2008/07/17 - 2008/07/24
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sportcrossさん
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この日は、人類の『負の世界遺産』とされている
"アウシュヴィッツ"と"ビルケナウ(第2アウシュビッツ)"へ
行きました。
この場所はご存知、ナチスドイツが、
戦争捕虜や政治犯罪者、ユダヤ人などを収容し、
過酷な労働を強いたり、または惨殺していった殺人工場。
当時の、被収容者に対する非人間的な扱いに、酷く心が痛みます。
人間として、忘れてはいけないこの場所、あの事実。
隅々まで見てまわり、目にしっかりやきつけてきました。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス
-
ホテル指定の朝食会場へ。
と言ってもホテルの中ではなく、2軒隣の建物。
説明どおりに行ってみると、このレストランなのですが、
この辺り、レストランが多いので、
「本当、ここであってるの?」って心配になりました。
でも、ここでOK! -
サラダにハムにチーズ、スクランブルエッグ、ヨーグルト・・・
バイキングが内容充実でした♪
しかし、バナナはわかるんだけど、
リンゴだの洋ナシだのそのまんま置いてあるのが、
どうしても不思議。
コチラの方はそのまんま、かじるんでしょうね。
(この話は翌日、また・・・) -
7:50
クラクフ本駅東側のバスターミナルより、
アウシュヴィッツ強制収容所のある、
オシフィエンチム行きのバスに乗車。
このバスも車内で運賃を支払います。
*オシフィエンチム行きのバス*
所要1時間30分、10ズウォティ。
バスターミナルからは
オシフィエンチム行きまたは、
オシフィエンチム博物館行きに乗車。
バスは20分おきにでているので、電車より便利。 -
10:20アウシュヴィッツ博物館に到着。
*auschwitz-muzeum*
http://www.auschwitz-muzeum.oswiecim.pl
アウシュヴィッツおよびビルケナウの博物館は、
入館料は無料なのですが、
ガイドを必要とする場合は、
こちらのカウンターにて申し込みと精算をします。
ここは、以前より足を運び、この目でみて、
理解したかった場所でした。
起こってしまった過去をしっかり理解するため、
今回はガイドブック等で紹介されていた
博物館日本人ガイドの中谷さんにガイドを依頼。
一回につき、10名までなら一律225ズウォティ。
人数が多ければオトクになります。 -
アウシュヴィッツ博物館の中に入ります。
まず入口に、"ARBEIT MACHT FREI"の門が目に入ります。
ドイツ語で「働けば自由になる」という意味。
とは言いつつも、実際は
「一度この収容所に入ったら、出口は煙突だ。」という現状。
つまり、死を意味しているのです。
この門に掲げられている"ARBEIT"のBが反転
(Bは通常、下部が膨らんでいる)しているのは、
収容者が抵抗して、わざと取り付けたという説が
あるそうです。 -
収容所のまわりには、
このように二重の有刺鉄線で囲われている。
鉄線には220ボルトの高圧電流が流されており、
簡単に脱走できないようになっていました。
感電覚悟の上で脱走を試みるものもいたそうですが、
監視塔からは鋭い監視の目が光っており、
見つけると、即座に射殺。
脱走はほぼ不可能だったそうです。 -
このアウシュヴィッツ博物館は建物内部の展示品等
撮影が禁止されています。
ここでご紹介できないのが残念ですが、ご了承ください。
さて、敷地内に建てられているこの建物は、
被収容者を収容する施設として利用されていました。
1棟にはおよそ700〜860人入っていたそうです。
内部はわらを敷いた、オリのような場所。
被収容者が増え、スペースが手狭になると、
3段ベッドを置くなどして、対応していたそうです。
で、1つのベッド(しかも小さい)には最低2名が入り、
収容。密度が高く、劣悪な環境となっていたそうです。 -
収容施設の"囚人棟"は全部で28棟。
最大で28,000人収容していたそうです。
その内訳として、広く知られているユダヤ人のほか、
ポーランド人や戦争捕虜の旧ソ連軍兵士などの
政治犯、同性愛者などで、
目的は彼らを排除することでした。 -
気になるのは、それだけ被収容者がいて、
不満を爆発される暴動などが起こらなかったこと。
それは・・・
ナチス親衛隊(略称:SS)が、この施設を管理・運営していたのですが、
その"SS"が被収容者の中で、指導的能力のある者を選び、
被被収容者のリーダーに任命。
リーダーは他の被収容者を監視する体制をとっていました。
また、リーダーには個室が与えられていたようです。
そうして、統制をとっており、その運営方法は
実に巧みで計画的でした。 -
グレーの壁は別名「死の壁」。
"SS"は、労働力にならない被収容者を次々と
殺していきます。
その方法は様々で、
こちらの「死の壁」では壁の前に
被収容者を立たせて、銃殺刑が行なわれました。
なお、レンガとは異質素材のこの壁は、
"SS"に弾が跳ね返ってこないように作ったそうです。 -
建物の壁にとりつけられた穴。
この先は地下室へとつながっています。
その地下室窒息死させるための部屋としても使われ、
その時は、この穴に大量の雪をいれて、
扉にカギをかけ、身動きできないようにしたそうです。
その他、こちらの11号棟には
ずっと立ちっぱなしにして殺す「立ち牢」や
紋首台、餓死させる部屋、被収容者を吊るす杭
などもありました。
いずれも想像するだけで、辛い気持ちになります。 -
重労働のなかには、道路や土地などを整地するため、
このような器具(ローラー)を使用します。
1台につき5人程度で引っ張っていくそうですが、
栄養状態やその他過酷な労働によって倒れ、
このローラーで潰された被収容者も少なくなかったそうです。 -
画像右側の鉄棒のようなものは、集団紋首台。
当時、一人の被収容者が脱走すると同じグループの
残った被収容者全員を罰として処刑していました。
で、他のグループへの見せしめとして、
この絞首台で処刑されていたそうです。
棒が長いのは、一度に5人程吊るすことができるため。
処刑後、吊るした状態で長時間広場に放置して、
わざと他の被収容者の点呼のときに見えるようにしていました。
こうして被収容者の恐怖心をあおり、
脱走させないようにしたそうです。
・・・恐ろしい。 -
収容されていた人たちの写真は各所に掲げられています。
全て現存していないそうですが、
混乱のこの時代でも収容所では、
被収容者の写真を撮影し、個人情報を管理していたそうです。
また、囚人服には収容理由別のワッペンがつけられ、
政治犯、ユダヤ人、同性愛などが認識できるように
していました。 -
屋根から雨どいにかけて、電線がひかれ、
電気が走るようになっています。
この雨どいに被収容者を吊るし、感電させて刑を
行なうこともしていたそうです。
至るところで酷いことをしています、
ここまできたら言葉に言い表せません・・・ -
当時、被収容者は1日11時間労働を強いられていました。
基本的には収容所周辺に点在している、
石炭坑や石油コンビナートなどで重労働。
そして食事は1日2回で、1回の食事の内容は、
スープとパンのみ。
そのため、栄養失調と過酷な労働で、
毎日、随所で死者が出るのが当たり前の
光景になっていたそうです。
1人が収容から死に至るまでの期間は平均2〜3ヶ月。
残酷さがこういったところからもわかります。 -
展示されていたものの中には、
収容時、被収容者から奪った身回り品がありました。
ナチスは被収容者をここに連れてくるとき、
「新しい生活をするから、必要なものや
貴重品だけを持ってきなさい。」と説明し、
被収容者をこのアウシュヴィッツへ。
ところが、それらは全てナチスに奪われます。
宝石類や金銭などはドイツの銀行へ売り、
服や靴はキレイな物だけ選び、その他
売れるものは全て売り飛ばしたそうです。
展示されてあったものは、売れ残り品。
それでも展示しきれないほどありました。
酷いのは、髪の毛の山が展示されていたのですが、
女性を中心に、収容時は髪の毛を刈られ、
なんとそれも繊維業者に転売していたそうです。
繊維業者はそれをじゅうたんなどの商品にして、販売。
髪の毛とわかっていて、
アウシュヴィッツからの宝石だとわかっていて、
買う業者や銀行などが存在しているということは、
ドイツ国内では、ナチス体制に従わざるを得ない
状況であったことがうかがえます。 -
また、ガス室での大量殺人に使用された
チクロンBの缶が山積みになっている展示ケースも
ありました。
もともとは別の目的で使われていたチクロンB。
被収容者の刑執行を迅速に行なうため、
この劇薬が用いられるようになったそうです。
使用方法は、
見た目がシャワー室のガス室へ被収容者を連行し、
シャワーを浴びさせると見せかけ、
天井の穴から出たものは、そのチクロンB。
1回で、約636坪の部屋に2,000名が押し込まれ、
わずか15〜20分間で皆、窒息死していったそうです。 -
こちらでは戦後、
元収容所長が戦犯として処刑された場所。
所長としての責任は問われて然るべきですが、
ナチスドイツ時代、ヒトラーに対する忠誠は
絶対であり、従わざるを得なかったと思います。
国に殺されたといっても過言ではありませんね。
何だか複雑な気持ちになりました。 -
こちらは焼却炉。
死体を焼いて灰にして、近くの草原へ廃棄したり、
または肥料として畑に散布したそうです。
統制管理だけでなく、証拠隠滅を兼ねた死体管理も
緻密であると思いました。
そして被収容者を人間とは思わず、まるでゴミ扱い。
同じ人間として、そんな行為ができるなんて
信じられない気持ちでいっぱいです。 -
ちなみに戦争末期、敗戦色が強くなると、
収容所から価値の高いものが運び出されるペースが
はやくなったそうです。
また、倉庫などへ火をつけて破壊するなど、
証拠隠滅のための動きがあったそうです。 -
アウシュヴィッツでは
所要1時間40分でガイドツアー終了。
次はビルケナウへバスで向かって、
ガイドの中谷さんと再び合流するのですが、
そのバスの発車時間が迫っていました。
昼食は売店のパンとコーヒーで簡単に済ませることに・・・ -
アウシュヴィッツからビルケナウ(第2アウシュヴィッツ)
まではおよそ3Km。徒歩なら30〜40分くらいでしょうか。 -
さて、このシャトルバスでビルケナウに向け、移動です。
*シャトルバス(無料)*
アウシュヴィッツ→ビルケナウ行き
10:30、11:30、12:30、13:30、
14:30、15:30、16:30、17:30
ビルケナウ→アウシュヴィッツ行き
11:00、12:00、13:00、14:00、
15:00、16:00、17:00、18:00
いずれも所要10分弱。 -
ビルケナウ(第2アウシュヴィッツ)に到着しました。
まず目に入るのは・・・ -
中央衛兵所の建物と列車の入口(死の門)、
そしてこの線路。
日本の大学病院をテーマにした、某テレビドラマの
ワンシーンや、ドキュメンタリーで度々目にする風景。
ちなみにこのアングル、
行くまでは敷地外から撮っていると思ったのですが、
敷地内でした。
つまり、画像の線路の先はオシフィエンチム駅方面。
線路は敷地内のものは現存していますが、
歪み等もあるため、現在は全く使われていません。
また、市街地へはところどころ分断されているので、
列車が走るも不可能だそうです。 -
ビルケナウはアウシュヴィッツのおよそ7倍の敷地面積。
広がる風景は、だだっ広い草原にバラックが点在するのみ。
もの悲しい雰囲気を出していました。 -
ここは敷地のほぼ中央に位置する、列車のホーム。
とはいっても、ただ土地を平らにした粗末なもの。
列車はここに停車し、被収容者が降り立ったそうです。 -
この場所が運命の分かれ道となる。
"SS"将校と"SS"医師が、列車から降りてきた被収容者を
この場所で、「右に行け!」「おまえは左だ!」と
選別していったそうです。 -
当時の写真が掲示されていました。
『右』は、主に女性や子ども、健康状態が良好ではない男性。
『左』は、健康状態に問題のない男性。
右側へ誘導された人々は、何も知らずにガス室へ。
もちろんすぐに殺されます。
左側へ誘導された人々は過酷な労働を
強いられることになります。
なお、連れてこられた人々のおよそ70〜75%は
ガス室送りになったそうです。 -
そして、ガス室があったところのすぐ近くには、
国際慰霊碑がありました。
画像の平らなプレートは、犠牲者の出身国各国の慰霊碑。
その数20カ国、推定150万人。
ヨーロッパの広範囲にわたり、
この地に連れてこられ、犠牲にあったかがわかります。 -
そして国際慰霊碑のそばに壊された状態で残る、ガス室。
慰霊碑の両側に各2か所、
少し離れた場所に農家を改修し2か所の
計6か所がつくられ、使われていたそうです。
旧ソ連軍がここを解放する直前、
ナチス・ドイツが証拠隠滅のために爆破したそうです。 -
ガス室の入口。
被収容者は、
「シャワーを浴びなさい」という"SS"の指示のもと、
着ているものや身に着けているものを全てはずし、
このガス室へ入っていきました。
ちなみに、服などの身に着けていたものは
"SS"が没収し、お金になるものは取引して
収入を得ていたそうです。。 -
ユダヤ人を中心に行なわれたこの行為は
もちろんナチスドイツによる、民族浄化政策や
ホロコーストの一種なのですが、
反ユダヤ政策やユダヤ人排除運動は
ドイツだけでなく、当時の西ヨーロッパ諸国では
盛んに行なわれていたそうです。 -
例えばヨーロッパの各国では、
ユダヤ人居住区をつくり、
ユダヤ人地区を隔離していました。
もちろんナチスドイツによるゲットー(強制移住)や
アウシュヴィッツなど強制収容所などでの
虐殺行為は、他のヨーロッパ諸国へも情報が入るはず。
しかし、それを止めることは各国とも
一切していなかったようです。
せめてアウシュヴィッツへ続く線路に
爆弾でも落として使用不能にしていれば、
少しの命でも助かったことでしょう。 -
アウシュヴィッツの歴史を深く掘り下げると、
ユダヤ教とキリスト教の宗教対立も要因の一つのようです。
そんなことを考えると、
"ドイツがやったこと"だけで片付けられない
問題であることがわかります。 -
敷地内に建てられているバラックを覗いてみました。
こちらは収容者が生活をしていた、3段ベッド。 -
別のバラックをのぞいてみます。
-
壁には、被収容者のものと思われる落書きも見られました。
これは、どんな心理状態で描かれたメッセージなのでしょうか。 -
こちらは洗面所。
置かれることのなかった、石鹸置きもついています。
なお物品難の戦争末期、殺された被収容者の脂肪をとって、
石鹸を作ろうと計画されていたそうです。
・・・。 -
こちらはトイレ。
といっても穴が開いているだけの簡素なつくり。 -
ドイツ語で「静粛に」という意味が書かれているそうです。
-
こちらは厨房です。
手前には、パンの絵が描かれた配達車が見えます。
食事の時間に、これを使い、食事を配っていたそうです。 -
その他、被収容者から没収したものを保管する倉庫や
建設中のバラックなどが不気味に立ち並んでいました。 -
13:30
所要1時間のビルケナウツアーもこれにて終了。
中谷さんをここでお別れ。
このツアーでは、
アウシュヴィッツのこと、ナチスドイツの表と裏、
それを取り巻くヨーロッパの世界、
ユダヤ人の存在について、
中身のぎっしり詰まった知識を教えていただきました。
日本語ツアーに参加してよかった。
「中谷さん!ありがとうございました!」 -
その後、再びビルケナウの各施設を見学しました。
-
こちらのバラックは被収容者の宿舎。
先程同様、3段ベッドが並んでいました。 -
中央衛兵所の塔に上ってみました。
-
立ち並ぶバラック。
1.75平方キロメートル(東京ドーム約37個分)の
敷地に300以上あったそうですから、
その規模に改めて、唖然とします。 -
引込み線を上から眺めてみました。
ここへ多くの被収容者を運び、
重労働に耐えられるか否かの仕分けをして、
ガス室に運ばれたり、過酷な労働を強いられたりと、
多くの犠牲者をだした過去があった・・・
そんなことがあったとは信じられないほど、
そこには静寂な時間が流れていました。 -
ここに収容された者は、過酷な労働を強いられたわけですが、
その内容は次の4種類。
・道路舗装や炭鉱勤務などの肉体労働
・兵器などの生産、収容施設管理
(医師、建築士、化学者、電気技術者等の特定技能者が対象)
・ガス室からの遺体搬出・焼却等、被収容者の処分
・被収容者を監視する監視員 -
強制労働の舞台となった石炭鉱、石油化学コンビナート、
兵器工場などは、アウシュヴィッツや
このビルケナウ周辺にありました。
モノビッツ村につくられた工場群を
別名"第三アウシュビッツ・モノビッツ"
と呼ばれていたそうです。
今ではそんな面影もなく、
博物館内のモノだけが、当時を伝えていました。 -
こちらはビルケナウの全体図。
右側の真っ白な場所も敷地で、
バラックを増設していく計画でした。
アウシュヴィッツおよびビルケナウの収容所は、
旧ソ連軍が1945年1月末、ナチスドイツの手から
解放させました。
当時残っていた被収容者は約7,500名。
しかし、別の収容所へ移送されたり、
移送途中に亡くなってしまったりと、
全ての被収容者がこの日に解放されなかったのです。 -
被収容者を撮影した写真。
「アウシュヴィッツに行くと、
暗い気持ちになってその後は何もできなくなる。」
と行かれた方の中には、そんな感情を持たれる方も
いらっしゃるようです。
また、博物館内では、
残虐な行為が行なわれていたことを示す展示物を見て
号泣する来場者もいました。
しかし、私はここでは
そのような感情にはなりませんでした。
・・・と言いますか、ここで行なわれた全てのことが
本当に行なわれたのか信じられなかったのです。
まるで映画を観ていたかのような、
現実とは違う世界を観ていた感覚。
その位、とんでもない歴史がここで起きていたわけです。
考えさせられることが多い
このアウシュヴィッツ、ビルケナウ。
負の世界遺産として、今後ともこの歴史を
しっかりと後世に語り継ぐことを期待するとともに、
二度とこのような過ちや、戦争がおこらないよう、
祈念したいものです。 -
バスに乗り、アウシュヴィッツまで戻ります。
-
アウシュヴィッツに戻ってきました。
今度はゆっくりと施設見学。
先ほど受けた説明を振り返りつつ、
地元ポーランドはもちろん、
オランダ、旧ユーゴスラヴィアやチェコなどの
ヨーロッパ各国から連行され、犠牲となった方への
追悼をテーマにした施設など、
見学しなかった施設を見学し、クラクフへ戻りました。
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この旅行記へのコメント (6)
-
- わんぱく大将さん 2011/10/14 02:33:38
- 何とも言えませんね
- sportcrossさん
人間が人間を裁く。 一体全体、どうして人間の上下があるのか。
確かにドイツにとって、ユダヤ人の頭のよさは脅威だったと思います。
いまや、世界を動かしているのはユダヤ人、華僑。
一時、ヒットラー、ユダヤ人説もでましたが。
戦争に行って、最初は人を殺すことも怖かったのが、慣れてくれば、日常生活の一部。 殺して、金歯もはぎとるという作業も、牛の皮をはぎとるのと同じ位になってくるのか。 感覚がなくなるのって怖いことですね。
リンゴ、なし。そのまま皮ごと かじりますが。歩きながらもやりますよ、わたしゃ。
大将
- sportcrossさん からの返信 2011/10/15 09:12:02
- RE: 何とも言えませんね
- 大将さん、ご訪問ありがとうございます!
ここで説明を聞くと、気持ちが暗くなりますね。
・・・ただこの世の中でこういったことが
二度と起こらないようにするためにも、
より多くの人たちに見ていただきたいですね。
本当に行ってよかったな、と思います。
果物まるごとって最初はカルチャーショックを受けましたが、
まるかじりすると、その国の人になったようで、
ちょっとうれしくなります☆(ちっちゃなことですが)
これがきっかけで、果物そのままのものをみると、
まるかじりするようになりましたよー
すぽくろ
-
- tomo4715さん 2008/09/26 21:57:09
- アウシュビッツ
- sportcross様
初めまして。
tomo4715と申します。
旅行記を拝見させていただきました。
特にアウシュビッツの旅行記は、詳しく説明が書かれており、大変参考になりました。
実は私も2005年の年末にポーランドへ行き、アウシュビッツに行きました。
旅行期間が6日間と短く、アウシュビッツでは見学時間が1時間しかとれず、駆け足で見て回りました。
ガイドの中谷さんに説明をしていただいたのであれば、理解もより深いものになったことと思います。
その一端を旅行記の中で読むことができました。
ありがとうございました。
また他の旅行記も拝見させていただきます。
tomo4715
- sportcrossさん からの返信 2009/06/29 01:28:35
- RE: アウシュビッツ
- tomo4715さん、はじめまして。
ご訪問、ありがとうございます!
アウシュヴィッツでの出来事は、やはり実際その場所に行って、
その環境に触れ、施設等を目にして、そして詳しい説明を受け、
はじめて理解できたような気がします。
見学が駆け足だったようですが、
受けられた感覚は私たちと同じではないかと存じます。
平和な社会を守るため、このような施設が維持され、
語り継がれることを願うばかりですね。
sportcross
-
- waterlilyさん 2008/08/13 00:56:00
- アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所
- スポクロさん、お帰りなさい〜。
いつもながらとても詳細で素晴らしい旅行記の数々、後から行く人にとって、とても参考になる旅行記ですね。私もいつか行ける日が来たなら、是非また拝見して参考にさせて頂こうと思います。
珍しい博物館、ヴィエリチカ岩塩採掘場etc、とても興味深く拝見しました。岩塩のシャンデリアにもびっくりです。綺麗ですね〜。
スパワッフルは本当に日本のゴーフルに似ていますね。焼きたての温かいスパワッフル、食べてみたいです。
「小作人の食べ物」という名のお店も良いですね。私もこの店名好きです。店内の雰囲気も良くてしかも美味しそう。
……と拝見して来て、遂にアウシュビッツ……
しばしいろいろなことに思いをめぐらせながら拝見していて、こんな時間になってしまいました。
本当に言葉になりません。。。
今も北京オリンピックの一方、グルジア、ロシアでは紛争が勃発、そのニュース報道や映像を見ながら、何故人間はいつまでもこうしたことを繰り返すのかと暗澹たる思いになります。
スポクロさん、よくここまでレポートしてくださいました。ありがとうございます。
これからの世代の若い人々に、この悲惨な出来事の教訓が刻み込まれ、繰り返されることのないようにと、心から祈る思いで一杯です。
- sportcrossさん からの返信 2008/08/13 09:17:57
- アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所
- waterlilyさん、こんにちは。ご訪問、ありがとうございます。
また、お褒めのコメントもいただいて、うれしく思います♪
しかも夜遅くにご訪問いただいたみたいで、
睡眠の障害になったのではないかと心配しております。
長い旅行記ですみません・・・(苦笑)
waterlilyさんのおっしゃるとおり、
グルジアとロシアの紛争、チベット・ウイグル問題など、
同じ過ちを繰り返し続けています。本当に残念ですよね。
国防を考えると仕方なかったとの言い訳もできますが、
自国の利益を追求するために、人の命を軽視した動きは
本当に許せません。
世界各地で火種はありますが、戦争して、得るものは何もありません。
そのことを各国がしっかり踏まえて、諸問題を解決してもらいたいですね。
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