2009/05/27 - 2009/05/28
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funasanさん
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阿蘇観光の翌日、九州自動車道、長崎自動車道を飛ばして長崎市に入る。長崎ではグラバー園、出島等の観光をする。
写真:長崎・出島の「旧出島神学校」
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長崎への途中、佐賀県神埼郡吉野ヶ里にある「吉野ヶ里歴史公園」(写真)に立ち寄る。入園料400円
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吉野ヶ里遺跡(写真)は、約2000年前の弥生時代における日本最大規模の集落遺跡で、国の特別史跡に指定されている。
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田手川沿いにのどかな風景が広がっているので、最初は米つくりを開始した平和な弥生時代を連想したが見事に外れた。敵の侵入を防ぐために砦の周囲には深い堀がほられ、さらに「逆茂木」(写真)が設置されている。
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南内郭(写真)の周囲は高い木の柵で囲まれ東西南北4箇所に高いやぐらが造られている。厳重な警戒態勢がしかれている。ここは支配階級の住むエリア。
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立派な竪穴住居に住む支配階級の母と娘の様子(写真)。庶民とは住む場所、衣服、住居、お墓も違う。
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とりわけ厳重な「北内郭」内では政治(写真)が行われていた。貧富の差と部族間の争いは、いつの時代でもあることを学ぶ。人間とは全く進歩しない動物である。
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長崎市に到着し、グラバー園に向かって歩いていく。雰囲気のいい「大使館の小道」を通りすぎる。
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長崎全日空ホテルの横の坂道を上がっていく。周囲はみやげ物店や飲食店で賑わっている。写真:絵本美術館
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坂を上った正面に「大浦天主堂」(写真)がある。1864年にフランス人宣教師プチジャンの設計によって建造された、ゴシック建築の教会。現存の木造建築教会としては日本最古のもので国宝に指定されている。心を清らかにして祈りをささげる。(拝観料300円)
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グラバー園(600円)に入場。まずは動く歩道を2回使ってグラバー園で最も高い位置にある「旧三菱第2ドックハウス」(写真)に行く。
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ドッグハウスとは修理のために船が造船所に入っている間、乗組員たちが宿泊した施設のことである。ここの2階のベランダからは長崎の素晴らしい景色(写真)が眺められる。
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旧長崎地方裁判所長官舎(写真)。現在はレトロ写真館となっており、レトロ衣装の貸し出し(30分500円)を行っている。特筆すべきは、レトロ衣装を着て園内を散策できることである。
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旧ウオーカー住宅(写真)。イギリス人実業家、ロバート・ネール・ウオーカーの次男が暮らしていた邸宅。
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旧リンガー住宅(写真)。明治初期に建てられた三方をベランダで囲まれたバンガロー形式の建物。国指定重要文化財
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旧リンガー住宅(写真)。ベランダの床石には、ウラジオストックから運んだ御影石、ベランダの屋根を支える角柱には天草の石を使用。
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旧オルト住宅入り口。長崎に残る石造りの洋館の中で最大のものが旧オルト住宅である。
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大浦天主堂、旧グラバー住宅を手がけた小山秀乃進によって施行。港に向かって突き出た切妻屋根のポーチ、広いベランダ、天草石の見事な列柱。庭の椅子に座ってしばし往時をしのぶ。
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長崎を舞台にした日米の悲哀オペラ「蝶々婦人」。グラバー園内にはオペラを作曲したプッチーニの像と蝶々婦人を演じて世界的に有名になった三浦環の像が立っている。
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アメリカの海軍士官ピンカートンの帰国を待ち続けるけな気な蝶々さん。「ほら、見てごらん。あの人がお父さんよ‥‥」
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プッチーニ像の前にて、蝶々婦人のアリア「ある晴れた日に‥‥」を想う。
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西洋料理発祥の地は長崎。
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江戸時代の終わり頃、草野丈吉は長崎・出島のオランダ人のもとで修行し、日本ではじめて西洋料理の店「旧自由亭」(写真)をオープン。
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旧自由亭2階は現在「自由亭喫茶室」(写真)として営業している。ここらでティータイムにする。
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店内は極めて気品があり落ち着ける。長崎にゆかりの深いオランダ人の手で考案されたダッチコーヒー。
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24時間、水で一滴ずつ抽出(写真)された薫り高く濃厚なコーヒーが味わえるという。
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長崎名物「カステラ」と水出しコーヒーを注文する。濃厚で苦いコーヒーと、しっとりと甘いカステラが絶妙に合う。うまい。
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自由亭喫茶室の窓からは長崎市街(写真)が一望でき、涼しい風も吹き込んでくる。妻曰く「いいわね‥‥」
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グラバー像(写真)。スコットランド出身のグラバーは1859年、21才の時に長崎に来日しグラバー商会を設立。幕末の激動の時代に志士達を陰で支え伊藤博文らの英国留学を手伝う。
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旧グラバー住宅(写真:国指定重要文化財)明治以後は経済人として、日本の近代科学技術の導入に貢献する。日本人妻「ツル」との間に子供もでき終生日本で暮らす。1973年、73才で永眠。
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グラバー邸に突如現れたレトロな貴婦人(写真)。後を追っていく。
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旧オルト住宅の前で立ち止まる貴婦人(写真)。このご婦人は色々な場所に現れた。実は、レトロ衣装の中身は我が妻。私はしがないカメラマン。妻は大喜び‥‥
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グラバー園を後に、長崎港にある「長崎出島ワーフ」(写真)に行く。平日の夕方なので人出も少なくレストラン街もクローズしている店が多い。
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長崎出島ワーフには海に沿って2階建てウッドデッキの遊歩道が整備されている。海を見ながら食事、お酒、ティータイムが楽しめる。写真の2階のレストランでコーヒータイムにする。
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テラス席からの長崎港の眺め(写真)。
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横浜、神戸につづく日本三大中華街のひとつである「長崎新地中華街」(写真)は、江戸時代の元禄15年(1702年)に誕生。
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今日の夕食は中華街でとることにする。中華街入り口にある「中国名菜・京華園」に入り単品を注文する。写真:ホタテ貝の炒め(1260円)うまい。
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長崎に来たからにははずせない「ちゃんぽん」(写真:800円)しかし期待はずれ。あまりおいしくなかった。
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今夜の泊まりは新地中華街にある「ホテルJALシティ長崎」(写真)長崎市の中心にあり観光名所へのアクセスが非常にいい。
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インターネット予約で「春の特得カップルプラン」利用。クイーンサイズダブルベッド2名利用、朝食付、駐車場無料で12000円(1人あたり6000円:税・サ込)
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安さに魅かれたのであるが、JAL系列のホテルなので施設・設備はしっかりしている。写真:フロント、ロビー
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しかし、さすがに客室(写真)は狭い。幅160?のクイーンベッドがあるのみ。この狭いベッドで妻と2人で寝る。若い恋人どうしなら特得(熱々)カップルプランになる。
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申し訳程度にデスクとテレビはついている。シャワーを浴びてお互い勝手に寝る。
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朝食は和洋ビュッフェ。それ程種類は多くないが我々には十分である。写真:私の洋食メニュー
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写真:私の和食メニュー
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チェックアウトの前に、近くにある「長崎・出島」観光に行く。写真:長崎・出島の「旧出島神学校」
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1636年、江戸幕府はポルトガル人によるキリスト教の布教を禁止するため、長崎の有力な町人に命じて約15000?の人口島を築き、そこにポルトガル人を収容した。この人口島が出島である。写真:ミニ出島
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出島は鎖国時代、海外貿易の拠点であり、貿易にたずさわる商館員たちの住居も作られた。中でもオランダ商館長(カピタン)の事務所・住居は最大のものである。写真:カピタン部屋のダイニングルーム
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1639年の鎖国令によってポルトガル船の来航が禁止され、出島は一時無人島となるが、1641年、平戸のオランダ商館が出島に移転。それ以来、1859年まで218年もの間、出島は西洋に開かれた日本唯一の窓口として、日本近代化に大きな役割を果たす。写真:道路左側の建物がカピタン部屋
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