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国宝の天守閣を持つ犬山城の紹介の続きです。中国の詩人が詠んだ白帝城に因み、荻生徂徠が木曽川の畔に立つこの城を白帝城と讃え、今日までその名前が残りました。(ウィキペディア、犬山城関連公式サイト)

2008盛夏、国宝・犬山城(2/5):天守に入場、歴代城主の肖像画と写真、木曽川方面の光景

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2008/07/20 - 2008/07/20

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旅人のくまさん

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国宝の天守閣を持つ犬山城の紹介の続きです。中国の詩人が詠んだ白帝城に因み、荻生徂徠が木曽川の畔に立つこの城を白帝城と讃え、今日までその名前が残りました。(ウィキペディア、犬山城関連公式サイト)

  • 開けられた窓と、そこからの眺めです。戸は上向けに、ツッカイ棒で支えられているようです。(同上)

    開けられた窓と、そこからの眺めです。戸は上向けに、ツッカイ棒で支えられているようです。(同上)

  • 上から眺めた犬山城の甍を纏めて紹介します。下り勾配の屋根です。半円に盛り上がった瓦と緩やかな反りの瓦とが狭い間隔で並んでいます。(同上)

    上から眺めた犬山城の甍を纏めて紹介します。下り勾配の屋根です。半円に盛り上がった瓦と緩やかな反りの瓦とが狭い間隔で並んでいます。(同上)

  • ほんの少しだけ、左側方面に顔を出した瓦です。樹木の先には、木曽川の川面が、すぐ下に見えます。(同上)

    ほんの少しだけ、左側方面に顔を出した瓦です。樹木の先には、木曽川の川面が、すぐ下に見えます。(同上)

  • 屋根飾りのアップです。実を付けた枝が表現された飾り物のようです。緑青を吹いた線で、しっかりと下部に結わえてあります。(同上)

    屋根飾りのアップです。実を付けた枝が表現された飾り物のようです。緑青を吹いた線で、しっかりと下部に結わえてあります。(同上)

  • 幾重にも瓦が重なった、屋根のコーナー部分です。瓦同士が木組みのように、微妙なカーブを付けて組み合わされています。(同上)

    幾重にも瓦が重なった、屋根のコーナー部分です。瓦同士が木組みのように、微妙なカーブを付けて組み合わされています。(同上)

  • 屋根飾りの先端部分です。この瓦は、他の瓦と組み合わされていると同時に、中間辺りを、緑青を吹いた線で結わえられています。(同上)

    屋根飾りの先端部分です。この瓦は、他の瓦と組み合わされていると同時に、中間辺りを、緑青を吹いた線で結わえられています。(同上)

  • 木曽川の下流方面の眺めです。李白の白帝城の漢詩訳を紹介しておきます。『朝に辞す白帝彩雲の間 千里の江陵一日にして還る 両岸の猿声啼きやまざるに 軽舟すでに過ぐ万重の山』(同上)

    木曽川の下流方面の眺めです。李白の白帝城の漢詩訳を紹介しておきます。『朝に辞す白帝彩雲の間 千里の江陵一日にして還る 両岸の猿声啼きやまざるに 軽舟すでに過ぐ万重の山』(同上)

  • 天守閣からの南東方面の眺めです。廃藩置県の際に払い下げられた矢来門が専修院東門に、黒門が徳林寺、松ノ丸門が千秋寺、内田門と伝わる城門が瑞泉寺にそれぞれ移築され、現存しています。(同上)

    天守閣からの南東方面の眺めです。廃藩置県の際に払い下げられた矢来門が専修院東門に、黒門が徳林寺、松ノ丸門が千秋寺、内田門と伝わる城門が瑞泉寺にそれぞれ移築され、現存しています。(同上)

  • 正面の建物は、展示館です。今回は時間がなくて見学は省略しました。入口脇にありました。(同上)

    正面の建物は、展示館です。今回は時間がなくて見学は省略しました。入口脇にありました。(同上)

  • 手前の建物は休憩所兼お土産屋さん、左奥の建物は展示館です。別の場所には、歴代城主の遺品などを集めた白帝文庫もあります。(同上)

    手前の建物は休憩所兼お土産屋さん、左奥の建物は展示館です。別の場所には、歴代城主の遺品などを集めた白帝文庫もあります。(同上)

  • 通風と明り取りのために開けられた格子窓です。外側の扉が上向きに回転し、金具で支えられています。(同上)

    通風と明り取りのために開けられた格子窓です。外側の扉が上向きに回転し、金具で支えられています。(同上)

  • 城内に飾ってあった歴代城主の紹介です。初代城主の成瀬正成公です。在封期間は1617-1625年です。江戸時代初期です。(同上)

    城内に飾ってあった歴代城主の紹介です。初代城主の成瀬正成公です。在封期間は1617-1625年です。江戸時代初期です。(同上)

  • 第2代城主の成瀬正虎公の馬上姿です。正虎公の在封期間は、1625年(寛永2年)~1659年(万治2年)です。(同上)

    第2代城主の成瀬正虎公の馬上姿です。正虎公の在封期間は、1625年(寛永2年)~1659年(万治2年)です。(同上)

  • 第3代城主の成瀬正親公です。正親公の在封期間は、1659年(万治2年)~1703年(元禄16年)です。(同上)

    第3代城主の成瀬正親公です。正親公の在封期間は、1659年(万治2年)~1703年(元禄16年)です。(同上)

  • 第4代城主の成瀬正幸公です。在封期間は1703年(元禄16年)~1732年(享保17年)です。白馬への乗馬姿です。(同上)

    第4代城主の成瀬正幸公です。在封期間は1703年(元禄16年)~1732年(享保17年)です。白馬への乗馬姿です。(同上)

  • 第5代城主の成瀬正泰公です。在封期間は1732年(享保17年)~1768年(明和2年)です。(同上)

    第5代城主の成瀬正泰公です。在封期間は1732年(享保17年)~1768年(明和2年)です。(同上)

  • 第6代城主の成瀬正則公です。在封期間は1768年(明和2年)~1809年(文化6年)です。龍水山44世の文字も見えます。剃髪姿です。(同上)

    第6代城主の成瀬正則公です。在封期間は1768年(明和2年)~1809年(文化6年)です。龍水山44世の文字も見えます。剃髪姿です。(同上)

  • 第7代城主の成瀬正寿公です。在封期間は1809年(文化6年)~1838年(天保9年)です。(同上)

    第7代城主の成瀬正寿公です。在封期間は1809年(文化6年)~1838年(天保9年)です。(同上)

  • 第8代城主の成瀬正住公です。在封期間は1838年(天保9年)~1857年(安政4年)です。(同上)

    第8代城主の成瀬正住公です。在封期間は1838年(天保9年)~1857年(安政4年)です。(同上)

  • 第9代城主の成瀬正肥公です。在封期間は1857年(安政4年)~869(明治2年)です。ここからは絵から写真出の紹介となります。江戸時代最後の犬山城主になるようです。(同上)

    第9代城主の成瀬正肥公です。在封期間は1857年(安政4年)~869(明治2年)です。ここからは絵から写真出の紹介となります。江戸時代最後の犬山城主になるようです。(同上)

  • 第10代城主の成瀬正雄氏です。1869年(明治2年)に生まれ、1949年(昭和24年)に逝去されました。享年81歳です。(同上)

    第10代城主の成瀬正雄氏です。1869年(明治2年)に生まれ、1949年(昭和24年)に逝去されました。享年81歳です。(同上)

  • 第11代城主の成瀬正勝氏です。1906年(明治39年)に生まれ、1973年(昭和48年)に逝去されました。享年68歳です。(同上)

    第11代城主の成瀬正勝氏です。1906年(明治39年)に生まれ、1973年(昭和48年)に逝去されました。享年68歳です。(同上)

  • 第12代城主の成瀬正俊氏です。1930年(昭和5年)に生まれ、2008年(平成20年)に逝去されました。享年77歳です。(同上)

    第12代城主の成瀬正俊氏です。1930年(昭和5年)に生まれ、2008年(平成20年)に逝去されました。享年77歳です。(同上)

  • 今度は天守閣から外に目をやっての撮影です。東北方角でしょうか、街並みの先には山並みが見えます。(同上)

    今度は天守閣から外に目をやっての撮影です。東北方角でしょうか、街並みの先には山並みが見えます。(同上)

  • 川の畔では樹木が良く育つのでしょうか、犬山城の周辺もこんもりとした緑で囲まれています。(同上)

    川の畔では樹木が良く育つのでしょうか、犬山城の周辺もこんもりとした緑で囲まれています。(同上)

  • 屋上階からの眺めです。手摺りはありますが、少し低く、木製ですから、少し壁際によっての撮影です。木曽川の下流方向です。(同上)

    屋上階からの眺めです。手摺りはありますが、少し低く、木製ですから、少し壁際によっての撮影です。木曽川の下流方向です。(同上)

  • 緑に囲まれた市街地です。木曽川の下流は、平坦な濃尾平野になりますが、この辺りは小高い山が続きます。(同上)

    緑に囲まれた市街地です。木曽川の下流は、平坦な濃尾平野になりますが、この辺りは小高い山が続きます。(同上)

  • 美濃太田から犬山橋下までの木曽川の13kmは、日本ラインと呼ばれています。迫る岩の間を縫って下るスリリングな遊覧コースです。(同上)

    美濃太田から犬山橋下までの木曽川の13kmは、日本ラインと呼ばれています。迫る岩の間を縫って下るスリリングな遊覧コースです。(同上)

  • 木曽川に架かる橋梁です。揖斐川と長良川も木曽水系に含まれ、木曽川水系全体の流域面積は9100平方キロと、全国5位の広さです。(同上)

    木曽川に架かる橋梁です。揖斐川と長良川も木曽水系に含まれ、木曽川水系全体の流域面積は9100平方キロと、全国5位の広さです。(同上)

  • 下の階からも眺めた木曽川の中州の光景です。木曽川の上流には、木曽の桟や寝覚の床等、渓谷美を誇る名勝があります。(同上)

    下の階からも眺めた木曽川の中州の光景です。木曽川の上流には、木曽の桟や寝覚の床等、渓谷美を誇る名勝があります。(同上)

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