2010/05/19 - 2010/05/19
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pedometer-kenさん
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1.日本政府の対応
エルトゥールル号は、1890年9月16日、台風の直撃を受け和歌山県串本町大島にて遭難。
死者587名、生存者69名 生存者69名の陰に、串本大島の住民の必死の・献身的な救援活動があった。
また、時の明治天皇は大変同情し、手厚い対応を指示。政府も遺族への義捐金・弔慰金等を大々的に募った。また事件の4ヶ月後には生存者を「比叡」・「金剛」の2隻の軍艦でオスマン・トルコの首都イスタンブールへ送る等、手厚い対応をした。
2.山田寅次郎氏
またこの事件では、民間人の「山田寅次郎氏」は、遭難事件をいたく悼み、日本全国で新聞社等とともに大規模な募金活動を行い、事件の2年後に自らイスタンブールへ募金を届ける。(義捐金は現在の金額で1億円相当)
皇帝に拝謁した後、勧められそのままトルコに在留。士官学校等で日本語等を指導。トルコの教育・文化に多大な貢献をした。また士官学校の生徒の一人が、建国の父のアタチュルク氏だったそうです。
山田寅次郎氏の名前は、遭難事件とともに小学校の教科書に載っており、現在でも大半のトルコの人々ははっきり記憶に残っているようです。
「トルコと日本の友情を築いた大切な人」と云う言い方で表現されているようです。
3.アタチュルク氏の教育指導
そして更に重要なポイントは、後に国のリーダーになった「建国の父・アタチュルク氏」が、国民に忘れてはならない大事件として、義務教育で全国民に教え込んできたことです。
全国民が10歳になるとエルトゥールル号遭難事件を学ぶようです。
アタチュルク氏が10歳の時、遭難事件が発生したことから、学校では小学校4年生で学びます。
その主旨は和歌山、串本の住民が必死の救援活動で69名の命を救ってもらったことへの感謝の念、そしてまた、当時の明治政府が犠牲者遺族への義捐金募集等行ったことへの感謝等があって、この感謝の気持ちを忘れないよう。
また、犠牲者(587名)の大半は海軍士官学校の前途ある生徒・卒業生であったことから、その悲惨さを長く国民ととも悼むことだったのでしょう。
アタチュルク氏は、国のリーダーになりトルコ国民も串本を良き手本として、「世界に伍していける人間育成」を教科書を通じ目指したのではないでしょうか。
資料 ウキペディア、日本・トルコ文化協会、トルコ大使館、TV
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 航空会社
- ターキッシュ エアラインズ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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