2010/04/16 - 2010/04/24
110位(同エリア360件中)
ミモザさん
今日はウズベキスタンで一番楽しみにしていたヒワの観光です。町がそのまま博物館といわれ、内城のイチャン・カラにあるモスク、マドラサ・ミナレットなどの数々の遺産は、中世都市のおもかげを今に伝えています。
ホテルの前がすぐ城の門だったので、朝の散歩に出かけてみました。丁度日曜日だったので、地元の人達が出かけてきてとても
賑わっていました。
そのあと正門の西門から入り、ゆっくり観光しました。
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朝食会場、パンはいろいろあったので、ほとんど私はパンと卵とコヒ−です。
昨日が遅かったので、今日の観光は10時発なので、食事を済ませて、朝の散歩に出かけます。 -
2連泊するヒワのホテル「アジア・ヒワ」
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ホテル前がすぐイチャン・カラの南門です。ここから入ります。今日も快晴です。
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ウズベキスタンの都市ヒワは、首都タシケントの西約750km、ウルゲンチ市から南西に35kmのアムダリヤ川の下流のオアシスの町です。
古代ペルシャ時代からカラクム砂漠への出入口として繁栄しました。 -
あれ〜一般の家は日干し煉瓦です、エジプトでもこのような家を沢山見ました。ドアは青くてチュニジアを思い出しました。
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どこも子供は愛くるしくて可愛いね。
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これはコ−ランを乗せる台、まな板などお土産用に家の店先に並べてありました。
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歩いて出たところがイスラム・ホジャ・メドレッセでした。横にはミナレットが。
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おめかしした娘さんたち、今日は日曜でした。近郊から出かけてきたのでしょうか?
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イスラム・ホジャ・メドレセ
上から手を振ってくれました。 -
ミナレットは、ヒワで一番高く45メ−トル、基底部の直径は9.5メ−トル。階段は118段あります。ガイドさんが登ると言っていたミナレットはこれなんだ〜。楽しみ!
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綿菓子売りのおじさん、どこも同じだね。若い女性に人気があるみたい。
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この毛皮の帽子屋は1年中あるようです。
今は暑いのでなんかピ−ンときませんね。それでも帽子屋のおじさん、私に毛皮の帽子とえり巻をしてくれました(フォックスだよ〜)
ロシア帽はちょっと日本では被れません、m(_ _)mスマン -
この通りを行くと観光客が入ってくる正門の西門です。
両側にお土産やさんが並び、メイン通りですね。 -
このくらいの年配のご婦人はみな歯が金歯でした。笑うとピカ−ツ☆
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年齢を重ねた重厚な顔(もしかして私と同じくらいの年齢かも)
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ヨ-ロッパからの観光客が盛んに写真を撮っていました。
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あやつり人形
伝統的な人形という意味でミリ・コゴルチャックと呼ばれているそうです。 -
向こうに未完成のミナレット、カルタ・ミナルが見えます。
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こちらの方はコスプレで記念写真を撮るのがお好きなようで。ハ−ンになったつもりで。
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この辺りまで行き、そろそろホテルに引き返します。
どうせまたここに観光しに来るので。 -
どこも同じようなお土産やさんが並んでいます。
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ホテルからバスで西門に行き、そこから入場です。
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ウズベキスタンでは、観光地の建物内部の撮影にはカメラ代が徴収されます。(1500〜2000スム位)
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西門前のイチャン・カラの内城の絵地図で説明する現地ガイドのマリアさん。
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そばで見ると大きいな!
1852年に着工、事実基礎部の直径は14.2メ−トルあるので、もし完成していたら70〜80メ−トルの高さになっていただろう。未完成であったためさまざまな伝説が残っているとか。 -
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ムハンマド・アミン・ハーン・メドレセ
西門を人ってすぐ右手にある2階建ての建築物。ムハンマド・アミン・ハーンが建設を命じ、1852年に完成した。ヒヴァで最も大きな規模の神学校。横にカルタ・ミナル -
総タイルで美しい!
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ムハンマド・アミン・ハーン・メドレセの正面
美しいタイルで装飾されている。 -
ムハンマド・アミン・ハーン・メドレセの中庭
最盛期には99人の寄宿学生がいたという。神学校であるばかりでなく、イスラームの最高裁判所の事務局もあった。中庭を取り巻く2階建ての建物には125の部屋があり、ヒヴァで初めて神学生のために続いた2部屋が与えられた。1977年からホテルとして利用されている。 -
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毛皮の帽子を被る少年、重くない?
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クフナ・アルク
17世紀に建てられた、ハーンの居城です。
クフナ・アルクとは 『古い宮殿』 という意味で、新しくタシュハウリ宮殿が完成した後に区別する意味でこう呼ばれるようになりました。
この前の広場で、昔は処刑が行われていたそうです。 -
クフナ・アルクは要塞で囲まれており、この中にハーンたちによって建てられた執務のための公邸、くつろぎの間、夏と冬のモスク、ハーレム、兵器庫、火薬工場、さらに造幣所まであったそうです。
入ってすぐの場所には、罪人に行われた刑罰を再現した絵や、拷問に使われた道具が展示されていました。 -
ウズベキスタンにはあまり遊ぶところもないので、日曜日などにはみなさんここにやってくるようです。
みなさんおめかししてるようです。 -
みなさん記念写真がお好きなようで。
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1838年にアラクリ・ハーンの命令で建てられた夏のモスクは造幣所のある中庭にあり、青、緑、白の七宝タイルの細かい模様で飾られ、6つの柱で支えられている。
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この造幣所では、贅沢にもシルクのお札が造られたときもあったそうで、現在は人形によって当時の様子が再現されています。ちなみにここで働いていた作業員には髭を長くすることを禁止していたようです。お分かりですね。
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地球儀も置いてありました。
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少し奥に入るとクリヌッシュ・ハーン(接見の間)のアイヴァンがあります。最初は17世紀に建てられましたが、イランの軍隊に破壊され、現在のものは19世紀の初めに建てられたものです。
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二本の高い柱のあるテラスで、壁面は青いタイルで覆われ、天井は赤、黄、緑、黒などキレイな幾何学模様で装飾された玉座の間になっています。
接見の間の2本の柱の柱礎にはイスラ−ム暦1274年(西暦1855)の年号が、もう一つには正しい裁判に関する章句が記されている。
ハ−ン(王様)の玉座は革命前にモスクワに運び去られ、現在クレムリン内の博物館にあるそうです。 -
部屋の飾りだな
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アイワンの前の中庭には、煉瓦積みの丸い台がありますが、かってここにハ−ン(王様)用のフエルトの天幕が立てられた。ヒワのハ−ンは、ブハラなど中央アジアの他の地域のハ−ンよりも遊牧の風習を好んでいたそうです。
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アク・シェイフ・ボボ
クフナ・アルクの中にある見張り台。クリヌッシュ・ハナとハーレムの間の通路から階段で上れる。ヒワ全体の美しい景色が見え撮影するのに最適というので、私達もこれから登ります。(私達はガイドさんが払いましたが、ここは別料金のようです) -
お〜見晴らしがいい、町全体が見渡せます。さっき入ってきた西門が見えます。
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イチャン・カラの全体の景色が見渡せます。気持ちがいい(o^-^o)
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景色はいいけど逆光です、西門から見てるからかなあと思ったら、それだけでなく、イチャン・カラの建物は砂漠の炎天と熱風を避けるために、その多くが北北東を向いているんだそうだ。なるほど、太陽に背を向ける形に建てられているそうです。
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北側の方を望む、まさに砂色の町。
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城壁は、半円形の出っ張りがいくつも繰り返す形で作られていて、基部の厚さは6m、高さは8m、城壁の長さは2.1kmとのことである。
この城壁は煉瓦でできていて、なんとこの中には戦死者の骨が埋められていて当時の風習だったとのことです。 -
だんだん暑くなってきました。
これからヒワの後編に続く・・・
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