2002/01/14 - 2002/01/29
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ちびのぱぱさん
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静かに眠る暗い泉の表を、一羽の白鳥が、広がる二筋の波を残しながらゆっくりと進んで行きました。
ブサコは、鬱蒼とした森に囲まれた、おとぎ話の世界そのものでした。。
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- カップル・夫婦
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カルダス・ダ・ライーニャの朝市=干しイチジクの味
「ペニシェ」の宿を朝出て、カルダス・ダ・ライーニャの市に立ち寄りました。
この長ったらしい地名には、「王妃の温泉」とかいう意味があるそうですが、その朝市がとても賑やかだというので、覗いてみようかなという気になりました。
道端に駐まっている車の隙間にレンタカーをねじ込んで、人々で賑わう市に向かいます。
ああ、天気が悪いのにずいぶん人が出ているなあ。
周辺には豊かな農耕地があると見えて、はち切れんばかりの野菜や果物、色とりどりのオリーブの実などが、箱に入れられて並んでいます。
ドライフルーツとオリーブの漬け物を売る店から、干しイチジクを一袋買いました。
昔から、不老長寿の妙薬として食されていたという干しイチジクの実を一つかじると、独特の甘みが口いっぱい広がりました。
なんとなく、「中東」を感じさせる味だと思いました。 -
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黒いオリーブ
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ミゼリコルディア展望台
しばらく快調に車を走らせると、高台を走る国道端からナザレの町が見えてきました。
今日の天気は「曇り」。
眼下には、ナザレの街が広がります。 -
ナザレ
実は二年前にも来ているのですが、以前とは打って変わって陰鬱な旅情をかもしています。
天気によって、ずいぶん変わるものだなあ……。
このあいだは季節は同じ冬だったけど、海辺に椅子を引き出して、昼間っからビールを飲んでるお父さんたちがいたりしたっけ。
海から立ち上る湿った空気が、心までウェットにするのだけど、それはそれで刺激に疲れた心を癒してくれるかな。
街は眠ったように静かに見えるし、ビーチにも人影はない。
それが良いんだな。
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シティオ地区のマリア教会
少し進んで、断崖の上にあるシティオと呼ばれるところにやってきました。
こうして車で来れますが、下からはケーブルカーで上がってくることもできます。
シティオという名前の通り、このあたりが旧市街地になっています。
海抜110mだから、ケーブルカーのない昔は、上り下りは大変だったろうなあ。
この地区にはノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会があって、そこに祭られているマリア像はこのナザレの街の名の由来となったといいます。
そして、こんな伝説が伝えられています。
あるときドン・ファスという領主が、この断崖から馬ごと落っこちそうになったときに、マリアが現れて馬が逆戻りし、助かったという。
ナザレの名の由来
ナザレの街の名を聞いてまず思い浮かべるのは、ナザレのイエスのナザレ、つまりイスラエル。
イエス・キリストが育った街の名前です。
ある僧侶が持ち込んだマリア像が、そのナザレからのものだったからこの街の名が付いたのだといいます。
偶然同じ発音なのかと思っていたら、やっぱりパレスティナのナザレから来ているのか。
マリア像が来たのが4世紀の事というので、だいぶ昔のローマ時代の話。
先ほどの伝説は12世紀の話だから、このマリア像は霊験あらたかということになったんでしょう。
それで、くだんの教会が建てられることになったわけです。
御本家の中東のナザレの方には、15年くらい前に行ったことがあるのだけど、パレスチナの田舎にしては賑やかだったから、「巡礼」が押し寄せるのかも知れない。
独特の民族衣装
それから、ナザレというと独特の民族衣装が有名なんですが、ちょうどこの写真を撮っているときに右手旧市街の路地からバリバリの民族衣装に身を包んだおばあちゃんが出てきました。
上下真っ黒で、スカートを幾重にも重ねたような個性的な衣装。
スカーフも黒なら、ソックスも黒。
スカート丈は少し短めで、ひざっこぞうがちょっと出ているのがかわいい。
「写真!写真!」
と妻が小さく叫んでおばあちゃんのほうにさりげなく歩いてゆきます。
こういうときは申し合わせで、どちらかカメラを持っていない方が写真に納めたい人のほうに近づいてゆき,相方を撮るふりをして一緒に撮ってしまうという作戦です。
ですが、おばあちゃんはいとも優しい目でこちらを見ると
「ニコッ」
と、笑ったのです。
思わずこちらも
「ニコッ!」
そんなわけで結局、写真のほうは撮りはぐれました。
相方の攻めるような視線が、ほほに刺さりました。 -
だ〜れもいない海♪
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ナザレの昼食
ナザレの路地に入るとあちらこちらから、魚を焼くいいにおいがしてきます。
前回は、海辺の「大西洋」という名の宿の二階にある人気のレストランで、いわしとブイヤベースを頂いたっけなあ。
量がハンパでなかった。
今度はどこで食べようかなあ。
猫たちも匂いに誘われ、あっちにそわそわ、こっちにそわそわ。
私たちも、鼻の利く私の勘で見つけたグリルの店に入って焼き魚を注文します。
店の名は「Restaulante O Varino」。
旅行ガイドのロンリープラネットに紹介されていると言うのが自慢らしく、その記事が拡大して壁にはってありました。
注文したのは一見タイのような魚のサルゴを二人前、9.48ユーロ。
お店の前のテーブルで料理を待っている間、オーナーのご主人が自家製の甘いワインを
「これ、とっても評判のワインだよ。」
と言って、2グラスくださいました。
車の運転があるからなあ。
妻の顔をのぞき見ると、
「いいよ。私が運転するから飲みな。」
と言ってくれました。
感謝。
ふと、右手の路地のほうを見るとおばさんが「七輪?」でいわしを焼いています。
勇気を出して、
「写真をとってもいいですか?」
と尋ねると、恥ずかしそうにうなずくのでした。
さっき見かけたような、ばりばりの民族衣装とは少し違うようですが、やはり黒ずくめ。
この黒ずくめの衣装は、未亡人の方特有のものだという。
ついでに、幾重にも重ねているスカートは、漁に出た夫帰ってくるまで一日一枚ずつ取ってゆくのだとか。
そうか、そうなのか。 -
アルコバサに眠る恋人たち
ナザレから10キロ程東に行くと、アルコバサがあります。
アルコバサの修道院には、それは悲しい物語が秘められています。
内部には、悲恋のペドロ?世とイネスの墓が、左右に静かに収められています。
今晩の宿泊予定地のコインブラには、この物語の舞台があります。
そこの美しい泉で、イネスは王との結婚に反対する重臣たちによって首をはねられたというのです。
美しい侍女のイネスとペドロ?世との恋とその悲しい結末。 -
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ペドロ?世の棺。
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そして、死後王妃と認められたイネスの棺。
厳かな気持ちで町を後にしました。 -
コインブラの街
コインブラ、コインブラ……
日本人には少し変わった響きを持つ街の名前だと思います。
コインブラ、古い大学を中心に広がった都市、とガイドブックには書いてありました。
豪雨に泣く
ナザレでお昼の食事を済ませて、コインブラに向かう。
道中にはこれと言った目を引くものもありませんので、ただひたすら高速道路のA1北に走ります。
しかし、どうも今日は朝から一日、雲行きが怪しいのが気になる。
コインブラに近づいた頃、ぽつぽつと降り出した大粒の雨はどんどん激しくなって、やがて10メートルくらいしか先が見えないほどの土砂降りに。
この主要幹線道路はポルトガルにしたら交通量が多く、たちまち車が詰まってノロノロ運転になりました。
雨は、これは今までの人生に経験したことがないほどの激しい降り方。
車軸を流すっていうのはこのことだな、と思いました。
激しさを増す雨はやがて、すぐ前を行く車も定かでなくなり、このまま運転を続けられるのかも危ぶまれる。
あらら、激しい稲光も伴ってきた。
ところが雨は、降り出した時と同じく急に小降りになりました。
空を覆っていた黒雲が、みるみるどこかに消えて行き、かわって、青空が姿を現しました。
不思議な天気だなあ。
事前にガイドブックの地図で見ておいたのですが、このハイウェイを行くと、モンデゴ川という美しい川を渡って町に入ることになります。
そして、とつぜん目の前に、コインブラの美しい町並みが、モンデゴ川の向こうに佇んでおりました。
雨に洗い清められた済んだ青空が、歴史の古い町並みを引き立てています。 -
涙の泉
川を渡る手前に、是非訪れてみたいところがありました。
さきほど、アルコバサの修道院で見たペドロ?世とイネスの墓。
このコインブラの街で、あの悲しい物語があったと言うのです。
川を渡って町に入る手前に、そのイネスが処刑され、彼女の涙が泉となって湧く「涙の泉」があるのです。
ありふれた畑の中に、その泉はあって、それでも入り口ではしっかり入場料を取られるのでした。 -
涙の館
伝承では、この館はイネスの隠所だったという。
朽ち果てた建物。
ペドロ1世は、二度の政略結婚の後、妻の侍女であったイネスと恋に落ちました。
怒ったペドロの父と重臣たちは、イネスをこの館で首をはねて殺したのだといいます。 -
周囲は深い森に覆われています。
この古木は、650年前のその出来事を目撃したのだろうか。 -
涙の館から少し行ったところに、涙の泉があります。
この場所で、イネスは若き王との結婚に反対する重臣たちの手によって打ち首にあったと言います。
泉の出口のあたりの底の岩は赤い色をしています。
イネスの血によって染まったのだそうです。
あたりには、私たちのほか一人の観光客もおらず、物思いに沈んでもじゃまする者はいない。
あのイケメンの詩人カモンエスも、美しく、悲しくこの詩を詠っています。
モンデゴの妖精たちは イネスのために涙を流し、その涙が泉となった -
泉の先には、学生たちの楽しげな声が聞こえてきそうなコインブラの市街地が見えています。
「しずかだね。」
「うん。」
「きれいだね。」
「うん。」
川沿いにコインブラの町に入るサンタ・クララ橋の方に戻ると、
静まりかえったモンデゴ川にコインブラの町が美しく映えています。
この位置から街を見るのが最もきれいだと思いました。
街から来るときには、サンタ・クララ橋を渡って右に川沿いに進みます。 -
ホテルチボリ
日本から取っておいたホテルチボリコインブラ。
二年前に、シントラの町で偶然泊まったのがこのチボリ系列のホテルでした。
チボリといえばデンマークのコペンハーゲンにある公園が有名で、倉敷にだってある。
このグループのホテルは、ポルトガル各所に展開している。
シントラのホテルのしゃれた造りですっかり気に入ったので、コインブラでも2泊予約してあります。
サンタクララ橋を渡って市街地に入って左手のほうに進み、コインブラ駅を左に見つつその先のジョアン・マシャド通を右に曲がると、すぐ見つかりました。
一泊一部屋6000円で朝食はついていませんでしたが、場所も良いしくつろげそうです。
今日は一日まじめに観光しましたから、少々疲れました。 -
ホテルでしばらく休んでから、鉄道の駅まで歩いてみました。
素敵な鉄道の駅に誘われて、モンデゴ川に沿っていくつか先の駅まで列車に乗ってみました。
川の向こうに沈み行く夕日を眺めつつ、つかの間の列車旅。
コインブラの町の灯りは控えめで、昔の新宿の裏町通りのようなちょっと寂しく、わびしく、それでいて懐かしく、人恋しくなって、灯りに誘われるように駅のカフェに入ってみました。
1月の川風は寒くて、ちょっと震えましたが、二人でビールを飲みました。
再び夜の街をチボリホテルに戻るように歩いて、「Adega Paco de Conde」という何でも焼いてくれる人気のレストランの前に出ました。
夕食時ですから、とても込んでいます。
魚介類、肉類、野菜、何でもそろった店先のストッカーを覗いて
「さかなかな。」
「いやっ、肉でしょ。」
なーんてやっていると、奥から小柄なお父さんが出てきて、他のお客の注文の肉を焼きだします。
わたしらが、
「鮮やかな手つき!」とか
「店の料理長かね。」
などと言っていると、なんとなく分かったのか少し得意そうな顔になってがんがん焼く。
「ちょっと焼きすぎじゃない。」
「こっちの人は良く焼いたほうが喜ぶんだよ。」
といってはみたものの、どうも焦げ臭い。
そのうち奥から若い女将さんが出てきて、
「なにやってんの。黒こげじゃない。もうここは良いから引っ込んでて。」
なーんて言われて、おじいちゃんすごすごと引っ込んじゃいました。
私たちのせいか?
注文は、「バーべキュー」というお任せ的なのをテイクアウトにしてもらい、ホテルに持ち帰って頂きました。 -
名水のルーゾ
翌朝、昨日の大雨がうそのように晴れ上がっています。
コインブラから、北にA31をまっすぐ30kmほど北上し、メアリャーダから東に10キロ進むと、ブサコの森が広がるルーゾの町に出ます。
ルーゾは美味しい水で知られ、街の中央には渾々とわき水がわき出る泉を、大切そうにコンクリートで覆った施設がありました。 -
ガラス窓から内部を覗くと、玉石の下から水がわき出ているらしく、みなもが揺れています。
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ブサコ
シントラもそうですが、ポルトガルは大西洋の湿った空気が恵みの雨を降らせるのでしょう、とても緑が豊かです。
そして、日本では見たこともないような不思議な植物や、大きな羊歯が茂っていて、それが独特の景観を作り出しているのだと思います。
お城に向かう山道の途中に、道路から少し入ったところに表紙の写真の庭園があります。 -
ここはなんとも言えず不思議な空間なのです。
この白鳥は飼われているのだろうか。
できすぎと思えるほどに絵になっている。
他にも、美事なつやのある羽を持つブラックスワンも泳いでいる。 -
-
水は、この石段の上から流れ下っているようです。
-
石段の最上部には、小さな泉があって、清らかな水がひそひそと湧いていました。
まるで、なにかの物語を紡いでいるよう。
その水は静かに石段を下り、下の暗い池に音もなく注いでいるのでした。 -
さらに山道を進んで国立公園内のお城に乗り付けると、適当に車を停めて、その辺を歩いてみます。
すると、大中小3匹の犬が近づいてきて、案内を引き受けてくれました。
妻はこの三匹をいやがっていました。 -
お城の前の池にも、やはり白鳥が一羽優雅に泳いでいます。
「この白鳥は、ここに住んでいるのかね?」
と妻が言うので、
「そうかもね。国立公園で働いているのだから、いちおう国家公務員か。」
と答えておきます。
それにしても、羽をハート型に広げ、白鳥の湖を踊るバレリーナのよう。
池に映ったお城を割って、こちらに近づいてきました。 -
壁面にアズレージョの施された回廊。
-
回廊内。
-
このような、アズレージョによる絵画が並んでいます。
-
ブサコのポザーダ
お城は今ではホテルになっていて、酔狂で尋ねると、部屋は空いているという。
ふ〜ん。
ホテルの内部では、改装工事が行われていて、石を削った粉塵が舞っていたり、古い家具の皮の張替え作業が行われていたりしました。
お昼時とあって、あちらに見えるバルコニーにつながるレストランには大勢の客がいました。
「あんなにたくさん客がいたんだね。」
「車も見かけなかったから、バスで来た団体さんかな。」
などとフロントの前で話していると、
「あのう、お泊りになりますか?」
と中年のホテルマン。
どうするんだ、という少し苛立った感じです。
実は、さっき部屋のことを聞いたときの返事が何となく感じが悪くて、明らかに我々は歓迎されていないのが分かっていました。
見回すと、昼でも暗い感じの城内は、鎧を着た悪霊が夜中に歩き回りそう。
「今回は、やめておきます。」
と、早々にお城の外に出ました。
どっちみちコインブラにホテルがあるんだから泊まるつもりなどないんですけどね。
すっかりいやみな客になってしまった。 -
外に出ると、先ほどの3匹のトリオが待っています。
「こいつら、私に向かってうなるんだよ。気味が悪いからもう帰ろう。」
そう妻が促すので、車で展望台へ向かうことにしました。 -
ブサコ展望台
公園の管理をしている女性に案内を求めると、
「車でずう〜っと行っちゃってください。」
とのこと。
グニャグニャ道を上って行き着いたところは、とてもいい眺めです。
先ほどまでいたお城も見えている。
入れ違いに、びっしりと小学生を積んだバスがやってきました。
ワーワーぎゃーぎゃー言いながら行進する小学生を引率する若い先生は済まなさそうに会釈して通り過ぎてゆきました。 -
展望台の周囲の森は、やはり鬱蒼としている。
帰りにルーゾの町のpadaria Pasteralia というレストランでピザやタルトを頂きました。
昼時でしたが、客は私らだけでした。 -
コインブラブラ
午後には帰ってきて、コインブラの町をブラブラ歩きました。
ホテルからディレイタ通りを通って、きれいなオイト・デ・マイオ(5月8日)広場に向かいます。
この通りに小さな床屋が有るのが目に入りました。
旅に出ると、地元の床屋で伸びた髪を切ってもらうという趣味があって、なぜこれを趣味と呼ぶかと言えば、髪を切ってもらう問いのが目的ではなくて、「床屋」という文化を体験したいが為だからです。
ポルトガルの床屋さんは……、ごく普通でした。
-
オイトデマイオ広場
ここからさらに、丘の上にある大学のほうへと上ってゆきます。 -
大学の入口。
鉄の門、または無情の門とよばれ、この門をくぐったら学問以外のことは忘れよ、ということらしいです。
大学には、入口のところにいろいろな告知の紙が張ってあり、中にはアルバイトの募集らしきチラシもあります。
大学というのはいずこも同じだなあ。 -
大学前の広場から細い道を下ってゆくと、左手に、どう見ても日本の小料理屋かすし屋のような構えの店が見えます。
「おもしろい構えの店だねえ。」
「はいってみようよ。」 -
入ってみると中は狭く、カウンター席しかありません。
ますますすし屋みたい。
しかも、カウンターの上の天井は瓦の切妻にしつらえてあって、どう見ても日本のすし屋さん。
店のおじさんは、なにがそんなに珍しいんだ、という顔でこっちを見ている。
「あっ。焼きりんごだ。」
ポルトガルにはマッサアン・アサーダという焼きりんごがあるのです。
子供の時分に母親が、おやつにこれを作ってくれたものです。
ほの甘くてうまいです。
0.75ユーロ。 -
美味しい焼きリンゴ!
-
ご夫婦(?)でやってます。
やっぱり、もと寿司屋だな。 -
ダンワインの飲める店
店を出てさらに石段を下ってゆくと、店の前で豚の丸焼きをぐるぐる焼いていいにおいをさせているお店があります。
焼いているおじさんがウインクして入っていきなっていうもんですから、それじゃお言葉に甘えてってことに。
急に入ってきた日本人に常連の親父たちに一瞬注目されましたが、すぐに何事もなかったかのようにおしゃべりに花を咲かせています。
「ねえ、あのおじさんインターネットでプリントアウトしたいやらしい写真をあんなに持っているよ。」
妻の言葉に、隣のほうを盗み見ると、三人くらいのおじいさんが不良の高校生みたいに額を寄せ合ってみています。
「うっほん(咳払い)。えーと、あの棚にあるのはもしかして、あの団一雄さんの愛したDao(ダン)ワインでないの。」
「ほんとだ、やっと見つけたね。」 -
ポルトガルのワイン
Encostada Estrela という名のそのダンワインのハーフボトルは軽い(最近はライトボディとか言うのかな)飲み口でおいしかったです。
前回、スペインとポルトガル国境で偶然口にしたポルトガルワインが、ことのほか舌に合い、この旅行では美味しいポルトガルワインに出会いたいと思っています。
まず、ドウロワインというのが有名で、かのポートワインもドウロ地方のブドウで出来ている。
そして、ポルトガルをこよなく愛した作家の団一雄が、自分の名前と同じ発音のDao(ダン)ワインをも愛したという。
そのDanワインというのが、なかなか手に入りませんでした。
こんな(失礼)片隅のバーで出会えるとは。
あと、つまみはもちろん店先で焼く豚の丸焼き。
ちょっと硬いかな。
-
アルメジーナ門
店を出てさらに歩くと、アルメジーナ門という古めかしい石のアーチが掛かった狭い路地があります。 -
門をくぐって、左右にごちゃごちゃと店のある中を上ると、
直ぐ右手に古本屋があって、所狭しとあらゆる種類の古書が積んであります。
「やはりここは大学のある町なんだ。」
と思ってみていると、ファドと呼ばれるポルトガル独特の歌の入ったカセットがいくらか並べてあります。
この町はリスボンのファドとは趣を異にする男性の歌う甘いメロディー(恋の歌?)のファドで知られているとガイドブックに書いてありました。
そういえば、先ほどから物憂げに、甘いメロディーの男性歌手の歌が流れている。
「ファドの似合う町だなあ。」
そう思いました。
橋を渡って、夜のモンデゴ川ごしにコインブラの町を眺めます。 -
先ほど流れていたファドのメロディーが耳の中に残っています。
その晩、ホテルにいったん戻った私たちは夜遅くに再びホテルを抜け出して、ファドを聞かせるバーに行き、男性歌手の甘い歌声と、おいしいワインに酔ったのでした。
ちょっとワイン飲み過ぎかな。
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