2009/04 - 2009/04
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ドクターキムルさん
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甲府城は武田家滅亡後に築城され、将軍家一門が城主となる特別な城であったが、側用人の柳沢吉保が城主となると大名の城として整備された。しかし、その後は、甲斐国は幕府の直轄地となり、甲府城も大火により建物が失われ、次第にその姿が失せてしまった。明治になると中央線が通り、城域も分断されてしまった。最近になって、鍛冶曲輪門、稲荷曲輪門などの門や稲荷櫓が復元され、甲府駅から至近の城郭となり、手軽に立ち寄れるようになった。
謝恩塔の横に天守台が残るが、天守閣の形は文献には書かれてはいないようだ。天守閣の復元計画もあるようだが、五層であったとしたら木造で建築はできるのであろうか。大洲城四層天守閣の再建事業によれば、建築基準法適用除外を受ける道のりは並大抵のものではなく、城郭建築と歴史、建築構造、それらの知識・経験に基づく建築設計、という分野で日本の権威と認められている学者と建築家の先生方の支援と協力なしでは考えられないことだそうだ。常識的に考えると明治時代以降の古写真が残っている天守閣(、萩城、熊本城など)か、空襲や原爆で焼失や倒壊した天守閣(、名古屋城、岡山城、福山城、広島城など)に限定されよう。あるいは鉄筋コンクリート製であったなら建てる意味はあるまい。
(再建された甲府城稲荷櫓)
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