粛雁門の古寺で父を発見した。この石牌は、この鮑逢昌の親孝行ぶりをたたえて建てられた。 -
○ 鮑象賢尚書坊
明代天啓2年(1622年)建設、清代乾隆60年(1795年)修復。鮑象賢は嘉靖8年に進士となり、戸部右侍朗、兵部左侍朗などに任命され、亡くなった後は、工部尚書の称号を与えられた。この石牌は、彼が雲南、山東を鎮守したのを讃えて建てられた。 -
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後ろから7つの石牌を撮影。
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牌坊を見終わると大体の観光客は帰ってしまうのですが、私はどうせ暇だったので村をぶらぶらしてみました。期待していなかったのですが、この村とても面白かったです。
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これ、こんなところにさりげなく置いてありますが、皇帝の許可があって建てられたもの。(村民の孝行、功績をたたえるなどの理由で)
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こんな小道を適当にいろいろ歩いてみましたよ。
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壁の上から熱い視線…
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この家、中がどうなっているのか気になってたまらなかったです。
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この靴…かなり履きふるしてますね〜
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お庭?知らない人のおうちに入ってきてしまったみたい???
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慌てて引き返しました。
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蜂の巣に似てます!?
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さて、石牌と村散策はこの辺にして、敷設の鮑家花園に向かいます。
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○ 鮑家花園
盆栽がずらーり。いまいち良さが分からず…すみません。ほかにも池があったり、橋がかかっていたり、とにかく大きな花園でした。 -
こちらは庭園風。あまりにも敷地が広すぎたので、ここらへんで次の村へ向かいます。
次の旅行記へ続きます。
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