2010/02/28 - 2010/02/28
1814位(同エリア6008件中)
ぺこにゃんさん
- ぺこにゃんさんTOP
- 旅行記447冊
- クチコミ69件
- Q&A回答11件
- 1,432,698アクセス
- フォロワー76人
奈良の顔といえば,東大寺の大仏さんや興福寺の五重塔。
そんなメジャーな名所に隠れてしまって,ほとんど注目されることのないスポットを回ってきました。
題して「奈良の裏側を探る」。
(1)東向商店街にある純和風建物
(2)御殿が鳥居に背を向けている神社
(3)奈良の「六道の辻」
(4)今は亡き「花の松」
(5)興福寺の山号って何?
(6)「鹿に紅葉」の組み合わせの発祥の地?
(7)奈良公園の不思議な門
(8)東大寺の「奈良太郎」
(9)毘沙門天の足元に…
(10)忘れられた国宝〜猫に困ってます
(11)レンガ造りのモダンな建物
-
①東向商店街にある純和風建物
最初にやってきたのは近鉄奈良駅すぐの東向(ひがしむき)商店街。
何が「東向き」?と思い,調べてみました。
「東向き」の由来は、通りの東側はすぐ興福寺の境内となっているため,西側にしか建物が建てられず,全ての建物が東側を向いていたからだとか。
興福寺の勢力が衰退すると,通りの東側にも建物が建つようになったということです。 -
その東向商店街の中ほどにはこんな階段があります。
-
階段を上った先には古びた建物がありました。
屋根の上を良く見てみると…そこには十字架が。
そう,ここは教会なんです。
この教会は奈良基督教会です。
昭和5年築の建物で,純和風なところが古都奈良らしいですよね。 -
2)御殿が鳥居に背を向けている神社
おなじみ猿沢池にやってきました。
猿沢池には七不思議があります。
澄まず濁らず
出ず入らず
蛙はわかず藻は生えず
魚が七分に水三分
お世辞にも綺麗な池とは言えないです…(^_^;) -
鳥居の向こうを覗いて見ると,こんな感じ。
本当に背を向けています。
悲恋のお話ですが,今は縁結びの神様として知られています。 -
その猿沢池の東にあるこの神社は采女(うねめ)神社といいます。
この神社は御殿が鳥居に背を向けている日本で唯一の神社だそうです。
天皇の寵愛が薄れたことを嘆いた采女(女官)がこの池に身を投げ,その霊を慰めるために祀られたのがこの神社の起源とされています。
入水した池を見るのは忍びないと,一夜のうちに御殿が背を向けたという言い伝えがあります。
-
③奈良の「六道の辻」
猿沢池から興福寺・五重塔に向かう階段は,「五十二段」の石段です。
善財童子が52人の知識人を訪ねて廻った故事に由来しています。 -
石段の下は,石段も含めて放射状に6本の道が交差しており,奈良の「六道の辻」と言われています。
六道とは前世の如何によって生まれ変わる六つの姿,
地獄,餓鬼,畜生,阿修羅,人間,天上。 -
別角度から。
-
④今は亡き「花の松」
五十二段の石段をのぼり,興福寺の東金堂前にやってきました。 -
手前にある石碑には「花の松」とかかれています。
弘法大師が東金堂の本尊薬師如来に永代の花として捧げたという松の子孫が東金堂の前にそびえていたらしいです。
インターネットで調べてみると,立派な松の木の写真を見ることが出来ますが,今は残念ながらありません。 -
⑤興福寺の山号って何?
南円堂の後方にあるこんもりした山は「額塚」と呼ばれるものです。
南大門(今はない)に「月輪山(がちりんさん)」という山号額を掲げたところ,水にまつわる悪い事が頻発して困ったそうです。
ある寺僧の夢で,「月輪山」の"月”って文字が水を呼んでるんだ,というお告げがあったので,この地に額を埋めたとか。 -
それ以来,興福寺では山号を用いなくなったそうです。
ちなみにここを茶臼山(ちゃうすやま)と呼んでいるらしいです。
にしても金網で覆われ,ちょっと扱いが酷くないか?
と思ってしまいました。 -
⑥「鹿に紅葉」の組み合わせの発祥の地?
五重塔の南東,三条通にあるこの門は鍵もかかっておらず,入っても構わないのです。 -
門の先にあるのは興福寺塔頭の一つ,菩提院大御堂(通称,十三鐘)。
ここには次のような言い伝えがあります。
ある日興福寺の小僧さん達がこの堂で習字の勉強をしていたところ、一匹の鹿が入り小僧さん達の書いた紙をくわえてしまいました。小僧の一人三作が文鎮を鹿に向かって投げたところ,急所に命中し鹿はその場にて倒死しました。
当時春日大社の鹿は神鹿とされ「鹿を殺した者には石詰めの刑に処す」との掟があったため,三作は子供といえども許されることなく、三作に死んだ鹿を抱かせて井戸の中に入れ、石と瓦で生き埋めにしました。 -
これを悲しんだ母親が供養にと植えた紅葉の木がここにあり,鹿と紅葉の取り合わせはここから出たといわれています
(あくまで言い伝えです)。
前庭には「三作の生前は余りにも短命で可哀想であった。次に生まれる時は亀のように長生き出来るように」との願いにより,亀の上に五重供養塔が建てられています。
奈良の鹿は大切にされてきたというのが良くわかる話ですね。 -
(7)奈良公園の不思議な門
奈良国立博物館の北東にあるこの門。
裏側に回ってみると… -
あれ?何もない(・_・?)
-
実はこの門,「鴎外の門」という名です。
鴎外とはもちろん森鴎外のことです。
帝室博物館の総長に任命された森鴎外は,奈良滞在時には国立博物館の北東にある宿舎を利用していました。
その宿舎は今は取り壊され,ただ一つ門だけが残っています。 -
8)東大寺の「奈良太郎」
次にやってきたのは,東大寺「鐘楼」。
屋根の反り返りが豪快ですね〜
ここに「奈良太郎」がいます。 -
この鐘こそが「奈良太郎」です。
高野山の根本大塔の「高野次郎」,吉野の世尊寺跡の「吉野三郎」と共に日本三古鐘の1つです。
市役所とかに置いてある申請書の「見本」にでも出てきそうな名前ですけど…
また宇治の平等院,大津の園城寺(三井寺)の鐘と共に日本三名鐘に数えられています。
勢いの東大寺,形の平等院,声の園城寺と言われています。
なお,東大寺の代わりに神護寺を入れる場合もあり,銘の神護寺といわれています。
(三大××とかいうやつは諸説あるので…) -
( ̄ー ̄?).....??アレ??
でも,この鐘よく見ると何か不自然…
鐘を撞くときに撞座(丸い部分)に当たらないよな〜と思い眺めていました。
不思議に思って家に帰ってから調べてみると,やはり理由がありました。
鎌倉時代に力持の武将,朝比奈三郎が撞いたところ三日三晩鐘がなりやまなかったので,その後撞座の下を撞くようになったといわれています。 -
(9)毘沙門天の足元に…
東大寺の中門にやってきました。
中門からは国宝・大仏殿を望むことが出来ます。 -
その中門の左右には四天王の二神,「持国天」と「毘沙門天」が立っています。
でもこの毘沙門天,一般的な毘沙門天と少し雰囲気が違います。
柵に隠された足元を覗いて見ると… -
え?!誰かいる!
この毘沙門天は「兜跋(とばつ)毘沙門天」といい,邪鬼ではなく地天女及び二鬼(尼藍婆、毘藍婆)の上に立つ姿で表されます。 -
一方,こちらは大仏殿の毘沙門天。
一般に革製の甲冑を身に着けた唐代の武将風の姿で表されます。
見づらいですが,こちらの足元は邪鬼ですね。 -
(10)忘れられた国宝〜猫に困ってます
東大寺の北西にあるこの門。
観光でここまで来る人はあまりいないでしょう。
でも,この門は国宝です。
「転害門(てがいもん)」という名前の門で,東大寺で天平時代の唯一残る建築です。
吉祥の位置で害を転ずる意からその名前が付きました。 -
裏側から。
野良猫の被害に悩まされているそうです。 -
転害門から北にてくてく歩くこと10分。
レンガの塀が続く建物にやってきました。 -
塀沿いに歩いていくと,ロマネスク様式の大きな建築物が現れます。
意外なことに,この建物は奈良少年刑務所です(明治41年建設)。
普段は中には入れませんが,年に一度見学ツアーが企画されます。
いろいろ書きましたが,ソースはインターネットです。
あくまでも言い伝えの類のものもありますので…
おしまい。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
30