2007/04/25 - 2007/05/08
395位(同エリア442件中)
ちゃおさん
林間の爽やかな朝、色彩やかな小鳥が池の上空を群舞している。小鳥たちの楽園のようだ。今にも崩れそうな吊り橋を恐る恐る渡り、テラスレストランにて朝食。朝の空気が美味しい。池の噴水を見ながら、その噴水をかすめるように飛ぶ、人慣れた小鳥達を眺めながらの朝食。小鳥たちが人間に挨拶をしに来ているようだ。こんなところに新婚旅行に来たら、きっと爽やかな朝を迎えられるに違いない。モーさん父子のように、愛する家族と一緒に終日こんな場所でのんびりできるのなら、人生も随分豊かなものになるだろう。
さて、今日の観光、ゆっくりはしていられない。タイでは朝食のデザートにスイカとパイナップルがついてくるのが定番になっている。デザートを平らげ、コーヒーを飲み、小鳥達に別れを告げ、チェックアウトする。
フロントに聞くと、1キロ先の国道まで車で運んでくれるとのこと。その後のことは路線バスを待つか、通りかかりのツクツクを待つしかないようだ。バス停の前まで従業員に送ってもらい、更に、このままスコータイまで送ってもらったら幾らになるか交渉していた矢先、昨日のプールでのモーさん父子が車で通りかかり、これからスコータイまで行くとのこと。向うから良かったら乗っていかないか、との提案がある。有り難いことだ。一にも二にも無く応諾し、後部座席に乗せてもらう。父親は英語はそれ程出来ないが、モーさんが英語が分かる。年齢を聞くと12歳とのこと。日本の小学生では考えられないようなしっかした生徒だ。
父親はスコータイ市街地を通り過ぎ、当方を旧市街の遺跡公園前まで送ってくれ、そのままUターンして元の方向に戻って行った。
後から考えると、地理不案内で困っていた当職を見かね、わざわざここまで送ってくれたようだ。有り難い。感謝する。
スコータイ遺跡公園は今から約800年前に最初のタイ人による王国が打ち立てられた地で、その後アユタヤ王朝に吸収合併され、今から550年程前に廃墟となったものであるが、その王域が現在は広大な史跡公園としてユネスコにも登録され世界遺産ともなっているものである。
公園前には自転車店が何軒か並んでいて、1日20バーツで貸してくれる。ここでも多少の日本語が通じるところを見ると、日本人観光客も案外訪れているのかも知れない。入場料150バーツを支払い、静かな城塞内を自転車にてゆっくり回る。広大な城塞で、何組かの欧米人団体客はいるものの、目立つものではない。
城内には多くの樹木が茂り、作業員により綺麗に掃き清められている。敷地内のところどころ、年代を重ねた巨木が涼しげな日陰を作っている。綺麗に刈り取られた芝生のあちこちには時代を経た石塔が青空に向っている。西の方には小高い山が迫っている。800年の時を経て、当時の栄華が蘇る。
ラムカムヘーン大王はタイ国民の中では英雄の一人に数えられるが、その大王像が公園広場中央の降り注ぐ陽光の中に鎮座している。この大王がタイ文字の考案者と言われている。銅像は中国雲南系よりかインドアリアン系の深い顔立ちをしていた。
「ワット・プラ・マハー・タート」は元の王室寺院で、ギリシャの神殿にあるような巨大な石柱、エンタシスが本殿を囲むようにして回廊を作り、青空の下、無言の静寂を作っている。規模の大小は違うがチュニス・カルタゴ、エジプト・ルクソールの神殿を見る思いだった。人間の栄枯盛衰、愛憎厭離を超えて悠久な歴史がここにある。暫し呆然とする。
団体ではなく、一人で来て良かった。人間が輪廻転生を繰り返すとすれば、遠い自己の分霊が嘗てこの寺院の周辺でうごめいていたかも知れない。800年の歴史を越えて現在にまで脈打つ人間の歴史、未だ色の冷めやらぬ白い漆喰の大仏は、それ等全てを見通すが如く半眼を中空に置いていた。仏は人を救済するものではなく、人が仏に救済されるのだ。弥陀の思想は同じ仏教国として共通するものかも知れない。蝉も鳴かない炎熱の下、暫し呆然とした。
更に衝撃的なのは城外凡そ2キロのところにある「ワット・シーチョム」だ。この芸術性の高さはどうだ。ギリシャの彫刻にも引けを取らない、この衝撃的な芸術性の高さ。ガイドブックで殆ど取り上げられていないのは何故なのだ。原野の中で、二重に囲まれた擁壁の、縦長に割られた三角型の開口部より、内陣に座す巨大な仏像が、上半身を遠方からでも良く見えるように晒している。
この芸術性の高さは当時の最高水準の工芸家(仏師)により製作されたに他ならない。このような立体的で創造的な芸術空間を見るのは、日本に於いては皆無だ。ギリシャのアルカイックスマイルが遠く海を隔てて奈良の都まで伝来したと同様、嘗てのギリシャの神殿がここスコータイに移築された!
そう、「ワット・プラ・マハータート」がオリンポス神殿なら、この「ワット・シ−チョム」はデルフォイ神殿なのだ。ギリシャ建築がこのスコータイにある。
紀元前200数十年、アレキサンダー大王はインドまで到達し、それから1000年をかけて、ギリシャの彫刻芸術はこのスコータイの地まで東漸したのだ。
数百年前の昔、その例大祭には老若男女着飾って、仏像(仏陀)に向って真っ直ぐ延びるこの参道を、人々は仏陀に対面しつつ前進し、何に感謝し、何を祈り、その日を迎えただろうか。数百年間に渡って続いた厳かな宗教儀式、人々の宗教心は、打ち続く戦乱の中に霧消し、今は唯一この神殿のみが荒野の炎天下にさらされているのみだった。
多分全身に装飾されていたに違いない金箔も右手の付け根付近に僅かに残るだけであるが、尚且つ、そしてまた尚仏陀は悠久の時間を超越するがごとく、静寂の中にあった。
炎熱の中、自転車でここまでやって来た甲斐があった。感激した。生涯に亘って忘れ得ぬものとなろう。何という、無常の感動の中でこの大きな仏像を見上げていた。仏像も又当方を見下ろし、見つめていた。
< 密やかに 御身の指に 日の光 >
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