2008/11/16 - 2008/11/16
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晴れ男。さん
「熊本城」を後に、バスで夏目漱石内坪井旧居に向かいました。バス停を降りると方向音痴に。それらしい人についていくも地図を見るとなんか違う方向に行ってる(っていう感じが)。目立った標識もないし。どうしよう。なんて考えていると一人のおじいさんがこっち見てる。えっ、なんで。知らない人にあいさつするのもおかしいし、わっ、どうしよう、どうしよう。黙ってるわけにもいかないので、行き先を聞くと自分と同じところにいくと言う。
僕:「一緒に、行きますか」
おじいさん:「はい」
そんなことで、出会ったおじいさんと一緒に見に行くことになりました。旧居は住宅街の中に静かに建っていました。偉大なる文豪の家、中に入るとやはり何かすごい小説が生まれる感じが漂っていたのであった。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス ANAグループ JR特急 徒歩
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明治29(1896)年に第五高等学校(現熊本大学)の英語教師として赴任した夏目漱石の家。
熊本では6回の引越しを繰り返し、その5番目となったのが、ここ内坪井の家。
旧居内には漱石の原稿や書簡、初版本の復刻版などを展示している。 -
庭には、長女筆子が産湯に使った井戸や、寺田寅彦が書生になるため泊めてくれと頼んだという馬丁小屋が残る。
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漱石の描いた小説「草枕」、舞台は熊本県北部の小天温泉(こあまおんせん)。作品のなかでは「那古井の湯」(なこいのゆ)として出ている。
○「草枕」のあらすじ
主人公は画家で、非人情の境池に遊ぶことを夢見て、那古井の温泉を訪れる。那古井には、那美という美しい女性がいた。那美は出戻りで、その自由奔放な生き方のため、村人から変人扱いされている。
画家は那美にひかれていく。
那美は画家に、自分が鏡が池に浮いているところを描いてほしいと言うが、画家はどうしても描くことができない。
那美の顔には、「憐れ」が欠けているからだ。
ある日、日露戦争に出征する従弟を見送りにいったのだが、そのとき、那美の別れた夫も汽車に乗り込んでいた。 -
汽車の戸が閉まって、2人はそれぞれの世界に分けられる。
もう二度と生きては会えないかもしれない。
那美は呆然と立ち尽くし、その瞬間、那美の顔に「憐れ」が浮かび上がるのを、画家は見逃さなかった。
そのとき、画家の胸中で、絵は完成したのである。 -
○試験によく出る「草枕」
漱石は人なみはずれてボキャブラリーが豊富な作家だ。
国語の問題は、比喩や含意などを読み取る思考型の問題と、語句の意味や国文法、文学史を問う知識型問題に分かれる。
漱石の文章は、思考型問題はもとより、知識型問題を出すのにも便利なものが多い。
その典型例が「草枕」なのであった。
この作品、ある意味で漱石の実験作といえるもので、彼自身これを「俳句的小説」と呼んだ。
※ 少し前のことなので、現況は分かりません。 -
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「草枕」の主人公の画家、全編にわたって人生・芸術を多々弁じているのだが、不思議なことに味に関してはなにも語っていない。さては味音痴なのか・・。
画家の味覚はともかく、漱石自身は味には無頓着だったようだ。
食事の好みや味覚の傾向がいささか幼稚だったのだ。
あるインタビュー記事で「和食は嫌い、好きなのは中華と洋食、とはいっても別段ひいきの店なんかない」と語っている。
ようするに、油こく味の濃いものがお好みらしい。 -
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○漱石は、名無しの猫を飼っていた
「吾輩は猫である」のモデルとして日本一有名になったこの猫は、漱石によれば「ペルシャ産の猫の如く黄を含める淡灰色、漆のごとく斑入りの皮膚を有して」いたそうだが、別の表現をすれば、どこにでもいるシマ猫であったようだ。もとは迷子の捨て猫だった。
千駄木にあった夏目家に勝手にもぐり込んできて、いくら夜中につまみ出しても、翌朝、雨戸を開けたとたん、ニャアニャアとなれなれしく入り込んでくる。
仕方なく飼ってはみたものの、夜中に子供たちの足を引っ掻いたりする。そのたびに子供たちは泣きわめき、書斎から飛び出してきた漱石が物差し片手に猫を追い回した。 -
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