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2日目。<br /><br />高野山の朝は早いです。<br />その分、一日が長く感じられます。早起きは三文の得ってのは、そういうことだったんですね。<br /><br />霊宝館~金剛峰寺~壇上伽藍~大門と、一日充実した高野山観光をしてみました。

高野山宿坊体験~普賢院に泊まる その2

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2008/09/07 - 2008/09/09

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harihari

harihariさん

2日目。

高野山の朝は早いです。
その分、一日が長く感じられます。早起きは三文の得ってのは、そういうことだったんですね。

霊宝館~金剛峰寺~壇上伽藍~大門と、一日充実した高野山観光をしてみました。

同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
私鉄
  • 2日目の早朝6時。<br />窓を開けて、9月とは思えない冷たい空気で一気に目を覚まします。<br /><br />朝の勤行は6時30分から。<br />お勤めは写真撮影ができません。<br /><br />一応、説明を。<br />時間の少し前になると、部屋まで迎えに来ていただいた若いお坊さんに、蝋燭の明かりが揺らめく薄暗い仏間に案内されます。<br />時間が来ると、僧侶の朗々とした声明に手を合わせて、参加者一人ずつお焼香をします。<br /><br />そして、仏間から本殿に案内されて、ご本尊やその他の仏様にお参りした後で、仏舎利の拝見、最後に摩尼車を順に回して終了です。<br /><br />全部で30分ちょっとでしょうか。<br />修行が足りないので、無心で...というわけにはいきませんでしたが、新たな一日を迎えるには、十分すぎるくらい清らかな気持ちになりました。<br />

    2日目の早朝6時。
    窓を開けて、9月とは思えない冷たい空気で一気に目を覚まします。

    朝の勤行は6時30分から。
    お勤めは写真撮影ができません。

    一応、説明を。
    時間の少し前になると、部屋まで迎えに来ていただいた若いお坊さんに、蝋燭の明かりが揺らめく薄暗い仏間に案内されます。
    時間が来ると、僧侶の朗々とした声明に手を合わせて、参加者一人ずつお焼香をします。

    そして、仏間から本殿に案内されて、ご本尊やその他の仏様にお参りした後で、仏舎利の拝見、最後に摩尼車を順に回して終了です。

    全部で30分ちょっとでしょうか。
    修行が足りないので、無心で...というわけにはいきませんでしたが、新たな一日を迎えるには、十分すぎるくらい清らかな気持ちになりました。

  • 朝食。<br /><br />お漬物、お味噌汁、海草や山菜が並んでいます。<br />お勤めの後なので、とくに美味しく感じられるんです。<br /><br />夕食に比べると少なく感じますが、足りない分はお米をたくさん食べましょう。

    朝食。

    お漬物、お味噌汁、海草や山菜が並んでいます。
    お勤めの後なので、とくに美味しく感じられるんです。

    夕食に比べると少なく感じますが、足りない分はお米をたくさん食べましょう。

  • 食事は昨晩と同じ、上段の間でいただきました。

    食事は昨晩と同じ、上段の間でいただきました。

  • 朝食を済ませて庭を見ると、若いお坊さんたちが掃除をしています。<br />一に掃除、二に勤行、三に接待と言われるくらい重要な行い。

    朝食を済ませて庭を見ると、若いお坊さんたちが掃除をしています。
    一に掃除、二に勤行、三に接待と言われるくらい重要な行い。

  • 見ごろを迎えた百日紅。樹齢250年の立派な大木です。

    見ごろを迎えた百日紅。樹齢250年の立派な大木です。

  • 普賢院を出て、今日最初に訪れたのは、高野山霊宝館。<br /><br />第29回高野山大宝蔵展が開催中でした。<br /><br />国宝、重文を含む高野山の各寺院の宝物が出展されています。<br /><br />

    普賢院を出て、今日最初に訪れたのは、高野山霊宝館。

    第29回高野山大宝蔵展が開催中でした。

    国宝、重文を含む高野山の各寺院の宝物が出展されています。

  • 大正10年に完成した霊宝館は、本館正面の紫雲殿、拝観案内所、南北廊下など、いくつかの建物が国の登録有形文化財です。<br />

    大正10年に完成した霊宝館は、本館正面の紫雲殿、拝観案内所、南北廊下など、いくつかの建物が国の登録有形文化財です。

  • 9時前に訪れたのですが、どうやら今日一番目の入場者だったようです。<br /><br />国宝や重要文化財の仏像、仏画、書などが展示されていて十分に堪能させていただきました。<br /><br />特に、有名な孔雀明王像や仏涅槃図は、まさに高野山の宝というべき文化財で、これを見れただけでも、泊りがけでここに来た甲斐があったというものです。

    9時前に訪れたのですが、どうやら今日一番目の入場者だったようです。

    国宝や重要文化財の仏像、仏画、書などが展示されていて十分に堪能させていただきました。

    特に、有名な孔雀明王像や仏涅槃図は、まさに高野山の宝というべき文化財で、これを見れただけでも、泊りがけでここに来た甲斐があったというものです。

  • 約2時間、たっぷりと宝蔵展を楽しみました。<br /><br />ゆっくり時間をかけて見たつもりでしたが、それでも霊宝館を出たのは11時前。朝早くから行動したので、得した気分で観光できます。

    約2時間、たっぷりと宝蔵展を楽しみました。

    ゆっくり時間をかけて見たつもりでしたが、それでも霊宝館を出たのは11時前。朝早くから行動したので、得した気分で観光できます。

  • ひときわ目立つ石垣の上にある鐘楼は、豊臣家の家臣・戦国武将福島正則が父母の追善供養のため、1618年に建立したもの。<br /><br />1635年に、正則の子により再建。<br /><br />現在でも午前6時より午後10時まで、偶数時に時刻を知らせています。<br /><br />

    ひときわ目立つ石垣の上にある鐘楼は、豊臣家の家臣・戦国武将福島正則が父母の追善供養のため、1618年に建立したもの。

    1635年に、正則の子により再建。

    現在でも午前6時より午後10時まで、偶数時に時刻を知らせています。

  • 次にやってきたのが金剛峰寺。<br />高野山の本坊であり、全国3000にも及ぶ高野山真言宗の総本山。<br /><br />主殿は1863年の造営。<br /><br />ひと気のない境内をのんびり見ていたら、パラパラと雨が降ってきたので、主殿の内部を拝観しに上がりました。

    次にやってきたのが金剛峰寺。
    高野山の本坊であり、全国3000にも及ぶ高野山真言宗の総本山。

    主殿は1863年の造営。

    ひと気のない境内をのんびり見ていたら、パラパラと雨が降ってきたので、主殿の内部を拝観しに上がりました。

  • 部屋の内部は写真撮影が禁止でした。<br /><br />なので、回廊と枯山水の庭を...<br /><br />

    部屋の内部は写真撮影が禁止でした。

    なので、回廊と枯山水の庭を...

  • 梅の間には、伝狩野探幽の梅月流水の襖絵が。<br />また、柳の間は、かつて秀吉の不興を買い、自害へと追い込まれた関白豊臣秀次自刃の間ともいわれています。

    梅の間には、伝狩野探幽の梅月流水の襖絵が。
    また、柳の間は、かつて秀吉の不興を買い、自害へと追い込まれた関白豊臣秀次自刃の間ともいわれています。

  • この金剛峰寺の裏山に、非業の死を遂げた秀次の亡骸が今も眠っているとか。<br /><br />鬱蒼と覆い茂る樹木を見ていると、今もこのどこかにいるのかなぁと、少し寂しくなりますね。

    この金剛峰寺の裏山に、非業の死を遂げた秀次の亡骸が今も眠っているとか。

    鬱蒼と覆い茂る樹木を見ていると、今もこのどこかにいるのかなぁと、少し寂しくなりますね。

  • 途中、新別殿でお茶と御菓子を用意してくれます。<br /><br />雨が上がらないようなので、ここでも少しのんびり。

    途中、新別殿でお茶と御菓子を用意してくれます。

    雨が上がらないようなので、ここでも少しのんびり。

  • 蟠龍庭(ばんりゅうてい)。<br /><br />国内最大級の枯山水の庭。<br /><br />雄雌の二匹の龍が向かい合い、奥殿を守っているように表現されています。<br /><br />突き出している部分のひときわ大きいのが、それぞれ龍の頭部。それ以外の石は龍の鱗のようにも見えます。

    蟠龍庭(ばんりゅうてい)。

    国内最大級の枯山水の庭。

    雄雌の二匹の龍が向かい合い、奥殿を守っているように表現されています。

    突き出している部分のひときわ大きいのが、それぞれ龍の頭部。それ以外の石は龍の鱗のようにも見えます。

  • 蟠龍庭の奥にあるのが、新書院。(非公開)<br /><br />皇室の方が宿泊したこともあるそうです。

    蟠龍庭の奥にあるのが、新書院。(非公開)

    皇室の方が宿泊したこともあるそうです。

  • 現役ではありませんが、かつての台所。<br />たくさんの僧侶の食事を賄えるように、ものすごく大きく広い台所です。<br /><br />一つでご飯100キロぐらいが炊ける大釜が3つもあり、2000人分のご飯を一度に作ることができたそうです。

    現役ではありませんが、かつての台所。
    たくさんの僧侶の食事を賄えるように、ものすごく大きく広い台所です。

    一つでご飯100キロぐらいが炊ける大釜が3つもあり、2000人分のご飯を一度に作ることができたそうです。

  • 柱や梁は煤で真っ黒になっています。磨き上げられて黒光りした床が、歴史の古さを感じさせますよね。

    柱や梁は煤で真っ黒になっています。磨き上げられて黒光りした床が、歴史の古さを感じさせますよね。

  • 金剛峰寺の大玄関。大きいです。<br /><br />ここは、かつては天皇・皇族や高野山重職だけが出入りを許された玄関口です。今はご覧の通り、囲いがしてあります。

    金剛峰寺の大玄関。大きいです。

    ここは、かつては天皇・皇族や高野山重職だけが出入りを許された玄関口です。今はご覧の通り、囲いがしてあります。

  • 鐘楼。江戸末期の建造。<br />反り返った屋根と、袴腰の形状が、力強くもあり、スタイリッシュでもあり。

    鐘楼。江戸末期の建造。
    反り返った屋根と、袴腰の形状が、力強くもあり、スタイリッシュでもあり。

  • お昼ご飯は、「さんぼう」という食堂でカツ丼。奥さんは麩天丼。

    お昼ご飯は、「さんぼう」という食堂でカツ丼。奥さんは麩天丼。

  • 昼食後、壇上伽藍へ。<br /><br />ここは「蛇腹路」という小道。秋になると、紅葉のトンネルがとてもきれいでしょうね。<br /><br /><br /><br />

    昼食後、壇上伽藍へ。

    ここは「蛇腹路」という小道。秋になると、紅葉のトンネルがとてもきれいでしょうね。



  • 手前から東搭、三昧堂、大会堂。<br /><br />いずれも江戸末期の建築。<br />

    手前から東搭、三昧堂、大会堂。

    いずれも江戸末期の建築。

  • 大会堂の中を覗き込む奥さん。<br /><br />本尊は阿弥陀如来、脇侍に観世音菩薩、勢至菩薩がともにまつられています。<br /><br />

    大会堂の中を覗き込む奥さん。

    本尊は阿弥陀如来、脇侍に観世音菩薩、勢至菩薩がともにまつられています。

  • 愛染堂、1848年に再建。<br />本尊の愛染明王は、後醍醐天皇の御等身といわれています。<br />

    愛染堂、1848年に再建。
    本尊の愛染明王は、後醍醐天皇の御等身といわれています。

  • 国宝不動堂。<br /><br />鎌倉時代後期の建築。このお堂にかつて奉納されていた運慶作の八大童子は、先ほど霊宝館で展示されていました。<br /><br />火災の多かった高野山で、700年間も無事だったのは奇跡に近いです。長い年月、高野山の盛衰を眺めてきたんですね。<br /><br />

    国宝不動堂。

    鎌倉時代後期の建築。このお堂にかつて奉納されていた運慶作の八大童子は、先ほど霊宝館で展示されていました。

    火災の多かった高野山で、700年間も無事だったのは奇跡に近いです。長い年月、高野山の盛衰を眺めてきたんですね。

  • 根本大搭。<br />真言密教のシンボルにして、高野山の教理上の中心。<br /><br />もともとは、空海が創建し始めたもので、空海自身は完成を見ずに入定。その後、幾度となく火災で焼失と再建を繰り返し、現在のものは昭和9年に完成。<br /><br />久々に、その大きさに無条件に圧倒されました。<br />

    根本大搭。
    真言密教のシンボルにして、高野山の教理上の中心。

    もともとは、空海が創建し始めたもので、空海自身は完成を見ずに入定。その後、幾度となく火災で焼失と再建を繰り返し、現在のものは昭和9年に完成。

    久々に、その大きさに無条件に圧倒されました。

  • 内部は巨大な仏像と、仏画。<br /><br />本尊は胎蔵大日如来。<br />周りには金剛界の四仏が取り囲んで、胎蔵界と金剛界の双方が存在した、立体曼荼羅を構成されています。<br />

    内部は巨大な仏像と、仏画。

    本尊は胎蔵大日如来。
    周りには金剛界の四仏が取り囲んで、胎蔵界と金剛界の双方が存在した、立体曼荼羅を構成されています。

  • 御影堂。<br /><br />旧暦の3月21日にのみ外陣での参拝が許されている、壇上伽藍でも最も神聖な領域の一つ。

    御影堂。

    旧暦の3月21日にのみ外陣での参拝が許されている、壇上伽藍でも最も神聖な領域の一つ。

  • 高野山創建当時、空海は壇上伽藍のうちでもっとも早く、ここに金堂を建てました。<br /><br />ここも消失と再建を繰り返して、昭和元年の火災により、本尊を消失。公開されたことのない秘仏だったため、どのような仏像であったかは不明だということです。<br /><br />

    高野山創建当時、空海は壇上伽藍のうちでもっとも早く、ここに金堂を建てました。

    ここも消失と再建を繰り返して、昭和元年の火災により、本尊を消失。公開されたことのない秘仏だったため、どのような仏像であったかは不明だということです。

  • 空海に始まり、何千何万もの僧たちが1000年以上にもわたって、祈りを捧げていたことに思いを馳せると、この空間にいることが不思議に感じられます。

    空海に始まり、何千何万もの僧たちが1000年以上にもわたって、祈りを捧げていたことに思いを馳せると、この空間にいることが不思議に感じられます。

  • 孔雀堂。<br /><br />堂自体は昭和に入ってからの再建です。重要文化財の孔雀明王はここのご本尊だったもので、今は霊宝館に安置してあります。

    孔雀堂。

    堂自体は昭和に入ってからの再建です。重要文化財の孔雀明王はここのご本尊だったもので、今は霊宝館に安置してあります。

  • 境内の一番奥にある神社の拝殿・山王院。杉木立の中にポツンと朱の鳥居が立っています。

    境内の一番奥にある神社の拝殿・山王院。杉木立の中にポツンと朱の鳥居が立っています。

  • そして本殿である御社。1594年の再建。<br />御社と山王院はともに重要文化財です。

    そして本殿である御社。1594年の再建。
    御社と山王院はともに重要文化財です。

  • 西搭は、江戸末期の再建。<br /><br />高さが27メートルもある立派な多宝塔ですが、大塔や金堂の迫力に比べると、すっきりとした佇まいにも見えますね。

    西搭は、江戸末期の再建。

    高さが27メートルもある立派な多宝塔ですが、大塔や金堂の迫力に比べると、すっきりとした佇まいにも見えますね。

  • 金堂の南側に位置する中門跡。礎石のみ。<br /><br />1843年の大火で焼失してから、再建されないまま現在にいたっています。

    金堂の南側に位置する中門跡。礎石のみ。

    1843年の大火で焼失してから、再建されないまま現在にいたっています。

  • 壇上伽藍をあとにして、大門に向かいます。

    壇上伽藍をあとにして、大門に向かいます。

  • 大門の少し手前、南峰堂というお饅頭屋さん。<br />大正時代からここで茶店を開いている老舗です。<br />美味しいそうだったので、自家製餡の酒饅頭を買って帰りました。

    大門の少し手前、南峰堂というお饅頭屋さん。
    大正時代からここで茶店を開いている老舗です。
    美味しいそうだったので、自家製餡の酒饅頭を買って帰りました。

  • そして、高野山の西の玄関口、大門が見えてきました。

    そして、高野山の西の玄関口、大門が見えてきました。

  • 高野山の総門・大門。<br /><br />現在の建物は1705年に再建されたものですが、国の重要文化財に指定されています。<br /><br />こちらの大門もかなりのスケール。<br /><br />車などない時代、長い山道をひたすら歩いて、忽然と現れたこの大門を見た来訪者は、どのように感じたのでしょうか...

    高野山の総門・大門。

    現在の建物は1705年に再建されたものですが、国の重要文化財に指定されています。

    こちらの大門もかなりのスケール。

    車などない時代、長い山道をひたすら歩いて、忽然と現れたこの大門を見た来訪者は、どのように感じたのでしょうか...

  • 高野山町石。<br /><br />元来、空海が木製の卒塔婆を、高野山から九度山まで建立したものを、鎌倉時代に石造卒塔婆に立て替えられたものです。<br /><br />1里を三十六町と定める起源にもなったのだそうです。

    高野山町石。

    元来、空海が木製の卒塔婆を、高野山から九度山まで建立したものを、鎌倉時代に石造卒塔婆に立て替えられたものです。

    1里を三十六町と定める起源にもなったのだそうです。

  • 大門を後にして、宿坊へ戻ります。<br /><br />背景の紀州山地の山ろくが、山深い地形に拓かれた土地であることを感じさせます。

    大門を後にして、宿坊へ戻ります。

    背景の紀州山地の山ろくが、山深い地形に拓かれた土地であることを感じさせます。

  • 何やら木造の古めかしい建物。<br />主に密教関係や空海、高野山関係の書籍を出版販売している高野山出版社。

    何やら木造の古めかしい建物。
    主に密教関係や空海、高野山関係の書籍を出版販売している高野山出版社。

  • 普賢院に戻って、四脚門。重要文化財。<br /><br />17世紀前半、もともとは東照宮の門として建てられたのですが、後にここに移築されたものです。

    普賢院に戻って、四脚門。重要文化財。

    17世紀前半、もともとは東照宮の門として建てられたのですが、後にここに移築されたものです。

  • もちろん彩色は塗りなおしたものですが、徳川全盛期の華やかな面影が今でも偲ばれる四脚門です。

    もちろん彩色は塗りなおしたものですが、徳川全盛期の華やかな面影が今でも偲ばれる四脚門です。

  • 宿坊に戻っくると、昨日とはべつのお茶請けが用意されていました。細やかな心配りが嬉しいですね。

    宿坊に戻っくると、昨日とはべつのお茶請けが用意されていました。細やかな心配りが嬉しいですね。

  • 宿泊客がチェックインする前の宿坊は、ひっそりとして厳粛な空間です。<br /><br />まだ陽は高かったですが、混み合うのを避けて、先にお風呂に入りました。

    宿泊客がチェックインする前の宿坊は、ひっそりとして厳粛な空間です。

    まだ陽は高かったですが、混み合うのを避けて、先にお風呂に入りました。

  • この日の夕食。<br /><br />高野山といえばごま豆腐。さしみこんにゃく、お吸い物。

    この日の夕食。

    高野山といえばごま豆腐。さしみこんにゃく、お吸い物。

  • 湯葉、麩の炊き合わせ、山菜の天ぷら。<br />そして、松茸が少々。<br /><br />この日もご飯がたくさん食べられました。<br />とても美味しかったです。

    湯葉、麩の炊き合わせ、山菜の天ぷら。
    そして、松茸が少々。

    この日もご飯がたくさん食べられました。
    とても美味しかったです。

  • この日は夜、少しだけ散歩してみました。<br /><br />きれいな月と、大阪では見られない星空でした。<br />時折車が通る以外は、物音らしい物音はほとんどしません。<br /><br />提灯の明かりに浮かぶ普賢院の文字が印象的でした。<br />明日も朝のお勤めがあるので、遅くまで起きていずに早く寝よう。<br /><br />高野山宿坊に泊まる その3(作成予定)に続く。

    この日は夜、少しだけ散歩してみました。

    きれいな月と、大阪では見られない星空でした。
    時折車が通る以外は、物音らしい物音はほとんどしません。

    提灯の明かりに浮かぶ普賢院の文字が印象的でした。
    明日も朝のお勤めがあるので、遅くまで起きていずに早く寝よう。

    高野山宿坊に泊まる その3(作成予定)に続く。

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