2009/07/16 - 2009/07/16
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M-koku1さん
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歴史的な建物とテームズ河を楽しんだ後、コベントガーデンに向かいました。サウスバンクから歩いて、10分強でしょうか。
ゴベントガーデンといえば、マイフェアレディーのイライザが、花売りをしていた場所。
Wouldn't it be lovely? を歌った場所として、頭に刻み込まれています。
舞台はJulie Andrewsがイライザ役を演じ、大ヒット。LP盤、大事に持ってます。もちろん年代の違いで、本物を見るチャンスには恵まれませんでしたが… 見てみたかったなあ〜
ミュージカルはロンドンが面白いみたいだ、と強く私に印象づけた、(パーソナルに)記念すべきイメージの場所が、コベントガーデンです。
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-
右側のサウスバンクからウォータールー橋を渡って左側のコベントガーデンへ。
遠く、セント・ポール寺院が見えています。 -
まず町に入ってすぐに目に付いた
ライセアム劇場 (Lyceum Theater)
ライオン・キングを公演しています。
ほら、ミュージカルの中心地に来た気になるでしょう。 -
ストランド側なので、まだ人通りが少ないです。
さすがロンドン、
フィッシュエンドチップス だあ〜 -
ロンドン交通博物館
London's Transport Museum
ウェブは
http://www.ltmuseum.co.uk
カラフルで、面白い展示物がいっぱいなんだそうです。
予定の時間が押してしまっていたので、ここは残念ながらパス。 -
きれいに飾られたカフェやレストラン。
本当のところ、ちょっと一息入れたいと思いました。
でも待ち合わせの時間があったので、
ガンバッテ
♪アルコ〜 ♪アルコ〜
わたしは〜元気〜♪♪
じゃ無い!!!
(T。T;) -
ほらほら、コヴェント・ガーデンが近づいてきた証拠。
人が増えてきました〜 -
マイフェアレディーの時代には青果市場だった、コヴェント・ガーデン。
1974年に青果市場が移動した跡地。今ではThe Marketというショッピングエリアへと変貌を遂げました。 -
ものすごい人出です。
スリが横行しているのでも有名な場所です。 -
それでも、カフェ、レストラン、ライブハウスなどが沢山ありますから、楽しめる場所ですよ。
-
サウスバンク同様、パーフォーマンスもあちらこちらで。
狭いのにますます混雑しちゃって大変!!!
(―_―;) -
ただ、ショッピングの場所としてはどうでしょう…
オープンした当初は、なかなか面白いお店が並んでいたのですが、今は、ちょっと…
それとも私が年取っただけ? -
またまた座りたい誘惑に…
-
さて、住居標識から言えば、ここが本当のコヴェント・ガーデン!
-
そしてマイフェアレディーといえば、この風景。
-
ロイヤル・オペラ・ハウスが隣接しています。
そこからヒギンズ教授がピッカリング大佐と一緒に出てきて、イライザに出会うんですよね〜
♪♪ lovely ♪♪ -
あまりの人いきれに
ちょっと疲れたので、
今度は向かい側のセントポール教会へ
(有名なセントポール寺院ではありませんよ…) -
同じ場所にあるのに、The Marketとはガラッと雰囲気が変わりました。
-
イギリスを象徴する花 薔薇
-
時期的に良かったようです。
-
鳥も遊んでます。
-
教会の中に入りました。
-
ここに眠る人たちのプラークを見つけました。
そうそうたる名前が並んでいました。
ロバート・ショウも
学校の映画鑑賞会で連れていかれた
「わが命尽きるとも」で
ヘンリー8世を演じていた記憶があります。
うちの学校 こんなのを子供に見せるなんて!
今考えると、すご〜い。
歴史の先生の権力が強かったのか、
宗教のほうの権力が強かったのか・・・ -
「風とともに去りぬ」の
ヴィヴィアン・リー
顔がぴんと来ない方は下記参照
http://www.geocities.jp/yurikoariki/gallery_3a9.html -
教会が墓地に関する使用権を主張しているようです。
Lightwellの意がわかりませんが・・・ -
路地裏まで賑やかです。
-
コヴェントガーデンで地下鉄に飛び乗って、朝のスタート地点、キングスクロス&セントパンクラス駅へ。
18:00に駅に到着。間に合いました!
パートナーが乗ったユーロスターは
到着したばかり。
まだ外へ出てきていませんでした!
(^0^)ホッ -
すっかり新しく改装されたセント・パンクラス駅に、びっくりしながら待つこと数分。
無事に合流。
今晩のホテルのある、ハートフォードへ移動です。
前日の晩10時に成田を出発してから29時間、
実に長い一日でした。
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この旅行記へのコメント (5)
-
- Guavalomilomiさん 2009/08/29 08:06:40
- 美しきその赤色に魅せられて、厭かず眺めしロンドンのバラ
- M-koku1さん、お早うございます、
表紙のバラの写真、
あまりにステキな赤だったので、見入ってしまいました。
イギリスって、わたしのイメージだと、いつも曇ってて、
荒涼とした風景で、バラとか、きれいなお花が咲いてるとは、
思ってませんでした・・・どうも、テレビで良く見る
スコットランドのゴルフ場と混同してる様です(^^ゞ。
コベントガーデンのオペラハウス前、ヒギンズ教授が、
イライザに出会う所ですよね。わたしは全くイギリスの事
知らないので、ここも架空の場所かと思ってました(^^ゞ。
「マイフェア・レデイ」舞台劇が有名になって映画化されたのに、
主役を取れなかったジュリーはさぞ、悔しかったでしょうね。
相手役のヒギンズ教授を演じた、レックス・ハリソンは、映画も同じ役、
しかも、オードリーの歌声の部分はジュリーではなく、
マーニー・ニクソンの吹き替えだったのですから。
でも、わたしはオードリー・ヘップバーンのファンだったので、
レディーに変身するシーンは、やはりオードリーの方が
エレガントでステキだと思いましたけど。
同じ様なお話で、テーブルマナーも何も知らない、
アメリカの普通の女の子が、突如、どっかの王国の
エレガントなプリンセスに変身する2001年公開の映画
『プリティ・プリンセス (The Princess Diaries)』では、
ジュリーはその女の子の祖母で、気品あるクイーン役を演じてましたけど、
これは、とっても良く似合ってると思いました。
相当な年でしょうに、昔よりずっとシックで、綺麗になってる様です。
グアバ
- M-koku1さん からの返信 2009/09/01 23:20:45
- RE: 美しきその赤色に魅せられて、厭かず眺めしロンドンのバラ
- GUAVAさん
お返事遅れちゃいました。
ごめんなさい。 m(_ _)m
久しぶりに一泊旅行なんぞに行っておりました。
> 表紙のバラの写真、
> あまりにステキな赤だったので、見入ってしまいました。
優しいお言葉、感激です。
イギリスといえば「薔薇」のイメージがあったもので…
ほら、バラ戦争とか昔あったじゃないですか…
セント・オーバンスという、ロンドン郊外の町には、
その激戦地が残っています。
あと、「秘密の花園」とか・・・
実際に薔薇園に行くと、肥料のものすごい匂いに辟易しますが、
こういう公園の薔薇はのんびり楽しむことができます。
>
> イギリスって、わたしのイメージだと、いつも曇ってて、
> 荒涼とした風景で、バラとか、きれいなお花が咲いてるとは、
> 思ってませんでした・・・どうも、テレビで良く見る
> スコットランドのゴルフ場と混同してる様です(^^ゞ。
あれはひどいですからねえ。
荒地ですよね、OBになったら悲惨!
> 「マイフェア・レデイ」舞台劇が有名になって映画化されたのに、
> 主役を取れなかったジュリーはさぞ、悔しかったでしょうね。
> 相手役のヒギンズ教授を演じた、レックス・ハリソンは、映画も同じ役、
> しかも、オードリーの歌声の部分はジュリーではなく、
> マーニー・ニクソンの吹き替えだったのですから。
> でも、わたしはオードリー・ヘップバーンのファンだったので、
> レディーに変身するシーンは、やはりオードリーの方が
> エレガントでステキだと思いましたけど。
エーッ、この辺のことをご存知ということは
ひょっとしたらGUAVAさん、私の思っていたよりずっと私に年が近いのかしら・・・
マーニー・ニクソンにしろ、ジュリー・アンドリュースにしろ、
似たような時期に「サウンド・オブ・ミュージック」が製作されたので、
予想ほどはがっかりしなかったかもしれませんね。
ジュリーにいたっては、「メアリー・ポピンズ」でアカデミー賞を取ってしまったわけで、オードリーを選んだ監督に対して、リベンジできたと思ったことでしょう。
その二人が、年取って、同じスイスの隣町に住んでいたというのですから、縁が深いんでしょうねえ。
>
> 同じ様なお話で、テーブルマナーも何も知らない、
> アメリカの普通の女の子が、突如、どっかの王国の
> エレガントなプリンセスに変身する2001年公開の映画
> 『プリティ・プリンセス (The Princess Diaries)』では、
> ジュリーはその女の子の祖母で、気品あるクイーン役を演じてましたけど、
> これは、とっても良く似合ってると思いました。
> 相当な年でしょうに、昔よりずっとシックで、綺麗になってる様です。
見ましたよ、この映画。本当に気品があって、よく似合っていましたね。
1935年生まれですからそろそろ74歳。
まだまだ活躍してほしいですね。
オードリーは亡くなってしまって、残念でした。
癌だったそうですね。
ユニセフ関係の、実に良いお仕事をしていたのに…
鳥の話以外にも共通の興味がある話があって、うれしいです。
ではまた M
-
- 横浜臨海公園さん 2009/08/25 02:38:02
- コヴェントガーデン
- M-koku1さま、こんばんは。
コヴェントガーデンと言えば王立歌劇場が存在する所ですね。
昔々、昭和42年に家族でフリッツ・ライナーの指揮でモーツアルトの魔笛を拝観した記憶があります。
若いミレッラ・フレーニが歌ってました。
驚いた事に、歌劇場の50メートルと離れていない所が焼け跡が有って、それが第二次世界大戦のときのロンドン空襲の跡だったと知って更に驚かされたものです。
横浜臨海公園
- M-koku1さん からの返信 2009/08/25 08:23:29
- RE: コヴェントガーデン
- おはようございます
焼け跡は東京にも残っていましたねえ、昭和30年代ぐらいには。
文京区の小石川に井上さんというお宅があって、
そこも燃えてしまっていましたが、お蔵だけ燃え残ったんですねえ。
井上さんはそれを文京区に寄付なさったので、
井上公園という小さな公園ができて、
焼け残ったお蔵も区の保護下に置かれました。
最近そこの道を通らなくなってしまったので、
今もあるかどうかはわかりませんが・・・
今でも覚えているのは大きな野原と
これまたお蔵の焼け残りでしたが、
そこは、30年代のうちにきれいに取り壊されて、
学生寮が建てられました。
神保町の救世軍から車がその焼け跡にやってきて、
子供たちを集めては聖歌を歌わせましたねえ。
私も駆けていって、大声で歌うのが楽しくてたまらなかった気がします。
もうテレビはありましたが、それでも子供番組なんて少なかったし
(チロリン村とクルミの木とか、名犬ラッシーとか・・・
あはっ 年がばればれ)
娯楽の少ない時代の、「貴重な無料のイベント」 という
位置づけでしょうか。
あの黒々とした神保町の救世軍のビルもなくなってしまいましたし、
こんなこと覚えている人も少なくなっていくんでしょうね。
昭和42年ぐらいだったらまだロンドンにも
焼け跡が残っていたというのはなんだかわかる気がします。
さすがに今はありませんよ・・・!!!
ではまた M
- 横浜臨海公園さん からの返信 2009/08/29 02:29:23
- 拝復
- M-koku1さま、こんばんは。
当時の西ヨーロッパ主要都市で空襲の焼跡を見掛なかったのはマドリッドとベルン、ストックホルムぐらいなもので、概ね、どこの都市でも見られる普通の光景でした。
ドイツではベルリンとハンブルグの被害が酷く、特にベルリンでは1階と2階だけ店舗や住宅に仮復旧して3階以上は焼け爛れたまま残っているビルが散見された時代です。
焼跡は空が真っ黒になる程の驚くほどのカラスの大群のねぐらと化していた姿を覚えてます。
横浜臨海公園
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