2008/11/16 - 2008/11/16
686位(同エリア2131件中)
晴れ男。さん
夏目漱石内坪井旧居からおじいさんと一緒に小泉八雲熊本旧居へ行きました。場所はそんなに離れた所ではないので歩いていきました。おじいさんと話していると面白い。知らないことを知っている。人生の先輩だと感じました。そんなことで、「小泉八雲熊本旧居」に到着。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス ANAグループ JR特急 徒歩
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ここは、小泉八雲が五高(現熊本大学)の英語教師として松江から赴任して熊本で最初に住んだ家。
八雲はこの家に1年間滞在し、「知られぬ日本の面影」の一部分を執筆した。 -
年表をみると生涯、さまざまなことがあったことがうかがえます。
小泉八雲は、日本の地を踏み節子と出会うことで作家として成功することができた。なかでも有名な彼の作品、「怪談」などは彼女の存在なくしては完成をみなかったといっていい。
人一倍感受性が鋭く感情の起伏も激しかったという八雲に、節子はよく尽くし、心の安らぎと住まうべき場所を与えたのである。 -
「自分の行きたいところに行き、人と交わらず、誰にも決して面倒をかけない」−。彼はアメリカで、こんな手紙を世話になっている人に送っている。
人間関係のわずらわしさを嫌いながらも、世話にならなければ生きられなかった彼が求めた生き方である。 -
八雲が日本で最初に身を置いたのは、英語教師として赴任した島根県松江である。
赴任して初めて冬に風邪をひき、独り床に寝込む状態が続いていた。そこで家事手伝いとして知人から紹介されたのが18歳年下の節子だった。
節子にとって、八雲との結婚は二度目のことであった。 -
「わたくしが熊本の学生からうけた印象、これはさきにわたくしが出雲の生徒たちとはじめて近づきになった時の印象にくらべると、だいぶそこに大きなひらきがあった。・・(中略)・・ひとつには、かれらが、いわゆる九州かたぎなるものを、まるで正札でもつけたように、じつにはっきりと表示していたというせいが多分にあるのである。」
「九州の学生とともに」の一節
※見学パンフレットより、抜粋 -
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おじいさんと一緒に楽しい見学時間を過ごすことができました。感謝します。旅に出ると、そんなに多くは起こらないのですが、考えてもいないことってあるもんだと思いました。
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