2009/09/18 - 2009/09/18
338位(同エリア1013件中)
まおさん
迎えたポーランド上陸三日目。
現地時間7時頃起床。
本日はワルシャワから列車に乗って、古都クラクフへ向かいます。
この日はスーツケースもあったしホテル前からタクシーに乗って中央駅へ。
外国のタクシーは観光客と見るとぼったくられるよーと聞いてたのですけど、この日乗ったタクシーも空港同様、ホテルと契約してるやつなのでびっくりするような値段を取られる事はありませんでした。
もしかすると実は相場より高め、とかにされてたとかだったら分かりませんけども ワルシャワ中央駅まででお値段は20zl(680円)程度でした。
ポーランドの移動事情は多分、白タクさえ気をつければ特に問題が無い感じ。
-
さてさて列車が出発するワルシャワ中央駅。
←この階段の下を降りたらホーム。
日本の新幹線と違って改札に切符をぴって通すのではなく、乗り込んで車掌さん?が切符をチェックしてくれると言う、映画でしか見たことの無いシステム!
まあ新幹線でも切符チェックはするんですが、こう改札の無い駅って新鮮です。 -
列車の出発は12時15分。
駅に着いたのは10時半。
ちょっと早く来すぎた(ちょっとか…?)ので、まあ時間だけ確認してベンチでのんびりしてよう、と駅の電光掲示板を見に行くと。
んん?
……あれ?
私の乗る時間の列車が……ない…?
私が乗るのは12時15分発。
しかしどれだけ探してもその時間発車の列車が無い。
ちょ、ちょっと!どう言うことHIS!!(※チケットはHISで取ったので)
うーん、、時間変更なったんかな〜…。
海外は時間が変わりまくるとは聞いていたけど…チケット取ったん一ヶ月前やのにな…
なってるとしても、どれ…?何時…?
うーんインフォメーションに聞きに行ってもいいけど、言葉がうまい事通じるかな…通じたとして、私が相手の話す内容を理解できるかな…(どちらかと言えばそっちの方が問題)
そんな感じで、電光掲示板とチケットを交互に見て唸ってると、 -
『どうしたの?大丈夫?』
と、突然見知らぬお兄さんが声を掛けてくれました。
カタコトで何とか、私のチケットのこの時間が見つからないの、と伝えると、お兄さんもチケットと掲示板を見ておや?ほんとだ無いねえ〜てな感じで首をかしげ…そしたら更にわらわらと人が集まってきて(!?)何やら話し合いだす。
詳しい内容は分からないのですが、男女数人であーでもないこーでもないと言ってる中、寄って来た一人が『チケット貸してくれる?ちょっと聞いてくるよ!』ってな感じに、チケット持ってインフォメーションにまで行ってくれるこの親切っぷり(しかも私がチケット盗られた、と思わないようにかその兄ちゃんの連れの女の人が『彼は駅員に時間を確かめてくるだけだから大丈夫よ。ちょっと待ってね』(多分こんなことを言っていた。多分)とまで説明してくれるなど)
1,2分後、チケット片手におにいちゃんが帰ってきました。
『分かったよ!この列車、時間が12時45分発に変更になってるんだ!』
何 と ! ! ( 笑 )
…遅れ方が…なんてダイナミックな…
(遅れ、と言うか変更、なんですけども)
家の近所のバスは毎回5〜10分遅れてくるのですけど、そんなもん全然可愛いもんだなあと思いました…
ともあれ、時間は分かったし列車自体はちゃんと出ると分かって一安心。
お兄さんに聞いた所、時間が変更になってた場合も行き先とかによって列車ナンバー(チケットにも記載されてます)が決まっていて、番号は変更されないのでそれを照合すればいいんだそうな。なるほど。
更にお兄さん達はわざわざ『ここから出るんだよ』とホームまで連れてって下さり、お礼を言うと、『気にしないで。クラクフまで気を付けてね』と言葉を残し、にこにこ去って行きました…。
……日本に帰ったら、困ってる外人さん見つけ次第力の限り親切にしようとほんっと心に誓いました…
別に私が流暢にポーランド語が話せるでもなく、相手さんも日本語やら英語を話してくれた訳でもなく。
お互いはっきり言葉は通じていなかったんでしょうけど(ほぼインスピレーションとニュアンスで会話してました)、言葉が分からないなりに何とか助けようとしてくれるのが嬉しかった(^^)
親切の連鎖はまだ続く。 -
←これ。ザコパネ行きの様子。
まだ時間も大分あったのでベンチ?に座って待っていると、おっきい荷物を老夫婦がやってきたので席を譲ったところ…。
奥さんはにっこり笑って座ってくれたのですが、旦那さまのほうは断固として座ってくれませんでした。
どうぞ、と言っても「いやいや座ってて下さい」みたいな感じ。
あんまり押し問答するのも逆に失礼かなと思ってそこはお言葉に甘えたのですが…これがヨーロッパのレディーファーストか!とちょっと感動しました。 -
←いよいよ列車がやってきましたー。
これから3時間程揺られて、クラクフに向かいますー。 -
内部は6人乗りコンパートメント。こう言う形の列車もこれまた初めて。
ハリーポッターでしか見たことの無い列車に乗ってるんだ〜と思うと何だか感慨深い…。
初めてだし、安全面とか考えて1等席にしたのですが2等席との違いは内部の広さで、席数自体は変わらないらしい。
んー、これなら2等席でも良かったかな。
ポーランドでも土曜日だと言うのにやたら人が少なく、私のコンパートメントは見知らぬおじさんとただ二人きり。日本で言うとグリーン車みたいなもんだからかな。
でもってその一緒だったおじさんもとっても親切で、棚の上に荷物乗せようとしたら持ってくれたり(多分背が届かなくてわたわたしてたからだと思いますが…笑)降りる時にも「ここだよ!クラクフここだよ!」って教えてくれたりとてもいい人でした。
見た感じでマフィアのボスっぽいと思ってすいませんでした(笑)(いや強面だったんで…)
列車に乗り込むときも全然知らない前後におったお兄さんがスーツケース持ってくれたり、さすがヨーロッパ。
旅行前、在日ポーランド人の人にポー語の個人レッスンを受けてた時も「日本で女性は男性の3歩後を歩くとか、男性が優先って文化があったんだよ〜」と言ったら「え、何それ?マジ意味分からない」と言われたくらい。
生まれたときからの感覚と言うか、お国文化の違いなんでしょうねえ。 -
のどかな風景が続きます。
-
ポーランドは、正式名称Rzeczpospolita Polska/ジェチュポスポリタ・ポルスカ(ポーランド語です。噛まずに言えたら一人前←何の?)と言うのですが、「ポルスカ)」は「ポーレ (pole)(草原と言う意味)」 が語源で、ポーランドを建国した部族が「レフまたはレック族(Lechici)」または「ポラン族(Polanie)」と名乗っていたそうで。「ポラン」族は日本語に直訳すると「原っぱ」族。つまり草原の国。その名の通り、列車から見た風景はまさに「平原・草原」の国って感じで山と言うか、起伏の無いお国でした。
何て言うか、盆地?京都のような。 -
さてさて。三時間後、よーやく列車はクラクフへ。憧れの古都!
ポーランドの位置とか何があるとかは知らずとも、国名と首都のワルシャワくらいは知ってる人も多いと思います。けど、クラクフは知らない人も多いのではないでしょうか?
クラクフは、簡単に言えば日本で言うところの京都にあたる街。
第二次世界大戦の際、首都ワルシャワが力の限りぶっ壊されたのはひとつ前の記事でも書いたとおりですが、今回訪れたクラクフは対戦の折、ドイツ軍が基地を置いていた為戦火を逃れた古都。
17世紀初期まではポーランド王国の首都だった国で、そんな所もまるで京都。
旧市街地一帯全てが世界遺産と言う、ポーランドでも屈指の名所。大概ガイドブックの2項目目に載ってます。
世界中から観光客が押し寄せる素敵な都市なのですが、やはりアジア人は殆ど見かけなかったと言うこれまた…(笑)
広がればいいなあ日本でポーランドの知名度。
さて、そのクラクフでは、渡航前日本でポーランド語のレッスンをしてくれていた先生と合流。
僕の友達です、と紹介された2人の内、なんと一人が日本人。
こっちに交換留学で来てるそうで二つ下の大学生。
あらあらこんにちわー、と自己紹介すると「日本人と話すの…半年ぶりくらいです…」としみじみ言われました。うーん、こっち日本人少ないからね。
あと、久々に会った先生は何だかちょっとお疲れ気味の様子。どうしたの?と聞くと、
「…昨日四時まで皆で呑んでて…とても気持ちが悪いんです…」
「……二日酔い…?」
「ハイ。起きたの、昼の2時で…」
お い (笑)
私が来るって分かってんのにあんた…(笑)
とりあえず一旦ホテルに荷物を置きに行こうと、メインの市街地のほうへ!
うーん、ガイドブックで見た風景がいっぱい♪ -
これは市街地に入ってちょっとした所にあったマクドナルド。
見えにくいかもしれんけど、ピンクでした。
これも京都と同じく、景観を損なわないため、とかそんなんなのかなあ…でもピンクて…何でそのカラーを選択したのか…(笑) -
さて、こちらが今回クラクフに3泊予定のホテル。
←の白い建物。
【Pałac Bonerowski】
(文字化けしないかな…)
何か、口コミでも見ないしガイドブックにも載ってないホテルなのですが凄かった!
折角の初海外やしと調子乗って五つ星にしたら綺麗な上ハイテクでびっくりしました。
まず立地が広場のど真ん前と便利。
荷物とかもわざわざ部屋に持ってってくれるもんだからそう言うのに慣れていない庶民としては「いいですよ!自分で運びますからどうぞお構い無く!」って言いたくなります(庶民め)
ベルボーイさんもまた上品な感じの老紳士だったのですが、チップ差し出すと「どうぞお構いなく」とばかりに首を振って去っていくもんだからほんとに恐縮しっぱなしでした…
リッチなホテルはセレブの為にあるんだなって改めて実感しました。
素直に次から東横インくらいのレベルのホテルにしときます。
(3000円〜5000円程度のホテルしか利用したことの無い女がそうそういいホテルに泊まるもんじゃないですわ) -
これがホテルのキー(マグネットみたいな)なのですが、これでピってやらないとエレベーターすら動かないんだとか!古都の中にありながらなんてハイテク。
さて、いよいよ写真やガイドブックで見てずっと憧れていた中央広場です。 -
また工事中か!!!(3回目)
何だこの狙ったかのようなタイミング。
や、織物会館の2階(博物館なのですよ)が工事中は知っていたけど、外側にクレーンが出動してるなんて聞いてませんよちくしょう…!
一応、中が通りぬけれなくなってた程度で、中には入れたんですが何て言うかなんて言うか…
これはまた来いと暗に告げられているのでしょうか。
次に来た時には、どこも工事中じゃないといいな… -
でも次に行った有名なマリア教会は素晴らしかった!
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これは入り口と見せかけて入り口ではない。
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内部
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ほんと…昔の人ってすごいなあ。
大した技術の無い時代に作って現代まで残ってるんだもんなあ。
ダイ○ハウスとかタマ○ームで建てたってそんな何百年の維持は無理やろうし。
緻密で繊細で…言葉に表せれんね(>_<) -
日本でも釘を使わず建てるって言う、宮大工?みたいなものがありますが、またそれとは違った趣き。
お寺にしても教会にしてもこういう宗教系の建物は素敵なもんです。 -
ワルシャワの旧市街地とは又違った雰囲気。
先生と先生の友人たちとお勧めのご飯屋さんへ。地元民がおるとこう言う時お徳♪ -
これはジューレック。
ソーセージとゆで卵入りのスープ。
さっぱりしてて美味しかったv -
これはピエロギ。
ポーランド風の餃子。
日本の餃子よりも皮が厚い感じです。
これまた美味しかった♪
ポーランドの食べ物は重たささえ無視出来れば日本人の口に合う美味しさだと思います。
ビールを飲みつつ、楽しく食べ終わった後2件目行こうぜー!と先生とそのお友達。
あの…昨日呑み過ぎてしんどいんじゃなかったのか…(笑) -
2件目は川にある船上パブなのだとか。
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夕方のクラクフ。
一日目のワルシャワは、日が暮れる前にホテルに戻ったので何だか趣き深い〜。 -
道々、これまた由緒のありそうな教会が。
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夕暮れクラクフ。
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夕暮れのヴァヴェル城
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ほんのりライトアップが幻想的v
ここはまた後日訪れる予定〜 -
パブへ向かう、川沿いの道々。
これまたガイドブックでよく見る竜の像を発見。
タイミングが良かったのか、 -
ゴー!
火を噴くところが見れました♪
先生曰く、携帯でメールとか送ったらそれの電波?とかに反応して火を噴くそうですが…ほんま?? -
日暮れ時〜…
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これが2件目〜。
船上パブなのだとか!
船が二艘並べて繋がってて、手前の船で飲み物買って、奥の船に移って呑みました(手前の船でも呑める)
ヴィスワ川の、ヴァヴェル城近くに泊まってました〜。
毎日居るのかは不明ですが、雰囲気の良いお店でした。また行きたいな〜〜。
2杯程。 -
すっかり暗くなりました。
この後3件目に…(笑)
行ったのは地元民お勧めのポーランドの居酒屋。
場所は夜だったのでぼんやりでしたが、何となく道は覚えているのでまた行きたいなあー。
地下にある居酒屋でした。大衆食堂的な。
結構な勢いで呑まされましたが(でもオゴリで・笑)楽しかった。
お店を出た後、ホテルまで送ってってくれた先生がそのままついでにアウシュビッツツアーを申し込んで(ホテルのフロントにツアーデスクがあったのです)くれたので翌日の準備は完了。
とりあえずこの日は、明日のアウシュビッツに備えて ゆたりと就寝。 -
あ、そうそう。
お部屋の内装がこちら。 -
単純な広さはワルシャワのが広かったのですが、内装は凄く凝ってました!
フルーツとか常備で、あと枕元には常に(お掃除の度に)チョコを置いていてくれたり!凄い!
ただ、ですね… -
……扉がすごく透明…でした…(笑)
やはりヨーロッパには、入浴の文化が無いのでしょうか。
でも行き届いた良いホテルでした〜↓
http://www.palacbonerowski.pl/
翌日、アウシュビッツ編に続きます〜
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この旅行記へのコメント (2)
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- rinnmamaさん 2013/04/08 17:07:23
- 同じ体験
- まお様
こんにちは。初訪問有難うございました。
久しぶりに4tで引き込まれて、読ませていただきました。
最初は面白く、最後は悲痛な気分になりましたが。
私は2005年の愛知博で、ポーランドお気に入り国でしたよ。
ビールも食事もおいしかったし、琥珀が安くて、今でもお気に入りで
指輪・ペンダントをしています。
ヴィエリチカ岩塩の教会を再現。最初は岩塩がごろごろしていたのに
皆さんが持ち帰って、無くなってしまいました。笑えない話ですが。
まおさん、ぼけ・つっこみしながら、旅していたんでしょうね。
でも、しっかりポーランド語を勉強なさって、いたんじゃないですか。
私は61歳でロンドンに、短期留学を2ヶ月したんですが、親切を
たくさん頂きました。今でも思い出すと涙がこぼれる位、困った時とか
地図を広げていると、声かけしてくれたりで、本当に助かりました。
他人が困っていたら助けるのが本当なのに、日本では嫌な顔をされたり、
いやな言葉を言ったり、変ですよね。見習ってほしい日本です。
でも、楽しく一人旅ができてよかったですね。
又、次回もトライしてくださいね。では、また。rinnmama
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- しょうちゃんさん 2010/05/16 15:43:01
- RE: クラコフ
- まおさん 今日は
文中「クラコフは大戦中、ドイツ軍の基地(あるいはドイツ軍の司令部)がおかれていたため、戦禍を免れた古都」とありますが、この文言は誤りです。「地球の迷い方」に注意を促しましたが、依然として今年出版の本10−11年にも訂正しておりません。歴史的な根拠がなく、訂正すると約束したにもかかわらず、訂正していません。
1945年1月にソ連軍は東部戦線で「春の目覚め(?)」作戦(大攻勢)をかけました。南部の第一ウクライナ正面軍は、ブレスラウ(シレジア)、カトビッチェ(石炭・鉄鋼の占領を目的に)方面に侵攻しました。スターリンの目的は、シレジア方面の工業地帯の占領でした。従って、クラコフの占領を目的としたものではありませんでした。アウシュビッツやビルケナウの爆破(証拠隠滅のため)が不十分だったのは、ソ連軍の侵攻(クラコフではなく、チェコへの入り口であるカトビッチェ)が早かったからです。それは、ポーランド南西に駐留していたハインリキ軍集団(装甲部隊)が、チェコのオストラバ防衛のために撤退したこと、ヒトラーが1944年末にポーランド駐留の機甲師団を1945年1月ハンガリーのバラトン湖方面の攻勢に転用したためです。
日本のガイドブックには、ときどき間違いがありますので、注意してください。なお、マクドナルドはユダヤ系資本の会社です。従って、アラブ・イスラム教の国には出店しておりません。では、 元軍事史学会会員
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