2009/12/28 - 2010/01/05
54位(同エリア95件中)
ちゃおさん
シュバンガウ村を去るに当たって、改めてノイシュバンシュタイン城を思い起こす。それは丁度姫路駅のホームの上から真正面に見えた姫路城、或いは坪井川のお堀を渡った先にある熊本城の端正な石垣、或いは遠い昔の記憶、二重橋の先にあるお堀に掛かった深い木立。そう言った日本の古来からある城郭美に通ずるイメージのものであった。
バイエルン国王ルートヴィッヒ2世は、1845年父マクシミリアン2世、母マリー・フォン・プロイセンとの間にヴィッテルスバッハ家の長男として生まれ、父親の死の1864年、若干19歳でプロイセン王国の国王となったものである。ルートヴィッヒ2世はその皇太子時代より文芸に惹かれ、特にワグナーの楽劇に傾倒していたことは世に知られた事実である。
このお城、ノイシュバンシュタイン城は、そんな彼のロマンの夢を実現させる為、1869年、即ち明治2年、建築が開始されたものであるが、1886年、17年間続けられてきた建築は彼の死をもって終了した。享年41歳。生涯独身であった。
彼の死を以ってヴィッテルスバッハ家は途絶え、4代続いたバイエルン王国も隣国のプロシアに併合されることとなった。当時プロシアはウイルヘルム1世治下、鉄拳宰相ビスマルクが国政を司り、周辺諸国を糾合して大ゲルマン帝国の建設途上にあった。
そんな中、1870年にはゲルマン連合軍とナポレオン3世を中心した中央ヨーロッパでの覇権争い、普仏戦争が勃発し、ルードヴィッヒもプロシアに組みしたが、膨大する戦費、城の建築費、などなど財政上の問題もあって、精神に異常を来たし、最晩年、バイエルン王国重臣等により軟禁されることになり、失意の内にあった。
1886年6月13日夕方、彼は軟禁されていたミュンヘン郊外のベルク城より従医と一緒にお城を抜け出し、夜になっても城には戻ってこなかった。程なく二人はシュタルンベルガー湖畔で溺死体となって発見された。その死に関しては自殺なのか他殺なのかはたまた心中なのか判然とせず、そのミステリアスな死と共に、このお城のロマンも幕を下ろすことになった。
ネオ・ロマネスクの城は全体が白い花崗岩で建築されていて、高さ200mの尖塔は朝の光り、夕陽の映え、霧の中、雪の覆い、などなど、四季の移り変わりにその姿を変え、訪れる人のロマンの心を掻き立てる。
室内装飾の見事さ。ベルサイユ宮を模したと言われる室内は豪華絢爛、ワグナーの楽劇「ローエングリン」を主題にした白鳥の図柄が各部屋にちりばめられ、その「歌合戦の間」では「タンホイザー」、「ニーベルンゲンの指輪」の歌劇、楽劇が催されるのを待っていた矢先だった。
哀れなる国王。これも又時代のあだ花だったのか・・・どこからか湖面の風に乗ってローエングリンの祝祭ホルンが響いてくるような錯覚もした・・・
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