2008/07/13 - 2008/07/13
59位(同エリア95件中)
まみさん
2008/07/13日 ブジェンツィ村、エタラ野外博物館からガブロヴォへ
【宿泊:Hotel Balkan(ガブロヴォ泊)】
・ブジェンツィ村散策
・ソコロヴォ僧院
・シプカ峠の記念碑
・エタル野外民俗博物館
ガブロヴォ散策(ここから現地ガイドと別れて一人旅)
・ユーモア博物館
時間が余りそうだからと提案されたから行ってみたシプカの自由の碑。
上からの見晴らしはさぞかしステキだろうと思っていましたが、私の中ではそれ以上でもそれ以下でもなく、当初は特に興味はありませんでした。
しかし、内部の展示をガイドに説明してもらえたおかげで思った以上に充実した見学となり、結果的にとても気に入った場所となりました。
説明はブルガリア語のみでしたし、ブルガリアの軍隊や昔の物品など私はほとんど知らなかったので、1人で回っていたらほとんど素通りでしたでしょう。
何が展示されているか分かることが、これほど面白いとは!
そう悟るのは初めてでないにしても、このシプカの自由の碑では改めてしみじみ思いました。
また、この自由の碑はブルガリア人にとってはとても大切なモニュメントでした。
ガイドが紹介したくなるのもうなづけます。
もちろんそれは、オスマントルコからの独立のきっかけとなった露土戦争の激戦の英雄たちを追悼する意味であることには変わりないですが、そのために毎年、解放記念日の祝日の3月3日に、ここに大統領と軍隊が訪れて、式典まで行われているとは知りませんでした。
その式典を見学するため、大勢のブルガリア人がやって来るそうです。
自由の碑までの階段を1歩1歩踏みしめて。
ガイド本人も今年(2008年)の3月に式典を見学したそうです。
軍の楽隊もやって来て華々しく、とても感慨深かったといいます。
ただ、山間部では3月はまだ雪が降る季節なので、非常に寒かったそうです。
日曜日で周辺の景色がとてもよいので、家族連れの行楽客もたくさん見学に来ていました。
自由の碑まで階段は1,000段あります(厳密に数えると1,000はないようです)。
なかなかきつい階段だったので、「大統領もこんな階段を昇るなんて偉いね」と感想をもらしたら、ガイドいわく「うーん、大統領はお年寄りだから、途中まで車だったよ」@
-
あちこちにあったモニュメントの1つを、可愛いブルガリアの男の子たちと
「シプカ国立博物館公園(Shipka National Museum-Park)には、露土戦争のシプカ峠での防衛戦に捧げられた一連のモニュメントがあります。その中でも一番印象的なのは、自由の碑です。1934年に落成されました。1階には、シプカの戦いで戦死した英雄たちの骨を納めている大理石の石棺があります。」
(ブルガリアで買ったパンフレット「BULGARIA guide」(ART TOMORROW出版(www.arttomorrow.com))より私訳) -
1番大きいモニュメントである自由の碑
さあ、あの階段を上りましょう。
「シプカ
カザンラクから北へ約10kmにある小さな村。1877〜78年にかけて露土戦争の激戦の舞台となった場所で、村から12kmほどガブロヴォ方面に山を登ったところにあるシプカ峠の頂上には、高さ約32mの巨大な自由の碑がそびえ立つ。モニュメントの前のライオンはブルガリアの象徴だ。内部は兵士の遺品などが展示された博物館になっている。(中略)この戦いでのロシア・ブルガリア連合軍の勝利により、ブルガリアはついにオスマン朝支配から脱することができた。」
(「地球の歩き方 '07〜'08年版」より) -
ブルガリア国家のシンボルのライオン像のある自由の碑
「シプカ峠
シプカ村から曲がりくねった道を北に13kmのところに、シプカ峠(1,306m)があります。900段ほどの階段を上ると、ストレトフ山(Mt. Stoletov)(1,326m)の頂上にたどり着きます。そこには32mの高さの印象的な自由の碑があります。これは1937年に、1877年4月に戦死した7,000人のロシア兵とブルガリア義勇軍を追悼して建てられました。彼らはプレヴェンで包囲された仲間の解放のために約27,000人のトルコ兵を相手に戦い、勝利しました。カザンラックからシプカ峠に行くには、ハスコヴォ、カブロヴォまたはヴェリコ・タルノヴォ行きのバスに乗り、運転手にシプカ峠で下ろしてもらえるように頼みます。」
(Lonely Planet(2nd edition 2005年刊)より私訳) -
自由の碑の前は見晴らしバツグン
山並みの描くラインがすばらしいです。
モニュメントがあちこちに見られます。 -
自由の碑の前にあった大砲を、美しいバルカン山脈を背景に
あっ、おじちゃんが入ってる(泣)。 -
威厳たっぷりの自由の碑
ガイドがこのアングルで撮りました。
おお、なかなか良いではないか───と思って私も真似しました@
「シプカ山頂の自由のモニュメント
国立パーク・ミュージーアム“シプカ”(National Park-Museum “Shipka”)は、1877年から78年露土戦争中のシプカ峠での防衛戦に関わりのある場所を含む歴史的指定区であり、モニュメント群、復元された陣営地、砲台、地下壕があります。シプカ山頂には、自由の碑がそびえ立っています。それは、建築家ドンコフ(Donkov)と彫刻家アンドレーフ(Andreev)のプロジェクトに従い、ブルガリア人の有志による寄付のおかげで建造されました。自由の碑は1934年に落成されました。
自由の碑の高さは31.5mです。中央の入口の上には、ブルガリア国家の象徴であるブロンズのライオン像が誇らしげに立っています。他の3面には、シプカ、セイノヴォ(Sheinovo)、スタラ・ザゴラ───ブルガリアの志願兵たちの勇敢さを想起させる戦場の名が刻まれています。
地下には、横たわる4頭のライオンに乗せられた大理石の棺おけに、シプカの防衛線で亡くなった英雄たちの骨が納められています。棺おけの前には、ロシア兵とブルガリア人志願兵の石像が、時を止めて永遠の守護者となっています。
自由の碑の7階ある展示室では、5ヶ月にわたったシプカ峠の戦いでのロシア人とブルガリア人の勇敢な行為が解説されています。その中には、勲章や記章、写真や記事、参戦者個人の持ち物、武器の豊富なコレクションがあります。ブルガリア人志願兵の最初の戦旗であるサマラ旗(Samara Flag)のレプリカもあります。最上階では周辺の広大な眺めが開けており、シプカの英雄たちの勇敢な行為と犠牲の記憶を保存する砲台(復元)、塹壕、印で示された守備位置、モニュメントや共同墓地が見わたせます。」
(シプカ僧院のそばの露店で買ったリーフレット「Shipka The National Park - Museum」(ART TOMORROW出版(www.arttomorrow.com))より私訳) -
地下のシプカの峠の戦死者たちを祭る棺と彫像
入口入ってすぐに見下ろせます。
彫像は、どちらかがブルガリア兵でどちらかがロシア兵の象徴でしょうか。 -
シプカの戦いを描いた絵
死者のいる左側はトルコ兵のはず。 -
友軍のロシア軍
背景は、自由の碑から見たバルカン山脈のかんじに、当然ながら似ています@ -
雌雄を決する戦い
左側の白馬に乗った白帽子がロシア兵の隊長さんです。 -
味方の死体まで武器に使わざるを得なかったという壮絶な戦い
下へ転り落ちそうになっている方がトルコ兵です。 -
ブルガリアの将校たちの軍服
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勝利の瞬間
3月なので、シプカ山は雪景色です。
ロシア軍の隊長と捕虜になったトルコ兵の隊長が左側に描かれています。 -
シプカの戦いの絵画と実際に使われた兵士たちの品々
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ブルガリアの将軍の1人のイラスト
顔つきが気に入ったおじいさんのイラストを選びました。
軍帽に注目。
ガイドに言われなかったらトルコ側と勘違いしてしまいそうです(トルコ兵の絵がわざわざこんなところに飾られているはずがありませんが)。
軍帽のデザインは、下半分は、キリストの頭と足のための部分もあるロシア十字。 -
シプカの峠の戦いをテーマにした三連祭壇画スタイルの絵の中央
武器のないブルガリア兵は、岩や、仲間の死体まで使わなければならない壮絶なものでした。 -
シプカの峠の戦いをテーマにした三連祭壇画スタイルの絵の全体
左右は兵隊の家族などが描かれています。 -
自由の碑の最上階からの、目の覚めるような鮮やかな緑の見晴らし
この日も猛暑でしたが、ここは風邪も強く、涼しかったです。
おそらく春・秋は寒いくらいでしょう。 -
自由の碑の最上階から北側を眺める
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自由の碑の最上階から南側を眺める
上ってきた階段の一部をファインダーに収めました。 -
自由の碑の北側の景色、彼方の村と湖にズーム
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鎖を断ち切ったライオンの浮彫
ライオンはブルガリアの象徴で、オスマントルコ支配を断ち切ったことを意味する浮彫です。
「シプカ・ブズルジャ国立パーク・ミュージーアム(Shipka-Buzludzha National Park-Museum)は1956年に設立されました。このミュージーアムには、近くのシプカ町(カザンラックの北12km、定期運行バス路線上)のキリスト生誕追悼教会(シプカ僧院)、シプカ山(バルカン山中のシプカ峠の上、カザンラックの北西26km、カザンラックとガブロヴォを結ぶバスは全て停車)の自由の碑、そして周辺の歴史的な場所──勝利の碑やセイノヴォ村に隣接する公園(町の北西11km、シプカ町の南3km、定期運行バス路線上)やバルカン山中のブズルジャの歴史的な場所(町の北17km、シプカ峠の東12km、定期運行バス路線なし)も含まれます。(中略)」
(HP「Pictures of Bulgaria」より私訳(http://www.picturesofbulgaria.com/article/shipka-buzludzha_park-museum.html))
関連の旅行記
「2008年ブルガリア旅行第6日目(2):トラキア平原とシプカ僧院」
http://4travel.jp/traveler/traveler-mami/album/10288302/
「自由の碑は、バルカン山脈シプカ峠の南にあるストレトフ山頂(Stoletov。1,326m)に誇らしげに立っています。訪問者は、峠から自由の碑まで894段の階段を上ります。自由の碑は1934年に国中の有志の支援で建てられました。高さは31.5mあり、正面入口には誇らしげなブロンズのライオン像が見られます。他の3面には、シプカ、セイノヴォ(Sheinovo)、そしてスタラ・ザゴラ──戦いの英雄たちとブルガリア人志願兵たちの功績を思い起こさせる戦場の名が刻まれています。開館時間:毎日午前9時から午後5時まで。要請すれば専門のガイドを手配できます。自由の碑はシプカ国立公園博物館の真っ只中にあります。実は実際の戦場だったまさにその場所にいくつか博物館が建っており、シプカはその1つです。そこには、シプカ峠の防衛線に関わる興味深いあらゆる場所や地点があり、記念碑、かつて設置された戦略地点の跡、塹壕や砲台の総合施設です。歴史的かつ最も有名な断崖絶壁であるオルロフの巣の山(Mt. Orlovo Gnezdo)は近くです。シプカは、1877年8月21日から23日にかけて、最後の勝敗を決める戦いの舞台となり、その戦いは後に国民的詩人イヴァン・ヴァゾフ(Ivan Vazov)に不滅の詩「シプカ峠の防衛者たち(Opalchenzite na Shipka)」を書く創作意欲を掻き立てました。毎年3月3日(ブルガリアの国民の祝日)と8月23日(露土戦争全体の中で最大の激戦のあった日)、国の行事が行われます。そのため、1年中、観光客が押し寄せます。(後略)」
(HP「Pictures of Bulgaria」より私訳(http://www.picturesofbulgaria.com/article/shipka-buzludzha_park-museum.html))
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