2009/11/09 - 2009/11/09
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masapiさん
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下鴨神社前から市バスに乗って、上賀茂神社にやって来ました。
以下は、「格式のある神社二十二社参拝」より転載
http://www.y-morimoto.com/jinja22/jinja22_10.html
=上賀茂神社=(賀茂別雷神社)
祭神
賀茂別雷大神:雷の神威により厄を祓い災難を除く厄除けとし、
また、電気産業の守り神として信仰されているよ
うである。更に、都が京都に移されてから鬼門の
守り神として崇められた経緯から、建築関係の方
除祈願も多いという。
神社の北北西約2?の場所にある神山(こうやま)に賀茂別雷大神が降臨し、天武天皇6年に現在の本殿のある場所に鎮座したという。社殿の造営もこの時とされている。神山は賀茂信仰の原点であり、立ち入りが禁止されている。
上賀茂神社と皇室の関係ができたのは天平17年に天皇の病気平癒の奉幣が行われたのが最初とされているようで、それ以来、皇室の崇敬が深くなり、国家の重大事には必ず、奉幣、祈願が行われたという。
当初は上賀茂、下鴨合わせて「賀茂社」といわれていたようであるが、8世紀後半には上社・下社に分社されていたらしい。
大同2年には伊勢神宮に次ぐ地位が与えられ、第二次世界大戦の終戦までは官幣大社の首位に位置していたようである。
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下鴨神社前バス停から4番の市バスに乗ると、終点が、上賀茂神社前です。20分以上は掛かったと思います。そのバス停前にある、賀茂大社の石碑です。
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石碑の周辺です。
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一ノ鳥居です。
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上と同じくです。
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上と同じくです。
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上賀茂神社の解説板です。
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一ノ鳥居をくぐると芝生の広場になっています。ここでも樹木の一部が少し紅葉していました。
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上と同じくです。
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参道の両側が広場になっています。
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広場内です。
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本殿・権堂(ともに国宝)の特別参拝が行われていました。私も参拝しましたが、神職のお話も聞けて、普通なら見る事の出来ない本堂と権堂を間近に見る事が出来ました。
ただし、見る場所から本堂の全体は見られませんが、権堂はほぼ全体が見られました。(なお、写真の撮影は出来ません。) -
外幣殿(重文)です。
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紅葉(もみじ)が紅葉(こうよう)し始めていました。
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上と同じくです。
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ならの小川です。この奥は、渉渓園です。
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ならの小川です。
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小倉百人一首にある藤原家隆の歌『風そよぐならの小川の夕ぐれは、みそぎぞ夏のしるしなりける』に歌われているのが、この小川です。その石碑です。
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ならの小川の解説板です。
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二ノ鳥居です。
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上賀茂神社の解説板です。
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境内の様子です。
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上と同じくです。
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上と同じくです。
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上と同じくです。
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楽屋(重文)です。
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細殿(重文)です。細殿の前に一対の立砂があります。
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授与所です。
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手水舎です。
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境内の様子です。
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上と同じくです。
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上と同じくです。
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ここから見える(撮る)楼門(重文)が絵になります。
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楼門(重文)です。この前に玉橋(重文)がありますが、渡る事は出来ません。
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片岡橋(重文)と片山御子神社(重文)です。
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上と同じくです。
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片山御子神社(重文)です。
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片山御子神社の解説板です。
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楼門(重文)です。ここまで来ると楼門の全体を撮る事は出来ません。
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上と同じくです。
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上賀茂神社の解説板です。
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中門です。
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中門上の参拝所から見ると、右奥に本殿(国宝)、左奥に権堂(国宝)があり、それらの一部を僅かに見る事が出来ます。
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中門前の様子です。
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中門側から見た、楼門です。
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御手洗川です。
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境内の様子です。
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平成二十七年の式年遷宮時に使う桧皮の寄進場所です。一枚2,000よりです。私も、一枚寄進しました。
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桧皮寄進のお願い看板です。
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