2010/04/04 - 2010/04/04
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桜満開の津城址紹介です。津城は戦国時代の天正8年(1580年)、織田信長の弟の信包によって築かれ、慶長13年(1608年)に四国から移封された藤堂高虎が大規模改修を行いました。廃藩置県により天守閣名護は壊されましたが、現在は三重櫓の丑寅櫓だけが再建されました。
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
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お堀と染井吉野の光景です。廃藩置県により天守閣などは壊されましたが、その後、三重の模擬櫓だけが再建されました。慶長13年(1608年)に四国から津に移封された藤堂高虎は、黒田孝高(官兵衛)、加藤清正と並ぶ戦国時代から江戸時代にかけての城造りの名人です。
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津城址のお堀で泳ぐ錦鯉の光景です。地味な色の野鯉も交じっているようです。餌を請求しているような動きでした。
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同じく、津城址のお堀で泳ぐ錦鯉の光景です。餌付けがされているらしく、同じ場所に群れていました。
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津城址のお堀の光景です。浅くなった一角では、花菖蒲が栽培されているようでした。見学用というより、苗を栽培している風に見えました。
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津城址から見えていた、巨大な紅白のアンテナ塔です。NTTか、あるいはNHK当たりの施設のようです。
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『三重県指定史跡・津城址』のタイトルがあった説明看板です。江戸時代の縄張り図と、本丸をはじめとして、それぞれの施設が説明されていました。
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イチオシ
お堀に枝垂れる染井吉野の光景です。最初に紹介した写真も同じ樹の光景です。津城は、北を安濃川、南は岩田川に挟まれ、これらを天然の大外堀としていました。別名、安濃津城(あのつじょう)です。
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本丸跡の日本庭園入口にある『入徳門』です。この門は、かつての藩校の有造館の正門の入徳門が、解体・復元の上、移築されたものです。
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『津市指定史跡・入徳門』のタイトルがあった説明看板です。文政3年(1820年)、第10代藩主の藤堂高兌(1781〜1825年)が藩士や子弟を教育するための藩校として、有造館を創設した時、その講堂の正門であったことなどが解説されていました。
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本丸跡に造られた日本庭園の光景です。江戸時代初期に築城の名手・藤堂高虎により近代城郭として大改修された、輪郭式の平城です。
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津城址に残る石垣光景です。江戸期の津城は、中央に内堀で囲まれた本丸と、それに付属して東丸・西丸があり、本丸・東・西丸を取り囲んで二の丸が配された輪郭式の平城でした。
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イチオシ
巨石が配された本丸庭園の光景です。現在の城跡は『お城公園』、『お城西公園』として整備されています。こちらは『お城公園』になるようです。
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少し傾いているようにも見える、細長い石灯篭の光景です。春日灯篭か、それに類似した形式の灯篭のようです。
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『永遠の平和』と題された、ブロンズ製のオブジェの光景です。背後は西の丸の石垣です。
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大きな石に取り付けられた『西鉄門虎口(にしくろがねもん・こぐち)』の説明プレートです。『西の丸から本丸に至る入口で、土橋と枡形を組み合わせた虎口』と説明されていました。
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津城址の石垣光景です。1580年、織田信長の弟の織田信包(のぶかね:1543〜1614年)によって創建されたお城です。織田軍が北近江小谷城で義弟の浅井長政を滅亡させたとき、信包は、長政の正室であった妹のお市の方と、その娘達の茶々、初、江を保護した人としても知られます。
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津城の本丸址で咲く染井吉野と、その周りを囲む石垣の光景です。津城の初代城主は、伊勢の豪族の細野藤敦(1541〜1603年)、津城を創建した人です。次が先に紹介した信長の弟の織田信包、富田家の城主が2代続いた後、藤堂氏が藩主となりました。藤堂氏は、高虎に始まり、伊勢津藩の最後となる第12代の藤堂高潔まで続きました。
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『声牙・土井先生詩碑』のタイトルがあった漢文で記された顕彰碑の光景です。『大読書人』の文字で始まった漢文でした。土井晩翠を意味する碑ではないようです。
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『丑寅櫓』のタイトルがあった説明パネルです。津城本丸の東北隅にあった三重三階の櫓が、図面入りで紹介されていました。
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木々の間に見え隠れしていた、『模擬櫓』の光景です。一寸したお城の天守ほどの規模を持つ三層の櫓です。この櫓は、かつての東黒門・東鉄門の位置に造られました。
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津城址に建つ、新しい造りの模擬櫓の上階の光景です。伊勢津藩の最後の藩主だった、第12代の藤堂高潔公は、賢明温厚で書画の才にも優れた人とされます。絵は、渡辺崋山(1993〜1843年)に師事し、花卉図を得意としたようです。
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イチオシ
少し寄り道して、田原藩士で家老まで務めた渡辺崋山について紹介しておきます。江戸詰の田原藩士である父・渡辺定通と母・栄の長男として、江戸・麹町(現在の千代田区三宅坂付近)の田原藩邸で生まれた江戸後期の武士で、画家です。絵は、谷文晁(1763〜1841年)に学びました。江戸時代後期に蘭学者、儒学者など幅広い分野の学者、技術者、官僚などが集まって発足した『尚歯会』に参加していました。主なメンバーは、高野長英、小関三英、渡辺崋山、江川英龍や川路聖謨などです。当時の幕府内の蘭学を嫌う保守勢力の中心であった鳥居耀蔵によって長英は投獄、崋山は蟄居となり、三英も逮捕をおそれて自殺しました。いわゆる、思想弾圧の『蛮社の獄』です。『蛮社』は、『尚歯会』の蔑称とされます。
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斜め前から眺めた、模擬櫓の下階の光景です。唐風の本瓦葺きの玄関光景です。満開の染井吉野が彩を添えていました。
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模擬櫓の中階の千鳥破風(ちどりはふ)の光景です。屋根の斜面に設けた小さな三角形の破風で、狐格子(きつねごうし)を嵌め込み、装飾や通気用に用います。
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今度は、染井吉野だけが主役の光景です。最高の見頃の時に、津城址を見学できました。
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慶長16年(1611年)に始まった、藤堂高虎による津城改修の内容です。その主な6項目です。
①本丸の北側と東側を拡げて、更に高い石垣としました。
②本丸北側石垣の両端に、丑寅三重櫓と戌亥三重櫓を新設しました。
③本丸の東西の堀の中に東之丸と西之丸の郭を設け、西之丸出口には伊賀二重櫓を、東之丸出口に太鼓櫓を備え、本丸東南隅に月見二重櫓を設けました。
④本丸・東之丸・西之丸を囲んで広い内堀を設け、外側の二之丸は役所や重臣の屋敷とし、更にその周囲に外堀を巡らせました。
⑤改修した外堀に、北に京口門(大手門)、西に伊賀口門、南に中島口門を建て、三城門としました。
⑥外郭に土居を築き、12の櫓を設けました。 -
下階の飾瓦のズームアップ光景です。藤堂家の家紋は、蔦紋ですが蔦紋のイメージを持った飾瓦でした。高虎は、浅井氏、阿閉氏、磯野氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏と主を次々と変えましたが、当時は普通の出来事だったようです。最後は伊勢国津藩三十万石の大名となりましたが、実力と人柄があいまった当然の結果だったかもしれません。外様ながら、徳川3代の将軍に絶大な信頼を得ていました。
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木製の扉は閉まっていましたが、唐風の造りの屋根を持つ模擬櫓の光景です。本来は櫓がなかった場所に建てられた三層の模擬櫓です。
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津城址の石垣と、お堀の光景です。お堀の周りでは、染井吉野の花が満開でした。城造りの名人の高虎は、宇和島城、今治城、篠山城、津城、伊賀上野城、膳所城などを築城しました。藤堂高虎が、今治から津城に入封されたのは、慶長13年(1608年)とされますが、命を受け他国の城の改修などに奔走して、なかなか自国の城に手を付ける余裕がありませんでした。
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緑の葉も出ていますから、染井吉野ではなく、山桜の花のようでした。風情のある桜です。藤堂高虎の話題に戻ります。慶長16年(1611年)になって、ようやく伊賀上野城と津城の修築に取り掛かることになりました。」まず手掛けたのは伊賀上野城の大改修です。高い石垣を持つ要害堅固な城を造り上げました。一方、津城は平時の居城として必要な規模と、伊勢街道第一の町としての体面と美観とを備えるための町づくりを進めました。
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