2009/12/28 - 2010/01/05
128位(同エリア149件中)
ちゃおさん
今回のトラピックスは12月28日出国1月5日帰国の8泊9日の旅。これだけ聞けば大層な旅行に思えるが、実際は移動時間の方が多く、観光に費やされる時間は全体の三分の一も無い。今回の添乗員山上さんがこの旅行を称して「カミカゼ」のようだ、との表現をしていたので、僕の旅行記にもパクってしまった。
全く日本人的、忙しさを絵に描いたような旅行だが、それでもより多くの場所を見たいという日本人のHungry精神というのか、貧乏性というのか、気持ちにぴったりだから、今回も35名の参加者を募り、成田出発となった。あ、そうそう、このツアーは出発日設定が30日(回)分あるので、その都度の参加者が30名前後いるとすれば、合計では900人前後の日本人が、このコースを廻ることになる。
さて初めて乗るルフトハンザ機。機は定刻10時20分、成田空港を飛び立つと、直ぐにも右手に筑波山の山並が見え、その後日本上空を縦断するように高崎から福島、宮城の脊梁上を飛行し、青森で一旦海上に出て、直ぐにも又北海道上空を飛行し、北海道沖日本海に出る。
機窓より遥か先、海上に浮かぶ豆粒のような利尻富士を眺め、いよいよこれで日本とのお別れ、この先はシベリア上空を一挙に飛んで、フランクフルト空港へひた走る。いや、ひとっ飛び。
機は太陽の進む方向、西に向ってすすむのだから、太陽を追っかけて行くのか、或いは太陽に先んじて進むのか、いずれにしても常に太陽が頭上にあるかと思いきや、窓外の景色が段々薄暗くなり、しまいにはお月様まで現れてくる。
ひょっと窓の下を眺めると、そこはもう荒涼とした雪原の台地で、背の低い台地が幾重にも波打ち、遥か先地平線の彼方まで続いている。「荒涼とした」という表現がピッタリの人跡未踏と言うか、人間を寄せ付けることのない、無言の台地が広がっていた。
今機はシベリア上空を飛んでいる。もう北極圏に近い位置だ。それで昼間なのに太陽が沈み、外は夕方のように薄暗く、眼下には人の息吹は全く感じられない、黄泉の国のような景観が続いていたのだ。この台地の遥か先、氷に閉ざされた氷河の海がどことなく見えるように感じられた。
巨竜が雪の下に横たわる。波打つ台地はそのあばら骨のようだ。シベリア沿海州(カムチャッカ)から入った機は凡そ4−5時間の間、この荒涼とした雪と氷に閉ざされた台地を飛行し続ける。
地球の果て、最果ての地。眼下を飽かず眺め、嘗てこの地に散った日本捕虜兵のこと、若かりし頃乗ったシベリア鉄道のこと、或いはバイコヌールの発射基地などなど、あらゆるものを飲み込んでしまいそうな、黄泉の台地に魅入られた。
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ルフトハンザLH−711便は、定刻10時20分成田を出発し、フランクフルトには現地時間2時5分に到着する。時差は8時間。
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成田空港、搭乗口に向かう人々。
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Tax−freeに入るお客も数少ない。
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機は離陸すると直ぐにも右手に筑波山が見えてくる。
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雲の下に雪を被った北海道の台地も見えてくる。
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遥か下に利尻富士を眺め、日本を後にする。
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直ぐにもシベリア沿海州の陸地が見えてくる。
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ひょっと見ると上空にはお月様が浮かんでいた。
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眼下には雪に覆われた荒涼たるシベリアの台地が続いている。
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果てしない台地の連なり。
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台地を切り裂くように流れるシベリアの大河。
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この川は遥か先、北極海まで流れ込んでいる。
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いつまでも見飽きない、恐竜のような脊梁。
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人跡未踏の果てしない連なり。
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再び中空に浮かぶ月。漸く機に光りが差してきた。
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