2010/01/06 - 2010/01/12
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あいあ〜るさん
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6日間にもおよぶ、自分にしては超長期タイ旅行も残るは2日。
1月10日は国際支援活動を行っている友人を手伝うため、現地に人達との打ち合わせに付き合いました。
そこで立ちはだかる問題を解決してあげるために、翌日も費やすことになってしまいました。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 航空会社
- タイ国際航空
-
バンコク滞在中にちょうどバドミントンのタイ代表が韓国オープンに出発するので、空港へ見送りに行きました。
7:25発のTG634便。
前日眠たのは深夜2:30近かったけど、4:30に起きて空港へ向かいました。
何でこんな早い時間に行くんだよ!
と思いましたが、早朝か深夜でなければ用事があって行かれなかったので、こんな時間でラッキーでした。
でも考えてみたら、東京からUAやNWでバンコクに行く人達は、こんな時間に空港に来てるんですよね。お疲れ様です。
画像は出国カードを記入するサラーリー選手。
かわいい顔して世界ランキング一桁です。
タイ人はビザが必要な国が多いので、パスポートがもうかなりぶ厚くなっています。
サラーリー「便名は何便ですか?」
コーチ「TG、えーっとー…。」
私「TG634。」
コーチ「おおっ、TG634か。」と自分のカードにも書き込む。
俺は添乗員かっ! -
12月にラオスのビエンチャンで行われたシーゲームズ(東南アジア競技大会)で、タイに唯一のバドミントン競技金メダルをもたらしたサラックチット選手です。
バドミントンは日本で有名な競技の中では数少ない、タイの方が日本より成績上位の競技なのですが、東南アジアにはインドネシアやマレーシアなどの強豪国があるので、タイもなかなか優勝できません。
彼女は女子シングルスで、現在タイのトップです。
男子シングルスのトップでタイの「スーパーマン」と呼ばれるブンサック選手の妹です。
空港にもブンサック選手と一緒にやってきました。 -
成長株No.1の女子ダブルスのサーヴィトリー選手です。
今のバドミントンタイ代表では、私は一番かわいいと思っています。(寝不足なのか、この写真はちょっとむくんでいる)
タイ代表が来日するのは、トップ選手が9月に行われるジャパンオープン(日本での大会名はヨネックスオープンジャパン)。
そして若手や1軍半〜2軍クラスが4月に行われるジャパンインターナショナルチャレンジ(同:大阪インターナショナルチャレンジ)です。
サーヴィトリー選手とワッチャラーポーン選手のペアは、2年前には大阪にすら出場しなかったのですが、昨年は大阪で来日し、秋にはジャパンオープンにも出場。そして今回の韓国オープンでは何とシード選手にまでなり、現在タイの女子ダブルスではNo.2です。
実は私が今最も期待しているのは彼女ではなくて、15歳のラチャノック選手なのですが、今年は大阪に出場する予定のようなので楽しみです。 -
全員一緒にチェックインするのかと思ったら、ある程度揃ったところで個人個人でチェックイン。
恐らく日本代表は一緒にやると思いますが、いかにもタイらしいです。
集合した後で荷物を置いてどこかに行ってしまった選手もいたのですが、協会役員やコーチも私に「この荷物見ておいて」と言い残して、チェックインに行ってしまいました。
大事な道具に何かあっても責任取れないので、「まじかよ!」と思いましたが、応援に行く時は選手が私達の荷物を運んでくれるので、断るわけにもいきません。
チェックインが終わったら、1階のフードコートで食事をしました。
画像は昨年東京でスーパーシリーズ初優勝を飾ったソンポン選手です。
表彰式後のインタビューであまり答えられなかったので、日本バドミントン協会のサイトやバドミントンマガジンなどで「英語があまり話せない」なんて書かれました。
その事を本人に伝えたら「興奮して上手く話せなかった。」だそうです。
国際大会では審判なども英語だろうから、それなりに英語が話せなかったら、世界のトップではやっていけないわな。 -
昨年のジャパンオープンの混合ダブルスで優勝した、ソンポン選手とクンチャラー選手です。
上の画像だけだとその辺の兄ちゃんにしか見えませんが、これを見れば本当に選手だとご納得いただけるでしょう。
混合ダブルスではタイNo.2ペア、男子ダブルスではタイNo.1ペアの選手です。
トップ選手が出場するヨネックスオープンジャパンは、今年は9月21〜26日に東京体育館で行われます。
その下の選手が出場する大阪インターナショナルチャレンジは、4月7〜11日に守口市民体育館での開催です。
機会があれば、ぜひタイ代表選手を応援してあげてください。
しかし選手達は私の顔を見ると、眠たそうに「ピー、サワッディーカー。いつ帰るんですか?」と普通に挨拶してきます。
普通はもう少し驚くものだと思いますが、私がタイにいることを知っていたのか「驚きませんよ。」だって。
慣れ過ぎるのも考えものだと思う今日この頃です。 -
バドミントン代表を見送った後はすぐホテルへ戻り、1時間ほど眠ました。
その後朝食を摂って、ホテルをチェックアウトし、歩いて友人のホテルへ。
この日の午前中は、友人が支援活動をしている人々を訪ねます。
まずは受け入れ先の財団のオフィスへ行きました。
画像は財団本部の近くにあった、ガソリンの自動販売機です。 -
財団の役員の方々も集合し、1時間ほど打ち合わせを行いました。
そして友人が行った支援活動で、現在問題に直面して進行がストップしているものがあるとのこと。
画像は財団の敷地の片隅です。
元々小さな空き地だったところに簡易な屋根を設置して、地面にコンクリートを打ってあります。
難民としてタイに来て、タイ国内で働く資格は与えられたものの教育の不足で安い給料で働かざるをえないため、それらの人々の勉強会ができるようにしたとのことです。
雨風がしのげ、ホワイトボードを用意し、最低限の準備はされていますが、イスも机もありません。
仕事が休みの週末に、何十人もの大人がこの狭い場所に集まって勉強をしているそうです。 -
本部での打ち合わせの後は、財団が管理しているお寺&学校を見に行きます。
すぐ近くだと思ったら、車で結構走りました。
バンコク都内の全ての区に同様の施設があるとのことですが、おそらくその中で最も中心的な所を選んだのでしょう。
現場に到着すると、若者達が民族楽器で音楽を演奏して踊りを踊っていました。
私達の歓迎の音楽かと思いましたが、ちょうど昼休みだったので踊っていたようです。
この日は日曜日だったので、みなさん勉強のためにここに集まってきています。 -
昼休みで、みなさん昼食中です。
このお寺はまだ建設途中です。
先進諸国の援助団体が寄付をすれば、あっという間に完成するでしょう。
しかし彼らはそれは望んでいません。
毎日の苦しい生活の中から少しずつ寄付をし、いつか自分達の手で完成させる。
それが彼らの希望であり、彼らの誇りです。
友人が行っている支援活動も、個人の生活環境向上に対する援助であって、お寺への援助に関するプロジェクトは入っていません。 -
敷地内には屋台も出ています。
売られている物は、タイの物ではなく祖国の品々です。
ここまで安価で運搬するためには、誰がどういうルートでどうやって運んで来たのかが気になります。 -
私達の食事も準備が整いました。
財団の役員やこの施設の幹部の方々と一緒に食べました。
美味しい物もあり、美味しくないものもあり…。 -
昼休みが終わり、午後の勉強が始まりました。
この部屋では、パソコンの勉強をしています。
肉体労働よりも給料が良いコンピューター系の仕事に就けるように、みんな頑張っています。
しかしパソコン台数が不足しているので、複数人で1台のパソコンを使用しています。
実は部屋の隅には他にもいくつかパソコンが置いてあったのですが、故障して使えなくなってしまったとのこと。
今度バンコクへ行ったら、特別料金でパソコンを直してくれるタイ人を捜そうと思います。 -
こちらはタイ語の勉強です。
彼らはタイ語を話すことはできますが、書くことができないそうです。
会話はできるので、生活にはそれほど支障は無いのでしょうが、やはりタイ語が書ける方がより待遇の良い仕事に就けるそうです。
授業内容から見て、タイ語を書く能力は現在では私の方が圧倒的に高いようです。
でも次に会う時は、きっと抜かれているでしょうね。 -
こちらはタイ語の上級コースのようです。
ちなみに彼らはタイで生活してタイで働くことは認められていますが、タイの国籍は持っていません。
日本人と結婚することはできるようですが、配偶者として日本に入国することさえ、現時点ではできません。
ですから若い人達に接する際の言動には、とても気を遣います。
彼らに日本に対する憧れを抱かせることは、彼らにとって良くないことかもしれませんので。
たまたま生まれた国や民族が違っていただけで、休日にフラっとタイまで来て彼らを見た私と、自分でいくら努力しても絶対に日本に行くことはできない彼ら。
私は彼らよりも頑張って生きなければなりません。 -
友人の仕事に使うために、SLの撮影に行きました。
これはD-51に似た850号機です。
戦後日本で造られてタイに輸出されました。
この車両は、表紙写真の953号機と共に、12月5日の特別列車で使用されて、そのまま入庫しています。
この撮影に関連したツアーは、現在発売中の「鉄道ファン2010年3月号」に掲載されていますので、興味のある方はご覧ください。 -
こちらは953号機の運転室内です。
-
日本の国鉄で走った後、戦時中にタイに渡ったC56-15号機です。
日本国鉄時代のナンバープレートが、そのまま付いています。
第二次大戦中にタイに渡ったC56は、カーンチャナブリーのクウェー川鉄橋の近くにも1両静態保存されているので、ご覧になった方もいらっしゃるのではないでしょうか。
タイに渡ったC56のうちの2両は、日本に帰国しています。
1両は靖国神社に展示されています。
もう1両は大井川鉄道で走っています。 -
私はSLよりもこの機関車に興味をそそられました。
マンガに出てくるガイコツのようで、ユニークなスタイルです。 -
夕方の飛行機でチェンライへ向かう友人と別れて、私は夕食の約束まで時間があったので、エアポートリンクの車庫も撮影しました。
実はこの途中で問題が発生。
バス停とこの車庫の間にちょうどマッサージパーラーがあったので、トイレに行こうと店内に入りました。
しかしその店はトイレが奥の方にあったため、案内役のおばちゃんに捕まってしまいました。
あからさまに「トイレだけ」と言うのもなんなので、一応女の子を見て「いい子がいないから、またにするね。」と帰ればいいやと、女の子を見るフリをしながらおばちゃんと話していました。
そこに空いたグラスを下げに通り掛かったウエイトレスの女の子が、私を見て「アッ!」と立ち止まる。
多分知り合いではないと思うけど、誰だろう?と思ったら、「あなた、テレビで観た!」だって。
もしかしたら「日本の応援団が、ウチの店に女を買いに来てたよ。」なんて言われているかも。
有名になるのも良し悪しです。 -
18:30からバンコクの親友と夕食の約束なので、その前にマッサージに行きました。
食事はアヌサワリーチャイ(戦勝記念塔)で、待ち合わせはセンチュリーパーク。
だと思って、タクシーでセンチュリーパークホテルへ行ったものの、友人がいない。
電話をするとセンチュリーパークホテルではなく、スーパーマーケットのセンチュリープラザでした。
バンコクで働いている日本人の友人からも、一緒に食事をと誘いが来ていたので、「タイ人と一緒に食べているから、ここに来て」と合流してもらいました。
この日はホテルではなく、日本から荷物を預かってきたタイ人の実家に泊まります。
正直言って都心のホテルに泊まった方が断然便利なので、本人に言われた時は強硬に断ったのですが、家族からも「ぜひ家で泊まれ」と言われてしまったので、仕方なく泊まることに。
一緒に食事をした友人に、まず前日泊まったホテルへ荷物を取りに行き、それからその家まで送ってもらいました。 -
いよいよ最終日です。
平日なので行きたい官庁がたくさんあります。
今後の日本での活動を考えると、新聞社などにも行きたいです。
でもそれらは、自分のことだし、行かなくても日本での活動が今まで以上に便利にならないだけで、できない訳ではありません。
自分のことよりも、友人が行っている援助活動の問題を解決してあげることの方が重要です。
外務省の知り合いに助けを求めますが、月曜日で朝から会議中なので、電話が繋がりません。
待っている間にとりあえず、散髪に行くことにしました。 -
彼はこの店のオーナーで、2005年のタイの理容コンテストのチャンピオンです。
箱の中に展示されているのは、その時のトロフィーです。
タイのチャンピオンなのに、散髪代は60バーツから。 -
いつまでも会議が終わらないし、私がバンコクにいるのはこの1日しか無いから、どうしても今日中に政治解決の糸口を見つけなければいけません。
電話だとチャンスを逃す可能性があるので、外務省まで来てしまいました。
東京で働いていた時は、日本の外務省にも何度か行きましたが、外国の外務省の本庁に行ったのはこれが初めてだと思います。
外務省に行って1時間近く待ったところで、会議が休憩になったので、その間に話をすることができました。 -
外務省に停まっている自動車は、さすがに立派な車ばかりです。
私が頼んだところで、すでに起こってしまっている政治問題がその場で解決するはずはないので、この場では私が話だけ付けて、あとは元々活動していたバンコクの人に任せます。
外務省を出た後はその人の会社に行き、今後すべきことを説明して、私がしてあげられることは終わりました。
後は現地の人達に託すのみです。 -
もう夕方になり、タイ最後の日は結局友達を助けるためだけに終わってしまいました。
そしてスポーツ用品の会社に行き、服を受け取りました。
タイ王国スポーツ庁へ行った時に、「服を発注しておいたから、後で取りに行け。」と言われていたものです。
嬉しいことにピンク色の服でした。
タイ代表のユニフォームの色は決まっているのですが、去年から女子バレー代表にピンクのユニフォームが登場しました。
私達は試合の時は基本的にチームと同じ色の服を着て応援しているので、それでわざわざピンクの服をくれたのかもしれません。
最近タイでは服は貰ってばかりなので、タイにいる時は常に胸に国旗・背中に国名を付けています。
この服ももちろん背中にはTHAILANDと書かれています。
ただ、これらの服のおかげで、政治家などの偉い人に会う時でもYシャツにネクタイなんて着る必要がなくなりました。 -
ここで応援用の太鼓や国旗を預かって貰ったお兄さんに迎えに来てもらい、家に向かいます。
最近バンコク都内でも見掛けるようになった道路の渋滞情報。
どの程度の込み具合で渋滞と表示されるのかが気になります。
走行中にお兄さんが、「この前の宿泊所はいくらだった?」と聞いてきます。
「タダですよ。スポーツ庁の偉いさんが予約したんですから。試合のチケットも宿泊も食べ物も服も全部タダです。」と答えると、「多分あいあ〜るさんは、この辺りの店でお金が無いけどご飯を食べたいと言えば、だいたいタダで食べさせてくれるよ。」と言われました。
タイまで来て50バーツすら持っていない状況は考えられないので、そんなことをする機会は無いでしょうが、確かに最近タイでは頼んでいない物をサービスされたり、全然知らないタイ人がお金を払ってくれたりということがある。
ホテルを昼にチェックアウトして、帰国前に荷物を受け取りに汗だくで戻ると、「シャワーを浴びて行きますか?」と空いている部屋を使わせてくれることもあるし、一番驚いたのがゴーゴーバーで飲み物代が15バーツになったこと。
むちゃくちゃなボッタクリ金額を言われることもないので、この2〜3年値切ったこともありません。 -
お兄さんの実家へ行き、家族と一緒に夕食。そして預けた太鼓や国旗を受け取って、空港へと送ってもらいました。
ずいぶん早く家を出るなと思ったが、お兄さんも私を空港まで送ってから自分の家へ帰って翌日は仕事だから、早い方がいいだろう。
と思ったら、お兄さんはよくできた人で、「マッサージをしてから飛行機に乗ればサバイサバーイだ」と、途中でマッサージ屋に寄りました。
「マッサージが上手なおばさんと、綺麗な女の子とどっちがいい?」と聞くので、「マッサージが上手な方がいい。でもできるだけかわいい子。」なんて答えたら、真剣に捜し出してしまった。
店をハシゴしては、私を車に残して1人でチェックして回る。
そして5軒目くらいで「この店は大丈夫だ!」と言って入った店に本当にかわいい子がいました。モーニング娘の石川りかを美人にした感じ。
まあ、マッサージの腕は大したことなかったけど。
チェックインカウンターに着いたら、もうガラガラでした。
日本に持って行ってくれと頼まれた荷物が40kg、私の荷物が15kgで合計55kg。
しかし私は国旗と国名の入った服を着ているし、自分の荷物にも全て国旗と国名が付いているから、何も言われずにチェックイン。 -
搭乗ゲートに向かう途中、免税店を見てハッとしました。そういえば家族への土産も何も買っていない。
タイのインスタントラーメンとかお菓子とか、自分でも買いたい物があったので、スーパーマーケットへ買物へ行って、その時に土産も調達するつもりでいました。
しかし昼は友達を助けることで奔走していたため、スーパーへ行くことをすっかり忘れていました。
機内に乗り込むと、後ろの席の女の人達が私を見て「あっ!」という感じで驚いている。
考えられるのは、私をテレビで観たのか何かだろうが、どうしてあんなに驚いたのか、理由がとても気になります。
眠いのに台北上空辺りで朝食。
バカの1つ覚えみたいにTGの朝食はいつもオムレツしか頼まないので、30回か40回くらい同じ物を食べています。
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