2009/02/01 - 2009/02/01
346位(同エリア495件中)
ナオさん
千葉の鋸山に登りに行きました。
房総半島の西岸に切り立つ鋸山からの展望は素晴らしく、まさに絶景でした。
高速バスで横浜に着いた私は、横浜から京阪急行で久里浜へと向かいました。久里浜からは、東京湾フェリーで金谷に渡り、フェリー乗り場から歩き出しました。
関東ふれあいの道(鋸山裏登山道)から登り、日本寺を拝観後、また頂上まで引き返し、車力道(鋸山登山新道)を下りてきました。 だいたいの人が、日本寺(仮)本堂まで下ると、表参道を通って保田駅へ抜けるようですが、私はあえて登り返し、車力道を下りて来ました。
かなりな石段の上り下りで、久しぶりにいい運動になりました。(*^_^*)
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 船
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鋸山に登りに行きました。
これは東京湾フェリー金谷港近くに立つ「金谷・鋸山ハイキングマップ」です。私はこの地図にある関東ふれあいの道を選んで登りました。
9:10 まずJR浜金谷駅に向かい、途中の道を右折、国道127号線と平行した中道を歩きます。
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鋸山登山道の標識を見つけ左折、JR内房線のガードを潜りそのまま進みます。
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9:25 鋸山の裏登山口です。ここにも鋸山ハイキングマップがあります。
左に見えている道が、新道の車力道へと続く道です。私の登る関東ふれあいの道(旧道)は真ん中の石段の道です。同じフェリーで渡って来た人たちは、みんな車力道(新道)へと行ってしまったようで、関東ふれあいの道から登るのは私一人です。この日は、登りも下りも一人。とても静かです。 -
鋸山裏登山道、関東ふれあいの道です。取り付きは石段ですが、土の所も、自然石の所も、自然石を階段状に加工した所もあり、変化に富んで楽しいです。
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9:35 鋸山の展望台、観月台まで登ってきました。このすぐ先に休憩舎があります。
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ここは関東ふれあいの道(鋸山裏登山道・旧道)と、車力道(新道)との合流地点です。関東ふれあいの道は、ここからは左の車力道(新道)の方へと続いていますが、日本寺に行くには関東ふれあいの道から分かれて、右手の方へと進みます。
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切り立った鋸山が見えてきました。道は見えている岩と岩の間へと続いています。
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9:50 鋸山の石切り場の跡です。鋸山は良質な房総石の産地として知られ、江戸時代から明治にかけて盛んに切り出されたのだそうです。鋸の歯のような独特の山容も、石を切り出した跡だというから驚きです。
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0:15 鋸山日本寺の北口管理所の所に登ってきました。拝観料大人600円(小人400円)を払って日本寺境内へと入ります。日本寺にはこのような管理所が5箇所あります。
北口管理所から入って1分、つまりすぐ隣の崖に「百尺観音」が彫られています。これは昭和41年に完成した大観音石像で、交通安全の守り本尊として多くの人の信仰を集めています。 -
イチオシ
10:20 百尺観音の所から、石段を登って鋸山の山頂展望台、地獄のぞきにやって来ました。
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ここは鋸山頂上の展望台です。ここからの展望は最高で、麓の金谷は無論、東京湾から三浦半島、伊豆大島、天城山、富士山などが見えます。
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鋸山頂上から見た東京湾と富士山です。
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10:35 鋸山の山頂から西国観音を見て、二天門を潜り、座禅石を見て、近道と言う案内看板に誘われるままに石段を下り、大仏広場まで下ります。
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10:45 鋸山大仏の所に来ました。もともと、日本寺には天明年間に造られた大仏がありましたが、江戸末期より崩壊が進み、荒れるにまかしていました。昭和44年6月、4年に渡る復元工事によって再現されたのが、この大仏です。正しくは薬師瑠璃光如来といいます。日本寺の大仏は鎌倉の大仏よりも、奈良の大仏よりも大きく、日本一です。
この他、大仏広場には売店もあり、インドより贈られた聖菩提樹が植えられており、お願い地蔵もあります。 -
鋸山日本寺の案内図です。
私は北口管理所〜山頂展望台(地獄のぞき)〜西国観音〜二天門〜大仏〜大黒堂〜薬師本殿〜日本寺(仮本堂)〜通天窟〜弘法大師護摩窟〜不動滝〜天台石橋〜聖徳太子像〜維摩窟〜奥の院〜千五百羅漢道〜あせかき不動〜百体観音〜二天門〜西国観音〜山頂展望台(地獄のぞき)〜北口管理所とぐるりと一周しましたが、これは一度下りきって登り返すので、かなりきついコースです。
*北口〜山頂〜二天門〜千五百羅漢道〜不動滝〜大仏前参道〜大仏〜大黒堂〜薬師本殿〜日本寺(仮本堂)〜観音堂〜二王門〜表参道〜保田駅へのコースが一応全部見られるし楽だと思います。 -
0:55 これは鋸山日本寺(仮本堂)の前の源頼朝ゆかりの大蘇鉄です。横の達磨石はどちらから見ても達磨に見えるのだそうです。
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鋸山日本寺の仮本堂です。日本寺は昭和14年11月、登山者の失火により仏像・堂宇を全焼。今復興がなされているところで、本堂はまだ仮のままです。
ここからは山頂までずっと登りです。通天窟、弘法大師護摩窟、不動滝、天台石橋と続きます。 -
イチオシ
11:25 聖徳太子像・維摩窟・奥の院無漏窟と見て、日牌堂・宝篋印塔・甚五郎の墓のところまでやって来ました。鋸山日本寺の見所の一つは、この辺りの千五百羅漢だと思います。
鋸山には自然の風食によって出来た奇岩霊窟がいくつもありますが、この窪みに安置されたのが、千五百羅漢です。安永から寛政年間にかけて、上房の大野甚五郎とその弟子によって1553体もの石仏が彫られたそうです。
明治の廃仏毀釈の折に壊された石仏も多く、首から上のないものもあり、今これは修理中だそうです。 -
千五百羅漢道からあせかき不動、百体観音と見て、大仏への道と合流、二天門、西国観音、11:50-12:05山頂展望台、百尺観音、北口管理所と元の道を引き返します。北口を出てすぐの辺りの石段は、登ってきた時にはそれほどとも思わなかったのに、下りに向くとかなり急です。
下って行くと、旧道と新道の分岐があります。下りは新道の車力道を下ります。
12:20 これは車力道の石切場跡から、鋸山の山頂を見上げたものです。中央左の出っ張りが、地獄のぞきの所です。下から見上げると、上から覗いている人が見えます。 -
五分ほどで、石切り場の展望台へ行く道が右手にあります。展望台に立ち寄り、また元の道に引き返し、ため池を見て進むと、今度は関東ふれあいの道と車力道の分岐があります。そこを左折、車力道を下っていきます。富津館山自動車道の下を潜り、ヒカリモの洞窟を覗き、飛び出してきた大きな猿に驚きながら行くと、12:50そこは朝、登りに使った関東ふれあいの道(鋸山登山旧道)の所です。後は、来がけと同じ道をフェリー乗り場まで歩くだけです。約4時間の行程でした。
フォトは車力道の石畳に残る車輪の轍の跡です。切り出した石の運び出しは女性の仕事だったというから驚きです。
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