2008/11/08 - 2008/11/16
63位(同エリア135件中)
麗香さん
取り敢えず、旅行記という名のノンフィクションストーリーです。
舞台はマチュピチュでの在り得ない経験を経てチチカカ湖へ……
ぜひ、「ペルーは地球の裏だった 壱」から順番にお読み下さる事を強く推奨致します(笑)
http://4travel.jp/traveler/rei-ka/album/10289046/ ←壱
http://4travel.jp/traveler/rei-ka/album/10290248/ ←弐
http://4travel.jp/traveler/rei-ka/album/10290312/ ←参
-
次に訪れたのはシクアーニ。
昼食とミニマーケットがあります(笑)>本当にミニ
昼食では、バイキングだったのですがキヌアスープがメッチャ美味しくて感動。
キヌアだったら日本でも買えたような記憶です。
スープにする発想はなかったので、ぜひ今度試してみたいです!!!
そして、ミニマーケットに居たアルパカとリャマ。
アルパカの口元が何とも言えません(笑)
アルパカは、地元の子どもに抱えられても黙ってじっとしているほど気性が大人しいです。
接近しても大丈夫でした(笑) -
その辺で写した写真。
ペルー人というか、アメリカ大陸に住む人は、どうしてこう、山に文字を書くのが好きなんでしょうね。
日本では、せいぜい大文字焼きがある程度で、山に文字を書くという発想はありません。
アメリカ大陸の山は、日本の山のように樹木に覆われていないので、文字が書きやすいのでしょうけれども。
余り見ていい感じはしませんよね。
山ノ神という信仰は、ないのかなあ。。。
日本とペルーの空気の違いも、山の樹木の量の違いにあるような気もしますし。
マチュピチュのようなジャングル地帯で樹木わさわさの場所でも、特に空気は美味しくなかったですが、クスコやリマ、プーノは空気が不味い位です。 -
そして。
最高標高地点、ラ・ラーヤ峠です!!!
空がメッチャ近〜い\(*T▽T*)/
ララヤの看板は、人が入っちゃっているので、標高だけ判るこの写真を掲載します。
黒ヤギがめっちゃキュートでした♪
ここにも、プチマーケットがありました。
というか、どこに行っても観光地には、地元の女性が織物とか民芸品を並べて商売してました。
写真のモデル(有料)もうろついていました(笑)
この旅での最高地点だけあって、かなり酸素が薄かったです。 -
どう見ても、羊が保護色に見えてしょうがありません。
混載観光バスは、プーノに向けてひた走ります。
そして、プカラ博物館へと到着。
そして、博物館で一通り見学した後のフリータイムでトイレに行った私。
ふと気付くと、貴重品を入れたバッグを持っていないことに気付きました。
それまでも、バッグをトイレの水タンクの上に置いて用を済ませていたので……
トイレに置き忘れた?!?!?!
もう顔面蒼白です。
トイレに行くと列が出来ていましたので、順番を待って先ほど入ったトイレに入ると……
鞄、無い。。・゜・(/Д`)・゜・。
連れに、バッグを無くしたと告げると連れも蒼白になりつつ
「ここに居るのは観光客の欧米人ばっかりだから、きっと貴重品を盗んだりはしない」と励ましてくれます。
確かに、現地の人は博物館の係りの人しか居ませんでした。
博物館の係りの人にもトイレでバッグを紛失したと言う。
探して貰うが、忘れ物は届いて居ないらしい。
中には持ち金全部とパスポートが入ってます。。。
不味いんで無いのこれ?!?!?!?
心臓がバクバクしてます。
標高が高いからだけじゃありません。
連れが、ガイドに事情を話してくれてました。
ガイドに色々聞かれるも、英語なので余り判りません。こっちの言いたい事も、余り通じません。。・゜・(/Д`)・゜・。
ガイドも、パスポートを入れたバッグを無くしたということが通じて蒼白に。
色々と現地の人にも確認してくれました。
が、バッグは出てきません……。
もうダメだーと絶望に打ちひしがれていると……
連れ「ありましたよ!!!バスの座席に置きっぱなしですよ!!!」
私「○×■△!!!」
あろう事か、貴重品を持たずに手ぶらでバスを降りていた事に気付いていませんでした。
どんだけボーっとしていたのでしょうか(涙)
バスに戻ると、私のせいで待たされていた外国人の人々が笑顔で迎えてくれました。。・゜・(/Д`)・゜・。人間ってイイネ
ここで、私は思いました。
シャーマン曰く「余り人を信じないように」
でも、私は「余り自分自身をも信じないように」
ハイこれ教訓です(涙)
一番安全だったのは、バスの中とは……orz -
そうこうしながらも、観光バスはプーノに到着しました。
もう、いよいよ長かったペルー旅行も終盤です。
色んな事がありました。
主に、声が出なくなった事と海外で腹筋が筋肉痛なった事は、強烈過ぎてどうしようもありません。
鞄を紛失したと言う幻想を抱いた事も、今となってはいい思い出です。物凄い大迷惑な人物になってましたけど(遠い目
写真はプーノの街並みを見下ろした風景。車窓からです。
クスコと違って、プーノは割りと地味な印象の街でした。
プーノに来る前に、レート1:3でソルを少し作ってきました。
アグアスカリエンテスでの価格破壊の衝撃を教訓にした訳です。
という訳で、プーノでは両替相場は不明ですが、多分ここでもソルを持っていた方が間違いなく懸命なことは、後の買い物でハッキリします(笑)
観光バスがバスターミナルに到着しました。
当然私は、チップを沢山ガイドに渡しましたとも。
鞄の件で物凄いドッキリさせちゃいましたから(遠い目
そして、今日からお世話になるお迎えの英語ガイドの姿が見えません。
連れと2人でうろついていると、親切なペルー人が「あっちにあんたらのガイドと思われる人が居るよ」と教えてくれました。ボディランゲージで(笑)
そして英語ガイドと覚束ない意思の疎通をしながら一路ホテルへ。
いやマテ。
私はチチカカ湖にワイナピチュを拝みに行きたいのです(なんとなく矛盾
ガイドに「私はチチカカ湖に行きたい!」と主張してみる。かなり必死に(笑)
すると……。
1日長距離バスで観光しながらやってきた訳で、既にプーノに到着したのは夕方。
日暮れです。
ガイド「チチカカ湖は物騒だから行っちゃダメ。プーノの町の中は安全だから街から出ちゃダメ」
プーノの地図に、ペンで丸い線を書いてくれました。
ここから出るなの線です。
私の、第一回チチカカ湖でワイナピチュを拝ませろ交渉は、あっけなく決裂いたしました。 -
ガイドにホテルまで送って貰い、夕飯はフリーに。
プーノでは、私がぜひとも食べに行きたいと思っていたお店があったので、連れと一緒に町に繰り出しました。
地球の歩き方に乗っていた店で、ホテルから徒歩圏内だったのです。
よちよちと歩いていきます。
連れは大丈夫でしたが、相変わらず私が咳き込んでいて腹筋は筋肉痛だわ体力も消耗してよれよれだわ。
本気でプーノの町を、いい大人がよちよち歩いていました(笑)
程なくしてお店に到着です。
そこで、鱒のグリルを頼みました。
というかですよ。
Kingfish
という表記がメニューを埋め尽くしてたのです。
キングフィッシュとは何だろうと思い、店の人に、魚の種類は一種類なのかと聞いたんです。
プーノで魚といえば鱒の事になるらしいです。
スープもグリルも、この店は手頃なお値段で非常に美味しい料理を出してくれました。感動。
が。
ここで忘れてはいけません。
標高の高い所でお腹一杯食べると、高山病の恐怖がやってくるわけです。
美味しいのでつい、食べちゃったのです。
(;´Д`)だめじゃーん
食事の後は、少しお土産を見ようという事で町をうろつきました。
小雨が降ってきていたので、連れが早足に……
(;´Д`)わ、私には無理
一生懸命連れに追いつこうとしたのですが無理でした。
そして、この努力が後に祟る訳です(爆)
お土産物屋一軒目。
そこでは、アルパカ製品が目に留まりました。
私は、父にアルパカ製品を買って帰ろうと思っていたのですが、まだ買えていませんでしたので、もう今日しかチャンスはないとばかりに物色。
女性ものが多い中、なんとか男性用を見つけます。
アルパカです。表示がありました。
でも、100%は流石に見つかりませんでした。
恐るべし、ピサックの市場!
他に、女性用でベビーアルパカのふわふわな手触りのセーターもあったのですが、流石に自分の服ばかり買う金もありません(苦笑)
涙を飲んでそれは諦めました。
お財布事情も寂しかったので、値切りに値切って購入。
85ソルだったセーターを60ソルまで下げて貰いました(〃´ー`)=3
そして移動。
実は、せっかくペルーに行くのだからと言うことで、今回はインカローズを買いたいねと連れと話していたのです。
インカローズはペルーでも採れる筈……ですよねっっ
しかし、町のアクセサリーショップには、ターコイズとラピスラズリと、ピンクの(ローズクォーツみたいな)石しかありません。
探してもインカローズはありません。
むぅ、と思ったのですが、良く考えたらラピスラズリのアクセサリーが売ってるわけですよ。
お洒落なデザインのネックレス発見。日本には無いようなものです。
オブシディアンのペンダントヘッドにも心惹かれたので、それとラピスのネックレス、ターコイズの同デザインのネックレスの3つを(鬼のように値切って)お買い上げ。
アルパカ製品を買うよりも、アクセサリーの方を沢山買ってしまっているという不思議です。
今考えれば、その金で日本で買いにくいベビーアルパカ製品の方を買えばよかった訳ですが(苦笑)
まあ、それは置いといて。
ここでも、ドルで買おうとすると相場 1:2.5〜1:2位になってしまって、ドルはかなり不利でした。
と言う感じで、予想通り有り金(ソル)をはたいて買う事に。。。
結果的に、所持金が無いからこそ思い切り値切れたのですから、もしかしたら良かったのかもしれませんね(プラス思考 -
そして、プーノのホテルに戻りました。
しかし、夕方太陽が沈み行くチチカカ湖を望みながらワイナピチュに祈りを捧げて喉を治す算段だった私。
どうしても、ワイナピチュに祈る事が諦め切れません。
というか、一刻も早く祈って喉を治したい訳です。
ここで、咳止めを買うとかいう発想が全く無い所がミソです。
シャーマンは言っていました。
「人を信じすぎるな」と。
私、シャーマンの言った事鵜呑みにしまくりです。本当に有難うございます。
と言う訳で、ただ遥拝するのではなく、シャーマンの言いつけ通り地面に捧げものを埋めないとダメだと頭から信じ込んでいる私は、ホテルのスタッフに「庭はありませんか?」と尋ねました。
そうです。
こうなりゃホテルの庭でもいいから、物が埋められる地面を私に教えろという寸法です。
どんだけ必死なんだ。
ところが!
スタッフ「庭はないんですよ」
( ゜Д゜)な、なんと!
よりによって庭が無いホテルに当たりました。
( ゜Д゜)だめじゃーん。。。
咳き込みながら、プーノの夜は更けてゆきました……。
そして夜が明けると、一晩中咳き込んでいたため私は完全なる酸欠に陥っておりました。
そうです。
高 山 病 再 び
頭痛薬のお陰で頭痛こそしませんでしたが、だるくて吐き気がして動悸息切れ眩暈が激しく、具合が悪くて貧血気味で……
簡潔に言えば
生命を維持するだけで精一杯
な状態になりました。。・゜・(/Д`)・゜・。
フラフラで荷物ももてない私。
荷物を引き摺って歩いていると、連れが私の荷物をなんと持ってくれました!!!!
連れだって長丁場のヘビーな旅行で疲れているでしょうに!!!
自分のよりははるかに軽い私の鞄を、よれよれの私を見かねて持ってくれたんです。。・゜・(/Д`)・゜・。
このとき私は思いました。
「この人が異性だったら結婚を申し込むのに!」
もしも私と連れが異性同士だったならば。
私の結婚が10年後だなんてシャーマンは言わなかった事でしょう(爆)
成田離婚とか言いますけれど、私は逆に、
この人と旅に来て良かった
と連れの背中を眺めながらしみじみ思っていました。
そして、ホテルに昨日からのガイドが迎えに来てくれてました。
いよいよ旅の最終観光地、チチカカ湖です。私の体調は、ウルバンバのホテルに匹敵する位最悪な状態です。
もしも日本に居たら絶対安静だったかもしれません。
そして、そんな体調の私は、ただひたすらに
「ワイナピチュにさえ祈りを捧げれば元気になれる!」
と信じて疑わない訳です。
チチカカ湖は混載ツアーなので、ガイドは他の観光客も拾います。
私らの他は夫婦が二組でした。
そして私は必死の形相でガイドにこう言います。英語で。というか英単語で。
私「出発前に五分下さい」
ガイド「なんで?」
私「バチャママに祈りを捧げたいんです!!!」
いや。
現地の人に突然「ワイナピチュを拝みたい」とか言ったって頭がおかしいとしか思ってもらえませんから。
ここは、現地ウケのいいであろう大地の神バチャママにお出ましいただきました。
どのみち、地面にものを埋める時点で、バチャママを通じて祈ることになるとは考えていたので、あながち嘘じゃありません。
すると、案の定ガイドが嬉しそうにパッと笑顔になってこういいました。
ガイド「ウロス島で祈ればいいじゃない♪」
かくして、チチカカ湖半で祈る事叶わず私はボートに乗り込む嵌めになりました。
第二回ワイナピチュを拝ませろ交渉も、あえなく撃沈。 -
ウロス島まではモーターボートに乗って向かいます。
ぐったりしていた私は、ふかふかのソファになっている座席にちんまり座ってました。
そしてウロス島到着。
ここは葦を重ねて作った島と言う事で、本当にふかふかしていました。
具合が悪い時に、ふかふか沈み込む足場は更にヘビー度アップです(爆)
そこで、地元の女性達がウロス島の仕組みとか現在も物々交換で生活していると言う事を説明してくれました。
島でちょこっと買い物をした後、女性達がこうして並んで歌を歌ってくれました。
私たちは、全員日本人だったので、鳩ぽっぽとか赤とんぼとか、日本の童謡も日本語で歌ってくれました。
ここで、ガイドから
ガイド「この人たちのバチャママへの祈りの儀式を見せて貰おうと思うんだけど、どう?」
という提案がありました。
( ゜Д゜)私が自分で地面に物を埋めて祈らないと意味がないのーっ!!!
という心の叫びはグッと堪えて、取り敢えずチチカカ湖の祈りの儀式を見せて貰う事に。
女性が、連れが渡したコカの葉を、何か唱えながらチチカカ湖にばら撒いてました。
。。・゜・(/Д`)・゜・。こんなんじゃ満足しないんだから〜〜
その後、希望者は各自5ソル支払ってトトラ(葦)で編んだ船に乗って隣の島まで行くことに。
手漕ぎボートなので、女性達がその船を漕いでくれます。
トトラの船は、のんびりと湖の上を進んで行きます。
まるで、ここだけ時間の流れから切り取られたかのように、ゆったりとしたひと時を過ごしました。
ぐったりしてたので、写真は殆ど撮ってませんけれども(涙) -
写真は、ウロス島の観光客用のホテルだそうです。
夜中はめちゃんこ寒そうです。
ここでガイドから、皆お腹が空いていなければ町に戻るよと確認がありました。
もう、生命を維持するのが精一杯の状態の私。
兎に角、地面のある場所に連れて行ってワイナピチュを拝ませろという事しか考えられませんでした。
そして、再びモーターボートでチチカカ湖畔まで戻ってきました。
他の観光客の日本人夫妻が居たのですが。
そして、その2人にメッチャ不審がられるのを承知で、私はどうしても、ここで祈れなければ困ると切迫。
連れも、湖畔のいい感じの地面を見つけて
連れ「あそこで祈れますよ!」
超協力的です。
で。
普段なら、単語連発とボディランゲージと気合で意思の疎通を強引に行う私ですが、生きているだけで精一杯のため、とうとうその交渉を全面的に連れに任せざるを得ない状況に……
どんだけ体調悪いんだという話ですが、本気でしんどかったのです。
私は上記の方法で会話を成り立たせるタイプなのですが。
連れは、きちんとした文章を喋りたいタイプです。
平素は、連れが辞書を引いている間に私が適当に会話を終わらせてしまうので、連れの辞書の出番がない状況だったのですが、ここで私が会話戦線から早々にリタイアしたため、連れの辞書が日の目を見ました。
完璧な英語で
連れ「彼女がシャーマンに、地面にコカの葉を埋めて祈れと言われたので、そこで祈らせてあげて」
とガイドに話してくれました(*'▽'*)ゎーぃ
ガイドも、他の観光客の夫妻も、不思議そうな顔をしていましたが、
ガイド「どの位時間必要?」
私「5分で終わります><」
と言う事で、何とか念願のワイナピチュを拝む時間をゲットしました!!!!!!
三度目の正直、ようやくワイナピチュが拝める事に!!!!!
早速、連れが探してくれた地面に跪いて、連れと一緒に穴を掘り(ガイドも穴を掘るのを手伝ってくれましたwww)シャーマンから貰ったコカの葉と、花と、そして……私が日本から持参した塩とを埋めて、上から水をかけました。
そして、両手を地面について祈りました。
祈りの言葉は正式な日本流の遥拝詞(祝詞)です(笑)
普通神名が入る場所に、ワイナピチュとか入れるので何だか妙でしたがそんな事はどうでもいいのです。私は今必死。
もちろん、朗々とそんな祈りの言葉を唱えたりしたら、日本人観光客の夫婦に物凄いアブナイ人だと思われて不審がられるのは目に見えていたので、聞こえない様に心の中で祈りました(笑)
あああああ、ようやくミッション完遂です。。・゜・(/Д`)・゜・。
祈った瞬間、元の美声に戻るかなと超期待していたのですが、残念ながら声はそのままでした。
まあ、そんなもんだよなあと思いつつ、ダルい身体を引き摺って一路ホテルへ。
荷物をピックアップしてから、フリアカの空港まで送ってもらい、このガイドともさようならです。
ワイナピチュ遥拝の為に色々便宜を図ってくれたので(爆)私が日本から持参して着ていたジャケットをプレゼントしました。
こげ茶で大き目のそのジャケットは、小柄なガイドにピッタリと予想。多分似合うと思います。
喜んでいただけたので満足です。
フリアカからは一路リマへ。
驚いたのは、国内線なのに途中下車があること(笑)
リマへ着くと、途端に高山病の症状は治りました。
現金なものです。
取り敢えず
「私は生きていた!!!」
と心から感じました。
平地って素晴らしい! -
リマに到着してから、国際線出発までは物凄い時間がありましたので、ラルコ・マールに連れて行って貰えることになっていました。
ここでも英語ドライバーが迎えに来てくれ、長時間かけて市街地のリマから、海岸沿いのラルコ・マルまで連れて行ってくれました。
どの位長時間って?
不安になる位ですよ(笑)
確か、一時間半は車に乗ってました。
渋滞してたのもあるのかもしれません。
着いたのは、海沿いの地下にあるショッピングセンター。
私「ペルーに来て、初めて海を見たね」
連れ「本当ですね!」
ラルコ・マールはハッキリ言えば「お金持ちが行くショッピングセンター」です。
ドルが普通に通用します。
初日に言われた「ドルで充分」とは、リマのお金持ちの感覚だと、この時理解しました。
リマにしか滞在しない人は、確かにドルで充分です。ソル恐らく要りません。
ラルコ・マールに居る間は、なんら日本と変わらない環境がそこにありました。
少し前まで、草で出来た島で生活する人たちと一緒に居たんです。
その前は、羊を追いジャガイモを育てて生活する人々をずっと目にしてきました。
同じペルーの国の中で、こんなに激しい暮らしぶりの違いを見るなんて。
なんら日本と変わらない。
つまり、ゲーセンもあった訳です(笑)
まあ、設備は日本語やハングル語が書いてある古いゲーセンの筐体が置いてありましたので、日本とかの廃棄対象になった古い筐体を受け入れて設置しているんだろうと思います。
高山病は治ったとは言え、咳は酷いまま。
ワイナピチュに祈ったのに!
祈ったのに!
のに!!!!
と心で思いつつ、スタバでぐったりしてました(笑)
高級ショッピングセンターは、マチュピチュに旅行に行こうと思い立つような私らには、非常に退屈な場所でした(笑)
高級品過ぎて買い物する気にもならないし(笑)
と言う感じで、早目に海辺に出て花壇の脇の地面に、持っていた現地のナッツと日本から持参した塩を埋めて、懲りずに再びワイナピチュに祈っておきました。
どんだけ祈るんだ私。
必死です。 -
連れは、私にこう言いました。
連れ「私が来るって言わなければ、添乗員付きのツアーで来れて高山病にもならなかったかもしれないのにすみません……」
えーっ?!?!?!?
そこ、謝る所?????
私はそれはもう驚きました。
元は1人で来るつもりで添乗員付きのツアーを探してはいましたが、シャーマンに会いたくて個人旅行を考えた時、1人じゃ不安で連れに「一緒に行かない?」と声をかけたのは、この私の方なんですよ。
ヘビーな長旅で同行者が変な咳してて、毎晩毎晩一晩中ゲホゲホ煩かったり、ぐったりしてダルそうで、挙句の果てに声まで出なくなってたら、人によってはうんざりすると思うんですね。
それを、不愉快に思うどころか申し訳ないと思うなんて、あんたどんだけ!
どんだけいい子なんですか!
不覚にも風邪を引いてペルーに来たのも、適切な薬を持っていなかったのも、全部私自身の責任なのに!
そして、いよいよ帰りのフライトに向けてリマの空港に戻ります。
ラルコ・マールに迎えに来てくれたドライバーに、ここに来て初めて私は
私「咳止めが欲しいの」
と訴えました。色々遅いです(笑)
ドライバーはすぐさま薬局を見つけて立ち寄ってくれ、咳止めが欲しい旨を通訳してくれました。
薬局では、3回分を出してくれてその場で飲めるように水までくれました。
そして、ドライバーが薬局の人から聞いた薬の飲み方を物凄く親切に教えてくれました。
感動☆
薬は日本の錠剤に比べるとかなり大きめで、毒々しいオレンジとブルーをしていました。
必死じゃないと、とても飲めなかったと思います(汗)
タフィーと咳止めを握り締め、リマから出国手続きを行いました。
いよいよペルーから飛び立ちます。 -
行きの飛行機でもそうだったのですが……。
私はこれに、あふぉみたいにはまりました。
チェーンを繋げて消していく奴です。
単純なゲームほど燃えるんですよねorz
結局、睡眠も取らずに延々これをやってました。
お陰で時差ぼけにならずに済みました(どんなだ
成田空港に着いて連れと別れた後、バスターミナルに出てしみじみと感じました。
空気が美味しい……
湿度のある濃厚な酸素は、一週間酸欠と戦った私の身体に染み渡るようでした。
日本という素晴らしい環境に暮らせる事に、改めて深く感謝した旅は、ここで幕を閉じます。
ペルーで私たちに関ってくれた多くの方々
そして、素晴らしい環境の日本に
旅の間中咳き込んでぐったりしていた私を、嫌な顔ひとつせずに面倒見てくれた連れに
深く深く感謝を。 -
☆★☆ 後日談 ☆★☆
チチカカ湖から日本まで運ぶ間に、気圧の変化で日焼け止めがこんなにぺちゃんこになっていました。
帰国後、セラピストをしている友人にマチュピチュで声が出なくなった事を話すと、友人から以下のようなリーディングを受け取りました。
***
先日のペルー旅行は「自己探求の旅」で自己と触れ合うため、これまでの自分を見つめなおすために日常とかけ離れた環境に身を置く必要があったようです。
次のステップへ進むため、成長過程において必要な旅でした。
旅の途中で声が出なくなった出来事は、想いを言葉で伝える大切さを知るため、それに気づくために起こったようです。また声が出なくなったらどうしよう、という気持ちが今後タイミングを逃さないようにするための、想いを伝えるための勇気につながるはずです。
相手のタイミングばかり考えるのではなく、自分が「今だ!」とピンとくるタイミングで行動に
うつすことを大切にしていきましょう。
***
帰国後、連れが「日本で百日咳が流行っているらしいですよ」と教えてくれたので、病院に行きました。
現在日本では、咳が激しく出る風邪も流行っているとの事。
病院で処方された抗生物質を飲み、夜は咳止めで咳を抑えて睡眠をとる方向に。
日本の錠剤は小さ〜い(笑)
暫くは、電話に出ても私と認識してもらえない日々が続きましたが(苦笑)
ハスキーボイスは、日に日に元の声に戻っていきました。
今も若干出にくさは残っているものの、ほぼ元通りの声質に戻っています。
私の咳は、風邪によるものだったのでしょうか。
それとも…… -
☆☆後日談2☆☆
私が旅行中に見たデジャヴュについて、セラピストの友人に確認を取ってみました。
あの光景は、なんだったのか……。
*****
★高貴な身分の女性
マチュピチュの女教皇的な存在でした。
背後に居た優しい表情の男性は、忠実な従者の方(父親ではなかったそうです^^;)
高貴な身分故、身分の合う男性と婚姻したようですが、本当の恋愛を知らずに生涯を終えた事を残念に感じていたようです。
★見張りの恋人と過ごしていた女性
平民の身分で、家族や恋人と楽しく幸せな人生を送っていた。「本当に楽しかった人生」の記憶だそうです。
★2人の女性の関係
別人ですが、どちらも、私の前世の記憶です。
たまたま当時と同じ場所に立った時に思い出したもののようでした。
高貴な身分の女性だった時の寂しい想いが、生まれ変わって恋人と幸せな人生を送る事で、所謂"カルマの解消"に繋がっていたようなので、ある意味セットの前世と言っても良さそうでした。
★どうしてそんな前世を思い出したのか
上記の通り、たまたま同じ場所に立った時に思い出したようです。
私見では、今回の人生で同じ轍を踏まなくてもいいのだというメッセージにも感じました。
★その他の前世
私が見た以外にも、女性神官として過ごしていた前世があるそうです。
あの、誰も入らない、気になる神官の間に居たのでしょうか(苦笑)
もしかしたら、あの部屋の主人(だった事がある)私が居る間だけ、他の人はあそこに(遠慮して)入れなかったのかもしれませんね(笑)
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