2009/07/10 - 2009/07/12
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mistletoeさん
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2009.7.10の晩から初めての長崎へ行って来ました。目的は「軍艦島上陸ツアー」!
天気には恵まれませんでしたが、とても楽しかったです。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- ANAグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
「やまさ海運」から1日2便運航されている「軍艦島上陸ツアー」
私達は13:40発の2便に乗船しました。いよいよ出発です!
晴れていればきっと美しい景色だったと思いますが、どんよりとした雲に覆われた空。朝からの雨は止んでいますがどうなることやら・・・・・ -
海沿いにある倉庫のような建物の中では船を造っているそうです。
さすが、造船の街です。
鉄塔がいっぱい建っている山は「稲佐山」と言うそうです。長崎市出身の福山雅治さんが2009.8.29〜30に野外ライブをするそうで、友達の鼻息が荒くなっていました。 -
香焼ドックの上には「女神大橋」が通っています。
晴れの日には上から見ると景色良さそう♪ -
高鉾山です。まるい島です。
昔は「隠れキリシタン」の殉教地だったそうです。 -
奥に「神の島教会」手前に「マリア様」がいらっしゃいます。
マリア像の由来はと言うと、昭和24年(1949年)聖フランシスコザビエル渡来400年を記念し、世界平和と航海安全を祈って、この地にマリア像が建てられましたが、風雨にさらされ傷みがひどくなったため、昭和59年(1984年)新たに再建されました。
高さは、4.6mもあるのだとか!海に向かって両手を広げ、海の安全を祈り続けていらっしゃいます。かつてキリシタンの町であった長崎を祝福しているかのようだと、言われているそうです。 -
何だか雲行きが怪しくなってきたような・・・・・
-
沖の島にある聖ミカエル天主堂(別名:沖ノ島天主堂)です。昭和初期の幾度かの大型台風により崩壊した初代の聖堂にかわって、昭和6年 (1931年) に建て替えられた現在の聖堂は、対災害・耐震を考慮された鉄筋コンクリート造だそうです。
尖塔の上に乗る三つ葉のクローバーの十字架の、葉の部分が大きく作られているのが、特徴との事でしたが、真っ白で何も見えませんでした(涙)
1970年に公開された山田洋次監督の『家族』と言う映画に、当時の天主堂が映っているそうです。 -
「右手に軍艦島が見えてまいりました」と言われましたが、真っ白で何も見えません。
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遠くに霞むように見えてきました。
難破船みたいです。 -
空も海も同じ色なので浮かんでいるような錯覚を覚えました。
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雨が小粒になってきました。上陸できるのか・・・・・軍艦島が少しクッキリ見えてきました。
遠くからでも威圧感タップリです。本当に軍艦みたい! -
いよいよ近づいてきました!
雨が小降りになってきましたが、船内はシャッター音の嵐です(笑)
遠くからだとまだ人が住んでいてもおかしくないように見えます。 -
近付くにつれ、窓ガラスがなかったり、ベランダが朽ちていたりといった詳細な外観が分かってきました。憧れていた軍艦島が目の前に!ドキドキワクワクです。
-
雨が上がりました!ツイているのかも(喜)
左手に見える大きな建物は「高島町立端島小中学校」です。昭和33年(1956年)に建てられたそうです。1〜4階が小学校、5〜7階が中学校、6階に講堂・音楽室・図書室が設けられていました。昭和36年(1961年)5月に7階を増築したそうです。
わざわざ下まで降りなくてもいいように、隣接する65号棟アパート9階と直結した非常用連絡通路橋が架かっていたそうです。立派な学校ですね。
右手に見える小さな建物は「端島病院隔離病棟」です。外壁を薄緑色で塗装していた名残が残っています。 -
左上に見えるちっちゃな小屋のような建物は端島の守り神でもある「端島神社」です。元々は金比羅様を祀っていましたが、後に炭坑(鉱山全般)の神様でもある、大山祇神(おおやまつきのかみ)を合わせて祀りました。
神殿の下に拝殿もありましたが、現在は祠のみ残っています。 -
昭和34年(1959年)に建てられた高級幹部職員用の社宅です。課長職以上が週末に定例会をしていたことにより、別名「土曜会社宅」とも呼ばれていたそうです。
屋上は開放されており、端島で人が上がれる最も高い場所で、視界360度の眺めは最高だったそうです。
今では屋上の手摺りが崩壊してしまっています。 -
「上陸準備をしています。しばらくお待ち下さい」とアナウンスが聞こえた時、船の中は一段とヒートアップしました(笑)
ドルフィン桟橋が近付いてきました。なるほど、天気が良くても、波が高いと上陸できない理由がわかりました。
この橋は、波の上下、潮の満ち引き合わせて桟橋が上下する構造の船着場で、当初は画期的な発想だったようですが、昭和29年(1954年)完成の日本初の桟橋は昭和31年の台風9号で、昭和33年(1958年)完成の2代目も翌年の台風14号で流出してしまいました。これらの経験を元に、昭和37年(1962年)護岸から15mの海底岩盤を3m掘り下げ、25m×12m、高さ15mの人工島に桟橋を組み込み、台風の猛威にも耐えうる頑丈な3代目が完成したそうです。 -
船からピョン!と桟橋に飛び移り、ササッと上まで駆け上がって係留準備をはじめてくれました。
「かっこいい〜」と友人と見惚れてしまいました。 -
いよいよ上陸です!あ〜ワクワクする!!!
ちなみに、ドルフィン桟橋とは・・・・・
「ドルフィン」は、船舶けい留のため水中に設ける柱状構造物で、陸から孤立しているけい船岸で、けい船杭ともいう。
「さん橋」は船舶を接岸係留する施設で、目的は岸壁と同様に貨物の積み卸しや船客の乗下船に利用されますが、岸壁と異なり杭をある間隔で打ち込み、その上に梁と桁を渡し、これに床をはったもの。
との事です。イルカは全く関係なかったんですね(^^;) -
上陸した瞬間!豪雨になってきました!!!あれ、おかしいなぁ・・・・(涙)
島内は傘禁止なので、カッパしかダメなのだとか。確かに申し込みした時に注意事項に書いてありましたが、カッパ持ってきてない・・・・・
おばちゃんが係員に食って掛かっていましたが、案内していないならまだしも、ちゃんと書いてあったし、係員の方が気の毒すぎました。
ここは第二堅坑跡です。堅坑とは鉱員の昇降・採掘された石炭の荷揚げ・坑内の通気等の為に地上から掘られた垂直の穴の事で、鉱員及び石炭は、ケージと呼ばれるエレベーター状の箱に乗って昇降したそうです。地下垂直600m以上を分速約480mで下降し、約80秒で坑底に到着する事が出来たそうです。 -
手前にある煉瓦の建物は鉱業所の事務所でした。昔、島内に住んでいた方の話によると、子供はこの建物内に入る事は出来ず、これから現場へ向かう緊張の顔と、命がけの仕事を終え、地上へ戻ってきた安堵の笑顔が交錯する場所だったそうです。
仕事後は、奥に見える鉱業所の鉱員風呂へ。
左右に浴槽があり、左側の浴槽には作業服のまま入り、服を脱ぎ靴を洗い、それから右の浴槽に入ってようやく体を洗っていたそうです。
情景が浮かんでくるようなお話が聞けました。 -
山頂に白い灯台が見えます。新しく見えるので聞いてみたところ、閉山後唯一造られた建造物だそうです。
正式名称は「肥前端島灯台」。端島に人がいた頃には島全体が光々と明るく灯台の役割を果たしていましたが、閉山後はその明かりもなくなり、夜間船舶の航行に支障をきたす事となり、昭和50年12月太陽光発電による灯台が山頂の貯水槽横に設置されました。
この灯台は平成10年12月に建て替えられた2代目です。
年に数回海上保安庁の職員が上陸し、航海標識検査を行っているそうです。 -
上陸して見上げる高級幹部職員住宅はホントに山の上にあり、見晴らしは良さそうですが、強風や台風、高波の時には恐かったんじゃないかなーと思いました。
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雨が似合う軍艦島です。それにしてもなんだこの雨!
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目を開けるのがやっとの豪雨の中、島内を歩き、朽ちた建物を間近で見、当時の繁栄を覗く事ができました。
同じツアーで参加された皆さんも、カッパを着ていても首筋から入ってくる雨と、湿気で体中濡れていました。みんな服を着て水泳をしたような姿になってしまいましたが、満足そうでした。 -
島をぐるりと廻って、立入禁止部分を船内から観光します。
鉱員アパート群が見えてきました。
これらのアパートは2階から8階まで空中廊下で繋がっていて、水平移動が可能だったそうです。機能的ですね。
1階の下は半地下になっており、電気店や衣料店、酒店などの個人商店が入っていたそうです。 -
中央で崩れ落ちてしまっている建物は、端島で唯一の禅宗寺であった「泉福寺」跡です。
大正10年(1921年)に建てられた本格的な木造建築で、2階建ての大きな入母屋屋根を持つ立派なお寺だったそうです。 -
右手に見える3棟は59号棟、60号棟、61号棟です。
昭和28年(1958年)に建てられた鉱員アパートで、地下には共同風呂と端島で最も品揃えのあるマーケットがあったそうです。
護岸添いに建てられているので強風や高波を避けるために護岸に対して真横を向いて建てられているそうです。
左手に見える建物は66号棟、67号棟です。
66号棟は昭和15年(1940年)、67号棟は昭和25年(1950年)に建てられましたが、1階で完全に繋がっていたそうです。
ここには独身寮が入っており、1部屋に4〜5人が生活していたそうです。
裏手は学校や病院でした。 -
くるりと端島を一周して、学校が見えてきました。
軍艦島観光もこれで終わりです。
立入禁止の部分が多かったですが、島内全てを解放するより、昔の記憶を残したまま、この姿を観光する方がとても価値があるような気がしました。
さっ!今から現実世界の長崎市へ帰ります。 -
船内アナウンスで「ありがとう軍艦島、さようなら軍艦島」と言っていたのにプッとウケてしまいましたが、過去にこれほどの規模の都市が栄えていたとは驚きと感動でした。
雨でゆっくりと見られませんでしたが、実際目で見て、島に住んでおられた方に話を聞く事ができて、本当に参加できてよかってです。 -
船に乗って少しすると雨が小降りに・・・・・あの豪雨はなんだったんだ・・・・・
ボンヤリと景色を見ていましたが、靄の中に浮かぶ景色も風情があります。 -
長崎湾まで戻ってきました。
雨に濡れ、風に吹かれ、寒くて仕方ありません。小学生の頃のプールの授業を思い出しました。
下船して、速攻長袖の上着を買いました(笑)予想外の買い物でした。 -
おみやげその1。
帰りの船内で購入する事ができます。これは「黒ごまキャラメル竹炭入り」です。見学も終わり、雨に濡れて船内の他の方達もマッタリと放心状態でしたが、船員さんがカゴを持って皆さんの間を回っていらっしゃいました。
何をしているのかな〜とボンヤリ見ていましたが、私達の所へ回ってこられた時に爽やかに「おみやげいかがですか?」との事。ちょっと笑ってしまいましたが、市内を回っていても絵はがきが少しあるくらいで、全くと言っていいほど軍艦島に関するお土産物がなかったので嬉しくなって購入しました。
中を見るのが楽しみです。黒いのかな〜 -
おみやげその2。
石炭入りストラップです。書いてあるのは「黒いだいやもんど石炭軍艦島」「長崎市沖に浮かぶ端島。その外観から軍艦島という名で知られています。かつては海底炭坑によって栄え人口密度は世界一を誇っていました。1970年代にエネルギー政策の影響をうけ閉山。住民は島を離れ現在は無人島となりアパート群が廃墟として残っています。2009年1月「九州・山口の近代化産業遺産群」の一環として世界遺産暫定リストに登録され、2009年4月末より、長崎市条例に基づき軍艦島の上陸が許可されました。」とあります。
雨でしたが、本当に行く事が出来てよかったです。次は晴れた青空の中、見学しに行きたいです。
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この旅行記へのコメント (6)
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- さすらいおじさんさん 2009/09/26 10:56:41
- 軍艦島と高鉾山
- mistletoeさん
ごぶさたしております。
軍艦島、テレビのニュースで見て関心を持っていましたが、詳細な説明と写真を拝見し、よくわかりました。学校も当時としては立派なビルに入っていたのですね。
日本の産業の盛衰を目の当たりにするようです。
「隠れキリシタン」の殉教地だった高鉾山も興味深く拝見しました。軍艦島周辺にはいろんな歴史文化遺産があるのですね。ありがとうございました。
またお伺いします。
- mistletoeさん からの返信 2009/09/28 17:11:55
- ご無沙汰しております
- さすらいおじさん さん
こんにちは。ご覧いただいてありがとうございました(^^)
軍艦島、ホントにあるとは知らなかったのでニュースで上陸出来るようになったと聞き、早速申し込んで行ってきました!お天気ではなかったですが、それがまた不思議な雰囲気を作っていて異次元に迷い込んだようでした。
このまま全島解禁せず、少しお邪魔をするような形のままがいいなぁ〜なんて思いました。
さすらいおじさんさんの旅行記、お昼休みによく拝見させていただいています。職場近くの西宮駅周辺を読ませていただいた時は軽くコーフンしてしまいました(笑)
これからも楽しみにしております(^^)V
-
- けーしちょーさん 2009/09/07 13:37:44
- 私も憧れ。
- 足跡を辿ってお邪魔したら。
うわぁ。軍艦島って上陸できるようになったの??
と、ものすごく興奮してしまいました。
絶対上陸できない島。
島全部が廃墟。
そんな特殊性に私も憧れずにはいられない一人です。
廃墟は廃墟のままであってほしいような。
自分の目で確かめてみたいような。
早く行ってみたいです。
廃墟が活気付いてしまう前に。
けーしちょー拝
- mistletoeさん からの返信 2009/09/07 22:56:01
- こんばんは
- けーしちょー 様
はじめまして。mistletoeと申します。
ご覧くださってありがとうございました。
はじめて軍艦島を知った時、ホントにある島だと思っていなかったので、実在する島、しかも日本だと知った時にはコーフンしてしまいました(笑)
「どっか行きたいなぁ〜」と友人と話しながら長崎のガイドブックを立ち読みした際、軍艦島が今年の4月から上陸が出来ると知り「行くでぇ〜!」と張り切ってしまいました(笑)
まだまだ立入禁止の範囲の方が多いですが、このまま秘密の部分を想像しながら少しだけお邪魔する方がいいのでは。。。なんて思ってしまいました。
けーしちょーさんの旅行記、これからも楽しみにしております。
-
- ishicameraさん 2009/08/14 21:59:33
- 靄に霞む軍艦島
- mistletoeさん こんばんは。
はじめましてishicameraと申します。
以前から軍艦島へは一度行ってみたいと思っていました。
まだまだ、私にとっては夢のままです。
靄に霞む軍艦島の様は、なんだか不思議な光景ですね。
いっそう寂しげに写りますね。
ツアーができたという話は聞いていたのですが、実際に参加されたんですね。凄いです!!!
そして、お土産物にもまたびっくりしました。
ishi
- mistletoeさん からの返信 2009/08/18 13:34:31
- メッセージありがとうございます
- ishicameraさん、はじめまして。mistletoeと申します。
軍艦島、晴れの時も見てみたかったですが、靄に浮かぶ島も不思議な光景でした。日本も見所満載ですよね。
私も東南アジア大好きですが、1人旅をした事がないので、行きたい所にも行けず・・・なんて事が多々あります。ishicameraさんの旅行記を読ましていただくとアジアの臭いや風(湿気?)を思い出し、旅心がうずいてしまいました(笑)ついでにお腹も鳴りました・・・・・
「ここにも行きたい」「あ!あんな所にも行ってみたい」と1人旅をしてみたくなりました。(ちょっと不安ですが)
これからも素敵な写真&コメント楽しみにしています♪
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