2009/05/19 - 2009/05/27
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pulseraさん
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3/26だったろうか?London 行きの手配も済んで、ダラダラしていた私は、
つい、いつものクセで、次はどこへ行こうかなぁ〜?ト考え始めていました。
RIJKSMUSEUMの改装が、どんどん、どんどん、長引いてー、
オランダ行きを見送ってきた私ですが、Mushiの知らせか?運命か?
さて、一体、いつ、終わるのかなぁ〜?ト、安易な気持ちでぐぐったらー!!!
ワシントンから、《天秤を持つ女》BACK−!(6/1まで。)トの事。
えぇー!!!絶対、今、行かなきゃー!と
急きょ、London HBD 2週間の旅をキャンセルして、
憧れのオランダに行って来ましたぁー♪
☆http://www.rijksmuseum.nl/vermeer?lang=en
レンブラント(1606-1669)63歳
Vermeer (1632-1675)43歳
GOGH(1853-1890)37歳
(以下、夏休みの宿題にさせてください〜作成中♪
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- JAL
-
http://www.rijksmuseum.nl/attachments/QTVR/rijksmuseum_vermeer.mov
-
-
観るべきモノは、Vermeerの《牛乳を注ぐ女》《天秤を持つ女》《青衣の女》《小路》
ふぁん・レインの《夜警》《パウロとしての自画像》1/25
《ユダヤの花嫁》ボロンヒール《花》☆http://www.rijksmuseum.nl/aria/aria_assets/SK-A-799?lang=en 私はこのTypeの相当艶ありの絵が、いささか、苦手なハズなのですが、オランダで観ると全然、ハイって来ますねー
チューリップの絵は、オランダで観なきゃ!ダメ? -
Rijksmuseumのお庭にはirisが咲いていました♪
-
☆http://www.nga.gov/fcgi-bin/tinfo_f?object=1236
《天秤を持つ女 1664年》ワシントンに行かないで、
あなたに会えるなんて♪ -
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☆http://www.rijksmuseum.nl/aria/aria_assets/SK-C-6?lang=en《The Sampling Officials 織物組合の幹部たち 1662年》☆http://www.rijksmuseum.nl/images/aria/sk/z/sk-c-6.z いわゆる,17世紀のオランダで大流行した
「集団肖像画」の1つです。私は,この絵が
Rembrandtの集団肖像画の中では1番好きでした。
(比較対照した絵は《夜警 1642年》《テュルプ博士の解剖学講義 1632年》)
《テュルプ博士の解剖学講義》(マウリッツハイス所蔵)は
Rembrandt(26歳)の名を「世に広めるきっかけ」となった大作です。逆に《夜警》は彼の名声を落とすきっかけトなった絵です。☆http://www.mauritshuis.nl/index.aspx?chapterid=2342&contentID=18308&ViewPage=29&SchilderijSsOtName=titel&SchilderijSsOv=%25%25
(Tulpは、お花のチューリップと同じスペル〜♪ -
Sir ハイってみましょう〜♪
-
まず、向かったのは、Vermeerのへや♪
《青衣の女》との初対面にどっぷり浸かったpは淡いブルーのブラウスでデかけました♪ 結論から言ってしまうト(爆)今回の旅の1番は Vermeerの3点横並び攻撃♪ Sofaに座り、向かって左から《牛乳 1658年》《天秤 1664年》《青衣 c.1662-63》これには,もう感無量〜《牛乳》は東京でみたときには見えなかったスカートの「赤」がみえましたし
《天秤》は、宗教画ト断定(!)彼女がミカエルなんです〜
そして《青衣》の実物はスゴイ〜♪ 想像を絶する迫力で
上品とはナニか?をたたきつけられましたぁ♪
とにかく、Vermeerの絵はオランダで観ないトだめ〜
この3枚が今後並ぶコトは,もうナイ〜とも思いますが
ぜひ,また,帰ってきてね♪
(ト座ったママ,首を右にひねれば《小路 c.1658》〜私がなんとしても観たかった《恋文 c.1669-70》は
2009 Sep.まで,バンクバーにバケーション中でしたぁ -
Vermeerのへやの中で,かわいい〜♪かった絵は
☆http://www.rijksmuseum.nl/collectie/zoeken/asset.jsp?id=SK-A-1786&lang=en
《Van der Schalckeの娘,1646-50》Gerard ter Borch
ネオ・ルネッサンス様式の建物は今,大改装中〜
それでは,お待ちかね♪のV.レインに参りましょう♪ -
《ライデンの絵の虫》Rembrandt V.Rijn (1606-1669
享年63歳)は、ライデン市の粉やの息子です。母はパン屋の娘で、9人兄弟の8ばん目でした。ライデンは、この頃、アムスに次ぐ、大きな都市でしたが、
風車小屋を持つ、粉やの息子トいう出身は、裕福な中流階級ではあっても、身分はそれ程、高いものではありませんでした。Rembrandt は、兄たちが粉やを継ぎ、パン屋、靴屋になる中で、父親から、特別、期待されたらしく、7歳のときに、ラテン語学校に入学。次いで、ライデン大学に進みました。しかし、Rembrandtは、絵にしか興味を示さない少年で、父親はあきらめて、彼が15歳のときに、ライデンの画家(ヤコブ・ファン・スワーネンブルフ)に弟子入りさせます。また、18歳(1624年)のときには、当代随一といわれた歴史画家/ピーテル・ラストマンのアトリエ(アムステルダム)に入門させました。(ラストマンは、アムステルダムに生まれ、イタリアに留学。当時、オランダで、ロマニストと呼ばれた画家の一人です。)ロマニストとは、16世紀には、主としてネーデルランドからイタリアに留学し、イタリア・ルネサンス絵画の影響を強く受け「イタリア風」の絵を描いた画家のコト。しかし、17世紀のロマニストの画家たちが、最も影響を受けたのは、1610年まで、生きていたイタリアの同時代の画家、カラヴァッジオでした。 -
Rembrandtが、ラストマンのアトリエで学んだのは、6ヶ月と短期間でしたが、その後、ライデンに帰ったRembrandtは、両親の家にアトリエを開きます。18歳の少年が,アムステルダムで半年しか勉強せずに,故郷に帰って画家宣言するのは今日の常識では考えられないコトですが,この時代のオランダは、アカデミーのようなトコロから,画家の資格をもらう。制度はなく、都市にある画家のギルド(組合)の会員にさえなれば、年齢に関係なく、「実力次第で活躍できた」ので、Rembrandtのような立場の人間には,幸いでした。Rembrandtは、1631年、25歳の時に,アムスに移り住むまで,ライデンで暮らしますが、この故郷でのレンブラントについては、あまり分かっていません。ただ,1630年頃(24歳)オラニエ公の秘書官(ハイヘンス)が,ライデンを訪問した際の日記に,ライデンでのRembrandtの名声について書き残したものが在ります。「レンブラントは自己の仕事に熱中し,小さな絵に集中するコトを好む,彼はその小さな絵に,他の作家の大きな画面に"期待しても
求められない効果"を与えられる人物である」ト。 -
-
ハイヘンスは,Rembrandtがイタリアに留学しないコトを
大変,残念がっているのですが,その事についてはRembrandtの弁明まで記されています。「最善のコトをしなければならない若い時に旅行に費やす時間がナイ。又、現在では北方の王・王妃が,絵画を愛し,それらの選択もよく,素晴らしい絵画がオランダでも観られる。イタリアでは各地に散在しているのに,ここではCllectionの中に,まとめられている。」そう,Rembrandtが,一心不乱に絵画に打ち込み,イタリア留学を考えなかったのは,オランダでもイタリア絵画が観られるからであり,既に,彼にはイタリア絵画を手本とするつもりがなく,オランダ人として,自分の絵画を探りつつあったように思われるのです。 -
《アムステルダムの人気画家》 Rembrandtがアムスに移るきっかけは,前年に父親を亡くしたコトと、アムスの画商(アイレンブルフ)と契約し,《ニコラース・テュプル博士の解剖学講義,1632年》(マウリッツハイス美術館)の注文を受けたためです。アイレンブルフの家で描いた《ニコラース・テュプル博士の解剖学講義,1632年》は、アムステルダムでのRembrandtの名声を決定づけるものトなりました。この一作の成功により,彼は肖像画の第一人者トなってしまうのです。同時に彼は,生涯にわたり医学界の権威の間にもパトロンを持つ事になりました。若いRembrandtは,酒癖もなく,
他の遊びもせず「絵一筋」だったので,注文にまかせて肖像画を描き捲くったようです。そのため、たちまち彼の年収は莫大なモノになります。 -
《サスキア》 1634年、28歳になったRembrandtは、
アムステルの前述の画商(アイレンブルフ)の姪、
サスキアと結婚します。サスキアの父は,地方の市長などを務めた人物で,多額の持参金を持って嫁ぎました。
Rembrandtは,アイレンブルフのFamilyに加わり,いよいよ
上流階級の仲間いりをしました。美しいサスキアは、その後、Rembrandtの作品にモデルとして幾度となく、登場します。しかし,サスキアとの「幸せ」は,9年しか続きませんでした。サスキアは肺結核を病み、二男二女を産みましたが、3人までもが,生まれて間もなく死亡し
成人まで生きたのは次男のティトゥスだけだったのです。
2人の結婚生活は、1642年,サスキアが30歳の若さで☆になったコトで終止符が打たれます。(Rembrandt=36歳)しかし,サスキアと結婚したRembrandtのアムステルダムでの約10年間は、子供が次々に亡くなるトいう不幸はあったものの、サスキアという最愛の女性に出会い
画業も最も充実した年月だったト思われます。 -
《Rembrandtの趣味》
ありとあらゆる骨董品を買い集めるコト。版画や素描なども含まれるが、椅子,ベッド,帽子,壺,さまざまな織物や
メダル。特に槍、剣、鎧、矢、火薬入れ、ピストルなどには目がなく、そういうものを買うためには、
湯水のように金を使ったそうです。実際、彼の絵を観るト
異様に異国的な服装をしていたり,背景にも,さまざまな
珍しい小道具、調度品などが描き込まれています。
みなさんも、Rembrandtの「コレクション」を
彼の作品の中で見せてもらってみませんか? -
☆http://www.rijksmuseum.nl/collectie/zoeken/asset.jsp?id=SK-C-5&lang=en《夜警》1642年
Rembrandtの《夜警》を観る前に、絶対、おススメしたい
映画は、ピーター・ぐりーなうえいのNightwatchingです♪
この映画は素晴らしくよく出来ていて、V.レインが今イチぴんト来なかった私が《夜警》を観たくなったのは
紛れもナく、この映画のおかげです♪
この映画を観るト、輝く女の子の意味が分かります〜
サスキアもレンブラントも、その人間性に魅かれました
☆http://www.cinema.janjan.jp/0712/0712107013/1.php(映画の写真がキレイなので貼りマスが、内容は絶対に読まないでください。) -
-
《夜警》 この絵を描かせた、市民隊とは?
14世紀頃に起源をもつ,はじめは,オランダ各都市で
封建領主に「強制的に集められた」民兵でした。が、次第にブルジョワと呼ばれる都市貴族たちが主導権を握りだします。彼らは、スペイン軍との戦いで都市を防衛し
オランダ独立に寄与したコトから,多くの特権と莫大な資金を得、一種の「エリート集団」にまで登り詰めます。
豊富な資金で、集会所(ギルド・ホール)の建設や射撃練習、各種行事を催していました。アムスの市民隊
(Rembrandtの時代には、もう都市防衛の必要など無かったのですが。)の幹部たちは、しきりに会合と称して
「宴会」を開き、一般市民を巻き込んで「お祭り騒ぎ」をしていたのです。この市民隊が、単に"物好きの集り"では無かった事は、アムステルダムの市長が
大抵はこの中から、選ばれていたコトから,うかがえます。また、フランス・ハルスやRembrandtのような当代一流の画家に,ギルド・ホールを飾る集団肖像画を描かせるのはお金持ちの市民貴族たちが中核を成す市民隊なれば、こそでした。市民隊なるモノを「リアリズムの画家」レンブラントが、どう観ていたか?
《夜警》という絵は、物語る。
出動トいっても、当時の市民隊にとっては、
「お祭り」に繰り出すトコロなのです。そして、Rembrandが
《夜警》を完成させたのはサスキアの死の年でした。 -
《レンブラント・ライト》
人物の斜め上から、やや逆光気味に光を当てる照明方法のコト。レンブラントが創造した光と影の演出は「レンブラント・ライト」と呼ばれ、現在でも、映画や写真の世界で用いられている。Rembrandtの絵を観ていけば、誰もが思うコトがある。それは、画面の構成が、どの絵を観ても「舞台の一場面」を見ているような"印象"を持つこと。映画関係者が言い出した「レンブラント・ライト」なる照明の当て方も、舞台で使われるスポット・ライトに他ならない。だから、カラヴァッジオより何より、レンブラントの絵画は舞台の影響を受けているような気がしてならないのだが、しかし、フランスにやっとモリエールが登場した時代に、アムステルダムで劇場が盛んだったとは考え難い。まして電灯もなしに、舞台の照明技術など進歩するはずもない。スポット・ライトは「レンブラントの方が先に使っている」のだ。
《夜警》へのLightingは,明るすぎ〜何より大切な
「レンブラント・ライト」が台無しでしたぁ -
《西教会》 1669年、Rembrandtは☆になる。誰が死の床に立ち会ったか? も分からず,同時代の人が彼の死について触れた記事も全く見つかっていないそうです。葬られた教会の名簿には,埋葬費として15ギルダー支払われたことが書いてあるだけだった。しかし、アムステルダムに行ってみてください。広場の名前からもオランダ人が最も誇りトしている画家は、Vermeerでもなく,GOGHでもなくRembrandt,そのひとでした。
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☆http://www.rijksmuseum.nl/collectie/zoeken/asset.jsp?id=SK-A-4050&lang=en《パウロとしての自画像,1661》
Rembrandt 55歳のworks.
V.れいんの自画像(Zelfportret)の中では、この絵が
1ばん♪ もー本当にやさしいのーV.Rijn のworksは
晩年の方が好きなコトがおおい -
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☆http://www.rijksmuseum.nl/aria/aria_assets/SK-A-3901?lang=en
(エッサイの木 1485年)
☆http://www.rijksmuseum.nl/collectie/zoeken/asset.jsp?id=SK-A-3381&lang=en
(サンドロ・ボッティチェリ c.1497 to c.1500)
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☆http://www.rijksmuseum.nl/aria/aria_assets/SK-C-251?lang=en(Woman Reading a Letter 1662-63)
君は、ヤン・Vermeer という名の画家をしっているかい? 彼はとても美しい妊娠しているオランダ婦人を描いている。この不思議な画家のパレットはレモン・イエローと真珠色した灰色と黒と白だ。無論、数少ない彼の作品のうちには厳密に言えば、完全な色の豊富な絵もあるが、そのレモン・イエローと淡いブルーと、真珠色した灰色は、ちょうど、ヴェラスケスの黒、白、灰、紅と同じように、独特のものだ。 -
オランダで行った美術館の中で1ばん好きだったのは
Rijksmuseumでした♪ -
kireiなお姉さんも居るしね♪
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この旅行記へのコメント (3)
-
- 迷子さん 2009/08/27 23:28:30
- ためになるなる〜!
- う〜ん、ここを読んで
レンブラントに付いてお勉強になりますただョー!
凄いね!
オランダ行きは
フェルメールのお里帰り?があったからなんすね?
さぞかし有名な「青」色も
故郷の土の上&空の下では輝きが増していたでありましょー。
- pulseraさん からの返信 2009/08/28 09:51:45
- RE: ためになるなる〜!
- > う〜ん、ここを読んで
> レンブラントに付いてお勉強になりますただョー!
迷子さん!またまた、どうも、ありがとうございます!!!
暑くて、全然、前進しないオランダ旅行記なのですが(大汗)
Rembrandtって、ホント、凄いんですよー!
いっぱい、苦境に遭っていても。歳をとっても。
筆の衰えが全くナイ!画家の1人だそうです!
夜警も興味深い絵でした(笑)
> オランダ行きは
> フェルメールのお里帰り?があったからなんすね?
> さぞかし有名な「青」色も
> 故郷の土の上&空の下では輝きが増していたでありましょー。
迷子さん〜!!!ホント、そうなのですよー!!!
なんで、分かるのですか?!!!
凄いー!!!
さすが、迷子さん〜!!!
もう、Rijksでは涙が出て来ました!
Vermeerの絵は、NYや、LONDON、Parisでも観ているのですが、
ぜーったい、オランダで観なきゃダメ!(笑)
アムスの風(気候)は、北海道に似ている。って夫が言っていました!
カラッとしていて、ビールが美味しいって(笑)
迷子さんは、いいなぁ〜私も、もし海外に住めるなら、
アムスに住みたいー!!!
本当に、オランダの気候が気に入りました!日本の夏は、もう、地獄です...
行って、帰ってきたら、サハラ砂漠みたいだから。余計にそう、思うのかな?(笑)
pulsera♪
-
- たらよろさん 2009/06/02 18:51:01
- 早く観たい〜〜〜
- おかえりなぁい。。。
オランダかぁ。。。いいな!!
オランダのサッカーも私好きだわ♪
Vermeerの《牛乳を注ぐ女》《天秤を持つ女》《青衣の女》《小路》
ファン・レインの《夜警》《パウロとしての自画像》
この素晴らしい顔ぶれが早く観たい〜〜〜っっ!!
ってせかしてしまいました(笑)
楽しみにまってます。
たらよろ
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