2008/11/08 - 2008/11/16
619位(同エリア1203件中)
麗香さん
取り敢えず、旅行記という名のノンフィクションストーリーです。
ぜひ、「ペルーは地球の裏だった 壱」から順番にお読み下さる事を強く推奨致します(笑)
http://4travel.jp/traveler/rei-ka/album/10289046/ ←壱
http://4travel.jp/traveler/rei-ka/album/10290248/ ←弐
-
さて、皇帝の居住区にやってきました。
お分かりになるでしょうか?
それまでの石組みとは全然気合の入り方が違うのが!
因みに、上の方のやる気の無い石組みは、後世に補修した時に乗せたものだそうです。
もしも日本人が修復するなら、限りなく当時の技術を再現して、どこから補修したのかが判らないくらい緻密な補修をしたでしょうね。
この辺も、日本人の目から見ると民族の違いが出てて面白いです。 -
星見の設備と言われているものだそうです。
水を張って、天体(星や太陽)を観測したとか。
インカ時代は、天体の運行から時間や日にちの移り変わりを読んだのでしょうから、大切なものだったに違いありません。 -
試しに太陽を写してみました。
この日も、晴天に恵まれて居ましたが……。
咳は相変わらず酷く、段々ハスキーボイスも出しにくくなってきました。 -
心行くまで段々畑です。
もう、どんだけ!
って位の段々畑です。
これだけの畑で作物を育てていれば、食べるものにはまず困りません。
トウモロコシやジャガイモが主な産物だったそうですが、その種類も半端無い位バリエーション豊富だったそうです。
ペルーで食べたジャガイモやトマトは、味が濃厚でした。 -
歩いてふと横を見ると、突然断崖絶壁を発見!!!
ええーっっ、こんなの街中にアリなの?!?!?!? -
と思ったら、階段が続いていました(笑)
それにしても、急傾斜の階段で降りるのがそれはそれで怖いです。
こんな所で子どもを遊ばせられません。
因みに修学旅行生が沢山居ました。
11月は修学旅行の子が多いらしいです。
かち合うと最悪なので、10月11月に旅行を予定している方は、気をつけて下さいませ。
ガイド曰く、一番遺跡に対するマナーが悪いのはペルー人だそうです。修学旅行生含め。
それを聞いて思ったのですが、どうせ子どもの頃強制されて訪れた遺産なんて、その価値も有り難味も判らないのですから(自分の記憶含め)、こういった世界遺産などは18歳未満立ち入り禁止にしちゃえばいいと思います。
遺跡壊したら刑事告訴できるし(笑) -
水場です。
皇帝の(以下略)
皇帝の沐浴所は、水場の中でも最上段にありました。
つまり。
皇帝が沐浴した水が、その下に落ちてきて、その水を皆が有り難がって飲んだり使ったりしていた訳です(遠い目
また、変な妄想しちゃいました。 -
これはなんだろう。
と話していて。
マチュピチュは雨が多いので、屋根の無い部屋には必ず雨抜きの穴がついていたのですよ、という説明がありました。
その後、連れと2人で見学していて、部屋と部屋の間に小さな隙間が合って、その隙間に必ずこの窪みがあったので
「これはトイレだったんじゃないか」
という妄想にたどり着きました。 -
この階段も見事です。
別に階段フリークではないのですが、石を削って作った階段はある意味、物凄い美を内包しているように思います。
意味もなく上りたくなってしまいます。 -
皇帝の寝室。
奥に見えるのがベッドだとか何とか。
それにしては、ベッド部分の壁だけ作りが乱雑なのが気になります。
他の壁は全て長方形で緻密に組んでありますのに。
うーん。
コレに関しては、良い妄想が浮かびませんでした(笑) -
雀です。判りますでしょうか?
左上にちょこんととまっています。
青い鳥も居て写真に収めたかったのですが、撮影失敗しました。しょんぼり。
ここでみた小鳥は、全部小柄で可愛らしかったです。 -
ガイドさんに一通り案内&説明をしてもらい、昼食をはさんだ後フリータイムになりました。
下山するもよし、観光を続けるもよし。
私は、王族の居住区がどうしても気になったので(突然感じた映像のせいです)、そこに再来訪したかったので、観光続行する事に。
同僚と2人でワイナピチュを眺めていると、ふと祈りを捧げないといけないような厳かな気持ちになりました。
「思わず祈りたくなるね」
と前置きをして、不審がられないようにしてから、手を合わせてワイナピチュに祈りました。
これが、重大な意味を持つとはこの時は思いもしませんでした。
相変わらず咳き込んでいました。
だんだん声がかすれてきて、ガイドさんと別れた頃にはまるで、○スギと○ーコみたいな声になってました。
「オカマを馬鹿にしないでよっ」
なんて言っていたのもつかの間…… -
王族の居住区で、先ほどガイドとは周らなかった辺りにきました。
一番右側の段々畑に近い部屋まで行き、窓から外を眺めた時、再びデジャヴュが訪れました。
デジャヴュに嫌悪感の無い方だけお読み下さい。
私はやはり女性でした。
さっきのデジャヴュの女性と同じかどうかは不明です。
この部屋の隣には、見晴らし台のような場所があり、見張り小屋や段々畑が見渡せるような景色が広がっています。
そこには、見張り役の男性が居ました。
交代制で見張りをするのが、彼の仕事。
私にとって、自分の部屋のすぐ横にある見張り台へ行き、彼とお喋りをするのが何より楽しい時間の過ごし方でした。
私は、その彼との仲を誰にも遠慮する必要が無い様子でした。
水場や、あらゆる場所でデートを楽しんでいましたし、人目を憚るような様子もありません。
私が皇帝の娘だったからなのか、そもそもマチュピチュが皇帝のハーレムだったというのは違っていて、避暑地かもしくは祭場だったから、その中での恋愛は自由だったのか。
兎に角、私はそこで恋人ととても幸せな時間を過ごしていたようでした。 -
作りかけの見張り台。
午前中から昼にかけては晴天だったのですが、少し雲が出てきました。
そして。
程なくして私は、声が出せなくなりました。 -
疲れたので、同僚と2人、そこら辺に座ってボーっと景色を眺めていました。
私の声帯は、全く震えなくなりました。
腹から(正確には肺から)空気を出しても、声帯を震わすことなく空気だけが口から出るだけ。
声が出ない経験は、生まれて初めてでした。
伝えたいのに伝えられない。
伝えたいのに伝わらない。
囁くようなウィスパーボイスだけが辛うじて使え、始終ひそひそ声で喋らなくてはいけませんでした。
声帯を使わず、口の動きと歯の隙間から出る空気を利用して言葉にする囁き声は、相手に近寄って貰って注意して耳を傾けて貰わない事には、意思伝達にはとても使えません。
次第に囁く事にも疲れ、2人でぼんやりと座ってワイナピチュを眺めていました。
すると……
砂埃が全身に叩きつけられる程の強風が勢い良く吹きました。
本能的に、何となく遺跡を後にするタイミングが来たことを悟りました。
「帰りましょうか」
同僚も同じくそう思ったようで、2人で下山するためにバスに乗り込むと、やおら雨が降り出しました。 -
声を失ったまま、マチュピチュを後にしてアグアスカリエンテスの村に着きました。
バスを降りる頃には雨も上がり、予定調和通り雨具は使わずに歩く事が出来ました。
本当は、雨上がりに虹がかかるマチュピチュも見たかったなあ……と思ったのですが。。。
声が出ないし、再びバスに乗って引き返すだけの元気もありませんでした。
ここで前の晩、絵葉書を買って居たので記念に出そうと思い、郵便局に行くと……
地球の歩き方には、一通1.5ドルと書いてあったのですが……
一枚5ソルと言われました。
ドルだと2.5ドルだと言われました!!!!!!
どんなレート!!!
正規の郵便局なのでボッタくる筈は無いのですが、あまりに信じられなかったので、正規の銀行に行ってレートを聞くと
レート ドル/ソル 1:2
もうね、何だコレは?!?!?!?
ガイドに、ウルバンバのほうがまだレートはマシですよと言われた意味が良く判りました。
マジで、アグアスカリエンテスではソルが命という事を痛感。レート悪すぎ。
クスコで両替したお金を、それまでの市場でお土産買うのに使ってしまっていた私は、エアメールを充分に出せるだけのソルがありませんでした(涙)
ドルで出す予定でいたので、残していなかったのです(爆)
仕方が無く、自分宛に出す予定のエアメールは諦めて、少しだけエアメールを出す事にしました。
しかも声が出ません。
声が出なくなってからは、連れが通訳(?)をしてくれていたのですが、その連れがお土産を見るというので別行動をしていた関係で、自力で郵便局の人と意思の疎通を図る必要に迫られます。
余談ですが、私は海外に行って現地の言葉で現地の人と会話するのが結構好きです。
通じなくてもボディランゲージででも何とか会話を成立させるのが大好きなのですが……
そんな私に、声が出なくなる仕打ちはかなり堪えました。
郵便局では、メモに「Airmail」と書いて見せて、如何にも外国語が喋れない日本人のように振舞いました。
まさか声が出ない日本人だとは、思われなかった事でしょう(涙)
写真は、旧アグアスカリエンテス駅の傍にある公園。
初代皇帝の像らしいのですが、その前に立つ蒼い服の女性が微妙に叶姉妹の美香さんに見えました(笑)
側女ですかw
因みにアグアスカリエンテスのお土産事情。
駅の真横にお土産物の屋台が密集した場所があります。
それ以外にも、旧駅周辺に店を構えた所も多数あります。
屋台の中央辺りに、ケーナを売るお店があるのですが、そこは非常に良心的でした。
値切る必要がない位良心的なお値段の付け具合。
サンポーニャとケーナの小さいのは400円〜500円。
プロ用の千円以上するものを買えば、アンデス織のケースをサービスしてくれるとの事です。
私はサンポーニャを購入。
因みに、ケーナは
・竹 ←一般的
・木
・骨
と三種類ありました。
骨怖いよ骨 -
日が暮れる前に温泉に行こうという事で、マチュピチュから降りてきてすぐに、ウルバンバ河沿いにある温泉へ行きました。
実は前日の夜に入ろうと提案したのですが、連れは明るい景色を眺めながら入りたいという希望を持っていたので、特に希望の無かった私は合わせる事に。
温泉と言っても、水着着用の公衆温水プールのようなものです。
入場口に着く直前……旅行最初で最後の大雨に合いました。
土砂降りの中……先に進むか引き返すか悩みました。
止んでから夜に来るのもアリだと思ったのですが、正直村はずれにある温泉、結構行くのがめんどかったのです。
また出直すのも面倒なので、ええいと中に入る事にしました。
思えば、色んな要素で最悪のタイミングになってしまった訳ですが……。
私はさっさと水着に着替えてしまい、最初は連れを待っていたのですが余りに寒いので、先に温泉に向かいました。
湯気の出具合を見ると、奥の2つのプールが温かそうです。
一番奥は子ども達がわらわら居たので回避して、その隣のプールに入りました。
そこは大人しか居なくて快適……
連れが来る直前に、それまで居た大人たちが上がり、子ども達が代わりに入って来るじゃありませんか!
世界中の子どもの考える事なんて同じです。
その子達はペルー人の修学旅行生でしたが。
なんと!
温泉で泳ぎ始めたんです!
私が傍に居るのにシカトで、潜ってバタ足とか始めやがりました。
付き添いの先生が注意しても、言う事聞きやしません。
ペルーでも、モンスターペアレントが居て子どもの教育も出来ない教育現場になってるんでしょうかね。
ぶっちゃけ迷惑です。他人に教育を任せられないなら学校に通わすなっちゅうの!
バチャバチャ温泉がかかって怒り心頭になった私。
やおら一番派手に遊んでいた子どもに近寄り、頭を温泉の中に掴んで沈めてやりました。
それに驚いたのは、沈められた本人だけではありませんでした。
周りの子ども達も付き添いの先生も蒼白。
一瞬そのプールは静かになりました。
よしよし(笑)
と思っていたのもつかの間の事。
別の子ども達の集団がわらわらプールに入ってくるじゃありませんか。
今の出来事を知らない子ども達、同じようにまたバタ足とかを始めました。
ムスーっとする私。
私の顔色を伺う付き添いの先生。
もう一回子どもを沈めようかと思っていたのですが、連れに諌められて思いとどまりました(笑)
基本的に私は、煩い男の子が大嫌いなんですよねー(笑)
結局、全く温泉を楽しむ事が出来ず、不愉快な思いだけしてその場を去ることに……。
ここでアドバイスです。
秋は向こうも修学旅行シーズンです。
かち合う日程で行ってしまった場合は、子ども達がマチュピチュ観光をしている昼間か、子ども達が撤収した後の夜間に温泉に行く事を強くお勧めします。
夕方はバッティングしますからね!
その場合は、1人沈めると大人しくなるっぽいです(爆)
そして、温泉の後暫し自由行動で、私は郵便局に行く事になる訳です。
さっきの公園で連れと合流後、夕飯を食べようと言う事に。
ガイドブックに乗っていたお店に行き、メニューを見るとそこそこいいお値段です。
連れのお財布がピンチだったため(そして私もご馳走するほどの余裕が無かったため)、もう少し安いお店を探そうという事に。
ボケーっと歩いていると、連れがレストランのオッサンと何やら交渉しています。
連れ「メニュー1ソルらしいですよ!(興奮)」
そんなバカな(笑)
と思ったのですが、本当に1ソルならアフォみたいな価格破壊です。どんな料理が出るのやらと興味しんしんで入ってみる事にしました。
どっちにしても、私は声が出ないので交渉毎は連れに任せるしかないのです。この辺自分役立たず的な悲しさがありました(涙)
とは言え、腹の底から1ソルになるなんて信用していなかったので、オーダーはスープとメインディッシュを一皿づつ頼んでシェアする事にしました。
待たされた挙句出てきた料理は、ぶっちゃけ塩辛くて不味かったです(苦笑)
お会計は……24ソルだったかな。
連れは、騙されたと衝撃を受けていました(笑)
私は、連れの交渉の様子を見ていなかったし、会話も聞いていなかったので、真偽の程は判りません……ディナーとしては妥当な値段だったので、まあいいやとお支払い。
いや。
もし私の声が出ていたら、文句言ったと思います(笑) -
高山病とは無縁な標高の、アグアスカリエンテスでの連泊も終了。
ソルさえ多めに持っていれば怖いものなどありません(笑)
お土産物屋は、そこそこ高いですけど種類が揃っていて一箇所に纏まっているので、買うには便利です。
個人的にはピサックのマーケット一押しですけれども。
朝の便で再びビスタドームに乗ってウルバンバまで。
そこから車でクスコへと戻ります。
私は相変わらず声が出ません。
ガイドと合流し、声が出ない旨を伝えます。
帰路は、とても静かでした。
如何に私が普段喋り捲っているかを身に染みて実感しました(涙)
マチュピチュからクスコへ向かう電車では、アルパカ製品のファッションショーをやると言う噂は聞いていましたが。。。
モデルは乗務員の男女でした。
特に女性は、制服を着て眼鏡をかけて髪をきっちり結わいていた人が、髪を下ろして眼鏡を外す変身っぷり。
別人のような変身がとても楽しそうでした(笑)
そして写真……愛嬌のある男性乗務員だったのですが……背中にタグが(笑)
自分たちで着替えていたのでしょうがないですねw -
目差し帽やヴぁいです(笑)
普通におみやげ物屋にも、この目差し帽売ってましたけども……
日本じゃ普通に使い道ありません(爆)
因みに、耳当て付の帽子をスキー用に買おうと思ったのですが、実際被ってみると上のボンボンの部分がもっさりしてて、余り可愛くなかったので止めちゃいました(てへ
ファッションショー後の車内販売では、外国人達がアルパカ製品のワゴンに群がっていました。
ずーっと群がっていたので、私らの方まで売りに来る前にウルバンバに到着しちゃいました。
ホッとしたような残念なような……。
その為相場は判りませんでした(苦笑)
まだ声が出なかったので、少し筆談する他はずっと車窓から外を見ていました。 -
ウルバンバに到着。
そこから、クスコまでは専用車です。
行きに見た風景を再び眺めながら、じわじわ標高が上がってゆきます。
ガイドに高山病の心配が無いかどうか確認した所、一回身体が慣れてしまえば大丈夫との事。
ホッと胸を撫で下ろします。
クスコから遺跡へ向かう道では、殆ど信号が無かったのですが、流石に街中にはありました。
日本に比べると、圧倒的に信号が少ないです。
替わりに、速度を強制的に落とさせるためのでっぱりが、道に頻繁にありました。
クスコに着き、ホテルにチェックインした後、マラス塩田の塩が欲しかったのでガイドに買いに連れて行ってもらいました。
ガイドとはそこでお別れです。
クスコから周辺遺跡を回り、マチュピチュを案内してここまで。
主要な観光地全てで、大変お世話になりました。
やれアレが欲しいこれが欲しい声が出ない……随分大変な観光者だったと思います(遠い目
マラスの塩が買えるお店は、高級ショップの集合した場所っぽい所にありまして、日本語が話せる店員さんも居ました。
塩は、MARASAL社製品で一袋1ドル。ビニール袋入り80グラムとアンデス織の袋入り60グラムがありました。
私は、職場のお土産を塩にすると決めていたので、荷物を軽くする為に60グラムをチョイス。
袋もいい感じでした。
そこでも声が出ないで酷く咳き込んでいたのですが、それを見かねた日本語喋れる店員のおばちゃんが
「喉痛いの? コカのタフィーで"Misty"ってのが喉にいいのよ。私も欲しいから買って来てあげる!」
と言って、娘らしき女の子をマーケットまで使いにやってくれたのです。
これにはもう吃驚!
本来私は、外国で買い物をするときは絶対値切るのですが……
タフィーを買いに行ってくれた時点で、「この店では値切るまい」と強く心に誓いました。
実際お値段も適正でしたしね(苦笑)
結果的に、買いに行ってくれたマーケットにはタフィーがありませんでした。
他にも大きなマーケットがあると教えてくれたので、連れと買いに行く事に。
マーケットには行きたいと思っていた事と、兎に角声が出るようになるために必至だったからです。
普通に声が出ないと不便なのですが……
実はこの日は午後から、シャーマンの村に行くオプショナルツアーを組んでいたのです。
わざわざこのために個人手配にして来たのに、シャーマンに会って何も喋れなかったら、意味ないじゃないくわあああ!!!
悲痛な心の叫びと共に、マーケットへ。 -
海外のマーケットでの楽しみと言えば、現地の果物を買う事!
この為に、アトランタからリマへ向かう国際線で出たナイフとフォークのセットを、お持ち帰りしてました♪
ナイフ類は機内持ち込み禁止ですが、機内で配布されるナイフがあれば、果物程度なら食べられます☆
クスコで一番大きなマーケットへ行き、果物コーナーで激写☆
パパイヤが異様な大きさでした。人間の赤ちゃんより大きい!!!(笑)
でも、大きいだけに味も大味。
パパイヤは買うほど美味しく無いと思います。。。
何と言ってもペルーで美味No1だったのは、マンゴー!
あの超高級宮崎産マンゴーにも匹敵するお味で、お値段なんと30円!
安っ!
マンゴーと、何だか良く判らない果物を購入しました♪
他にも、蜜柑や林檎、バナナなど見覚えのある果物も沢山売っていました。
桃みたいな果物があるという情報もあったのですが、残念ながら私たちが行った11月は、フルーツオフシーズン。
日本から行くベストシーズンは、雨季が終わって乾季が始まり、更に他の国の旅行者が少なくて果物がシーズンになるGWだそうです。
GWは、日本からのツアーは割高かもしれませんが、現地にはGWなどありませんので、現地についてからは普通のお値段で行動出来るそうですよ。
GWの個人旅行(現地旅行社手配)が最高かもしれませんね〜
兎に角、ペルーに行ったらマンゴーはぜひ食べて下さい!
美味しくてヤヴァイです。 -
そして、マーケットでの戦利品。
左上は、噂のタフィー!!!!!
コカのお菓子にはどうやら二種類あるようでした。
コカの種類なのか、製造の違いなのかは良く判りませんが、喉にいいのは「Misty」と書かれたものだと再三念を押されました。
で、Mistyを必至で探してゲット。
コカの加工食品はちょっとお高くて、200円位。
マンゴーが30円なことを考えると、日本とペルーでは果物とお菓子の位置づけの違いが一目瞭然。
そこら辺で勝手に生っている果物より、加工品が高いペルーの感覚の方が、普通なのかもしれません。
喉にいいのならば、と奮発して二袋買いました。
味は、超グッド!
丁度抹茶味のタフィーだと言えば、正確に日本人に味が伝わると思います(笑)
その横にあるのは、マテ茶。
このマテ茶のティーバッグは安くて、ひと箱50円位。
安かったのでお土産用に大量に買いたかったのですが、嵩張るので、遠慮気味に二つだけ購入。
右下のは、Mistyでは無い方の「vida」というコカキャンディ。
こっちのvidaの方が、あちこちで良く見かけます。
Mistyの方が若干お高くて、vidaコカキャンディの方は100円位だったかしら……
最後にその横のパン!!!!!
マーケットでは、焼きたてのパンも売ってました。
昼食代わりにフルーツとパンを購入したのですが、このパンがヤバイ位美味しい!!!
お値段は何と、20円位!!!!!!!
超美味しかったので、ホテルに戻ってから食べたのですが、もっと買えばよかったと激しく後悔。パン大好き(笑)
もしもクスコに住んでいたら、毎日このパンは買って食べると思いますw -
昼寝わんこ
本当にあちこちで、ぐったりと昼寝するわんこに遭遇します。
このわんこにも癒されました。かわいい♪
恐らく、最初は日陰でお昼寝していたのでしょうが、気付いたら日向になってましたシリーズです(笑)
お尻の辺りの日陰がそれを物語っています。
因みに、連れはマチュピチュを初めとした毎日の遺跡群観光で、足が筋肉痛になっていました。
私は毎日の咳き込みの為、腹筋が筋肉痛になっていました。
腹筋が筋肉痛になるほど咳き込むって、どんな?!?!?! -
前置きですが。
私はヤバイ位、ソフトクリームに目がありません。
観光地やサービスエリアではご当地ソフトを必ず食べます(〃´ー`)=3
そんな私です。
生ものは食べちゃダメ! と言われているペルーで、ソフトクリーム屋を見つけた暁には、自制心も揺らぎます。
見ると、親子連れが買っているじゃありませんか。
ううう。
食べたい……。
幾らか値段表示が無かったのですが、親子が支払うコインを一所懸命見学。
多分1ソル。
じゃあ一個は50セントかなーと思ってたんですが、連れが聞くと1ソルとの事。
子どもにサービスしていた可能性もあるので、大人しく1ソル支払う。声も出ないし(笑)
味は、チョコとバニラとミックス。
コーンは毒々しい食紅とか使ってそうな色が色々(笑)
たまたま私にはオレンジのコーンで作ってくれました。
ヽ(^◇^*)/ ワーイ
美味しそうです。
食べました!
ヽ(^◇^*)/ 美味しい〜
日差しの厳しいクスコでこれは美味しい。
冷たいソフトクリームに癒されるようです。
「美味しいね〜」
……ん?
「あああああああああああ、声が出たあああああああああああ!!!!!!」
単純なもので、ソフトクリームを食べたら、嗄れ声でしたが、なんと声が出ました( ゜Д゜)びっくり
因みにこのお店、大人気みたいで見ている間中行列が出来ていました。
流石声が出るようになるソフトクリーム!(違
これで、シャーマンと話せます(感涙 -
ホテルの部屋で昼食を済ませつつ、午後からのシャーマン訪問予定時刻まで待機。
ホテルに迎えに来たのは、日本語が喋れるペルー人男性でした。
何でも日本にも留学していた事があるという。国際色豊かなペルー人で日本語ペラペラ。
所で。
ソフトクリームを切欠に声が出るようになった私。
コカタフィーで喉を少しでも治そうと、むさぼるようにタフィーを食べ捲くりました。
「これは私の命綱!><」
必至のタフィー食いに連れも苦笑です(笑)
連れ「そんなチェーン食いしなくても……温存したらどうです?」
どうやら、理性を失ってタフィーを食べていたようです(笑)
そしてタフィーを食べながら、専用車に揺られて一路シャーマンの居るワサオ村に向かいます。
このガイドに私は、先日までの日本人ガイドには聞けなかったペルーの民族的感情や宗教などについて、突撃インタビューを試みました。
声が出ない間寡黙だった私が、突然機関銃のように喋りだしたので、連れはどう思っていたやら……(笑)
まずはペルーの宗教事情。
民族はスペイン人の侵攻により、半強制的にカトリックに改宗させられているとの事。
その為教会があちこちにあり、ペルー人の多くはクリスチャンである事。
ただ、全員ではなく今でも昔ながらの大地の神バチャママをあがめる信仰をしている人々も(主に高地のアンデス地方では)居るとの事。
そうそう。私はペルーに来てそういう事を聞きたかったんですよ。
因みにこのガイド自身は、キリスト教を始めとした特別な宗教を持たず、中立の立場を保ってガイドをしているとの事。
それが本当ならば、非常に色々質問しやすくて助かります。
私は常々感じていました。
ペルーの施設が観光客用に作られている事。
小柄なペルー人が、何故大柄な外国人に合わせたサイズを使わなければならないのか。
本来ならば、小柄な日本人である私に丁度いいサイズであるべきペルーの設備が、大きくて使いにくい。
つまり、ペルー人にとっても使いにくいものばかりと言う事。
この事に、非常に納得のいかない思いをしていました。
スペイン人に侵略されて、先祖は大切な国と文化を失ったのです。
建築物は壊されて、その上に先祖の建築物より明らかに未熟な技術の教会を作られたり。
地震でスペイン人の建築物だけ壊れたり。
そういった歴史を負ってなお、外国人サイズ(ぶっちゃけスペイン人サイズですよね)のものを用意するのか。
国の、民族のアイデンティティは無いのか……。
そんな思いをガイドにぶつけました。
ガイドは言いました。
「ペルー人は、ハングリー精神の少ない民族なんですよ。」
つまり、コンチクショウ、という気持ちを抱かない民族なのだそうです。
あるがままを受け入れ、あるがままに順応する。
未だに高地では、人々が手作業で羊を追い、トウモロコシやジャガイモを収穫する。
それも、現状に甘んじて向上心を持たないという、民族の特徴から生まれたものだと。
まあ、変に効率ばかりを目指して機械化せずに、人の手で食物を収穫する事は、私には美徳に見えますので、それはいいと思うのですが。
スペイン人に侵略されて、今ペルーの公用語はスペイン語なんです。
言語を奪われる事が、一番のアイデンティティの崩壊だと私は強く思います。
日本では、千年も昔に書かれた書物を今、現代人が読む事が辛うじて出来ます。
源氏物語の原文も、日本人なら意味を汲んで読む事が可能なはずです。
ペルーでも、高地アンデス地方では、昔ながらのケチュア語を話す人々が居ます。それが本来あるべきペルー人の姿だと私は思ったのです。
でも、首都リマの公用語はスペイン語。
ペルー人でもケチュア語等を話せない人は、居るんじゃないかと思います。
ガイドは言いました。
「私は個人的には、スペイン(と言う国)は嫌いですよ」
この一言に、私は物凄く救われた気持ちがしました。
何故なら私の心の中には、厳密な理由は不明なのですが何故か「アメリカという国に対する嫌悪感」という強い感情があるからです。
アメリカ人個人に対してどうのという気持ちではなく、国に対して不思議な嫌悪感が前からあるのです。
それは、日本が敗戦した相手国だからかもしれません。
でも、私は戦後生まれです。
具体的な被害を受けた訳ではありません。
具体的に考えれば、日本人が憎むべき国は、拉致を行った北朝鮮や、日本に毒物を輸出してくる中国だろうと思います。
実際そういう「理由のある嫌悪感」をそれらの国には抱いていますし、中国産の食べ物は絶対買いません。
日本はもっと農業を大事にして、もっともっと自給率を上げるべきです。
日本人は、自分が食べる野菜位庭で育てるべきなのです。
住む土地で育った食べ物を食べる。
これに関して日本はペルーに大差で負けていると思います。
これは、非常に大事な事です。
大地の恵みを実感する事。そんな事の無い生活は、本来は人として異常なんだと思います。
話が旅行記から大幅に逸れている訳ですが。これは私が今回ペルーに行った中で感じた、どうしても外せない話です。
うちの家族にアトピーは居ません。
何故なら私が子どもの頃、家の前には畑があり両親が野菜を沢山育てていたからです。
野菜は殆ど、その季節に畑で採れたものを食べていました。
畑のある家に住むために片道二時間程の長距離通勤を頑張って、働きながら日曜日に畑の手入れをするのは大変だったと思いますが、父は家族のために頑張りました。
そのお陰で、今回ペルーに行く間際に風邪を引いたのが不思議な位、私は普段風邪も引かず大きな病気もした事がない位の健康体です。
咳き込んで声まで出なくなった旅行記を書いといて全く説得力がありませんが(苦笑)
話を戻すと、そんな理由不明なアメリカへの嫌悪感を持つ自分自身が不思議で、私自身も何故そんな感情を持っているのか自問自答の日々だったりしたものですから、これだけ侵略されちゃって、自国の文化を崩壊されたペルー人が、スペインに対して嫌悪感を抱いていないのが不思議でたまらなかった訳です。 -
ガイドから逆に質問された事がありました。
ガイド「日本で、二次元のキャラとの結婚を認めるよう書名を集めているというニュースを見たのですが、本当?」
これには衝撃でした。
この質問を受けて感じた事を簡潔に一言で言わせて貰えば「日本の恥」だと痛烈に思いました。
私「そのニュースがあったのは本当です。でも、そんな事を考える人は本当に一部、署名を集めている人位ですよ。普通の日本人は違います。だからニュースになるんですよ。」
そりゃあもう必死ですよ。
日本人が頭のおかしい民族だと思われたら困ります。
ガイド「二次元キャラって、現実には存在してないですよね……」
ペルー人ガイドはかなり困惑してました。
判ります。
私もあのニュースを見た時は困惑しましたから。
あれは申し訳ないですが、ニュースにする前に、精神科に連れて行ってあげて欲しかったです。。。
その他にも、セックスレスの夫婦が日本では成立するのかと質問を受けました。
日本では確かに、成立しますよね。
連れは、身の回りにはそんな人は居ないので、少数派だと思うと主張していました。
ペルーではそんな事は在り得ないとの事。
日本は色々と人々が病んだ国なのかもしれません。
そんな質問の応酬をしていると、ワサオ村に到着しました。
ここまで読まれた方は何となくお察しかもしれませんが、私は民族的な事とか宗教的な事などに興味を強く持っています。
ワサオ村は、ガイド曰くシャーマンが住んでいる村との事。
但し、本当に凄いシャーマンは定住せず、ジプシーのように放浪し、必要な場所に現れるのだそうです。
定住しているシャーマンに対しては、半信半疑な様子でした。
今回はシャーマンに何を尋ねるのかと聞かれたのですが、私は「シャーマンに会う。占いの儀式を見る」という事が目的だったため、何を占ってもらうかは全く考えて居ませんでした。
が。
ここに来て、物凄く聞くべき事が出来ていた訳です。
前日から、ずっとこれについてシャーマンに聞こうと思っていた事がありました。
私「何故私の声が、マチュピチュに行って出なくなったのかが知りたいんです。」
それはもう、必死の質問でした。
タフィーで搾り出している声も嗄れ声。
本来の私の声とは程遠い別人の声です。
こうなってみて初めて、自分の普段の声が愛しく感じられます。
思い返すほどに、声が嗄れ始めたのがアグアスカリエンテスに着いてから。声が出なくなったのがマチュピチュで。
声が出るようになったのが、クスコに着いてから。
どう考えても、マチュピチュの麓に居る間、喉にダメージを受けていた訳です。
これはもう、マチュピチュに何かあるとしか思えません。
ワサオ村には数名のシャーマンが居るが、カードを使う者、コカの葉を使う者、いろいろ居るがどうするかと聞いてきました。
カードを使うシャーマンについては、カードを使う占いなら私にも出来るので(爆)、せっかくなのでコカの葉を使うシャーマンがいいと依頼しました。
では、二軒周って違いを見学するのもいいかもしれない、とガイドは言いました。
見比べるのも勉強になっていいかと、連れも私も大賛成。
最初に、ガイドお勧めの、コカの葉を使うシャーマンの所に行ってもらいました。
前にガイドも見てもらった事があるそうです。
行ってみると、前のクライアントを占い中だから、待つようにとの事。
人気のシャーマンらしく、待っている間も次から次とクライアントがやって来ては予約をして待っています。
中庭に入って写真を撮ったら、物凄く美しい写真になったのですが……個人の庭なので、掲載は控えます。
鶏と犬を写しただけだったのですが、ありえない位綺麗な光が入った美しい写真になってます。
この写真を見るだけで、あのシャーマンは本物だったのだろうなあと思います(笑)
大分待って、ようやく中に呼ばれました。
シャーマン……と言う事で微妙に期待したのですが、出てきたのはポロシャツを着た普通の身なりのおじさん(笑)
いや、マントとか微妙に期待したんですけどね(笑)
机の上には、コカの葉や摘んだ花などが散乱していました。
まずは連れから占い開始です。
コカの葉を片手にガサッと握り締め、名前を告げてから息を3回吹きかけるように言われます。
その後、コカの葉を高く掲げて手からパラパラと落としてゆきます。
少し落としては考え、少し落としては以下のような事を連れに告げました。
・どんな人物なのか
・恋愛は何回、いつ結婚に繋がるか
・どんな才能があるか
・子どもが出来るハーブを調合してあげよう
質問があるかを連れに尋ねます。
仕事と家庭の両立について知りたい、と言うと……
・こんな仕事をするよ
と、微妙に趣旨から逸れた回答がw
連れの占いでは、こちらから質問をしていないのに、恋愛と結婚と子どもについての言及が濃厚でした。
連れは結婚焦っている訳じゃないのにwww
そして、いよいよ私の番です。
・緊張しやすい ←本番に強いタイプなのになぁ。対人関係で無意識に消耗する所はある
・人を信じて騙されやすい ←基本性善説で信用する所が確かにあるorz
・人をなるべく信じすぎないように
・文化人類学、心理学、経営学に適正がある
・アメリカと相性が良くない。コーラとか余り飲まない ←ドンピシャでびびりました
・珈琲紅茶も余り飲まない方がいい。
・健康は問題なし。但し胃腸がたまに心配なので(神経性らしい)ミント茶等を飲むといい
・ヨガをやるといい
・マカを飲むと元気になる
現在の仕事を聞かれたので答えたら
・シャーマン的な仕事が合っている
・今後政治的な仕事をするようになる。その時期ももう決まっている
との事。
確かに私、コーラ好んで飲みませんし……前述の通りです。
珈琲は飲むと貧血気味になって具合が悪くなりますし、紅茶もそんなに渋みが好きじゃありません。
逆に、ハーブティが好きで特にミントティーが好きだったり……
最近ヨガを始めて「これだ!」と思っていた所だったり……
色々とビンゴが多すぎて、これは信用せざるを得ません。
人を信用しすぎるなと言われた傍から信用してしまいました(笑)
質問はあるかと聞かれたので、
「マチュピチュに行っている間、声が出なくなったのは何故か」
と聞きました。
シャーマン「インカのエネルギーを沢山受け取ってしまったため。エネルギーに敏感なので、受け取りやすい。
ワイナピチュに祈りをささげると、もっと良いエネルギーが来るようになる」
……デジャヴュを二度も受け取った事を思い出しました。
やはり、あれはインカ帝国時代のエネルギー(記憶)だったのですね(;´Д`)
エネルギーに敏感な体質だという事は、日本でも昔指摘された事がありましたし、それ故に自己防御をしっかりしないと心配だとも言われていました。
……orz もろに食らっちゃったよ
私「祈りってどうやればいいんですか」 ←必死
シャーマン「方法は自分のやり方でよい。地面に捧げものを埋める。ものは何でも良い。例えばこういうものを埋める(と、コカの葉ふた掴みと花を一掴み貰いました)。そういった(エネルギーの強い)場所で瞑想するのも良い」
行程の後半には、チチカカ湖もありました。
チチカカ湖を望む地面に埋めよう。
私は両手に渡されたコカの葉を握り締めながら、そう思いました。
他にも質問はあるかと聞かれたので、連れには結婚の話が出たのに私には無いのかと聞く。 ←必死(笑)
しかし。
シャーマンが何か話して、ガイドとドライバーが笑っているので、何かと聞くと、
ガイド「シャーマンは今全然別の話をしてますよ(苦笑)」
こたえる気無しかよwwwww
辛うじて、
・10年後に結婚する ←遠いよ
・8年後に子どもが出来るかも ←おいおい
・子どもは男の子2人 てんびん座の日本人を探しなさい ←とってつけたようにw
・今後出会う3人目が本命。それまでの2人とは結婚しない
との事を言ってくれました。
が。
ががが。
何となく、これ、非現実的過ぎて涙が出ます。
つまりはですよ。
私は仕事に生きる人生が運命付けられているんですね(涙目
これ、日本でも手相を見てもらっても何しても同じ事言われます(涙目
すっかり打ちひしがれて占いが終了(笑)
シャーマンは、新聞記事に掲載された当たる実績を持つんだと言う事を話してくれ、帰り際に儀式の場所を見せてくれました。
儀式場にあったのは……コンドルの剥製。
インカで言う所の「天」を象徴する動物です。
写真を連れが撮らせて貰ったのですが、掲載は控えます。私は撮影させてもらう勇気が出ませんでしたし(笑)
謝礼は気持ちで良いとの事でした。
本当に当たるからこそ、言えることでしょうね。
日本の占い代金の高騰に辟易していた私は、素直に感動しました。日本の見料は正直高過ぎです。
ご祈祷代金はお気持ちで、としている神社に通じる感じですね。弱者にも優しいです。
と、感動した割りに手持ちが少なかったため、占いの梯子をするつもりで居た私は1000円程を渡しました(爆)
で、次のシャーマンの所に行こうと言うと、ガイドも連れも、当たったからもうこれでいいんじゃないかと満足げ。
(;´Д`)えー
と言う訳で、シャーマン体験はこれで終了。
まあ、他に比較と言ってもカードを見てもしょうがないので私も満足する事に。
壁|-`)そんだったらケチらなかったのになあ……
とは言えですよ。
私にはこれで。
「地面にコカの葉を埋めてワイナピチュを遥拝する」
という新たなミッションが生まれたわけですよ。
思い出してください。
>ワイナピチュに祈りをささげると、もっと良いエネルギーが来るようになる
「もっと良いエネルギーが」
つまり……今私は、良くないエネルギーまで以下略
そりゃあ、生贄の台の傍がしんどかったり戦場跡地に入れなかった訳ですよね(苦笑)
ここから、旅の後半戦で私の「ワイナピチュを拝ませろ」格闘が始まるわけです。。。 -
アグアスカリエンテスに居る間、空は夜曇っていました。残念ながら、星どころか二日目の満月も見ることが出来なかったのですが……
連れ「あ!」
クスコで、1日遅れの満月(満月じゃないけどw)を見る事が出来ました。
カテドラルの横に上るほぼ満月、とても綺麗でした。
立ち止まって月を眺める人々も沢山居ました。
写真を見てお分かりのように、クスコの夜景は黄金に輝いていました。
そう言えば、私は日本から何故か塩を持参していました。
海外旅行に塩を持ってくる意味が自分でも判りません。
連れ「どうして塩持ってきたんですか?」
私「魔よけのため」
反射的にそう答えていたので、きっと魔よけのためです。
そう言えば、自分無意識だったのですが、リマでもウルバンバでも、その塩を鞄に仕舞っていたのですが、アグアスカリエンテスのホテルに着いた瞬間、塩の蓋を開けて枕元に二泊とも置いていました。
声がおかしくなったのがアグアスカリエンテスの最初の夜なので……
もしかしたら、ホテルで早速インカのエネルギーを無意識に受信して、塩を開けたのかもしれません……。
因みにその塩は、自宅で室内の盛り塩に使っていたものでしたので、その塩のせいで声がおかしくなった訳ではありません(笑)
つまり、塩を持ってきていなければ、この程度じゃすまなかったのだろうか(汗
妄想は止みません(涙) -
クスコでの夜は、フォルクローレのディナーショーを予約していました。
ドライバーさんが迎えに来てくれます。
クスコについてからはずっと同じドライバーさんだったので、その辺は安心。
それにしても、好きですよね目差し帽(笑)
一体どうしてペルー人が目差し帽なのか、未だに良くワカリマセン。
フォルクローレのディナーショーは、恐らく団体旅行で行く方々は皆このお店に行く事になるんだろうと思います。
料理はイマイチでしたが、クイやアルパカが食べられます。
が、アルパカのカルパッチョは、これでもかと言う位生なので、食べない事をお勧めします。
食べるなら正露丸。
印象深かったのが、外国人団体の居るテーブルに、その国の旗が立てられていた事。
うちらは個人だったせいか、日本の旗ありませんでした(しょんぼり
やたら空調の寒いレストランを後にして、ホテルに戻る。
クスコは正直寒いです。
日本人が経営している「ミドリホテル」に宿泊しましたが、流石備品が一番豊富でした(笑)
部屋にゴミ箱と、トイレットペーパーの予備が置いてあったのは確かここだけです。
私の声は、ハスキーボイスながら大分出るようになっていました。もう、普通に会話が成立するまでに回復しました。
そしてホテルで夜、連れと今日を振り返りました。
もちろんシャーマン体験の話題です。
私「それにしても、声が出なかったのはワイナピチュを怒らせたせいだったとは……(シャーマンはそんな事は一言も言っていません(笑)」
連れ「……きっと、ワイナピチュに登らなかったから怒ったんですよ……。」
私「うわ……それビンゴ」
上手く言えませんが、ワイナピチュに登らなかった為に、いいエネルギーが受け取れなかったのではという妄想が駆け巡りました。
兎に角、チチカカ湖ではワイナピチュを拝むぞ。
鼻息荒く心に誓う私なのでした。
余りに寒かったので、お風呂を溜めて入ってしまいました。
これが、明後日の苦しみの序曲になろうとは……。 -
今日からは、日本語ガイドの至れりなツアーは終了。
クスコから混載観光バスに乗って、英語オンリーのガイドになります。
英語が判らない私と連れにとっては、遺跡の案内も判ったような判らないような日々の始まりです。
ドライバーにバス乗り場まで送ってもらいます。
混載バスと言う事で、セキュリティを心配したのですが、私たちが乗ったのは「インカエクスプレス」という高級バスツアーだったようで、バスの設備も豪華で、荷物もちゃんと荷物入れに交換の札付きで乗せて貰いました。一安心♪
実は、この混載バスツアーでスーツケースを盗まれる事を心配して、今回スーツケースを使わなかったのですが、その心配皆無でした(笑)
ガイドはオール英語です。
一生懸命色々と説明してくれているのですが、その半分も良く判りませんでした。もったいねー(涙)
英語圏の人は、色々と得ですねえ。
でも、母国語が日本語のままで良かったと思っているからいいんです!(笑)
最初にアンダーワイリーヤスの教会に行きました。教会の中には、天国と地獄の概念を表した絵などが飾ってありました。
英語は判りませんでしたが、今までに日本語ガイドにインカの世界観とか習慣とか概念とか色々と説明して貰っていたので、大体何について説明しているかは推測ついて良かったです。
ツアーの中には、スペイン人カップルも居ました。
スペイン人は、インカの遺跡を見て何を思うのでしょうね。
始終イチャイチャしてて、何も考えてなさ気でしたけども(笑)
写真は、教会の前でぐったりしている犬と女性。 -
実は、これ以降私の撮影枚数はグッと減ります。
一番枚数が多いのはマチュピチュで、声が出ない代わりに体調はすごぶる良好だった訳です。
マチュピチュ以外では体調が微妙で、写真を写すだけの精神的余裕がなかった訳です(苦笑)
ラクチ遺跡に行きました。
英語の説明だったので良く判りませんが、お手洗いを我慢して気もそぞろだった事だけ覚えています。
今まで専用ガイドだったので、好きな時にトイレに行けましたが、混載ガイドだとこういう点で我侭言えないのが辛いですね(笑)
雲は出ていましたがいいお天気に今日も恵まれました。
どんどん標高が上がってくるので、ゆっくり行動します。
長くなったので、旅行記は四へ続きます。
プーノに向けての観光とハプニングはまだまだ続きます。
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