2009/02/27 - 2009/03/01
246位(同エリア254件中)
熱帯魚さん
中国アモイから非常に近いところにある金門島は、中国本土から逃げてきた国民党とそれを追いかけてきた共産党が、激しい戦いを繰り広げた戦場でもありました。そのため、金門島のいたるところで、戦場であった名残のようなものが見られます。
この写真にあるのは、水頭村にある住宅です。ちょうど泊まっていた民宿の部屋の窓から見える住宅でした。この住宅、壁には銃弾のあとが沢山残っていました。
◎ 金城民防坑道
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
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風獅爺探しの旅1日目を終了し、金城まで戻ってきました。買い物でもしようと建物の中に入ったら、突然蒋介石の写真が目に入りました。「永遠のリーダー」とかかれています。
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金城で食事と買い物を済ませた後向かったのは、金城民防坑道です。これは、民間防衛のためのトンネルです。1978年3月14日に建設を開始し、1年2ヶ月あまりをかけて完成しました。
当時の金門島は、戦場の島。軍人が多く駐留していましたが、軍人だけでなく住民もいつでも戦いに参加できるよう訓練をしていたそうです。住民の日々の暮らしは、非常に自由の制限された暮らしでした。たとえば、召集がかかったらすぐに指定の場所に集まらなければならない、夜の出歩きは証明書がないと出来ないなどです。 -
そんな住民の暮らしの中で、重要な役割を果たしたのが、このトンネルでした。このトンネルは、全長2559.2?、突撃口が22箇所、井戸が1箇所、司令塔が1箇所設けられています。ここは住民が戦いに参加するための場所でした。
金城坑道は、金城内の重要な機関(金門鎮役所、金門郵便局、金門県農民会、金城バスターミナル、土地銀行金門支店、県政府、国民党金門県党部、金門高校など)を結ぶように張り巡らされています。 -
金城坑道は一般公開さていますが、自由に見学できるというわけではありません。まず5人以上集まらないと見学開始になりません。そして、5人集まると、トンネルの簡単な紹介ビデオを見せてもらえます。それから、ヘルメットをかぶり、スタッフに引率されてのトンネル見学が始まります。
トンネル入り口は、金城バスターミナルの上にあります。そこから、スタッフを先頭に、金門高校にある出口までひたすら歩きます。途中、銃撃戦の音が流され、電気が点滅したりして、まるで本当に外で戦いが起こっているのでないかと錯覚しそうになりました。 -
陸軍がこんな風にトンネルを掘っていったそうです。
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スタッフの方がすごいスピードで歩くので、15分ほどでトンネルを抜けました。金門高校付近(の下?)にある出口から、トンネルを眺めてみました。
トンネルを抜けると、左の奥に、小さな部屋がありました。そこでさらに詳しい金門島の戦場としての歴史をビデオで紹介していました。経験者が語る、戦時中の話を聞きながら、戦時中の金門島について色々考えさせられました。 -
これが金門高校です。「読書不忘救国」「救国不忘読書」とかかれています。まさにこの言葉は、当時の学生の生活を表しているのではないかなと思いました。
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