2009/10/04 - 2009/10/10
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たぬしゃむさん
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10/4 関西国際空港〜ヴァンター国際空港〜タリン空港(タリン泊)
10/5 タリン旧市街観光(タリン泊)
10/6 タリンクシリヤライン(スーパースター号)にてヘルシンキへ(ヘルシンキ泊)
10/7 ヘルシンキ市内観光(ヘルシンキ泊)
10/8 ヴァンター国際空港〜関西国際空港(機中泊)
10/9 帰国
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 船 タクシー
- 航空会社
- フィンランド航空
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かつては、馬に引かせる粉引き小屋で、有事の際に使用されたそうです。現在は、ホテルMeriton Old TownのカフェMademoiselle(マドモアゼル)となっています。
中は落ち着いた雰囲気で、宿泊客が優雅に食事を摂っていました。 -
15世紀に建てられた商屋の集合体で「三人姉妹」と呼ばれているもの。中世タリンの住宅は全てハンザ都市リューベックの法律に従い、建物の正面部分が道路に面するように建てられているそうです。ここにも荷物を引き上げるためのクレーンが取り付けられています。
2003年からホテルとして使用されており、美しい中庭で食事が楽しめるそうです。雨が降ると窓を閉めに来るという女性の幽霊の存在も、ホテルの自慢の一つだそうです。 -
あまり手入れがされていない建物もありました。
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ふとっちょマルガレータと呼ばれる砲台。1529年築で、直径24m、壁の厚さは4.7mもあるそうです。砲台としての役割を終えた後は、倉庫や兵舎、監獄として使用され、この砲台の愛称は、囚人の食事を切り盛りする太ったおかみさん(マルガレータ)に由来すると言われています。
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スール・ランナ門。ふとっちょマルガレータと同時に作られ、タリンの小紋章が飾られています。
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ふとっちょマルガレータの中は海洋博物館になっているとのことでしたが、閉まっており、チャイムを押してみても、人が出てくる気配はありませんでした。もしかして入り口が違っていたのでしょうか・・・?
幾つかあった旧市街の博物館は、扉が閉まっている上に何の表示もなかったので、とてもわかりにくかったです。 -
アーモンドのお花だと思います。
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ピック通りを、ラエコヤ広場を目指して引き返します。
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Bonaparte(ボナパルテ)というパン屋さん。美味しそうな菓子パンやクッキーなどがありました。
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ショーケースにあったマジパン。
食べたことがないですが、マジパンの原材料は砂糖とアーモンドで、飴のような食感だそうです。 -
右手を入るとヴァイム通り。ヴァイム(Vaimu)は幽霊のことで、この通りのある家でオランダ商人が妻を惨殺し、その幽霊が出るようになったそうです。
旧市街には、幽霊のお話が多いような気がします。タリンの人はオカルト好きなのでしょうか(;^ω^)
こんなところで、また先程の猫と再会。 -
ブラックヘッドの会館。
守護聖人にエチオピア生まれの聖人マリティウスを戴いた、外国人や未婚の若い商人のための社交団体の会館。1399年に組織され、大ギルドに加わる前の準備期間のようなものだそうです。
16世紀にオランダ・ルネッサンス様式に改築された外壁は、騎士の姿のメンバーや、ハンザ都市の紋章などのレリーフで飾られ、守護聖人が彫られたカラフルなドアは17世紀のものだそうです。 -
聖霊教会。他の教会が主に貿易商人たちの信仰で成り立っていたのに比べ、こちらは下層の人々、つまりエストニア人の教区として重要な役割を果たしていたそうです。
夏季は17:00、冬季は15:00で閉まってしまいます。 -
大時計は1684年製で、タリンで最初に取り付けられた公衆時計だそうです。四隅には、福音書記者の彫像が彫られています。
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大ギルドの会館。
1410年築で、大ギルドの集会やパーティー、結婚式などに用いられてきたそうです。タリンのギルドの中でも最高位にあり、市長、市議会の議員は全てここから選出されました。外壁の赤地に白十字は、タリンの小紋章だそうです。
1920年にギルドは解散し、現在はエストニア歴史博物館となっています。 -
展示品にはひとつひとつ、エストニア語と英語(だけだったと思います)で解説がついています。
こちらは何か確認するのを忘れてしまいました。 -
これも確認するのを忘れてしまいました。
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民族衣装。
縦縞のスカートが特徴的です。 -
女性用の帽子。
ビーズの飾りがとても素敵です。 -
右下の札の束は、カレンダーのようなものらしいです。
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聖オレフ教会の模型。
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どういった経緯であるのかわかりませんが、エジプトの石碑。
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3つの柱が天井を支える大ホール。
中世には裕福な商人の結婚式や祝宴、重要行事などが催されたそうです。 -
確か、暖房器具だったと思います。
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豪華な灰皿。
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14世紀頃、これを用いて医学を学んだそうです。
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農民の装飾品。
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ヨーロッパでは古くから火葬が行われていたようです。
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古代エストニア人の暮らし。
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正方形の通貨。
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旧市庁舎。
北ヨーロッパに唯一残るゴシック様式の市庁舎。14世紀半ばに最初の建物が建てられ、1404年の増築後に現在の姿となりました。
塔は9月〜5月の間は休館です。
旧市庁舎の中も、9月〜6月の間は予約が必要だそうです。
観光客のために、もう少し空いている時間と時期を増やしてもらえたら嬉しいのですが・・・(´・ω・`) -
この冠をかぶったヘビは可愛いですが、あまり市庁舎に似つかわしくないような・・・何の目的でついているのでしょうか?
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ラエコヤ広場は、デンマーク人に占領される以前から、市場として存在していた広場。商売の売買の他、結婚式の行進や、稀に罪人の処刑も行われました。最後の市が立ったのは、1896年のこと。
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1695年、Panickeという僧侶が食堂の女店員を殺した罪で断首されたそうです。確認できなかったのですが、市議会薬局近くに十字架の半分、L字型をした敷石は、この場所で彼の首がはねられたと言われています。
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毎晩、剣術の寸劇を披露してくれるレストランだそうです。
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オルデ・ハンザの前の屋台で、中世風の衣装を着たお姉さんがアーモンドを販売していました。なんて可愛いんでしょう!それに暖かそう。
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こちらのお姉さんも素敵です。とんがり帽子が可愛い(*^^*)
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アーモンドは甘くて香ばしくて、かなりイケました。40EEK。
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セーターの壁。
城壁下に並ぶセーターなどの屋外市場です。値段の交渉が出来るとあったのですが、購入しなかったので解りませんでした。
お店ごとに少しずつデザインが違っていて、迷ってしまいそうです。暖かそうな手袋や靴下、帽子、セーターなどがどっさりと積まれていました。 -
ヴィル門を出てすぐのところにある花市場。
薔薇の花が日本のよりも一回り大きかったです。他にも色鮮やかなお花が所狭しと並んでいました。
(スーパーRIMIへ買出し・周辺お散歩編)に続く。
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